『極北の狩人』

 『地球どこでも不思議旅』という本が椎名誠との出会いだった。くだけているけれど、どこか芯の通った文体でメキシコのルチャ・リブレについて熱く語る文章がものすごく新鮮だったことを覚えている。それから25年以上、彼のファンであり続けている。

 たまたま書店で手に取り、迷わず購入した文庫本『極北の狩人』。2006年出版され、今年文庫化された。2005年の2月から12月、1年間にアメリカ(アラスカ)、カナダ、ロシアの三ヵ国の北極圏を旅しての記録だ。世界中の秘境を旅した椎名誠ならではの感性で、極北の地の自然とそこに暮らす人々を描いている。

 アメリカ・カナダ・ロシア、三つの国にまたがってはいるけれど、おなじ極北の民。国の違いよりも、生活環境の共通性の方が色濃く反映されている。あわせて我々日本人と同じモンゴロイドという民族としての共通点も指摘されているのは世界を旅した椎名誠ならではの視点だ。ツンドラに生息する獰猛な蚊との戦い、イッカククジラ漁やアザラシ狩りの様子、シロクマの恐ろしさなど、いつもの椎名節で面白おかしく、リアルに紹介してくれている。

 椎名誠旅行記は日本に暮らす我々には理解できないような異郷の人々の暮らしを、彼らの視点と、彼らにカナリ同化してしまっている椎名誠の視点とを交えながら語ってくれるのだが、これがとてもわかりやすい。普通の日本人と異郷の民の中間に位置する椎名誠の視点がちょうど良い踏み台になって、読者は普通なら会うことも理解しあうこともできない、遠く離れた人達に思いをはせ、共感できる。気持ちよく無理なく背伸びさせてくれる、これが椎名誠の魅力なのだと思う。そんな椎名旅行記の魅力を再確認できた一冊だった。