『大人の時間はなぜ短いのか』

大人の時間はなぜ短いのか  (集英社新書)

大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書)

 「最近一年があっという間に過ぎるなぁ」居酒屋あたりでグラス片手に誰かがつぶやく。一同深く納得し、子供の頃の夏休みが果てしなく長く感じられたことなどを語り合う。それに比べ最近は時が過ぎるのが何と早いことか、不思議だ・・・。この不思議に対して、実は自分なりの回答をもっていた。「8歳の子供にとって一年は人生の8分の1相当の時間だが、40歳のオジサンの一年は人生の40分の1。人生に占める量に5倍の開きがあり、重要性という意味でもインパクトという意味でも、相対的に軽くなる。だから同じ一年が意識の中で短く感じられるのだ」という考えだ。

 書店で見つけ、迷わず購入したこの本、先の居酒屋トークではないが、誰しも感じる不思議をど真ん中に取り上げたタイトルだ。著者は実験心理学の立場から「時間」と人間について論じている。内容は結構濃く、難しい言葉も出てくるが、写真やイラスト、パラパラマンガなどもあって、素人にもなんとか理解できる。しかし、なかなか本題に入らないので「ま、まだですか?」という気持ちになる。逆に言うと、著者は自分の言いたい内容を素人に理解させるため、遠回りして基礎の基礎から順番に話さなきゃならなかったのだろう、ご苦労様。実際、全7章のうち4章までがこれにあたる。「時間」や「知覚」について、物理学や哲学の見地、神経細胞の働きや錯覚の起こる理由など、興味深い内容を重ねながら素人を導いてくれる。そして第5章のタイトルが「時間の長さはなぜ変わるのか」待ってました。

 読者の不思議に答を出してくれるだけではなく、続く第6章と第7章で著者は「時間」と「現代人」との関係に論を進め、我々を取り巻く問題への解決の糸口を提案する。キーワードは「道具としての時間」。「時計」という道具同様、「時間」というのも我々人間が作り出した一つの「道具」であるという考えが根底にある。ここだけ聞いたら「何のこと?」となるのだろが、第一章から四章までを読んでいると普通に納得できるのだから、著者の努力は報われた。タイトルの『大人の時間はなぜ短いのか』という不思議から一歩踏み込んだところが著者の意図するところで、この本の主題だ。

 ちなみに冒頭に書いた一年が早く過ぎることについての自分なりの回答だが、本書第1章の3ページ目で「科学的研究では検討すべき仮説とはみなされていない」と早々に却下されている。やはり居酒屋トークとはレベルが違うのだ。