『美しいもの』

 とびっきり素敵な本と出合った。オフホワイトの紙面に並ぶ文字と余白と落ち着いた色合いの写真。ついつい引きこまれ、半分以上をいっきに読んでしまい、もったいないと思って本を閉じた。その後は一日に一章ずつ、家族が起きる前に早起きして大切に読んだ。こんな事は今までなかった。

 著者の赤木明登は輪島塗の塗師。木と漆とでお椀などの塗り物を作る人だ。「塗師」と書いて「ぬし」と読む。この本は12ある章のそれぞれに著者の友人が登場する。友人たちの職業はさまざま。著者と同様に塗り物を作る人もいれば陶芸家もいる。テキスタイルデザイナー、グラフィックデザイナー、社会経済学者もいる。一度お会いしたことのあるリュート奏者のつのだたかしさんの登場には驚いた。これらの中にはご夫婦も含まれるので14人が登場し、それぞれが仕事、人生、そして美しいものについて語る。

 著者自身もそうだが、この本に登場する人たちはみな、自分の手と頭、技術と経験と感性のみを頼りに素材と向きあい何かを作る人たちだ。「クリエイター」なんて言葉は薄っぺらすぎて全く似つかわしくない。作家、職人、芸術家・・・この人たちを何と呼べば一番しっくりくるのだろうか。一品一品が丁寧に作られ、それを使う人たちは丁寧に大切にそのものを使い切る。大量生産、大量消費の対極にある価値の中で自信をもって生きている人達だ。大量生産大量消費の真っ只中で日々を生きる我が身をふり返ると、この本に登場する人たち全員にあこがれと尊敬とを感じてしまう。

 デザイナーのヨーガン・レールさんは良い意味で一番ワガママな人らしい。石ころを愛し、島に木を植える。自然を愛するピュアな眼差しから生み出される彼の作品は「限りなくナチュラルな人工物」だという。そんなヨーガン・レールさんの言葉。「最近の日本人は、醜いものに鈍感になっている」ものすごくその通りだと思う。

 テキスタイルデザイナーの真木千秋さんが登場する章の冒頭にはこんなことが書かれている。

ものを作るとき、作り手の意志や目的にあわせて、材料を管理し、ねじ伏せるようなやり方もあるだろう。はんたいに、素材に耳を澄まし、さからうことなく、大切に手の中で暖めながら、どこまでも丁寧に作っていくのが、真木千秋さんのやり方だ。

ここで書かれているのは真木さんの作る織物についてなのだけれど、この本自体がこんな風に作られていると思う。大好きな友人たちと彼らが作る美しい作品を、大切に手の中で暖めながら、どこまでも丁寧に作られた、そんな本だ。

美しいもの

美しいもの