『春の城』


 以前、書店で偶然見つけ読んでみた『大人の見識』という本で阿川弘之という作家を知った。穏やかで優しい言葉に人生の後輩への思いが込められている。タイトルそのものではないが「見識ある大人」の姿を見た。そんな阿川弘之が自らの戦争体験をつづった小説『春の城』を読んだ。大学を繰り上げ卒業して海軍に入り、暗号解読という頭脳戦で太平洋戦争に参加し、終戦を迎える小畑耕二の7年間がいきいきと描かれている。

 10代後半から20代というのは、身体的にも精神的にも、一人の人間としての枠組み骨組みが完成する時期だ。親からもらった遺伝と自分の置かれた環境によって人は形成されるのだが、それに加えて選択した進路や自らの選んだ友、好きになったことやモノや人から多大な影響を受けて成長していく。自己責任において自己を形成するのがこの時期だと思う。戦争という圧倒的な環境の中でもそれは変わらない。『春の城』は、太平洋戦争という特殊な環境が背景になっているのだが、その中で耕二がどう生き、どう成長したのかが描かれる青春小説だ。

 この作品は1953年、終戦から10年を待たずして発表された。同じ時代を生き、抜き生き残った人びとに対し、阿川弘之は自身の青春を耕二に投影して投げかけた。戦争で失った大切な人々への鎮魂歌でもあったのだろう。読売文学賞受賞作。

春の城 (新潮文庫)
作者: 阿川弘之
出版社/メーカー: 新潮社
発売日: 1955/05
メディア: 文庫