『銀天公社の偽月』


『銀天公社の偽月』椎名誠
 絎針玄華(くけばりげんげ)、葬式蛭(とむらいびる)、捻転如雨露(ねんてんじょうろ)、滑騙(ぬめりだまし)、磯巻舌(がしがし)、・・・やたらと画数が多くて書くのが難しそうな名前が並ぶ。大きな戦争の後の未来社会、疲弊し荒廃した世界には聞き慣れない名前の動物や植物に満ち溢れていて、脂雨(しう)という脂まじりの雨が降る。ひょっとしたらこれは地球とは違う星の出来事なのかもしれない。そんな世界に生きる人(?)達の日常―それは我々現代の日本人の日常とは随分異なるのだけれども―を描いた短編が7つ。

 多くの人間たちが生まれた村から外に出ることなく一生を終えていた遠い昔、遠方から来た旅人の語る話は未知の世界の驚きに満ちていたのだろう。見たことのない異国の風習、容貌の異なる人々。文化的水準の違いに気候の違い。南国の民は雪の話をどう理解したのだろうか。『銀天公社の偽月』を読んでいて、旅人の話に目を輝かせた昔むかしの子供になったような気分になる。「もっと話して」「次のお話は?」言葉からくるイマジネーションを頼りに、想像力を膨らまして頭の中に想い描きながらページをめくるのだ。

 椎名誠は世界の辺境を旅する旅人で、旅行記をたくさん書いている。そのうちのいくらかを読んできたのだけれど、この本は椎名誠がこっそりとSFの未来世界を旅してきた旅行記なのかも…。そんな気にさせる不思議な本。

銀天公社の偽月 (新潮文庫)
作者: 椎名誠
出版社/メーカー: 新潮社
発売日: 2009/10/28
メディア: 文庫