『砲艦銀鼠号』

 椎名誠SF小説『砲艦銀鼠号』を読んだ。2006年の作品だ。近未来に起こった戦争の後、無政府状態の街と、油に覆われてテラテラ光る海。奇妙な動物や植物だらけの世界はファンタジー。灰汁、可児、鼻裂という元戦闘員の男が3人集まって海賊を始める。海賊と言っても彼らに大層な理念や思いはない。間違っても「海賊王に俺はなる!」なんて言わない。手ごろな船が手に入ったし、今のところ儲かりそうだし、他にやることもないから・・・、そんな前向きとは言い難い理由で3人は油まみれの海に乗り出す。ちなみに「銀鼠号」は25インチ砲を積んではいるものの、玉切れで実は用をなさない。おまけに速力もお粗末なもので、詐欺スレスレの海賊。頼りになるのは戦闘員としての経験と度胸だけという始末だ。そんな3人を乗せたオンボロ銀鼠号とともに、読者は摩訶不思議なシーナワールドを旅する。

 名作『武装島田倉庫』と同じ世界なのだが迫り来るモノが無い、血なまぐささもない。強大な敵と戦うわけでもなければ、何かを成し遂げるわけでもない。ドラマっぽくない大人しい印象で、人によっては物足りなさを感じるかもしれない。その分、とんでもない世界に生まれ、とんでもない仕事を始めた3人なのだけれど親近感がわく。とんでもない世界にはとんでもない世界なりの、海賊稼業には海賊稼業なりの喜びがあり、苛立ちがあり、日常がある。先生には先生の、バーテンダーにはバーテンダーの、看護士には看護士の、商社マンには商社マンの喜びや苛立ちの日常があるのと同じだ。もし自分がこの世界の住人で、3人のうちの誰かと知り合いだったら、銀鼠号の4人目の乗組員になったかもしれななぁと思えてしまう。そういう意味では、等身大の小説、共感をもって読める本だ。

 でも改造されたスーパー銀鼠号で悪の巨大組織か何かと死闘を演じる話も魅力的だろうなぁ。

砲艦銀鼠号 (集英社文庫)
作者: 椎名誠
出版社/メーカー: 集英社
発売日: 2009/05/20
メディア: 文庫