『ジュリアス・シーザー』

 この前の日曜日、名古屋駅近くのミッドランドスクエアシネマへと向かった。今にも泣き出しそうな曇り空とは裏腹に、足取りは軽く(!)心はワクワク。この日のお目当てはG.F.ヘンデルのオペラ『ジュリアス・シーザー(エジプトのジューリオ・チェーザレ)』。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の舞台を撮影し、世界の映画館で上映するという、METライブ・ビューイングというシリーズ。オペラのチケットは何万円もするので、かなり絶望的に敷居が高い。自宅でDVDでのオペラ鑑賞という手もあるのだが、立派なオーディオルームでも無い限り、お茶の間的日常的空間の中ではオペラの祝祭的な雰囲気は半減する。キッチンで妻が洗い物など始めようなら最悪だ。その点、映画館の大スクリーンは適度に非日常的であり、移動の時間のワクワクも含めて結構楽しめる。

 上映時間は4時間43分。10時に始まり途中2回の休憩をはさんで、3時前に終わるという長丁場だ。幸い腰もお尻も健康な自分にとっては全く問題ナシ。おまけに最近の映画館のゆったりしたシートは快適そのもので、ひょっとしたら、メトロポリタン歌劇場よりも快適かもしれない。このシリーズでは以前大阪で『エンチャンテッド・アイランド魔法の島』 という作品を観たことがあるので、心の準備も万全だ。

 政敵のポンペイウスを追って軍を進め、エジプト入りしたシーザーとクレオパトラの愛の物語。バロック音楽の大家、G.F.ヘンデル1724年の作品だ。メトロポリタン歌劇場での上演では、史実では紀元前の物語を19世紀帝国時代に置き換え、シーザーは大英帝国の軍人という設定になっているのも一興だ。紀元前の昔話を18世紀のヘンデルがオペラにした作品を、当のヘンデルにとっては未来である19世紀の設定にした演出で、21世紀の自分が観ているという・・・。この複雑な状況も何とも趣き深い(笑)。

 シーザーを演じたのはカウンターテナーのデイヴィッド・ダニエルズ。大英帝国軍人の堂々たる姿と、カウンターテナーのハイトーン・ボイスに当初は違和感を感じたが、すぐに慣れてしまった。彼の人懐っこい顔つきは、人間シーザーに親近感を感じさせる。クレオパトラはソプラノのナタリー・デセイ。23年のキャリアがあるそうなので、かなりのベテランなはずだが、とても魅力的。物語の序盤で、共同統治者のエジプト王である弟のトロメーオ(クリストフ・デュモー)をからかうシーン、二人の侍女を従えダンスを披露しながらの歌唱は最高にコケティッシュ。有名な『麗しき瞳よ』もしっとりと聴かせてくれて大満足。劇場と違ってアップで写されるシーンはさすがにチョット気の毒な気もしたけれど(笑)。誰もが知っている有名な史実を題材に、ドラマチックかつコミカルな展開に時の経つのを忘れた。一つ一つのアリアが秀逸で聴きごたえがあるのもさすがヘンデルの人気作だ。

 この日の鑑賞は勤め先恒例の春の行事。日頃殺伐としたビジネスの世界に身を置く社員達に、少しでも文化的教養をと願う経営者の涙ぐましい思いで、毎年企画されている。「4時間超は長すぎる」「お尻が痛い」「クレオパトラ役は結構オバサンだ」等々の酷評もあったが、自分にとってはど真ん中のバロックオペラ。この春一番の大満足、堪能いたしました。