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ロボット3号が行く

2999-12-06

まめぞうは1歳。

一番上のりっぴーは中学2年生。

真ん中のそるとは小学校6年生。

だんなのこんちゃんは機械屋さんで開発職。

さんごうは専業主婦。

こんな家族構成のはじめ3号の

趣味と日々のいろいろな事柄の日記です。

楽しんでいただけるとうれしいです。

2014-06-05 ものぐさ人間論

白川静の世界 掘〇彖曄ξ鮖

ネタバレ有り

満足感 星5

内容 

「白川静と中国古代思想と」「白川静と中国古代史」から成る。解題として「孔子伝」「周公旦」「訓話における思の形式について」「殷の社会」「殷の基礎社会」

「甲骨文の世界ー古代殷王朝の構造」「金文通釈」「金文の世界ー殷周社会史」

「回想90年」「桂東雑記1−5」「桂東雑記 拾遺」が付く。白川静の入門書の第3部。思想・歴史について語られる。講義形式の記述となる。

白川静の多岐にわたる研究の入門書となる。

彼の歴史、古代思想の研究は多岐にわたり、そしてそれぞれが深いため、全貌をつかむのは大変難しいが、本書はわかりやすく読み解いていく。

また、刊行が待たれる辞典的な「白川学ハンドブック」の姉妹編となる。白川静の全体像を把握できる本格的入門書を目指すという意欲的な作品となっている。

執筆者が多岐にわたるため、内容もそれにふさわしく、多岐に、そして示唆に富んだ内容となっている。

白川静生誕100周年にふさわしい内容となっている。

彼のその仕事の全体像を1冊や3冊の本にまとめるというのは無理があるがその一端に触れることは成功しているだろう。

書評

白川静の80年にも迫るその仕事は質量とともに他を圧しているのは誰もが認めるところだろう。

その世界を俯瞰しようとしても難しく、どこから手を付けていいか判らない者も多いかと思う。何を隠そう自分自身もその一人だ。

その水先案内となる3冊の入門書のうちの1冊が本書となる。

立命館大学白川静記念東洋文学文化研究所の手による入門書だ。

執筆者が多岐にわたるため、内容も多岐にわたる。矛盾、重複する内容もあるが、編集にあたった方々の誠意ある行為の結果といえよう。大体、理解には重複はありがたいし、

実際矛盾は判らない物が多い。

白川静の学説は従来の学説との相違点が多いためそれを比べて提示してくれる本書は勉強するにはもってこいのテキストになっている。

なんといっても講義形式で進んでいくため、解りやすいというのも読者にとっては恩恵をもたらしてくれる。

参考文献が多いので本書だけで全てを理解する事は出来ないが、その手がかりとはなる。

中国古代思想では、儒論、孔子論、荘子・墨子観、司馬遷論と展開される。

かなり解りやすい。

孔子論については白川静は何度も筆を執り我々に様々な事を伝えてくれるが、いかんせん、その資料と仕事は膨大すぎて全体像を把握するだけでも四苦八苦する。

こうやって簡潔にまとめられるとわかった気になれて気持ちがいい。

中国古代史では殷の時代、殷周革命、周の時代と分け、丁寧に読み解いていく。

白川静の仕事の大きな柱である漢字への言及もあり、興味深い。

索引が丁寧であることも本書のありがたい点である。これによって迷うことなく様々な要因を読み進んでいくことができる。

白川静の言葉をその弟子たちが語ることにより、ある意味白川静の言葉を直接読んでいくより、彼の言葉の本質に迫ることができる。

中国の歴史は長い。その古代史は本当に長く、変化に富んでいる。その世界に単身で果敢に挑んだ白川静の仕事はもっと評価されるべきだ。

それは決して古びることなく沢山の学びを我々にもたらしてくれる。

甲骨文、金文など、我々日本の漢字文化に通じる漢字についての解説はそれ自体、美しく、興味深い。

解題についてもこれだけきちんとまとめられているのに好感を感じる。

3冊、読破すれば、白川静について解ったような勘違いさえさせるかもしれない。

短い文章が続くため、頭から順番に読むのもいいが、興味のある内容から前後して読んでいくのも楽しいだろう。

勉学は実は快楽である。ということが実感できる。

孔子という物語、司馬遷という物語、人というのは実は一つの大きな物語である。そしてすぐれた人物はすぐれた物語であるということも実感できるようになっている。

中国古代史は誰にとっても難解で膨大な学問だ。

特に白川静のフィルターを通すとさらにその複雑さは増す。

正直、どこから手を付けていいか判らないほどだろう。そういったときこの本書のようなテキストが手がかりとなってくれる。

とにかくページを開き、どこでもいいから読み進めていくこと、または眺めることから始めてみるのがいいかと思う。

読むべきポイント

まずは白川静のその圧倒的な世界に酔うこと。

多岐にわたる仕事に対しての白川の言葉を楽しむこと。

あくまで本書は入門書である。これだけで満足してはいけない。字統などの字書類、漢字—生い立ちとその背景などの漢字研究本などに進むことが求められる。

ものぐさ人間論―岸田秀対談集

ものぐさ人間論―岸田秀対談集

ネタバレ有り。

満足感 星5

内容

岸田秀と鳥山敏子、中島梓、花井愛子、福島章、落合恵子、天野祐吉、山折哲夫、奥本大三郎、内田春菊、松本健一、山口昌男らとの対談集。

「人間は本能の壊れた動物である。」「すべては幻想である。」という岸田秀の唯幻論をもとに社会の、人間の事柄を解きほぐしていく。

「ものわかりのいい親ほど危ない」「ヴァーチャルに泳ぐ子供達」「女子中学生の気持ち」青少年犯罪の未来」レイプ神話の解体」「ものぐさマインドコントロール」「尊厳死の行方」「惑いの国ニッポン」「マンネリこそは偉大なるエネルギー」「官能と性愛の間」「母親幻想=アジア幻想」「せめぎ合う民族摩擦の時代」と表題を拾っただけでもスリリングな内容はうかがい知れる。

岸田秀でなければ集まらなかったであろう、バラエティと個性に富んだ人選。

子供達、女達、男達、日本という国、アメリカという国、教育の在り方、性と近親姦の現実と問題点。親子関係について、労働と教育について、戦争と、日本文化、そして世界文化。話題は縦横無尽に展開される。

この中の対談から1冊の著書に発展するものもいくつかある。

読み終わると確実に賢くなったような気になる。マインドコントロールされているのか。

宗教、政治、国家など人間の生活の根本となっている事柄にも突っ込んだ議論がなされている。

必読の書といえるだろう。

書評

なにしろ岸田秀の言論は何十年も前から一本筋が通っておりぶれることがない。

岸田秀という人物を起点として各界の個性的な人々との間で交わされる対話はスリリングで興味深い。

1996年出版であり、対談は1992年から1996年にかけてなされたものである。

が、一つとして古くなっているものはない。

性と男女の話に多くの紙面が割かれているように感じる。性の事、生理の事、セックスの事、性愛の事、強姦の事。が多面的に取り上げられている。

自閉症児に対する偏見と誤解、現状と脳科学の話。精神障害と犯罪。宮崎事件への言及。

生と死の話。尊厳死についての言及。

母親との関係。

難しく、内にこもりがちな内容を「語り」という特色を最大限に生かして優しく読み解いていく。

また、対談形式であり、質問を挟んでいくことで読者にも色々な事柄が理解しやすいような構造となっている。

根底に流れるものが「人間は本能の壊れた動物である。」「すべては幻想である。」という岸田秀の唯幻論をもとにしているため、どうしても内容が重複する部分も多いが大事なことなので何度繰り返しても繰り返しすぎということはないだろう。

これまでの人間社会が、日本社会が、国際社会が、何をなしてきたか、そして現状、どんな位置にいるのか、これからどうなっていくのか丁寧に展開される。

「青少年犯罪の未来学」では青少年犯罪を隔離すべきか開放すべきかといった議論もなされる。

こういういい方はどうかとは思うがタイムリーな話題といえるだろう。措置入院と治療の可能性。精神障碍者への偏見、脳の傷がもたらす人格障害と母子関係のかかわり。ポルノと犯罪の関係。犯罪の集団心理。

つかまえたらそれでよしというわけではない世界が展開される。

読んでいると無関係な人間は一人としていないということが認識され恐怖を抱く。(ここで自分は関係ないと思える人はよほど人間ができているかどうしようもない人間かの2極に分かれると思われる。)

「尊厳死の行方」はどうだろうか。

生と死について、武士の美学と庶民のみじめな死との対比。自殺、殉教について。修行者の往生死。土葬と火葬の考え方。日本と西欧世界の臓器移植への反応の違い。告知の問題。

人間、一度は必ず死ぬのだからその前にじっくりと考えておくために読んでおきたい文章といえる。

「最先端医療と医者」の話は現代日本において現代医療の恩恵にあずかっている一人として無関心ではいられない内容となっている。

「惑いの国ニッポン」では神経症と近代日本という話題を皮切りに日本と世界との関わりとを解きほぐしていく。「日本は鎖国したがっている。」という言葉はなかなか怖いが、深い洞察に満ちている。収容所での労働など極限の中で行われる事柄に対する対話も興味深い。

森田療法とフロイドとの共通点と問題点。真っ向から否定するだけでなく、きちんと分析していく姿勢に誠実性が感じられる。

全編を通して人間への理解と共感、そして信頼が感じられる。

それも盲目的なそれではなく、徹底的に考え抜き、考察された上での信頼であり、共感である。

社会への還元など岸田秀の仕事は素晴らしい。

読み取るべき点。

難しい、本質的な事柄を簡素な文章でわかりやすく伝えてくれている。きちんと読み取ることが大人の責任だろう。

すでに鬼籍に入った対談者も存在する。その知性と見識を読み取ることは大きな財産を受け取ることに他ならない。

岸田秀の唯幻論を理解するうえでも大切な1冊。大切に読み継いでいきたい。

2014-05-26 山之口獏全集 第4巻 評論

ネタバレあり

満足感 星5

内容

山之口獏の仕事のうち、評論をまとめたのが本書。詩論、詩人論、沖縄からなる。

著書の児童詩も含まれる。

沖縄出身の詩人であり、絵描きであり、踊り手の名手であった著者による厳しくも暖かい筆によって書かれた評論と詩が内容となる。詩は25編となる。沖縄の評論としては絵画、風土、戦争、方言と記述は多岐にわたる。彼の沖縄に対する憧憬、戦争のむごさ、彼の喪われた故郷について冷静で緻密でそれでいて暖かい内容は胸に迫るものがある。詩論では自作の詩を取り上げ、現代詩の可能性と問題点を探っていく。「詩とは何か」という中々回答の出ない問いに一つの回答を差し出す姿はさすがというほかない。

詩人論については中原中也、金子光春、高橋新吉、霜多正次、火野葦平、自身山之口獏などを取り上げ、長文、短文で詩と詩人について論じていくその鮮やかな切り口と慈愛と優しさに満ちたまなざしが美しい。

児童詩は、元々難しいことも優しく語る言葉が、児童向けとあってさらに判りやすく理解しやすい世界が示されている。ただ、やさしいといっても子供相手に手加減をしているわけではなく、その世界は真理と宇宙のありようを示している。本当の言葉であれば子供であっても伝わるはずだという山之口獏の良心がうかがうことができる。

「生きているうちは放浪詩人の「放浪」を脱ぎ棄てない。」という彼の言葉は詩人としての覚悟のほどを表している。

様々な雑誌などに掲載された文章を1冊にまとめた功績は大きい。

書評

「学校への道で

 たべても たべても

 たりないみたいで、

 けさも また

 ごはんをたべすぎた

 いつもの道を歩いてきて、

 ふと みあげた

 カキの木。

 すきとおるような

 空の青

 うまそうに赤い

 カキの実。

 けさは こんなに

 おなかがいっぱいなのに、

 もう また ぼくはたべたくて

 カキの実のあまみが

 したにつたわってきた。」

獏さんの詩はいつも素朴でわかりやすい言葉で世界を語る。子供たちにその世界はどう映るだろうか。私自身は小学校3年生の時に彼の詩に出会った。一目で夢中になり2年越しでその詩集を探した。むさぼるように読みふけり大人になった。

これらの美しい日本語は日本のもっとも良質な財産の一つに数えることができるだろう。何度でも子供たちに読んで聞かせてあげたい。

詩論については厳しくそして暖かい彼の視点が美しい。自身の詩について論じることができるのは素晴らしいだろう。現代詩の始まりとその可能性、そして問題点を鋭く映し出す。「詩とは何か」という中々難しい問題に一つの回答を提示することができているのは彼の洞察の深さと誠実さを表している。単なる評論としてだけでなく、読み物としても面白く、興味深い。

風刺詩鑑賞では風刺詩として評される自身の詩について戸惑いながらもフィードバックしていく様子は楽しい。

現代詩講座選評は読むと自分も詩を書けるような幸せな錯覚をもたらしてくれる。

「詩は人間が書かなくてはならないからで、」とはじまる言葉は厳しいが、詩の本質を表している。

詩人論については沢山の才能ある詩人たちの私生活とその創作の秘密に迫っていて読んでいてわくわくする。「中原中也の事」など短いながら中也の本質と山之口獏の実直さをよく表している。

それぞれの評論の清潔で美しい文章はまとまったものを読むと本当に読みごたえがある。

沖縄については戦争、風土、絵画、言葉などについて書かれており、彼の故郷、沖縄に対する憧憬、喪失を読み取ることができる。

誠実に読み進んでいけば、日本が沖縄にしたこと、取り返しのつかない罪悪、そして今なお行われている事柄に向き合うことになる。それは厳しくつらいものだが避けて通ることはできないだろう。

彼が残したものはなんだったのか。詩だけでなく、その思想も一つの財産であろう。それを追うことができるのが本書となっている。読んでいると美しい言葉に酔うこともできるが、厳しい現実を突き付けられ唖然とする箇所も少なくない。

彼が亡くなってもう随分、時がたってしまったが内容は古くなっていない。現代詩の起源を知る上でも外せない1冊だ。

読み取るべきポイント

金子光春にして「日本の現代詩は山之口獏のような人からはじまる。」と言わしめた、山之口獏の評論と児童詩の世界を堪能すること。(金子光春は「山之口獏からはじまる」としたかったそうだが、山之口獏が遠慮して「ような」を入れたそうだ。

日本が沖縄に対して行った(行っている)罪悪、いまだ続く、差別を知り、自覚すること。

現代詩の創世における山之口獏の立ち位置と詩人たちの私生活とその関係、創作の秘密に触れる事。

2014-05-20

性犯罪被害にあうということ (朝日文庫)

性犯罪被害にあうということ (朝日文庫)

いい加減しつこいとも思いますので飛ばしたい方は飛ばしてください。 ネタバレだらけです。

読了。本屋で立ち読みして、購入してまた読む。

満足感 星5

内容

中々表ざたにならない性的被害者からの大切な1冊。この日本で警察に届け出たというんだからすごい。 とにかく沢山の人に知ってもらいたい現実が丁寧に描かれている。

性的被害の内容。被害の実情、その時の自分の心の動き。被害後の対応。警察への届け出。付き添ってくれた人の対応。警察での詳細。その後の記憶障害、PTSDの実情。カウンセリングの遍歴。その内容。その後の結婚、離婚。性的関係への不快感。就職、転職。自助グループへの参加と支援。どうやって生活してきたのか。丁寧に感情的にならず、事実をありのまま、真実を伝える事を第一の目的とし、描き出されています。静かなだけにその内容の重さに愕然とします。

かかわりを持った人たちの素晴らしさと小林さんの頑張りが本当にすごいです。(いや、すごいってだけでは追いつきませんが)

性的被害者のサバイバーである自分としては本当に頭の下がる1冊。小林さんの未来が明るいことを祈ります。

書評

どうだろう、日本の性的被害に対する認識は本当にレベルが低い。だいぶましになってきたとはいえ、警察に届け出る事がまず大変。しかも申告罪なので被害者が訴えないと加害者が捕まったり、裁かれたりすることはない。今は変わったが、加害者の人権保護の為、被害者に加害者情報(刑務所を出た等)が開示されない。また開示されるようになってもその処理が煩雑で中々開示されない。これによって訴えた被害者が加害者のお礼参りに怯える日々を送らなければならない。

強姦と認定されるのも「明らかな強姦」でなければならない。

命の危険があった。怪我をしている。見知らぬ人からの被害である。助けを求めた、挿入が確かにあった等々、ハードル高すぎ。

大体そんな強姦はそんなに存在しない。殆どが身近な人からの強姦だし、継続的なものも多い。

一般の認識もまだまだ甘い。被害者を汚れたものとして見る目、あといまだに「女はレイプされたがっている」という認識。(特に男性側から)

・・・・この認識は本当に苦い。一度同じ目にあってみろと言いたくなる。(男性の被害者も多いし、男性の被害者はさらに偏見と苦渋に満ちた道のりが待っている。)

PTSDもやはりすごい。記憶障害、離人感、人との関係の破壊。解離性障害。破壊行動への執着。

一度(またはいく度も)起こってしまった事は変えようがない。血のにじむような道のりでその「物語の書き換え」を行っていくしかない。

経験は変えられないが、その位置づけは変えることが出来る。

まぁ、自分もそうやって「物語の書き換え」を行っている最中だけど、これは中々大変だ。何といってもトラウマ的記憶、体験は中々過去にならず、書き換えようとするたびに「同じ体験」として自身を襲う。

記憶は飛ぶし、吐くし、食べ物はのどを通らなくなるし、強烈な自己破壊衝動、自己嫌悪、汚れているんだという実感が襲う。

しかし、癒えない傷なら抱えていくしかない。「治らない傷でも膿まないものもある。戦え」と言葉を発した漫画もあった。

全ての被害者に「戦え」という訳ではないが(それは誰も口を出せる権利はない。被害者自身がよくよく考えて自分の為に何をなるべきか選び取ることだ)自分自身は自分のできる範囲で戦いたいと思う。

そうだなぁ、訴訟に持ち込むのは正直できないが、たとえば自身のブログ、mixiで発信する事、書籍にして発表する事ぐらいはできると思う。自分の為にあと、全ての被害者の為にやりたいと思う。

よかったら応援よろしくお願いします。

余談になるが、訴訟で裁判員制度に不安がある。玄人の前で証言するのも大変なのに、素人の前で発言する被害者の事を思うと本当に心が痛む。すべての裁判員を信用しないという訳ではないが、良心だけではやっていけない部分がある。

ろくな教育も受けていない裁判員の前で発言、また質問に答えなければならない被害者にとって裁判はさらに過酷なものになっているんじゃなかろうか?

ただでさえデリケートな問題で、セカンドレイプの可能性がそこここに隠れている裁判で、発言する、または告発する事の環境が後退しているように思われてならない。できればクローズの裁判を希望したい。

読み取るべき点

まずはきちんと向き合って読んでほしい。

そして知ることが被害者支援の第一歩であることを認識してほしい。

誰もが加害者、被害者になる可能性があることを胸に刻んでほしい。

自分も自助グループに入るかなぁ。

ここまで読んでくださったかたありがとうございます。

2014-05-16

ミヒャエル・エンデの教えてくれた事 読了

ミヒャル・エンデが教えてくれたこと

ネタバレ有り

内容

「モモ」「果てしない物語」「ジム・ボタンの冒険」など沢山の児童文学と絵画と大人向けファンタジーを残したミヒャル・エンデの歩みと私生活を未発表の絵画などを交えて紹介。世界を大恐慌に陥れた「黒い木曜日」の約2週間後に生まれ、第2次世界大戦の中で青春期を過ごしたエンデの波乱に満ちた人生を振り返る。

 孤児院で育った女生徒の出会い。貧乏画家であったエンデの父親と女性との結婚。

経済悪化の為おんぼろ部屋への転居。名門校への入学準備と落第、戦争の中での思春期。戦後シュタイナー学校での演劇の目覚め。友人の勧めで書き始める「ジム・ボタンシリーズ」。イタリア・ローマ近郊在住中の「モモ」制作秘話。「はてしない物語」の完成、ベストセラー、そして映画化の陰にあったトラブル。映画をめぐる裁判に負け、妻を亡くした後に襲う大切な人々との別れ。そして、再婚。闘病を続けながらの執筆活動。沢山の未発表絵画と写真。日本への傾倒。信濃町黒姫童話館の紹介。すべてがエンデと出会いなおす旅となる。

評論

エンデは画家で作家で演劇人であった。父親が画家であったためという訳ではないだろうが、この環境がエンデに及ぼした影響は計り知れない。経済的には貧しくとも豊かで刺激に満ちた幼年期、思春期、青年期を過ごすこととなる。

 本書はそんなエンデの軌跡を彼の絵画とふんだんの写真、様々な識者からの考察からなる。日本との関わりも外せない要素であろう。

 エンデの邦訳文芸作品31冊の解説もカラーで編まれている。それは眺めているだけでうっとりするほど美しい。「果てしない物語」「モモ」だけでなく、隠れた名作「鏡の中の鏡」「影の縫製機」「誰でもない庭」「エンデのメモ箱」などの紹介がうれしい。

佐藤真理子との結婚生活の写真も微笑ましい。彼が60歳を超えて精力的に執筆活動をする中、病魔に冒されるが、その中でも執筆活動を続けるエンデの執念とその秘密に迫っていく。「お金は変えられます。人間がつくったのですから」「いつも予め結果を知りたがる人は、決して、精神と生の、真の冒険に身をゆだねることができません。」など彼の言葉は鋭くそして、人間への根源的な愛情と許容、包容力に満ちている。

廣田裕之の「エンデが夢見た経済の姿」は「モモ」「エンデの遺言」を例に挙げ丁寧に優しく、彼の経済とお金の話をひも解いていく。

青山拓央の「「モモ」と2つの時間」では「モモ」の灰色の男たちを挙げ、時間の空間化、「幸せになること」と意味と意義。哲学の分野での時間の定義を優しく、正確に読み解いていく。

「ユーモアは子どもたちに、人は失敗するし、失敗してもいいんだと語ってくれるからです。」と語るエンデは最後まで大人であり少年であって、男でもあり、女でもあった事をうかがわせる。「闇の考古学」では父との関わり、世界との関わり、不条理を物語っていく。

彼の入門書としてはうってつけの1冊となっている。

読み取るべき点

読み取るべき点というよりは感じるべき点とした方がよいかもしれない。

まずは彼の絵画の世界に酔ってみるのも一興かと思われる。未発表のそれらの絵画は彼の作品をまた違った面から捉えなおすことが出来る。それだけでなく絵の美しさに身を任せるのも楽しい。

エンデの言葉をたどる楽しさ。彼の言葉はやはりそれぞれの本を読んでみたいところだが、エッセンスだけでも十分に楽しい。ここから沢山のヒントを得ること出来る事だろう。

エンデの文学、詩、戯曲の世界への入り口。

これでもかと紹介されるエンデの著書、そしてエンデの周辺の著書は眺めるだけでも楽しめる。これを手掛かりにエンデの世界に出会う、または出会いなおすのも楽しいと思われる。

満足感 星5