深い…

仕事がまた一段とマニアックな世界へ突入しつつある。建築の世界というのはすでにそれだけでマニアックな世界なのだが、実はその最低基準を定めている建築法規の世界というのは建築の世界でも特にマニアックな世界である。

聞くところによると大学の建築学科でも法規の勉強なんてほとんどしないらしい。(それが一番問題だよ…建築士志望者はしっかり勉強してください。お願い。)

なぜ建築基準の世界がマニアックになるのかというと、要は実際に建物を建てるときに普通はあまり技術基準ぎりぎりの線というのは考えないのである。役人だけが、「ここだったらぎりぎり安全だ!」と言えるライン引きに躍起になっているので、安全基準の追求は突き詰めれば突き詰めるほど一般人の世界から遠ざかっていく。

そういう領域であるようだ。

特に、偽装事件で一躍有名になった建築物の「構造」(特に「構造計算」)の領域と、新宿雑居ビル火災で若干注目を集めた「防火」の領域はAKB度が群を抜いている。

要は工学的知見の英知を結集して導出されたクライテリアが条文として結晶化しているので、そこに書かれたことを素人が読んでもさっぱり分からない。

このうち、これから2ヶ月は「構造」の世界にどっぷり浸かって過ごすことになってしまった。これまで、構造計算といっても詳細まではほとんど勉強する余力がなかったのだが、いよいよ自分の口で構造計算の意味を他人に説明する場面が来てしまったのでそうも言ってられない。

とりあえず、今日はうちの構造担当の係長から日付が変わったあたりから4時間ばかりノンストップで基準の解説をしてもらった。

深すぎる…あまりに奥が深い…

と同時に、改めて痛感する。こんなに奥が深いからこそ、この闇の底にあの事件が起こる契機が芽生えてしまったんだなと。



要はいまの構造計算の世界というのは、地震や風によって発生する建築物に対する力の作用を、いかに現実に近似させた形でモデル化するかが目標になっている。

ここでいう地震や風というのは、通常想定しうるレベルのもので、地震であれば震度7クラスまで、風であれば台風を想定している。したがって、先日の佐呂間町における竜巻のように、極めて稀な気象条件のもとで発生する強烈な風圧力は構造耐力規定の想定外の世界になっている。もし、こういう場合も想定して建物を設計しろとなると、極めて重装備の建物になって、行き過ぎた規制になるだろう。とは言え、竜巻による大惨事が発生してしまったことは事実である。人の命を守るための基準とは何なのか。改めて考えさせられる。

また、建築物には地震や風のほか、そもそも自重や積載加重が発生するし、北海道や東北では積雪による荷重も問題になる。さらに、斜面地に建てられて一部が埋まっているような建物や地下室などは土圧も考慮した設計が必要になる。したがって、これらの様々な圧力に対して、建物がきちんと耐えられるだけの強さを備えているのか否かを、きちんと工学的に検証する必要がある。これが構造計算と呼ばれているものである。


そこで、せっかく勉強したてなので、いっちょ構造設計の初歩的解説を試みてみたい。例えば地震力はどうやって検証するのか。基本的には地震力と建築物をどういう形のモデルで捕らえるかがポイントである。


第一には、地震で建物を揺らすというのは、言ってみれば建物に真横から力を加えるのと一緒だという考え方がある。それで一定値まで力を加えて建物にヒビが生じなければいい。それに加えて、ヒビからさらに行って、どこまで力を加えればパキッと柱が折れて崩壊するのかを見る。このとき、加える力の大きさを、通常起こりうる地震の力と同じ値まで上昇させて建物に損傷や崩壊が生じなければ安全だ、ということになる。これがいわゆる「許容応力度計算」(1次設計)と「保有水平耐力計算」(2次設計)の基本的な考え方である。そこにさらに、横から力が加わると建物が斜めに傾くが、そのときに外壁や内部設備に損傷が及ばないよう、変位の程度も見ておくとなお良い。これが「層間変形角」の計算である。

第二に、第一のモデルでは地震発生時に建物に横から力が加わってくるという単純なモデル化をしていたが、実は現実の地震動というのは、地盤から建物に入力されるので、横からの力という仮定上の力ではなく、地盤の状態を考慮した力の作用を考えた方がより精緻だと言える。この場合、地震工学上の知見によれば、地下深くに「解放的工学地盤」という層があり、そこのような層ではどの地点の地下部分であっても地震動のスペクトル(周期に応じた地震加速度(ガル)のグラフのことと考えればよい)が一定になることが分かっている。グラフの形は富士山の形に似ているので構造力学者の間では「富士山」で通用する。したがって、設計したい建物が持つ震動周期が分かれば、このグラフからその周期に対応した地震の最大加速度が分かるので、それを用いる。さらに活断層が近くにある場合など地勢上の条件を加味して算出した加速度が、最終的に比較に用いる地震力ということになる。これと建築物の耐力との比較をする。それで耐力が勝っていれば安全ですね、と。そして、入力値が中規模地震の場合は許容応力度と、大規模地震の場合は保有水平耐力と比較することで安全性を検証する。これがいわゆる「限界耐力計算」というやつである。

第三に、「限界耐力計算」でもまだ甘いという批判がありうる。というのも、第一や第二で紹介した構造計算は、建物全体をまるで一個のだんごのような塊で捉えている。しかし、実際には階があるために、地震動によって建物はまるでへびのようにクネクネ動いているのである。また、限界耐力計算は、地震による加速度を最大値のところだけで捕捉しているが、細かく時刻を分けてみていくと、地震は刻一刻とその力の大きさを変えながら震動するものであることが分かっている。したがって、各階ごとに、ちょっとずつ時刻を動かしながら、それぞれの場合における地震力と耐力の比較をすればより現実に近い検証が行える。これが「時刻歴応答解析」と呼ばれる手法で、構造計算の中では最も現実に近似した検証法であるとされているが、この方法による解析は極めて難しいため、クネクネ運動(2次運動、3次運動という。)がより激しくなる高さ60メートル以上の建築物についてのみ、この手法で計算することが義務付けられている。
※ちなみに、日本で「超高層建築物」というと、実は「高さが60メートル以上の建築物」を指す。これは昔「トリビアの泉」でもとりあげられたことがあって、うちの構造担当の上司が解説者で出演したことすらあるスーパー・マニアックなネタである。


さらに、実は第二の「限界耐力計算」は、バリエーションが他に2つある。

一つは、いわゆる「エネルギー法」というやつで、建築物に作用する力をエネルギーに換算した上で、建物が吸収できるエネルギーの限界点とそれを比較しようというものである。これは、主に制震ダンパーなど、地震エネルギーを吸収することで安全性を高める設計方法(「制震設計」)のために使われる検証法である。グラフで考えると、力の計算は折れ線グラフのポイントを探る計算であったのに対し、エネルギーの計算はその折れ線の下の面積を用いて計算する方法で、設計条件が全く同一の場合には、限界耐力計算でもエネルギー法でも全く同じ結果が得られることになる。

もう一つは、「免震設計」で、これは計算方法は力で考えるので通常の限界耐力計算と同じだが、免震設計の場合は、最下層に免震層という層を作るので、それより上の層には地震動がほとんど伝わらないようにする設計方法である。要は建物の下にローラーのようなものを入れて、地震が起きても揺れるのはローラーだけでその上に載っている建物は揺れない、という仕組みである。このような設計方法も、限界耐力計算で安全性が確かめられることになるが、免震層の上に載せられた構造に地震力が伝達しないようにするための特殊な設計と計算方法が必要になることから、通常の限界耐力計算+αという扱いになる。


このように、モデル化をどこまで精緻にするかによってどんどん計算方法が複雑になる。あまりに難しすぎるので、とても人間の手計算では無理な世界である。そこで、設計条件のデータを数値で入力すれば、あとは法律の求める基準に従った構造計算をやって、安全か安全でないかをはじき出してくれる計算プログラムのご登場、というわけである。それが今回問題になった「大臣認定プログラム」というやつだ。


しかし、この構造計算の精緻・複雑化とプログラムの登場は2つの問題を引き起こしたと個人的に俺は思う。

一つは、精緻であればあるほど、より安全ギリギリのポイントが絞りだされるということである。許容応力度計算のようなもっとも単純なモデルを置いた計算であれば、建物に必要だとされる耐力がかなり大きめに評価されるので、安全側にシフトするが、精緻なモデルによる計算をすれば逆に危険サイドへシフトする。結局、精緻化によって「安全と危険が隣り合わせたギリギリ安全の建築物」が出現する余地が出てくることになった。

もう一つの問題は、プログラムの登場によって、複雑化した構造計算は完全に人間のワザを超えた世界になってしまったという事実である。いわばブラック・ボックスである。これが設計者のモラルを低下させるだけでなく、審査側の人間の目さえすり抜けてしまうという問題を引き起こした。

何とも皮肉な話である。

とりあえず、だいたい各計算方法の思想が何となくつかめたのでこれからガンガン勉強してやろうと思う。