ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか

2016-12-06 フリーセックスの文化・ネアンデルタール人論241

人類の起源が二本の足で立ち上がったことにあるとすれば、それは、集団がフリーセックスの関係になってゆく体験でもあった。そうして、そこに住み着いてゆくものたちはフリーセックスの関係をやめて結束してゆき、そこからはぐれ出て拡散していったものたちは、さらなるフリーセックスの関係に飛び込んでいった。その無限の繰り返しの果てに、ネアンデルタール人(の祖先)が氷河期の北ヨーロッパにたどり着いた。それは、フリーセックスの関係が進化発展してゆく歴史であると同時に、その途中途中の地域に住み着いていったものたちによるフリーセックスの関係を解体して結束してゆく集団性が進化発展してゆく歴史でもあった。まあ、そうした拡散の通り道の地域では、フリーセックスの関係性とそれを解体して結束してゆく関係性の両方を持っている。そうやって一夫多妻制になったり、レイプの生態が定着したりしていった。イスラム国の、あの残虐な処刑も、一種のレイプに違いない。残虐であればあるほど、集団が結束してゆく契機になる。

ひとまずネアンデルタール人の社会には、一夫一婦制も一夫多妻制もレイプもなかった。フリーセックスの社会なのだから、そういう関係性は生まれようがなかった。もっとも現在のヨーロッパはネアンデルタール人の伝統だけではすまない社会になっているわけだが、それでも他の地域よりはずっとフリーセックスの関係性を基礎にした文化を持っている。たとえば彼らが、道ですれ違うだけの相手とも微笑みを交し合うことができるのはフリーセックスの文化であり、それに対して拡散の通り道である中東の一部の女たちは、顔を黒い布で隠している。またヨーロッパは移民を受け入れる歴史を歩んできたし、彼らは肌の色が違うアジア人やアフリカ人の子供でも平気で養子にする。これだってフリーセックスの文化が基礎になっているに違いない。

集団が結束してゆくから、そこからはぐれ出てゆくものも生まれてくる。はぐれ出てゆく歴史を無限に繰り返した果てに、氷河期の北ヨーロッパにネアンデルタール人が登場してきた。フリーセックスの文化とは「出会い」と「別れ」の文化であり、「結束」してゆく文化ではない。


極東の島国である日本列島だって、人類拡散の果てのフリーセックスの文化を持っている。

「女三界に家なし」で、日本列島の女は、ヨーロッパの女よりももっと社会的な結束の集団性からはぐれてしまっている。つまり、社会的な正義や道徳にとらわれていないということ、女の非日常性、まあそうやって今どきの主婦は不倫をするのだろうし、死を怖がっていないから男と一緒に死んでやることもできる。まあ人類拡散なんて心中のようなもので、「もう死んでもいい」という勢いがなければ実現することではなかった。

ともあれ、日本列島の女は、良くも悪くもセックスに対する感性が豊かであるらしい。フリーセックスの文化は、死に対する親密な感慨の文化でもある。

女は、どうしてあんなにも死を怖がらないのだろう。

日本列島の文化は、女がリードしてきた。それはもう、そうなのだ。「切腹」とか「特攻隊」というような習俗も、死に対する親密さの伝統を持った歴史風土の上に成り立っているのだろうが、それは、女の特性なのだ。どこの世界だろうといつの時代だろうと、男が女よりも死を怖がらないということがあったためしがない。日本列島の男たちの習俗がそこまで行ってしまったということは、女がさらにそれ以上のメンタリティをそなえていたということを意味する。西洋やイスラム社会では男と女が対立関係にあるような側面を持っていて、男と女のメンタリティの違いがはっきりしている。それに対して日本列島の男たちは、女にリードされ、女のあとを追いかけているようなところがある。「切腹」や「特攻隊」は、男の社会的立場が、女が持っている「死に対する親密さ」に限りなく近づいていった結果なのではないだろうか。

古事記オトタチバナヒメは、嵐に巻き込まれてしまった船の中で進退窮しているヤマトタケルを励ますために、海の中に飛び込んで見せた。日本列島の女にはそういう過激なところがあり、それが「切腹」や「特攻隊」の思想の原点になっているのかもしれない。まあ日本列島では、そうやって女にリードされながら歴史を歩んできたのだ。

現実にそんな女はいない、というなかれ。それはあなたが、そういう過激さを見せるに値するほどの存在ではないからだ。

「もう死んでもいい」という勢いは、女のほうがずっと過激に持っている。そして男たちは、その気配に引き寄せられてゆくし、その気配を失ってこの生やこの社会に居座る風情を持ってくると、なんだかげんなりしてしまう。女を政略結婚の道具にしてきたといっても、自分の人生に執着している女なんか見たくないという男たちの思いがある。それは、女に対する「差別」であると同時に「憧れ」でもある。そして女にだって、人生と決別することのカタルシス(浄化作用)がある。

女がリードする、すなわち女にセックスをやらせてもらうということ。縄文時代はそういう社会だったし、古代の「ツマドイ婚」だって、その流れの上にある。

男は、普遍的に「やらせてもらう」という意識がある。だから、金を払ってセックスをやらせてもらうという「娼婦制度」が世界中にある。縄文時代や古代には貨幣制度なんかなかったから、縄文時代の男たちはヒスイの玉を差し出してやらせてもらっていたし、古代の男たちは戸口に立って歌を差し出していた。万葉集には「詠み人知らず」の庶民の歌がたくさん収録されているということは、庶民にも歌を詠む習慣があったことを意味する。日本列島の和歌は、庶民によるセックスをやらせてもらうためのアイテムとして生まれてきたのであって、べつに貴人たちの優雅な趣味だったのではない。

ネアンデルタール人だって、おそらく「お願いしてやらせてもらっていた」のだ。そして女も、お願いされたら「やらせてあげてもいい」という気になる。男は女に憧れ、女は男を赦す。そうやってたがいに相手の存在を祝福しときめき合ってゆくこと、これが「フリーセックス」の文化だ。

男が女に憧れるということの根源的な心模様は、女が持っている「死に対する親密さ」を追いかけるということにある。そうやって人類の歴史は、フリーセックスの文化を進化発展させてきた。「もう死んでもいい」という勢いでこの生この生活と決別すれば、男なんか誰でもいいし、女なら誰でもいいのだ。


2016-12-05 しょうもない人間でなぜ悪い?ネアンデルタール人論240

われわれを生かしているのはこの世界の輝きにときめき感動する体験であって、自分が存在することの正当性や貴重であることの実感なんかではない。自分なんかしょうもない存在だし、生きてある権利や資格があるとも思えない。そんなことはたぶん、他人から与えられるのであって、自覚できることではない。そりゃあ僕だって、他者は生きていてほしいと願っている。しかし自分に関しては、生きてあることの疚しさといたたまれなさがどうしようもなく付きまとっている。まあ、それでも生きようとしてしまうのだから、因果なことだ。命のはたらきが、そういう仕組みになっている。生きてあることなんかほんとに後ろめたいことなのだけど、命のはたらきが自分を生かしている。生きようとしてしまう。

太宰治ではないが、生きていてすみません、というような気持ちは誰の中にもどこかしらで疼いているのではないだろうか。

しょうもない人間は、生きたいとも死にたいとも思わないまま生きている。思わないのに、気がついたら生きようとしてしまっている。そうやって、この生に閉じ込められている。

生きたいと思うほど、自分のこの生は素晴らしいものでもなんでもない。ひどいものだなあ、と思うばかりだ。それでも世界は輝いているし、心はときめいてしまう。世界の輝きがわれわれを生かしている。

人に好かれたいか、と自分に問うてみるが、よくわからない。そんなふうに自分をつくろうとするなんて、あさましいことだ。もともと人は人を好きになるようにできているわけで、そういう人の世の仕組みの中でわれわれは生きている。つまり人として自然なことは、自分が誰かを好きになることであって、好かれようとすることではない。

好かれているらしい、とわかったからといって、自分がしょうもない人間だという思いが消えるわけではなく、かえって居心地が悪くなってしまったりもする。であれば、好かれようという望みも「好かれている」という自覚もないまま「好かれている」状態こそ、いちばん心地よいのかもしれない。そのときの自分に向ける他者の笑顔は輝いている。ネアンデルタール人の社会のように誰もがあたりまえのように他者にときめいているのなら、ときめかれたいという望みも、ときめかれているという自覚も持つ必要がなかろう。そうして誰の笑顔も、豊かなときめきをたたえて輝いている。

まあ現代社会でそんな集団が生まれてくることはありえない。そんな集団になるためには、現代人は自意識が強すぎる。たとえば、宗教者の集団はみんな笑顔でときめき合っているではないかといっても、ときめかれようとする自意識がうごめき合っているだけで、じつは誰もときめいてなんかいない。笑顔を見せびらかし合っているだけのことで、誰もが、自分はときめかれるに値する存在だとうぬぼれている。そうやって「自尊感情」を膨らませることが、彼らの「法悦」というものらしい。

「自己救済」という目的と決別し、自分なんかしょうもない存在だと思っていなければ、他者の輝きを感じることはできない。現代社会の大人たちには、そういう「自分を忘れてしまう」契機がない。

ネアンデルタール人は、自分を救済しようとなんかしなかった。ただもう「自分を忘れて」ときめいていっただけであり、自分=身体のことを忘れてしまわなければ、その極寒の環境を生きることができなかった。そういう「イノセント」は、現代社会の大人たちにはない。

自分は救われてあるとか、幸せであるとか、そう自覚するぶんだけ人は、「世界の輝き」に対するときめきを喪失している。ときめくとは、「自分=この身体=この生」に張り付いた意識が「自分=この身体=この生」の外に向かって引きはがされる体験なのだ。

人は、この生のいたたまれなさを支払って「世界の輝き」にときめいてゆく。氷河期の北ヨーロッパという原始人にとっては苛酷この上ない極寒の環境に置かれたネアンデルタール人以上にイノセントなときめきを共有している人類集団などない。


共同体の制度の上に成り立った「文明」というのは恐ろしい。「文明」とは生き延びるための装置であり、そうやって人間からイノセントなときめきを奪ってしまう。

しかしそれでも人は「ときめく」という体験がなければ生きられないのであり、われわれ現代人は、文明によってもたらされる生き延びようとする欲望と、「もう死んでもいい」という勢いで世界の輝きにときめいてゆく原始的な衝動との兼ね合いで生きている。

絵や音楽や映画などに感動して鳥肌が立ったり泣けてきたりすることはいわば原始的な体験で、それはべつに「原始時代に戻れ」というようなことではなく、現代人の中にだって原始的な心の動きは残っているということだ。

感動することは、自己の存在の根拠が確かになるというような体験ではなく、存在の根拠が揺さぶられ崩壊するという「存在の危機」として体験されている。だから鳥肌が立ったり涙が出るというような身体現象が起きる。つまり、自己=身体が「生きられなさ」のさなかに投げ入れられる体験なのだ。そして人は、そういう体験がないと生きられないのだ。

心も命のはたらきも、「生きられなさ」の中でこそ活性化する。

人類の文化は、生き延びるための装置として進化発展してきたのではない。

人は、ときめき感動する体験がないと生きられない。人は「もう死んでもいい」という勢いで生きている。この生のはたらきは、そうやって活性化してゆく。


この生の「嘆き」を支払っている人ほどイノセントで豊かなときめきを生きている。男の僕からすると、女とはそういう存在かな、という思いがどうしてもある。男の「嘆き」なんか、たかが知れている。女ほど根源的ではない。女は、存在そのものにおいて深い「嘆き」を抱えている。

まあ今どきは、あまりにも俗っぽく自意識過剰でうんざりさせられるような女も少なからずいるのだが、「女の中の聖性と俗性」ということだろうか、女は、その存在論的な「嘆き」の深さゆえに、男よりもずっと、自分を守ろうとすることと自分を投げ出そうとすることとの振幅が大きい。だから俗っぽい女もたくさんいるわけだが、そんな女に「聖性」を見て惚れてしまう男だっている。

男はどうして女に惚れるのかという問題は難しすぎてよくわからないが、社会的な存在であるほかない男の心の中には女のほうが根源的な存在だという負い目のような感慨が潜んでいることももひとつにはあるのかもしれない。

女の「聖性」というか「非日常性」というか……そのひたむきさであれ、アンニュイな気配であれ、清潔さであれ、はかなさであれ、女神のようなカリスマ性であれ、女の「品性」というのは、何かしらの「遠い感じ」にあるのだろうか。この社会に居座っているような俗っぽい女は、あまり魅力的じゃない。

人は、根源的であろうとすると、生きにくくなる。そりゃあ、社会的文明的になる方がずっと生きやすい。それでもその「生きにくさ」に対する「遠い憧れ」があって、けっきょく「感動する話」とは「泣ける話」だったりするし、冒険活劇だって、ひとつの「生きにくさを生きる」話にほかならない。

人は、生きにくさを生きながら世界の輝きにときめいてゆく。

われわれは、生き延びるためのシステムが整った文明社会にありながら、それでも「生きにくさを生きる」ことに対してときめき感動してしまう。どんなに社会的に成功しようと、平和で豊かな社会で安穏に暮らしていようと、誰もがそのことに対する何かしらの負い目のようなものを抱えて生きている。

原始人だろうと現代人だろうと、つまるところときめき感動する体験が人を生かしているのであって、生き延びるための衣食住のことが第一義的な問題ではない。平和で豊かな社会を生きる文明人は、衣食住に執着し耽溺しながら、心のはたらきも命のはたらきも停滞・衰弱させている。ときめき感動する体験がないと、それは活性化しない。なんのかのといっても、誰だってそういう体験を欲しがっているし、そういう体験は「生きにくさを生きる」もののもとにある。

人は根源において「生きにくさを生きる」存在であり、衣食住が満たされた「幸せ」の中に置かれると、なんだか落ち着かなくなってきたりする。その落ち着かなさが歴史や時代を動かしたりもするわけで、人の世は、「平和で豊かな社会をつくろう」というスローガン通りに動いてゆくとはかぎらない。

どれほど社会的に成功した存在だろうと、誰にだってじつは、そうした「生きにくさを生きる」ものに対する何かしらの負い目が疼いている。

「生きにくさを生きる」ものこそ、この世のもっとも魅力的な存在なのだ。赤ん坊などはまさにそうした存在で、だから人は障害者や死にそうな病人や老人の介護もするのだし、「生きにくさを生きる」ことに対する感動が人を生かしているともいえる。

人がときめき感動する体験を生きる存在であるということは、誰もが「生きにくさを生きる」ことに対する負い目を抱えている、ということをを意味する。つまり、平和で豊かな社会であろうとそのことに対する「負い目」を抱えて動いているわけで、この世の動きは「平和で豊かな社会の実現を目指す」というだけではすまないのであり、極端にいえば、「もう死んでもいい」という勢いすなわち「人類は滅びてもかまわない」という感慨もどこかで作用しながら動いていっているのではないだろうか。そういう「平和で豊かな社会を目指す」という「観念」のはたらきと、「人類は滅びてもかまわない」という「無意識」のはたらきとの兼ね合いで人の世が動いてゆくのではないだろうか。

人は、「もう死んでもいい」という勢いでセックスをしたり、学問や芸術をしたり、遊び呆けたりしている生きものなわけで、「平和で豊かな社会を目指す」というスローガンだけではすまない。

まあね、そういうスローガンを正義ぶって振りかざされると、うんざりしてしまうのですよ。そういう集団があらわれても、その一方で「そんなことは、おら知らん」という層も必ずいるわけで、誰の中にもそういう感慨は息づいているのではないだろうか。

2016-12-01 死に対する親密な感慨・ネアンデルタール人論239

べつにセックスが生きる上でのいちばん大事なことだというわけでもなかろうが、人間性の基礎は、フリーセックスの関係性の上に成り立っているのではないだろうか。

原初の人類の集団は、一年中発情しながらフリーセックスの関係になってゆくことによって、猿から分かたれた。人類が拡散してゆく先には、つねにフリーセックスがあった。そういう「祭りの賑わい」があった。そうやって歌や踊りが生まれてきたのだし、そのときめき(感動)や好奇心がもとになって学問や芸術が生まれてきた。

人はときめき感動する生きもので、その体験がなければ生きられないし、その体験を持たない生が豊かであるはずもない。

もちろん衣食住がこの生を支えているということも確かだが、あり余るほど持っていなければ生きられないというわけでもないし、あり余るほど持っているからえらいというわけでも本質的な生のかたちだというわけでもないだろう。人間にとって衣食住はこの生の前提であって、目的ではない。心はそこから生きはじめるのであって、そこに向かって動いてゆくのではない。なるほどそれを目的にすれば上手に生きられるだろうが、人間は猿ではないのだから、そこまで単純には割り切れない。猿だって、それだけですんでいるのかどうかはわからない。

チンパンジーは、コロブスという小さな猿をつかまえてみんなで食べるということをする。それは彼らの常食ではないし、飢えているからからでもない。その肉が彼らにとって美味いかどうかということなどわからない。美味ければ、そればかり食うようなってゆくはずだ。彼らにとってそれは、生きるための衣食住を超えた「お祭り」であり、彼らだってときどきそんなことをしていないと生きられない。

人は、猿よりももっと「お祭り」が好きだし、そういうときめき感動する体験がないと生きられない。衣食住のことなんか忘れてときめき感動していってしまう心の動きを猿よりももっと豊かにというかダイナミックに持っている。つまり、衣食住が目的ではなく、衣食住を前提にして生きはじめてしまうところにこそ、人の心のややこしさと豊かさがある。

人間にとって生きることなんか、ただのお祭りなのだ。お祭り気分でいないと生きられない。セックスだろうと学問や芸術だろうと、「お祭り」なのだ。

お祭り気分で生きてなぜ悪い?人間だからこそ、そういう気分で生きてしまう。「もう死んでもいい」という勢いで、ときめき感動してしまうのだ。学問だろうと芸術だろうとスポーツだろうと、生き延びることが目的でやっているかぎり、「もう死んでもいい」という勢いで熱中してゆくことができるものにはけっきょくかなわないのだ。

セックスとは、「もう死んでもいい」という勢いですること。そのようにして原初の人類は、二本の足で立ち上がることによって「この生=日常」と決別して「非日常」の世界の超出してゆく体験に目覚め、その勢いで地球の隅々まで拡散していった。

人類拡散は、そのつど新しい「祭りの賑わい」というフリーセックスの場が生まれてくる現象だった。人類の歴史はフリーセックスの歴史だった、ともいえる。そうやって人間性というか、人間的な知性や感性が進化発展してきた。

原初の人類は、フリーセックスの場を生み出したことによって猿から分かたれた。

人間性および人と人の関係の基礎は、フリーセックスにある。セックスすることが大事だというのではない。人の心は、そういう「もう死んでもいい」という勢いでときめき感動してゆくことができる、ということ。学問や芸術に熱中してゆけばセックスどころではないかもしれないが、それでもそこには、人類がフリーセックスの歴史を歩んできたというということが基礎としてはたらいている。


原始人にとって衣食住はこの生の前提であって、目的ではなかった。だからそれは、最低限でよかった。最低限でもかまわなかった。そうやって、どんな住みにくいところでもかまわず、地球の隅々まで拡散していった。

人は、衣食住を目的に生きるのではなく、衣食住を前提にして生きはじめる存在であり、心はそこから「衣食住=この生」の外の「非日常」の世界に超出してゆき、ときめき感動するという体験をしている。

ネアンデルタール人が人類拡散の果てに氷河期の北ヨーロッパにたどり着いたことが、衣食住を目的にしていたはずがない。そこは、地球上のどこよりも衣食住がままならない環境だった。それでも、そこには、どこよりも豊かな人と人がときめき合い祝福し合う「フリーセックス=祭りの賑わい」の場が生まれていた。そうやって彼らは、その苛酷な環境の地に住み着いていった。

ヨーロッパの文化は、フリーセックスの文化だ。彼らは、街ですれ違うだけの相手にも微笑みを投げかける。まあこの国にだって、「袖すり合うも多生の縁」という諺がある。そしてこの国の女たちはどこよりも貞操観念が薄いらしく、古代以前は不倫なんかあたりまえの社会だった。この国では、多くのことを「見て見ぬふりをする」という作法の文化で歴史を歩んできた。女房が不倫しようとするまいと、自分とセックスすることに夢中になってくれるのならそれ以上は問わない……そういう気分は、今どきの男たちの中にもある。女房の不倫が許せないとか耐えられないというのは、江戸時代の儒教道徳や明治以来の近代合理主義の洗礼を受けてからふくらんできた心模様にすぎない。不倫は許さないという文化は、われわれが自前で生み出したものではない。ヨーロッパだって中世以前は不倫を赦す文化はあったが、彼らの場合、不倫をした女房は殺してもよいというイスラム文化の地と隣り合っており、その地から生まれたキリスト教で歴史を歩んできたといういきさつがある。だから男も女も、日本人以上に不倫に対する耐えがたさがあり、不倫をすれば殺さないが別れるとか、女がすごいヒステリーを起こすというような習俗にもなっている。もっともこの国にだって、不倫をした亭主を呪い殺すというような話もないわけでもないのだが、いずれにせよそれはあくまで「病理現象」であって、「人間性の自然」だとか「女の本質」だと認識されていたわけではない。

まあ不倫は家族制度の上に成り立っている関係性であるわけで、ネアンデルタール人の社会に「家族」などなかったのだから、不倫もくそもない。誰もが誰とでもセックスをしたし、まあ抱き合って寝ないと凍え死んでしまう環境だったし、人類はフリーセックスの生態文化をもっていたからそういう苛酷な地まで拡散してゆくことができたともいえる。

二人とも裸になって抱き合い、一緒に大型草食獣の毛皮にくるまってゆく。そんなふうにして毎晩寝床についていれば、どのような関係性になればもっとも豊かに性衝動が起きてくるかということは自然にわかってくるし、彼らは明日も生きてある保証のない環境で生きていたのだから、「もう死んでもいい」という心地になれるセックスは大切ないとなみだった。目覚めたら誰かが死んでいた、ということは日常茶飯事だったのだ。

人類がフリーセックスの関係性の歴史を歩んできたということは、死に対する親密な感慨とともに歴史を歩んできた、ということでもある。そうやって、どんな住みにくさもいとわず地球の隅々まで拡散していったのだ。人間性の基礎は、死に対する親密な感慨の上に成り立っている。まあ、原初の人類は二本の足で立ち上がってその感慨に目覚めたのであり、その感慨を携えて豊かにときめき合う関係性になっていったのだし、その感慨の果てに学問や芸術を生み出していった。


人は、死と生のはざまのぎりぎりのところに立って生きている。そこでこそ心や命のはたらきが活性化する、というパラドックスの上に人間性が成り立っている。

人は、「もう死んでもいい」という勢いでときめき感動してゆく。人類の歴史はけっきょくそういう勢いで動いてきたわけで、「生き延びる」ためのいとなみだったのではない。たとえ共同体の制度が「生き延びる」ためのものであっても、もう一方で、そうした「もう死んでもいい」勢いでときめいてゆく集団性や他者との関係性や個人としての意識がはたらいている。おそらく歴史には、人々の「無意識」によるそのような「見えない力」がはたらいている。たとえ現在の世界が、「生き延びる」ということを旗印にして、やれグローバリゼーションだ、国家・民族主義だと愚かな空騒ぎを繰り返しながらかえって滅亡への道を突き進んでいるように見えるとしても、きっとどこかに軟着陸してゆくのだろう。「もう死んでもいい」という勢いで「世界の輝き」にときめいてゆけば、それらのことはけっきょくのところどうでもいい。というか、「どうでもいい」というかたちで、どちらもおさまるところにおさまってゆくのではないだろうか。人類の文化が世界中に伝播・拡散してゆくこと(グローバリズム)も、地域ごとに言葉や生活が違ったりすること(国家・民族主義)も、それはそれで人間性の自然なのだ。人類は、「もう死んでもいい」という勢いで地球の隅々まで拡散し、「もう死んでもいい」という勢いでそれぞれの地に住み着いていった。

原始時代はもちろんのこと、現代においても、歴史の流れは、「生き延びるため」という下部構造決定論だけでは説明がつかない。


2016-11-29 孤独と集団性・ネアンデルタール人論238

氷河期の北ヨーロッパのネアンデルタール人は体力だけでその苛酷な寒さに耐えていた」だなんて、集団的置換説の学者たちはどうしてそんな愚劣なことをいいたがるのだろう。イギリスのストリンガーをはじめ、世界的な権威といわれる学者たちがそういっているのだもの、いやになる。

体がずんぐりしていようと、屈強だろうと、人間がそんなことだけで氷河期の苛烈な寒さに耐えられるはずがない。それでも耐えてくることができたのは、衣装や生活の仕方などにおいて、それなりに文化的な工夫していたからだ。

数万年前のネアンデルタール人はすでに体毛はほとんどなかったが、体力だけで耐えてゆく流儀で歴史を歩んできたのなら、そんなことにはならなかったはずだ。彼らに猿のような体毛がなかったということは、体力ではなく「文化」で耐えていたということを意味する。そしてそれは、アフリカ人がいきなりやってきて持てるようなものではなかった。

ネアンデルタール人が持っていた寒さを潜り抜けるための文化は、単純な衣食住だけのことではない。何十万年もかけて、体毛が抜け落ちてゆくのと引き換えに育ててきた、人と人の関係をはじめとする集団性の「生態」やメンタリティの文化があったのだ。

ネアンデルタール人の洞窟集団での男と女は家族を持たないフリーセックスの関係だったといわれているが、それは、集団内の結束が強く他の集団と没交渉だったことを意味するのではない。フリーセックスであるのなら、いきなりやってきた他の集団のものだって受け入れるし、他の集団に向かって旅立ってゆくものも少なくなかったということを意味する。そうやって彼らの集団はつねに離合集散を繰り返していたし、だから、ヨーロッパ中が同じような石器を使い、同じような狩りの仕方をしていた。彼らの人と人の関係は、けっしてなれなれしく密着したものではなく、いつでも離れることができる淡いものだった。だからこそフリーセックスの関係になることができたわけで、犬や猿のように野蛮で知能が遅れていたからではない。

現在のヨーロッパ人が持っている「孤独」とか「自立心」というようなメンタリティの原点は、おそらくネアンデルタール人にある。

それに対してアフリカでは、けっして他の部族のものとは交わらないという生態で歴史を歩んでいたのであり、だから今では地域ごとに身体形質も言葉もさまざまに分岐してしまっているし、複数の部族をひとつの国家という枠に押し込めてしまった結果として、部族間の内戦が頻発している。彼らは部族内の結束が強く、ヨーロッパに比べると、旅をする文化も旅人を歓迎する文化の伝統もない。

ネアンデルタール人は、ヨーロッパ中で同じような身体形質になっており、たとえば南欧の血が北欧まで運ばれていたという遺伝子分析の結果もある。彼らは、ひとりひとりが孤立していたからこそ、誰とでも交わることができる文化生態を持っていた。

氷河期の苛烈な寒さがやってくれば、乳幼児だけでなく大人の死亡率だってどんどん高くなってゆくわけで、集団の人口はどうしても目減りしてゆく。寒ければ寒いほど、たくさん人が寄り集まっていないと暮らせない。そういう情況に置かれていればもう、相手を選んでいる余裕なんかない。いきなりやってきた旅人だって歓迎するし、さびしい集団になってしまえば、より大きくにぎやかな集団を訪ねてみたいという気にもなってくる。そして、そういう動きの生態が可能になる人と人の関係の文化が育ってゆく。そこでは、誰もがこの生のいたたまれなさを抱えて孤立し、誰もがときめき合っていた。

明日も生きてあるかどうかわからない環境に置かれれば、他者との「一体感」など持ちようがない。死んでゆくことは、何はともあれこの世界とさよならすることであり、彼らの「孤独」は、「別れる」という関係を前提にして存在するほかない状況によってもたらされていた。つまり、たんなる唯我独尊のミーイズムの孤独ではなく、「別れのかなしみ」の上に成り立っている孤独だった。孤独それ自体が、他者との関係(=集団性)だった。そこから、フリーセックスの生態が生まれてきた。それはもうクロマニヨン人だってそうだったし、現在のヨーロッパ人のメンタリティや生態にもつながっている。

まあ、原初の人類が二本の足で立ち上がることそれ自体がすでにそういう孤独と集団性に目覚める体験だったのであり、その「出会い」と「別れ」を繰り返して生きるメンタリティティと生態によって地球の隅々まで拡散していったのだ。であれば、そうやって氷河期の北ヨーロッパにたどり着いたネアンデルタール人は、最初からそうしたメンタリティと生態を持っていたからそこに住み着いてゆくことができたともいえる。

何はともあれそこは、拡散の歴史を持たないアフリカ人がいきなりやってきて暮らせるような場所ではなかったのだ。


ネアンデルタール人の集団は、たえず離合集散を繰り返していた。そこでは、「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」が豊かに生成していた。

ヨーロッパ人は、わりとかんたんに離婚してしまう。それはもう、おそらくネアンデルタール人以来の伝統で、そのかわり、いくつになっても男女の出会いの機会が用意されている社会でもある。彼らは、個人として自立したメンタリティを持っているから、別れに耐えることができるし、出会いのときの会話の作法も文化として確立している。

彼らは、人との出会いにあたりまえのようにときめくし、その別れをあたりまえのように受け入れる。そうやって「個人」として自立している。それが彼らの「孤独」で、だからこそ人にときめくし、別れを受け入れることができる。

人類の二本の足で立つ姿勢は、生きものとしてとても危険で不安定な姿勢でもある。それは、個体としての「身体の孤立性(自立性)」を危うくする姿勢であるわけだが、それを、たがいに向き合う関係になることによって補っている。その関係になれば、たがいに相手の身体が心理的な壁となって安定する。その関係性の上に人間社会の文化が成り立っている。

人類は、地球の隅々まで拡散してゆく歴史の果てに、その関係性の文化を確立していったというか、豊かにしていった。そうやって、氷河期の北ヨーロッパにネアンデルタール人が登場してきた。彼らのフリーセックスの社会は、そういう人と人が向き合う関係の文化として成り立っていた。

人と人は、たがいに向き合い、たがいの身体のあいだに「空間=すきま」を確保し合ってゆくことによって、たがいの二本の足で立つ姿勢を安定させている。言葉はこの「空間=すきま」で生成しているわけで、言葉は「出会いのときめき」として生まれてきた。そして、だからこそその「空間=すきま」を無化して抱きしめ合うことに豊かな快楽が生まれるし、「別れのかなしみ」を受け入れる心模様にもなる。

人と人は、たがいに「身体の孤立性」を確保し合いながら向き合っている。向き合ってたがいの身体と身体のあいだに「空間=すきま」をつくり合わないと確保できない。


ネアンデルタール人の集団は、「結束」していたのではない。たがいにときめき合い「連携」していただけなのだ。そしてそこにこそ、地球の隅々まで拡散していった人間性の自然がある。

「結束」してしまったら、拡散なんか起きない。いいかえれば、拡散してゆくことをやめたものたちが「結束」していったのだ。そうやって拡散の通り道である西アジアでは「結束」の文化が育ち、拡散の果てに氷河期の北ヨーロッパにたどり着いたネアンデルタール人の集団性は、すでに誰もが孤立した個人として、あくまで「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」を基調にした「連携」の文化の上に成り立っていた。

ヨーロッパ人が日本にくれば、日本人と「連携」しようとする。日本人と結婚している例も少なくない。しかしヨーロッパに移住したアラブの移民は、アラブ人どうしで「結束」したコミュニティをつくってゆく。そういうメンタリティや生態が、ヨーロッパ人を苛立たせる。それはもう、現在の移民問題だけではなく、2000年前にユダヤ人がヨーロッパに移住して以来の歴史的な関係でもある。

アラブ人は、ヨーロッパ人のように「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」が豊かに交錯する流動的な社会はつくれない。その代わり、人類最初の国家という共同体をつくった。国家という共同体は、人と人を「結束」させることの上に成り立っている。

人類はもう国家という共同体と持ってしまったのだから、「結束」してゆく人と人の関係もいくぶんかは受け入れるしかないのだが、そればかりが特化すると住みにくい世の中になってしまう。アラブ人ならそれでよいのだろうが、「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」が生成している拡散の果ての地のヨーロッパや日本列島では、それだけでは息苦しくなってしまう。だから、不倫の関係も生まれてくる。イスラム社会のように、不倫をした女房は殺してしまってもいい、というわけにはいかない。ヨーロッパでも日本列島でも、不倫なんか大昔からいくらでもあったのだし、国家制度が確立していない古代以前は今よりももっと多かった。

まあ、日本列島では、「見て見ぬふりをする」という文化がある。結束至上主義の社会では、そういう文化は成り立たない。ヨーロッパでも日本列島でも、そういう態度をとれない人間は魅力的じゃないし、嫌われることも多い。正義を振りかざすだけが能じゃない。なれなれしくすればいいというものでもない。そういう人間は、人と人のあいだに横たわるほどよい「空間=すきま」をつくることができない。「出会いのときめき」も「別れのかなしみ」も知らない。

人をほめたがる人間ほど、人を糾弾したがる。まあ、自分がほめられてうれしいからほめたがるのだろうが、人にほめられたときは用心した方がいい。相手とのほどよい「空間=すきま」が危うくなりかけている。むやみに相手をほめないというのも、人としてのたしなみの内なのだ。そんなことをしないでも相手を楽しませてやる芸のひとつくらいは持っていたほうがよい。まあ、相手にときめいて上手に問うてゆくことができれば、相手だってそう悪い気もしないだろう。

むやみに相手をほめるのは、ときめいていることではない。くっつきたがっているか、なんらかの「返礼」を欲しがっているだけのことが多い。彼らは、くっつき合って結束している関係を生きようとする。

ときめいていることの証しは、ほめることではなく、「問い」の中にある。相手のことを問わずにいられないときめきがあるかどうか、それがなければ楽しいおしゃべりにはならない。ヨーロッパ人は、そういう機知に富んだ問いと答えの応酬の芸を持っている。それは、たがいの身体のあいだの「空間=すきま」で生成している。くっついてゆこうとも離れようともしない。

人と人の関係は、「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」のバイブレーションの上に成り立っている。人間とは、そういう生きものではないだろうか。


2016-11-24 生きられない・ネアンデルタール人論237

文明人は、生きてあることというか、生きてある自分に執着して、自分=観念が生き延びる先の「天国」や「極楽浄土」や「生まれ変わり」といった概念を生み出してきた。それはまあ人類が、「万物の霊長」として、地球上の生態系の頂点に立ったからだろうか。明日も来年も生きてあるという前提=信憑の延長上に、それらの概念がある。

しかし原始人の段階では、まだそういう意識はなかった。ライオンやウシやウマやシカや鳥などのほうが自然と調和してもっと上手に生きている、と思っていた。そのとき人類はまだまだ四苦八苦して生きていたし、氷河期の北ヨーロッパのネアンデルタール人にいたっては、明日も生きてあるという前提=信憑を持てなかった。おそらく彼らの生態や死生観はその艱難辛苦の生に閉じ込められてあることのいたたまれなさから生まれてきたのだろうし、人類の知能(=知性や感性)はまあ、そうした生の不可能性とともにというか、そうやって生と死のはざまに立って生きることによって進化発展してきた。

現在だって、心ある人は、人間のことを「万物の霊長」だとは思っていない。人の心も命のはたらきも、生と死のはざまに立って活性化するのであり、そういう生きられない心細さとともに活性化してゆくのだ。

人間は脳(知能)が発達しているそのぶんだけ、ほかの動物よりももっと生きられない心細さや、この生に閉じ込められてあるいたたまれなさを抱えて生きている。

文明社会は、明日も来年も生きてあるという前提=信憑が合意されていることの上に成り立っており、それは共同体の制度的な観念(=共同幻想)にほかならないわけで、そこからはぐれてこの生の不可能性に立てば、ひとりぼっちで取り残されているような心地になる。つまりネアンデルタール人は、誰もがそうしたひとりぼっちの途方に暮れた心地を抱えて生きていたということだ。だからこそ、誰もが他愛なくときめき合ってフリーセックスの社会をつくっていた。

50万年前に彼らの祖先氷河期の北ヨーロッパにたどり着いたとき、集団で移住していったのではおそらくない。なぜなら、そんな住みにくい土地への移住を集団が選択するはずがない。老人や女子供はそんなところで生きられるはずもないのだから、選択するわけがない。集団からはぐれた一部の若い男や女が、気がついたらそんなところにさまよい出てしまっただけだろうが、ほかの集団からも同じような男女が集まってきていて、そこに新しい集団が生まれていった。その、集団からはぐれてしまった「ひとりぼっち」の心地を共有しながら、そこに人と人が他愛なくときめき合う「祭りの賑わい」が生まれていった。

それは、どこからともなく人が集まってきてできた見知らぬものどうしの集団だった。そうしてその極寒の地は、大勢で寄り集まっていないと生きられなかった。

誰もが、集団からはぐれた「ひとりぼっち」の心地を抱えていた。人と人のときめき合う関係は、そのような途方に暮れた心地から生まれてくる。人間なら、誰の中にもそうした心地は息づいている。人類は、そのようなときめき合う関係の歴史を歩みながら、やがて無際限に人口がふくらんでゆく「都市」という集団を生み出していったわけで、ネアンデルタール人の社会はすでに都市的な性格を持っていたともいえる。人類史における「都市の発生」の基礎は、ネアンデルタール人がつくった。

「都市」とは、どこからともなく集まってきた人々が他愛なくときめき合う「祭りの賑わい」を生み出してゆく場所のこと。まあ、古代以前の祭りは、フリーセックスの場だった。

一年中発情している猿になった人類は、フリーセックスの場を生み出しながら地球の隅々まで拡散していった。他愛なくときめき合う「祭りの賑わい」こそ、人類の集団性の基礎=本質にほかならない。生きられない弱い存在として生と死のはざまに立っているから、そういう関係になることができる。

人類史は、そういう生のかたちの極限を、ネアンデルタール人の時代に体験した。もともと生きられなさを生きるというかたちで二本の足で立ち上がっていったのだから、そこまでいってしまうのは必然的なことだった。

男であれ女であれ、セックスアピールは、生と死のはざまに立っている気配にある。女は、死に誘われるようにしてオルガスムスに堕ちてゆく。人類は、生と死のはざまに立って歴史を歩み、文化を進化発展させてきた。

人類にとってのセックスは、その根源・本質において死に誘われる体験であって、子孫を残し種族を維持してゆくためとか、そんな目的でなされてきたのではない。死に誘われるようにして、二本の足で立ち上がり、一年中発情している猿になり、地球の隅々まで拡散していったのだ。

人間であれ他の動物であれ、セックスは相手セックスアピールを感じることの上に成り立っているのであって、種族維持の本能などというものがはたらいているのではない。猿だってそうやってセックスをしているし、死に気づいてしまった存在である人類の男と女の関係においては、その契機がもっと豊かにはたらいている。

猿が異性にセックスアピールを感じる機会は一年に一度か二度しかないが、人類はもう、それを一年中感じている。

つまりネアンデルタール人がフリーセックスの社会をつくることができたのは、誰もが生と死のはざまに立ち、誰もが相手セックスアピールを感じていたからであって、べつに猿のように知能が低くけものじみていたからではない。生きられなさのさなかに置かれていた彼らは、平和で豊かな社会で暮らすわれわれ現代人よりも、もっと豊かなときめきを生きていた。