ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか

2006-12-01 ネアンデルタールはほんとうに滅んだのか

[] 11:38

今日から、ネアンデルタールは滅んだと主張する世の「集団的置換説」に、異論・反論を書き継いでゆこうと決めました。

日本ではもう、研究者の世界もジャーナリストの世界も、「置換説」一色です。

しかしアマチュアの世界では、この説に疑問を抱いている人はたくさんいる。

人類がアフリカを出て極寒の北ヨーロッパにたどりついて五十万年間、その営々と築いてきた歴史と伝統とは、いったいなんだったのか。このことを、考古人類学の世界で、きちんと問われているでしょうか。ネアンデルタールは滅んでしまったからそんなことはたいした問題ではないのだ、知能が遅れていたに決まっている、といわれても、われわれは納得できない。

ネアンデルタールだって、人類七百万年の歴史を背負ってこの地球上に登場してきたのです。脳容量だって、けっしてホモ・サピエンスに負けていなかった。研究者のなかには、ネアンデルタールの脳は筋肉みたいなものだった、などと乱暴なことをいう人がいます。冗談じゃない、人間の脳は、人間の脳に決まっている。それが筋肉みたいなものであるはずがない。彼らの頭蓋骨の額の部分がホモ・サピエンスほどには立っていないことをもって、前頭葉が未発達だったなどともいわれているが、前頭葉の脳全体にたいする割合は、人間もチンパンジーも同じなのです。ネアンデルタールがどういうかたちで脳の中に前頭葉を収めようと、ネアンデルタールの勝手でしょう。

いずれにせよ、数十万年前の原始人が氷河期の北ヨーロッパで生き延びていたという事実は、驚異的なことです。涙が出るほど感動的ではないですか。人間というのはすごいなあ、と思いませんか。

それは、けっしてかんたんなことではなかったはずです。原始人レベルの文化でその厳しい環境を生き延びようとすれば、それなりに多大の苦悩やストレスを抱え込まねばならなかったにちがいない。おそらく、その苦悩やストレスを処理するために脳が発達した。ネアンデルタールの脳容量が現代人よりも多かったということは、そのぶんネアンデルタールの知能のほうが発達していた、ということかもしれない。現代人よりも文化が未発達だったからこそ、より高度で複雑な脳の働きを強いられていた。最先端の携帯電話を使いこなすギャルが、携帯電話すら持っていない哲学者よりも頭がいいともいえないでしょう。そうしてネアンデルタールに苦悩やストレスが多かったということは、そこから多くの快楽というカタルシスを汲み上げていた、ということを意味します。そうやって脳は発達する。極寒の北ヨーロッパを生きるその苦悩とストレスこそが、彼らのその地で生きる喜びでもあった。たとえばそういう状況におかれていれば、人を抱きしめるときめきもひとしおのものがあるでしょう。ヨーロッパ人の抱きしめあう挨拶は、ネアンデルタールの伝統であろうと思えます。

異論反論は、山ほどあります。彼らは、根底的に間違っている。揚げ足取りをするつもりはない。根底的に、異論反論を唱えたいのです。


人気ブログランキングへ

フォルティシモフォルティシモ 2010/04/09 10:09 現代人よりもネアンデルタ−ル人の方が知能が上だったという話を今日始めて聞きました。
われわれが進化の過程で「知的に優れていた」ので生き残ったのだと小さいときから考えていたので、とても新鮮で面白い内容だと思いました。
大学の講義中に覗き見させていただいた程度なので、これからHIROMITIさんのブログを時々覗かせていただければと思います
古い文章から呼んでいくつもりなので、こんなコメントをするのは少し変ですが、これからも面白いブログを書いていってください♪

HIROMITIHIROMITI 2010/04/09 16:50 思いがけないコメントで、泣きそうになりながら喜んでいます。
世の中には、見捨てないで読んでくれる人がいる。ほんの少しであっても。
ネアンデルタールのことと直立二足歩行の起源に関しては、世界中を敵に回してもいいたいことがある、という動機でこのブログをはじめました。
小林秀雄は、「文献に頼るものは文献につまずく」といったけど、こういう起源仮説をたんなるデータの知識だけで進めて、人間とは何かという思考を置き去りにしてしまっていいのでしょうか。
率直に人間とは何かということを考えたらそれではつじつまが合わないではないか、というような説が多すぎます。
彼らが氷河期の北ヨーロッパで、どんな思いでどんな暮らしをしていたかということは、データだけでわかるものではなく、人間の根源に対する思考力と想像力が必要になる。データなんか、どんな風にでも解釈できます。人間に対する基礎的な思考が粗雑なまま乱暴にデータだけをいじっているから、結論がとんでもない方向に行ってしまう。
これだけは信じてください。人間とは何かという率直な問いと想像力なら、ネアンデルタールを語る世界中のどんな研究者よりも僕のほうが持っている。
その問いとイマジネーションを誰かと共有できたらという願いをこめて書きました。
いつのまにか話題が逸れてゆき、四年たって今や大いに迷走してしまっているのだけれど、人間の根源のかたちとは何か、という問いだけは変わっていないつもりだし、ネアンデルタールのことと直立二足歩行のときはいつも頭にあって、ときどき書いています。いつか集中して書き直そうとも思ってます。何しろ、途中(予定の2、3割のところ)で横道に逸れていってしまったものだから。
あなたのコメントを読み、僕よりももっと率直に人間とは何かと問うている人だろうと思えたことが、いちばんうれしくありがたかったことです。
ネアンデルタールについて考えることは、人間はいつからどのように地球の隅々まで拡散していったのか、いつからなぜ家族というものを持ったのか、国家を持ったのか、戦争をするようになったのか、いつからなぜ「所有」という概念を持って支配したり競争したりするようになってきたのか、そういうもろもろの起源のメルクマールになった人々です。つまり「パンドラの箱」を開けてしまう直前の時代の人々だった。
そういう興味で呼んでもらえるなら、ちょっとは楽しんでもらえるのではないかと思っています。

独居老人独居老人 2010/04/10 19:23 初めまして、HIROMITI様。
独居老人と申します。
数日来最新記事のいくつかを拝読し、これは最初から読まねばとここにやって参りました。
 直立二足歩行の起源に関するHIROMITI様の論文、楽しみです。
胸がときめいています。
有難う御座いました。

HIROMITIHIROMITI 2010/04/10 23:26 独居老人様、いただいたコメントうれしく拝見させていただきました。
自分はどこまで人と生きてあることの感慨を共有できるか……勝手な独りよがりだといわれるのはいつものことだけど、ほんとうは、そのことばかり気にしながら書いています。
だから、それでいいからもっと書けと励ましてもらえると、ほんとにうれしいです。
直立二足歩行のことは、二十代のころからずっと考え続けてきたことで、それなりにたどり着いた地平もあるのだけれど、まだまとまった形では書いていません。ただ、何を考えるにも直立二足歩行のことが基礎になっていて、いつもことばのはしばしに出てきてしまいます。
現在流布されているすべての起源仮説に対して「そんなことがあるものか」と思うのだけれど、僕の主張にうなずいてくれる人がいるという自信も皆目ありません。
だから、いじましくしょっちゅう小出しにして書いている。
今僕がもっとも主張したい基本的なことは、それによって人類は生き延びる能力を喪失したということ。そして、生き延びる能力を喪失したものが生き延びてきたのが「進化論」なのだということ。
だから、ダーウィンの進化論はちがう、と思っています。
畑に害虫駆除剤をまいて生き延びてくる個体は、必ずしも大きく頑丈な個体ではない。むしろ小さな弱い個体から免疫をそなえた次世代が生まれてくる場合のほうが多いらしいのです。
いつも薬を飲んでいる人の体内の細菌は弱っていびつになっているのだけれど、そういうところから免疫を持った新しい細菌が突然変異して生まれてくる。
このへんのからくりは、大いに興味があるところです。
あなたがどんな人生を歩んでこられたのかは知るよしもありませんが、現在孤独な立場に立っておられる人から共感してもらえる部分があるとしたら、とても勇気づけられます。
とはいえ、今でもこわごわ書いているブログですから、最初のころのものがどこまであなたの読むに耐えられるものであるのかは、なお自信がないところです。
どうか、寛容の目で読んでいただけたら、と思っております。

つぶあんつぶあん 2010/04/25 14:32 はじめましてつぶあんと申します。
独居老人さんと同じく最新記事をいくつか読みこれはすべて読みたいと思いました。

HIROMITIHIROMITI 2010/04/26 01:01 ほんとうですか?
そのように反応してもらえるなんて、何か不思議な感じがします。
もちろん、おおいに励まされるのだけれど。
むかしの記事は、赤面するようなものも多く、恥ずかしいのですが、めんどくさいのでそのままにしてあります。
はじめは、ひとつのテーマを持続して書き続けようという意気込みだったのですが、すぐにあっちこっちテーマが変わってゆく書き方になってしまいました。
まあ、なるべくつまみ食いのような済ませ方はするまい、という心がけくらいは会ったのですが。
ところで僕は、アンパンは粒あんのほうが好きなのだけれど、それがなぜかもう何十年も考えているのに、どうしてもわかりません。

しゃるどねしゃるどね 2013/04/09 07:52 初めまして。私も今日ここから読んでみたいと思います。

HIROMITIHIROMITI 2013/04/09 09:00 思いがけないコメントを、ほんとにありがとうございます。
うれしいです。
やっぱりネアンデルタール論に帰ってゆこう、と改めて思わせられています。
今は「天皇の起源」のことをあちこちつまずきながら書いているのですが、何を書いても「人間とは何か」ということの基礎を手探りしているわけで、いずれもっと根源的にネアンデルタール論を問えるようになれればと思っています。