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2017-04-28

ようこそ、この世界へ

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2016年7月26日神奈川県相模原市の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で、その事件は起きた。激しいショックを受けた。19人が殺害され、26人が負傷したという事実だけでは捉えられない暴力と恐怖の世界自分が生きていることを改めて思い知った。津久井やまゆり園で殺され、重傷を負わされた人たちは障害をもった人たちだった。加害者は障害をもった人を狙って犯行を企てた。抵抗するすべもない重度障害者を標的に選んだ。障がい者を殺すことが不幸を減らすことだと考えていた──社会もそれに同意するだろうと見積もっていた。「障害者は生きていても仕方がない」「障害者安楽死させた方がいい」、そのように加害者確信していた。障がい者を選別し、その抹殺を図り、それを実行したのだった。


相模原事件 兵庫県「不幸な子」生まぬ運動の過去 神戸新聞 2016/9/5

戦前には、障害児の出生の抑制目的とした国民優生法(戦後優生保護法)があった。96年、優生思想に基づく強制断種などの条文が削除され、母体保護法に改正されたが、経済的困窮や母体保護を理由にした中絶は今も認められている。

医療の進展で新たな問題も起きている。妊婦血液から胎児ダウン症などを調べる新出生前診断が可能になり、2016年3月までの3年間で3万人超が受診研究チームの調査では、染色体異常が確定した妊婦の94%(394人)が中絶を選んだ。


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Bach - Chaconne - Vengerov



渡部麻衣子玉井真理子『出生前診断わたしたち 「新型出生前診断(NTPT)が問いかけるもの』を中心に、「出生前検査対象」とされるダウン症について整理しておきたい。

[asin:4865000267:detail]

19世紀後半、イギリス医師ジョン・ラングドン・ダウンが「ダウン症」を「発見」した。これは当時の英国社会福祉政策の進展とともに、精神障がい者知的障がい者を明確に区別する必要が指摘され、知的障がい者対象とした収容施設が開設されたことによる。知的障がい者に特化した(知的障がい者隔離する)王立アールスウッド病院の医長に就任したジョン・ラングドン・ダウンは、適切な医療ケア提供するために、知的障がい者を分類することを提案した。彼は分類の体系を「人種概念」に求め、観察対象者を身体的特徴に基づき5つの人種型に分類した。ダーウィンの『種の起源』は1855年に発表されている。

ジョン・ラングドン・ダウンの「観察」により現在ダウン症と呼ばれている人たちは「発見」され、集団として認識される。「観察する側の人間であるダウン医師による観察対象者の事例は、人種概念への新たな視座をもたらすことになる。すなわち、人種は不変ではなく可変であるということだ。なぜなら、我々のなかに「退化」の特徴を引き継いだ型を持つ人間の事例を得たのだから。彼の「業績」は次のようなものである

まりダウンは、人種の違いは進化の結果であると主張した。ダウンがその主張の根拠とした「退化の事例」こそが、彼が「蒙古型」に分類した、現在では「ダウン症」と呼ばれる集団存在であった。

ダウンは「蒙古型」の身体的特徴を次のように表現している。


「顔は平で広く凹凸が少ない。顔は丸く、横に広がっている。目の幅が正常よりも広い。瞼裂は非常に狭い。前頭には皺があり、唇は大きく分厚く横に裂けている。舌は長く、太く、丸い。鼻は小さい。肌は若干汚く黄色みがかかっており、身体に対してはおおきすぎるために、弾力に欠ける。」


こうした身体的特徴を踏まえた上で、患者ヨーロッパ人子どもとは思えず、その人種的特徴は「退化の結果」であることは「疑いようがない」と論じた。そしてダウンは、この「退化」の証拠発見したことが、論文重要な成果だと主張した。なぜならそれこそが、「進化」を通じた人種の「連続性」を証明するからだ。



出生前診断わたしたち 「新型出生前診断」(NTPT)が問いかけるもの』(渡部麻衣子玉井真理子、生活書院)p.53

このジョン・ラングドン・ダウンの観察は、何よりも身体的特徴を詳細にあげている。彼の患者たちが、「正常」とは、すなわち一般的ヨーロッパ人の身体とは、どれほど異なっているのかを事細かに描いている。それが彼の「発見」なのである。これは一方で「望まれない身体」というものがどのように理解され、それがいかに「可変的」なものであるのかという理解にも繋がるだろう。ヨーロッパ人の中から、典型的ヨーロッパ人とは異なる身体を持った人たちが生まれてくる──それは「退化」の徴であり、それゆえその人たちを「蒙古型」と名付けたのである


1959年フランスの遺伝学者ジェロム・ルジェンらが染色体の異数性に基づき「蒙古症」を再定義した。染色体21番のトリソミーが3本あること、である。それが「異数性」と呼ばれる状態である。分類が次なる分類を可能にする。「蒙古症」の症状から、染色体の状態に基づく診断が可能になる。直接症状を診ることができない胎児の診断が可能になる。染色体の異数性という遺伝学に基づく論理的な分類体系を獲得したことにより、その結果として、「ダウン症」は1960年代後半に羊水検査がはじまって以降、出生前検査対象となった。「染色体21番のトリソミー」として括られる人たちの「生」が本人たちの意識とは無関係問題化される。「生のあり方」それ自体問題化される。それは「産まれるべきかどうか」の検討対象になることだ。「どの」生のあり方が「産まれるべきかどうか」の検討対象になるのか。どのように「ある」ことが認められ、どのように「ある」ことが認められないのか。それは現に今、「この世界」で生きている「その人たち」の生に、どのような評価を与えていることになるのか。


母体血清マーカー検査の開発に携わった英国の公衆衛生学・疫学専門家ニコラス・ヴァルドは、2008年英国学士院会員に選出され、勲章を授与された。ヴァルドとデーヴィッド・ブロックは共同で研究を行い、1974年に「母体血清中の胎児蛋白を指標とする二分脊椎症と無脳症出生前診断」を発表した。二人はその後、ダウン症胎児に目を向ける。ヴァルドらの研究チームは国の支援を受ける。英国では1990年代を通して、ダウン症代表される染色体の異数性を対象とする母体血清マーカー検査は、妊娠中に受ける一般的検査の一つとして定着した。ヴァルドらは出生前検査の意義を次のように表明する──それは、染色体の異数性を持つ胎児の出生を減らすことによる経済効果にある、と。

ヴァルド等は、1984年論文の結論において、彼らの推奨するコストは、ダウン症子どもたちのための特別ケアにかかるコストに照らして考慮されるべきだろう」として、検査提供する意義を強調した。また、ヴァルド等の主張を支持したかつての共同研究者であるブロックは、同年発表したレターの中で、「検査の意義は経済効果にある」とし、「ダウン症出生率を下げる機会が、感情的理由のために失われるのは残念だ」と述べている。ヴァルド等は、臨床応用の契機となった1988年論文の結論においては、さらに具体的に、彼らの主張を政策的に応用すれば、「年間900あるダウン症児の出生を350にまで減らすことができるだろう」と結論している。

彼らが主張するように、検査が「経済効果」をもたらすためには、胎児ダウン症のある妊娠中絶されなければならない。これらの主張からは、開発者等が、胎児ダウン症があった場合妊婦人工妊娠中絶を選択することを当然視していたことがわかる。


出生前診断わたしたち』p.60-61

この経済効果を煽る人工妊娠中絶の推奨は、現在ならばネオリベラリズム政策の典型と見なされるだろう。このことは絶対に覚えておく必要がある。ネオリベラリズムを「局所的に」捉え、何がそれと「親和的であるか」を告発する機制において、この事例は、そのネオリベラリズム批判においてもはや漏れてはならないものなのである


米国産科婦人科学会(ACOG)と米国遺伝医学学会は、2007年2008年のそれぞれガイドラインにおいて、年齢に関わらず、すべての妊婦に「染色体異常」のスクリーニング検査提示することを推奨した。それに対し、ブライアン・スコトコ医師は「ACOGは、性別を理由とした人工妊娠中絶は、”セクシストの価値観をゆるし”、”性差別がたやすくはびこる風潮”をつくるという見解を示したが、それとは対照的に、ダウン症の出生前スクリーニングを支持することで、障害者差別がたやすくはびこる風潮は是認しているのだろうか?」と指摘している。スコトコ医師は妹がダウン症であることを公表している。スコトコ医師ダウン症に関する、医療側ではなく親の側から見た「ダウン症の告知」の実態調査し、それを論文として発表した。


性選択による選択的人工妊娠中絶と障害による選択的人工妊娠中絶比較をした論文に、笹原八代美『選択的人工妊娠中絶障害者権利 : 女性人権問題としての性選択との比較を通して』がある。 http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/3383/2/SR0002_160-181.pdf


写真家のリチャード・ベイリー(Richard Bailey)は、365人のダウン症子どもたちのポートレート作品〈365〉を発表した。ダウン症の娘をもつベイリーは述べる。「イングランドだけで、毎日一人か二人の子どもダウン症を持って産まれて、それらの子ども達が実際には互いにどれほど異なっているのか」と。「多くのダウン症のある子ども達と出会うことで、子ども達には幅広い可能性と障がいがあるということを知らされた」。

また、エメル・ジレスピー(Emer Gillespie)は〈あなたを撮るわ、私を撮って(Picture You, Picture Me)〉で医学の「まなざし」と家族の「まなざし」の差異表現する。

「私写真」に分類されるこの作品では、同じ構図の中で、ジレスピーと娘が撮影者と被写体役割を交互に演じている。撮影者と被写体が交互に入れ替わることを通して、作品は、撮る側と撮られる側の関係性を問うている。また、同時にそこからは、異なる意思を持つ存在としての親と子の関係性についてのメタファーを読み取ることができる。作品中には、娘にダウン症があることが全く表されていない。しかし、それがダウン症に関するプロジェクトの中に位置づけられることで、医学が「ダウン症」と分類する「生」に対して、分類することのない「まなざし」の存在効果的に表現されている。ジレスピーの作品代表される、プロジェクトで発表された「私写真」は、家族写真が「証拠」として表象する「健全」な家族関係を構成する要素を抽出して表すことで、「ダウン症」を「異常」として分類する医学の「まなざし」を問い直す。



出生前診断わたしたち』p.74-75


SHIFTING PERSPECTIVES http://shiftingperspectives.org/small.html

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Emer Gillespie Picture You, Picture Me


  • 「産んでもよいが、産まれてこなくてもよい胎児

新型出生前検査は、検査対象を明確に選別している。それだけではない。それは染色体の数の「異常」を持つ胎児を、「(産んでもよいが)産まれてこなくてもよい胎児」と改めて定義する結果になっている。その定義社会に共有される。「産まれてこなくてもよい胎児」を中絶することが規範(ノーマティヴ)になる。そのような潮流により「産まれてこなくてもよい」と定義される染色体の数の異常を持って生きる人たちとその家族を、実際に、現に、深く傷つけている。その人たちの尊厳を奪っている。その人たちの生の「あり方」を否定している。「もし、胎児特定の状況にあるために、殺すのが正しく適切だと決定されるのなら、なぜその胎児と同じ状況にある人々が、単に年齢を経ているというだけで権利を認められるのだろうか」*1

生前検査は、それが確定診断を目的といているか否かにかかわらず、胎児を「医学的に『異常』と定義される状態」かつ「検査可能な状態」を持つ胎児とそうでない胎児とに分類する。そしてこの分類は人工妊娠中絶を選択する基準となる。つまり生前検査は、医学という一つの専門知の認識に基づく分類と技術の可能性によって、産む胎児を選択することを可能にする技術である。言い換えれば、出生前検査は、人の「生」のはじまりの基準を医学認識に置く技術である

医学認識を人の「生」のはじまりの基準とすることは、医学を人の「生」の基準とすることと同義である医学というひとつの専門知が人の「生」の基準となるということは、人の「生」に対して私たちの持つ認識が、医学認識によって支配されるということを意味する。出生前検査私たちに投げかける課題は、この支配をいかに制御し得るのか、さらに言えばこの支配に対していかに抵抗するのか、ということだ。



出生前診断わたしたち』p.44


  • 「弱い人を排除していこうとするのはかつてのナチだけではありません。いまもそのまま続いているのです」

技術進歩社会のなかの”排除”を加速させています。治療によって病気をなくすのではなく、病人そのものを排除する、これは病気を持つ人を理解しようとする方向性をまったく逆にするものです。私たちは(妊婦へのマススクリーニング検査の導入は悪いことだと正々堂々と言いたいのです」

──21トリソミーの人たちに不利益がある、ということでしょうか。

「生きにくくさせています。80万人の妊婦破壊的(カタストロフィック)なイメージが広がっています。検査を受けますか?と言われるたびに、妊婦21トリソミーに対する悪いイメージ医師から聞くのです。不当なレッテルです。世論がこれほどネガティブだと、私たちキャンペーンが追いつきません。景気の悪化社会保障費も抑えられています。21トリソミー研究についても、根絶の対処にいったい誰が研究費を割くでしょうか? もういないのだから……と言われてしまうのです」

(中略)

スクリーニングが広範に普及するいまの状況は前代未聞です。医学病気と闘わなければならないのに、医学の名において大量に排除していっています。この15年は技術進歩市場主義によって、優生思想が強まっているのです。弱い人を排除していこうとするのはかつてのナチだけではありません。いまもそのまま続いているのです」



酒井律子いのちを選ぶ社会 出生前診断のいま』(NHK出版)p.76-77*2



どの命が、私たちが現にいま生きている「この世界」に存在することが許されるのか。

それは言い換えれば、どの命が「この世界」から排除されているのか、排除されようとしているのか、ということになる。どの命が「そうであること」を理由に私たちが現にいまこうして生きている「この世界」から排除される/されているのか。どの胎児が「望まれない生」という烙印を捺され、どの胎児が「産まれてこなくてもよい生」とされるのか。それは、まぎれもない「命の選別」ではないか──他にどのような言い方ができるのか。

「望まれない身体」を持つであろう人たちが「この世界」から「静かに」排除されている。このことは、まぎれもない事実である。そして、この「静かさ」が不気味なのは、他の多くの場合排除排除される人たちの間には抗争のようなものが生じ、それらが可視化され、排除される人たちに支援の目が向けられる可能性が常にある──支援の目が向けられるよう導く人がいる。しかし中絶場合はどうなのか。「それ」と同じように充分に可視化されているのだろうか。「それ」と同じように充分に認識されているだろうか。「それ」と同じように支援の目が向けられるよう導く人がいるのだろうか。
「この世界」から排除されている命がある、今まさに排除されようとしている命がある。それなのに、そういうことが起こっているのに、あまりにも「静か」ではないのだろうか。そしてこの「静かさ」が不気味なのは、「それ」と同じように可視化されうるのに、「それ」と同じように認識されうるのに、「それ」と同じように支援の目が向けられるよう導く人が「ここに」いないことである
選択的人工妊娠中絶は、「この世界」に「いる」ことが許される人とそうでない人を予め振り分けている。「この世界」に「いる」ことが許される「あり方」を決めている。このことは、まぎれもない事実である。選択的人工妊娠中絶は、原初の「予めの排除」に他ならない。そのことを理解できないわけがない。

選択的人工妊娠中絶のような「命の選別」が静かに進行している。「望まれない身体」を持つであろう人たちが、予め、静かに、排除されている。私たちが現にいま生きている「この世界」は、私たちが気づかないうちに浄化されている。いや、本当に気づいていないのだろうか? すでに私たちは「クィアスタディーズ」というアメリカの新興学問喧伝している「排除浄化理論」なるものをどういうわけか知っている。すでに私たちはそれが指示する「近似した問題」に直面しているのではないか。このことがそれが教え諭す「近似した問題」なのではないか──そうだとしたら、誰と連帯すべきなのか? そうだとしたら、何に対して抵抗すべきなのか? そうだとしたら、それをどう捉え、それにどのように介入すべきなのか? 


誕生、おめでとう。はじめて見る世界はまぶしいでしょう? 今、お母さんのおなかの中から出てくるという大仕事をなしとげて、安心して眠っているのでしょうか。
あなたには、「ダウン症」という形容詞が与えられることになるでしょう。あなたには、まだわからないだろうけど、世の中の人たちは「ダウン症」という言葉に「知的障害」とか「かわいそうな子」とか、「不幸な子」なんていう言葉を重ねたりします。
だから、もしかすると、あなたのお母さんは、今ごろ、声を殺して泣いているかもしれません。お父さんは、そんなお母さんにかける言葉もなく、立ちすくんでいるかもしれません。もしもあなたがたった今しゃべることができたとしたら、こんなふうに言うかもしれません。「やめてくれよ。どうしてぼくが生まれると、みんな泣くのさ」
その通り。私たちは、そんなあなたに心から「ようこそ」と言いたくて、この本を作りました


あなた名前は何というのですか? 何も知らない人たちは、あなたのことを「知的障害児」と呼ぶのでしょうね。ちょっと理解している人は、「ダウン症児」と呼ぶでしょう。でも、それはどちらもちがいます。あなたあなたあなた自身名前をもった、ただ一人のかけがえのない人。そのことを知っている人たちは、あなたのことを名前で呼びます。
この本に出てくる人たちは、そのことを知っています。これから何人もの人たちに勇気を授けてくれることになるあなたへ私たちは、心から呼びかけます。
誕生おめでとう。ようこそ、この世界へ!



『ようこそダウン症赤ちゃん』(日本ダウン症協会編著、三省堂)p.2-3

[asin:4385358877:detail]

*1:Daves,1989:83 笹原八代美「選択的人工妊娠中絶障害者権利 : 女性人権問題としての性選択との比較を通して」

*2

いのちを選ぶ社会 出生前診断のいま

いのちを選ぶ社会 出生前診断のいま

2017-04-14

あのシナモンロールとあのパンケーキ 〜 レベッカ・ブラウンの『体の贈り物』

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以前、Twitterフォロワーさんから教えてもらったレベッカ・ブラウンの『体の贈り物』を読んだ。『体の贈り物』は、主にエイズ患者介護するホームケア・ワーカーである〈私〉を語り手にした連作短編集で、一つ一つの短編はそれだけでストーリーは完結しているものの、それらは何かしらどこかしらつながっており、全体でゆるやかに結びついて一つの大きな物語のようになっている。平易で飾り気のない言葉によって綴られる、一つ一つの短い物語は、それだけとれば内容的にはどれも悲愴なものかもしれない。しかし、その一つ一つの物語には、人に対する愛と、人に対する信頼と、人に対する希望がどこまでも溢れ出ている。一つ一つの短い物語は、一人一人の人生ときには若くして死を意識せざるを得ない人たちの人生のほぼ最後の時期を描いている。たとえ短い生涯であったとしても、この世に祝福されないで生まれてきた人はいない、人は誰かに愛され、誰かを愛することができる。この世に生を授かった一人一人の命はどれもかけがえのないものであり、一人一人の生は誰かの、誰かへの「贈り物」なのである。そのような確信を、その最小限の言葉から綴られる一つ一つの物語の中に読み取った。ある人の人生の長さ、短さは、その人の個性でしかない、同じように「病気」に罹っていることも。

レベッカ・ブラウンRebecca Brown)は1956年生まれのアメリカ合衆国作家で『体の贈り物』(The Gifts of the Body)は1995年に発表された。1995年(それ以前)はどいういう時代であったのかを想像することが本書を読むにあたって必要かもしれない。解説によれば、この小説で描かれていることの一部はレベッカ・ブラウン経験から得たものだという。

体の贈り物 (新潮文庫)

体の贈り物 (新潮文庫)

〈私〉は「UCS都市共同体サービス)」の利用者であるリックを訪れる。リックのためにシナモンロールを特別な店で買っていく。リックはその店のシナモンロールが大好きなのである。それを一緒に食べ、会話をして、そして掃除をして〈私〉は帰る。ある日、〈私〉がリックの部屋に行く。今日手ぶらでいいよ、リック電話で伝えてきていた。部屋に入るとひどく衰弱したリックがいた。UCS責任者マーガレット電話をしてリック病院へ連れて行くことにした。マーガレットリックが出て行った後、部屋に残った〈私〉はキッチンシナモンロールが二つ置いてあったのを見つける。エイズの末期患者であるリックがこの部屋からその店へ行くのに、どれほどの時間と労力を費やしたのか。それは『汗の贈り物』だった。そして〈私〉は、リック自分でできることが、もはやほとんど残されていないことを思い知る。同時に、リックがそのことを遂に身を持って自覚したことも知る。それはリックが、かつてバリーという末期患者を「助けて」いたとき記憶が甦ってくるからだ。バリーはすでに亡くなっている。〈私〉はリック自分のための用意してくれた贈り物シナモンロールを一人で食べる。

コニーリンドストロムは、子供たちの誘いを頑として受け入れず生まれた家を出ようとしない。また、子供たちが彼女心配して一緒に住むことも拒否している。それが病気感染し年老いたコニーの唯一の「わがまま」でありプライドだった。それでも一人でできることの選択が一つ一つ減っていき、ホームケア・エイドに頼むしかなくなった。

他人の世話になっているのを誰にも知られていない、ということはそれなりの意味がある。UCSがはじまったころは、自分エイズだと知られると近所の人がパニックを起こすのでは、とみんな心配したから、UCSのメンバーは、何をしに来ているのかはっきり言わないように指示されていた。「知りあいなんです」とか言っておくのだ。


レベッカ・ブラウン『体の贈り物』(柴田元幸 訳、新潮社)p.31

〈私〉はコニーをバスタブに入れ、体を洗う。コニーの切除された片方の乳房のあたりで〈私〉がためらっていると、『もう痛くないのよ』とコニーが言った。『充足の贈り物』

ホスピスの順番待ちということは、誰かが死んで空きができると、予約リストの次の人がホスピスに入ることができるという「システム」のことである。エドはその仕組みを十分によく理解している。ホスピス最後場所である。だからエドは自分アパートからホスピスに移りたくないと〈わたし〉に言う。ときに激しい口調で。研修では、利用者患者が「言語的・肉体的暴力」をふるいだしたらその場を立ち去るべきだと教わった。しかし〈私〉はエドの場合はそれとは違うと判断する。エドは泣けなかった。涙管が損なわれて、泣けなかった。泣きたくても泣けない『涙の贈り物』だった。

〈私〉の担当利用者はカーロスという男性だった。しかし『肌の贈り物』では、カーロスと同居し彼の世話をしているマーティと〈私〉のやり取りに前半のページを割く。マーティぽっちゃりとした30歳ぐらいの男性仕事に行かなければならないのに、カーロスのことが気になってなかなかアパートから出ていかない。何度も何度も、何かあったら職場電話して、と〈私〉に言う。留守中に何かが起きたら……。
カーロスは導尿器を装着していることに屈辱感を抱いていた。しかしすぐにカーロスと〈私〉は打ち解けた。「君の肌、すごく清潔な感じがする」とカーロスは言った。〈私〉は時間をかけて、カーロスをベッドから出し、バスタブで体を洗った。それだけのことでもカーロスは疲れる。でも、きれいになった体で空気を肌に感じることができた。

コニーの息子である)ジョーはほぼ毎日、午前中の休憩時間電話してきた。二人は『トゥデイ』でやっていることやジョーの仕事のことを話したり、今度来るとき何か持ってきてほしいものがあるかとジョーが訊いたりした。ジョーとは私も二、三度顔を合わせていた。すごく気のいい人で、それは彼のボーイフレンドのトニーも同じだった。あるときジョーは私に、何だか申し訳ない気がする、病気になるはずなのはママじゃなくて僕なのに、と言ったことがあった。ジョーもトニーも、検査の結果は陰性だった。申し訳なく思ったって仕方ないのはわかってるんだけど、どうしても思ってしまうんだ、とジョーは言った。ママは何も悪いことなんかしていないし、こんな目に遭ういわれはないんだ、と彼は言った。あなただって何も悪いことしてないし、誰もこんな目に遭ういわれはないと思う、と私は言った。言ったとたん、ひどく説教臭く聞こえて、しまったと思ったが、ジョーは私の顔をチラッと見ただけだった。母親が彼を責めていないことはジョーも承知していた。彼女ゲイの男たちを責めていなかった。血液銀行のことは責めてもよかったはずなのに、やはり責めていなかった。とにかくジョーは私が言ったことを悪く取りはしなかった。彼はいつも、ママを助けてくれてありがとうと言ってくれた。母親がすごく気に入っている人がそばにいてくれること、やっと母親が人の助けを借りることになったことを、みんなとても喜んでいるのだとジョーは言った。


p.82-83

そして『飢えの贈り物』では、パンケーキシロップをめぐる、すごく印象的なお話が語られる。

『動きの贈り物』では『涙の贈り物』のエドが再登場する。エドはホスピスに入っている。一度、ホスピスに入ることを拒絶した彼は「システムに逆らって勝った」人間だと他の入居者に言われていた。「システムを負かせる奴なら、何だって負かせるんじゃないか。こいつならひょっとして、生きてここから出られるかもしれない」。
エドは「そのシステム」に本当に打ち勝とうとする。〈私〉が友人として(UCS利用者としてではなく)ホスピスを訪れると、エドはそのホスピスの最古参になっていた──エドがホスピスに入ったときにいた人たちは、みんな死んでいた。友だちができても、その友だちは次の週には死んでいた。誰かが死ぬと、次のホスピスの順番待ちリストから別の誰かがホスピスに入ってくる。それが「そのシステム」だった。エドは〈私〉を玄関まで送れることを得意に思っていた。病状のため、友人を見送れないホスピスの住人が多かったからだ。
だが、そのこともできなくなりそうな時期がエドにも近づいた。そしてエドは自分の足でここから歩いてホスピスから出て行った。「システムに打ち勝つ」ために。まだ、辛うじて動けるうちに。他のホスピスの住人に生きてここを出られるんだということを示すために。ここは死に場所ではない、誰かが死ななくても、別の誰かがこのホスピスの空室に入居できるのだということを示すために。エドは自分の足で、歩いて出て行った。「システム」に勝利したのだった。〈私〉がホスピスへ行くと、みんなが「俺たちのエド」の話をしていた。それがエドの『動きの贈り物』だった。

〈私〉がその公営施設に住んでいるUCS新しい利用者を訪ねたとき最初その人物マーティだと気がつかなかった。あまりにも風貌が変わってしまっていたからだ。あのときのマーディはカーロスの世話をしていて、ぽっちゃりした30歳ぐらいの青年に見えた。今は違う。痩せて、顔に皺が刻まれていて、年齢は50歳ぐらいに見えた。
マーティは〈私〉も知っているカーロスのことを話した。マーティはカーロスの最後を見届けた。カーロスの最後はずいぶん苦しんだ。マーティとカーロスは小さいころからの友だちで、いろんなことを一緒にくぐり抜けた仲だった。「僕のためならあいつは何でもしてくれた。本当に何でも。僕もあいつのためなら何でもした」。カーロスの最後はずいぶん苦しんだ。カーロスは病気と闘うのに疲れていた。ものすごく痛がっていた。マーティはカーロスのためならば何でもした。マーティはカーロスのために「手伝った」──『死の贈り物』をあげた。

疫病が何年もつづいて、やっとポスピスができた。まず一軒できて、それからまた一軒。六ヶ月以上生きられない人だけが、入ることができた。死ぬのにどこか「快適」な場を提供する、というのが理念だった。ホスピスが開くと、どこもものすごい長い順番待ちリストができた。入れたら、よほど運がいいということだった。でもみんなどんどん死んでいったから、回転も速かった。それでも、発病する人はもっと増えたから、リストますます長くなっていった。


p.138-139

エドが「システムに逆らって」ホスピスから出て行った後、その空きにリックが入ることになった。ホスピスに入るとリックは「利用者」でなくなる。〈私〉の今のレギュラー利用者コニーだけになった。マーガレットは「次の人」をはじめる前に少し休んだらどう、と言った。〈私〉は別のヘルパーのサブになった。〈私〉はマイクのサブのヘルパーになった。
〈私〉はリックに会いにホスピスへ行った。リックは見るからに具合が悪そうだった。目はうつろで「ハイリック」と声をかけても、何も言わず、首を動かすこともしなかった。彼に意識があったら──そのように想定した〈私〉は一人で彼に話しかける。彼に自分の声を聞いて欲しかった。あの店のシナモンロールが大好きだったリック……。
するとリックの唇がひきつり声が出てきた。「ヌグムシュー」。「もう一度言って、リック」。「ヌグ-ム-シュー」。〈私〉はリックの言っていることを理解した。そして同じことを彼に言った「私もあなたがいなくて寂しいよ(アイ・ミス・ユー・トゥー)」。それが言葉の贈り物』だった。

キースを見て〈私〉はその姿を見て怯えた。触るのが怖く、彼を見るのも怖かった。彼の黒っぽい茶色の肌に、黒っぽい紫色の腫物が体中にできていた。〈私〉のすることはキースの体に軟膏を塗ることだった。もうそれしかすることはなかった。キースはアフリカ教師仕事をしていた。キースの母親アフリカ行きをすごく喜んでくれた──故郷に帰るみたいじゃない、と。病気になって、それでアメリカへ戻ってきた。
次の土曜日キースに会いに行くと、キースの姪が空港まで彼の母親を迎えに行くところだった。キースの容態は急変していた。「もうすぐお母さんが来るよ、じきお母さんに会えるんだよ」と〈私〉は彼を抱えながら何度も何度も言った。『姿の贈り物』

希望の贈り物』で〈私〉は自分の身近な人が病気になっていることを知る。その人が病気だったことを初めて知る。それはUSCマネージャーであるマーガレットだった。彼女病気悪化に伴い、USCの職を辞する。それを知って言葉がなかった。

USCの発足当時は、男性二人が自宅で開いただけの組織で、すべてボランティアだった。ところが、何年もやっているうちに、まずオフィスができて、さらに大きなオフィスに移り、いろんなプログラムが作られていって、助成金もついた。すべてPWA*1の人々のためのプログラムだという点は前と同じだったが、他の障害者支援にまで拡張したらどうかという話し合いも進んでいた。


p.174-175

マーガレットお別れ会の日に〈わたし〉はUSCのメンバーを見回す。いろんな人がここにいる。みんな身近な人が病気感染しているか自身感染している人ばかりだった。「あなた病気になって、残念です。あなたはすごい人です、マーガレット。本当にすごいと思う。もし何か私にできることが──」と〈私〉は彼女に言った。マーガレットは〈私〉に言う、「もう一度希望を持ってちょうだい」。

〈私〉のレビラーだったコニーの容態が急激に悪化した。コニーの息子ジョーとその恋人トニーは実家に住むようになった。もはや母親の「わがまま」は通用しなくなった。娘のイングリッドも双子の子供をつれてできるだけコニーの元へやってきた。飼い猫だったミスキティコニーに会わせることができた──医者がここまできたら構わないと許可した。
「あたしは幸運よね」とコニーは言った。「もうずっと前からわかっていたから、みんなと話し合ったり、愛してるって伝えられたもの」。『悼みの贈り物』



先に記したように、『体の贈り物』はホームケア・ワーカーの〈私〉を語り手にした連作短編集になっていて、一つ一つの物語はそれだけで完結しているものの、全体はそれらがゆるやかに結びついていて、ある物語登場人物が別の物語に再登場する。一つ一つの小さな物語は、一連の流れのように配置され、大きな一つの物語のようにも読める。〈私〉がレギュラー担当しているコニーはいろいろな場面に登場する。コニーの息子の恋人トニーがそうであるように、物語が進むにしたがって〈私〉もコニー家族のような存在になっていく。人間だけではなく、何度か登場するリックが好きだったシナモンロールコニー家族を結び付けるパンケーキも、忘れがたい印象を読者に与える。
一方で、マーティがそうだったように、先の物語では、友人や恋人看護する立場であった人物が、後の物語では〈私〉に看護される人物として再登場することもある。マーガレット場合のように、これまで患者介護に身を捧げてきた人物が、今後は自分介護を受ける立場になることが暗示される。登場人物の多くは病気に冒されており、まだ体の自由が効く人は、より重症化した人を介護する。そして介護をしていた人の病状が悪化すると、別の誰かと〈私〉がその人の介護をする。

『体の贈り物』はそういう物語でもある。しかしそれは決して陰鬱な軌跡を描いてはいない──そのように〈私〉は早計に判断を下さない。〈私〉は人と人とを結び付けているものを、そのように時空を超えた高みから「ジャッジする側」に就いてはいないし、就こうとなんか思っていない。〈私〉はケアをする人たちと同じ空間にいることで、そして、彼ら彼女らと同じ時間を過ごすことによって、彼ら彼女らから「贈り物」をもらっている。〈私〉はリックホスピスに入る直前、まだ彼が話せる状態で「利用者」として最後に会ったときリックから「アイ・ミス・ユー」と言われたことにずっとこだわっている。
マーティマーガレットがそうだったように、「役割」の交換は、死に近づくことを意味する。自分の死を意識しながら、より死に近づいている人のケアをする。死の意識によって、彼ら彼女らは結びつき、そこに連帯のようなものが生まれる。しかしそれは決して「強制された連帯」ではない。連帯するよう他人強要するような「権力者」はそこには存在しない。信頼関係も何もないのに「指導教官」のように振る舞う者もいない。むしろ、この複数の小さな物語を読んで思ったのは、エイズがより深刻な状況であった時代のことを「まことしやかに語り」ながら、それを利用し、それによって他人勝手に強引に自分研究に直結する学問領域包摂し、包摂したからには勝手に「その名=クィア」で他人を呼び、そうやって包摂した人たちを自分研究材料として自他ともに認めさせること。そうやって他の研究分野の人たちにも「それ」を既成事実として認めさせること。それはエイズによる多くの小さな名もなき人たちの死を、自分たち研究領域他人包摂させるための口実として利用しているのではないか。そうやって多くの人の死を「まことしやかに語り」、自分研究領域なるものに「その人たち」を包摂し、その包摂を受け入れよう命じるための恫喝材料にすること──このことと「抱き合わせ」、その「抱き合わせ」で他の要求他人に呑ませること。このことと、「ペドフィリア擁護することを強要する」ことを巧妙に「抱き合わせ」、そうせざるを得ない状況に他人を陥れること。それはエイズで亡くなった多くの人の死を「まことしやかに語り」、その多くの人の死を自分の利害のために利用する死神のやり方だ。他人を教え諭すために、「教え諭す側」に就くために、多くの人の死を「まことしやかに語る」死神。多くの人の死を他人を教え諭すための道具にする死神。多くの人の死を、「何か」と「抱き合わせ」るために利用する死神。なぜ、他人を、自分管轄のような研究領域包摂させることができるのか。その権能はどこから与えられたものなのか。どうして研究領域という特定大学教員の都合でしかない「クィアという領域」に問答無用で含められなければならないのか。その領域は誰が設定し、そこに含まれるか含まれないのかは、誰がどうやって決めるのか。そもそも、なぜそんなものがあるのか。
特定大学教員研究領域クィアスタディーズがあるから、それに沿った形で〈わたしたち〉の生の在り方が決められるのか。
特定大学教員研究業績に直結させるために〈わたしたち〉の生の在り方が、そこに都合よく嵌め込まれるのか。
特定大学教員自分研究領域制度化し国家から研究費を捻出するために〈わたしたち〉を利用すること、それを〈わたしたち〉はなすすべもなく見ていることしかできないのだろうか。
日本エイズにより亡くなった人は「クィア」と呼ばれ差別暴力を受け苦しんだのだろうか。


「ごめんなさい、エド」と私は言った。

反応が返ってくるのに数秒かかった。やがてエドは言った。「君にはわからないよ、どんな気持ちがするか」

「うん、わからない。ごめんなさい」


『体の贈り物』p.49


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アメリカの新興学問」=クィアの横暴と欺瞞セクシュアルハラスメントと薄汚い包摂のやり方に断固として抵抗するために。

*1:People With AIDS, エイズとともに生きる人々

2017-04-11

実は初読、大人のための『Yの悲劇』

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エラリー・クイーンの『Yの悲劇』を最初に読んだのは小学生ときだった。学校図書館にあった「文研の名作ミステリー」という子供向けにリライト超訳か)されたシリーズの一冊で、他にアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』やジョン・ディクスン・カー『ろう人形館の殺人』、ガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』、ダシール・ハメットマルタの鷹』、F・W・クロフツ英仏海峡のなぞ』、コナン・ドイルバスビルの魔の犬』も同じ叢書で同じ時期に読んだ。ウィリアム・アイリッシュジョルジュ・シムノンモーリス・ルブランはなぜか読まなかった。タイトルがそそらなかったのかもしれないし、カヴァーの絵が気に入らなかったのかもしれない、もしかすると今では思いつかないような子供っぽい理由──しかしその当時は、何かしらの判断により導かれたそれなりにきちんとした理由──があったのかもしれない。
現在、これら推理小説古典的名作以前に子供の時分に読んだ本で書名をきちんと憶えているのは寺村輝夫の『ぼくは王様』ぐらいしかない。こういう本を読みたいとはっきりと意識して、そういった本を探し出し、そのような本を自ら選び読んだ本だからこそ憶えている。つまり、僕の読書遍歴は、これら推理小説古典作品を読んだことから始まった。これら推理小説出会いによって読書することが楽器を弾くことやスポーツをすることと同じ習慣になった。

もちろん、数多くの様々な本がある図書館内で、いきなり犬が棒に当たるように(多分、この諺の意味子供とき以来、取り違えているだろう)これらミステリの名作群に出くわしたわけではない。それまで図書館自体にも「読書時間」以外は足を踏み入れることなどなかった。きっかけは、何年生か忘れたが『小学○年生』みたいな雑誌付録探偵図鑑トリック事例集みたいな冊子があって、それを持ち歩いて読んでいたことにある。当時は、そこで紹介されている探偵たち──シャーロック・ホームズエルキュール・ポアロミス・マープルら──は「実在人物」だと半ば思っていたこともあった。当時の読解力では、そこに書かれてあった探偵を紹介した文章と、野口英世ヘレン・ケラーらを紹介した文章との区別がつかなかった。野口英世ヘレン・ケラーらと同じく、探偵たちは偉人だった──彼ら彼女らの「仕事」を読むと、みんな偉人のように思えた。探偵辞典はもう一つの偉人伝だった。トリック集のほうも熱心に読んだ記憶があるのだが、とりわけはっきりと覚えているのは、こういうもの。

浴室あるいは浴場で男がナイフのようなもので胸を刺されて殺された。しかし凶器発見されなかった。だた室内には魔法瓶があった。犯人氷柱(つらら)を魔法瓶の中に入れそれで被害者を殺したのだった。浴場なので氷柱はすぐに溶けてなくなる、というもの。

そんなもの凶器になるのか、と、それを読んだ子供の頃の自分は、目をパチクリさせたはずだ。もっとも、今思うとこれだけでは「本当のトリック」は成立しない。犯人が「ナイフのようなもの」を持たずに浴室または浴場から出て行ったことを確実に観察していた第三者存在必要になり、それでもって「消えた凶器」というものが意味をなす。つまり凶器消失が主眼であり、そのために作者は氷柱凶器として選んだ、だからもし他に「消失する凶器」があれば、氷柱であることは必要な条件ではない。今思うとこのシチュエーションこそが気になるが、ただ、そのときは「溶けて消える」凶器を選んだということがすごいと思ったのではなく、単に「氷柱というもの」で人を殺す/殺せることがすごいと思った──微妙トリックの「本当のすごさ」の焦点がズレていた。それでも子供の頃は、この凶器氷柱選択は「本当にすごい」と思い、他の殺人術を差し置いて、記憶ストックの一番上の引出しにずっと収まっていた。作者の凝らした含意を理解していなくても「氷柱で人を殺す」というイメージ子供の心は捉えられた。このトリックには出典があるのだろうが、いまだ出くわしていない(と書いたが、ググったらそれらしい小説特定できた)。

同じ号か別の号か忘れたがやはり『小学○年生』(だと思う)に掲載された、小学生探偵役にしたマンガ──すなわち読者と同じ子供活躍する──のことを今でもはっきりと覚えている。タイトルは『わかった犯人は』(もしかすると「わかったはんにんは」だったかもしれない)。場所日本のどこかの漁村小学生たちは地元の子供なのか旅行かなにかで訪れているのかは、はっきりと覚えていない。はっきりとくっきりと覚えているのは事件をめぐるある種の仕掛けで、それ以外の枝葉末節はきれいさっぱり忘れている。事件自体は真夜中に幽霊が現れ、子どもたちがその幽霊に脅かされるというもの。なぜ幽霊なのかといえば、被害者は「手のお化け」に襲われるからだ。暗闇に手だけが光のように見え、その手に子供が追いかけられる。中盤あたりで探偵役の少年は何やら推理をし、砂浜に”わかったはんにんは”と書く。友人の少女はそれを見て「わかった犯人は」と解釈する。おそらく少女少年犯人名前を尋ねたのだろう。しかし探偵役の少年は訳知り顔しただけなのだろう(ここはおぼろげにしか記憶がない。ただ物語としてはそうならないわけはないと思う)。
一方で、探偵役の少年小学生なので漢字で「犯人」を書けないのだろう──と、読者である当時小学生であった僕は訳知り顔でそう思ったかもしれない。

後半、探偵役の少年事件概要を他の同級生たちの前で披露する。それは犯人少年が(動機失念)、オキアミのような発光プランクトンを手に塗り、手を光らせ、それで別の子供たちを脅かしていたのだった。発光プランクトンを手に塗って手のお化けになれるなんて子供騙しだな、これなら自分蛍光塗料を手に塗って同じことができるな(真似してやってみるか)と思っていた矢先に衝撃が走る。その仕掛けに先に気がつくのは探偵役の少年が浜辺に書いた文字を「わかった犯人は」と解釈した少女である少女の衝撃と読者である僕の衝撃はそこで完全に呼応した。犯人名前は「タツカワ」(漢字で龍川か辰河か…は忘れた)だった。つまり探偵役の少年は、少女と読者に早い段階で犯人名前を指示していたのである。「わかったはんにんは」は「わかった犯人は」と解釈するのではなく、右から読んで「はんにんはたっかわ」、すなわち「犯人はタツカワ」と解釈すべきだった。
そしてさらに衝撃的だったのは、それがこのマンガタイトルになっていたことだった。フィクション内の少女が「犯人はタツカワ」に衝撃を受けていた以上に読者は、それプラスフィクション自体の仕掛けに衝撃を受けねばならなかったのであるストーリーが始まる以前に、最初から犯人名前が名指しされていた。それに気がつかなかった愚かな「わたしたち」読者。当時、子供だった僕は、この「すごさ」を「すごい」と思ったが、それがどこまですごいのかをきちんと理解するまでには、もっと多くの時間経験必要だった。愚かな子供だった僕は、子供らしく考えていて、なぜ身近に「タツカワ君」という名前の生徒がいないのか、残念だった──おそらく「タツカワ君」がいれば、それの真似をしつつ一部改竄をして、それと「近似したフィクション」を作れると思ったかもしれない。

学校図書館で「文研の名作ミステリー」を探し当て、それらを読んだのは、そういった経緯があったからである。とくに『Yの悲劇』と『ABC殺人事件』には感動し、何度も何度も読んだ。「鈍器」などのよく意味がわからない言葉辞書で調べ、マンドリンなどの見知らぬ楽器図鑑を見て確認した。今思うと、こういう風に本を読むことも自分にとっての”study”の一部だったんだなと思う。それによって文研版『Yの悲劇』の仕掛けは完璧に把握した。印象的な挿絵は今でもくっきりとはっきりと覚えている。だから、これまでずっと、子ども向けリライトではない完訳版『Yの悲劇』は読んだことがなかった。

今回、角川文庫で新訳が出ていたのでエラリー・クイーンの『Yの悲劇』を読んでみた。ストーリーの流れを大きく左右しない一部の登場人物割愛されていたかもしれないが、物語構成事実関係被害者加害者は、子供の頃に読んだ子供向けリライト版とまったく変わらなかった。ある意味安心した。いちおうミステリ・ファンを自認しているのに、こんな基本書を「間違って」記憶しているということはなかった。
以下は、『Yの悲劇』は本当は何がすごかったのかを今現在知識ざっと確認するものである犯人名こそ名指ししないが、仕掛けには触れる。未読の方はご注意を。もっともこのサイトを見ている人で『Yの悲劇』を読んだことがない人はそれほどいないと思うし、もしまだならすぐにでも読むべきでしょう。いちおう警告しました、以下に何が書いてあっても責任は取りませんよ!


現在大人になってから『Yの悲劇』を読むと、そのすごさは小説内で起こっている(起こった)出来事小説内の小説出来事と同じである、という点につきると思う。しかも小説内の小説推理小説である。これに「メタフィクション」という専門用語を導入すると、直感的にすごいと思ったことが本当にすごいのだと説明することが可能になる。若島正氏は「ミステリ内部に、別のミステリ作家あるいはミステリ作品が登場する」構造を次のように書く。『Yの悲劇』のすごさはこの説明で十分だと思う。『Yの悲劇』の粗筋を書く必要もない。

メタミステリ典型中の典型ともいうべき手法。この代表例は、言うまでもなくエラリィ・クイーンの『Yの悲劇である。ハッター家の惨劇を描いたこ作品で読者を震撼させる最大の山場は、自殺した当主ヨーク・ハッターがひそかに執筆を夢見ていた『ヴァニラ殺人事件』という探偵小説の概略が出てくる場面であることは疑いない。もちろん、ここでその虚構虚構であるヴァニラ殺人事件』は、『Yの悲劇』そのものをそっくりなぞっている(というよりその逆で、『Yの悲劇』で起こる出来事は『ヴァニラ殺人事件』を下敷きにしている)ところが肝心だ。あの有名な凶器として使われたマンドリンは、この二つのテキストあいだのかすかなズレとでも言ってよい。こうして小説Fの内部に虚構虚構fが埋め込まれ、Fとfのあいだになんらかの同型関係が認められる(つまり、fがFの小型モデルになる)ような仕掛けがメタフィクション一般的自己言及構造である。『Yの悲劇』では、『ヴァニラ殺人事件』のくだりを読み進めるとき、Fの読者(すなわちわれわれ)とfの読者(実は犯人)がテクストの壁を越えて呼応する。


若島正メタミステリなんか怖くない」(『ミステリマガジン12/1994、早川書房)より

ちょっとだけ補足しておく。それは、エラリー・クイーンの『Yの悲劇』を読んだこともないのに、しかも先ほど『Yの悲劇』のネタバレをすると忠告しておいたのに、ここまで読んでいる〈あなた〉のために。もしかすると〈あなた〉は何か「邪悪意図」をもっていて、それゆえ僕が(も)何か「邪悪意図」でもってこの文章を書いているのだと思い込んで、その確認をしたいがために『Yの悲劇』を読まずして、今、この文章を読んでいるのかもしれない。その〈あなた〉のために補足を。

さて、何がわかったでしょうか。架空犯罪の筋書きが、細部にわたって猿真似同然に実行されたこと。自分なりの判断選択必要とされる局面では、実行者がおのおのの未熟さ、子供っぽさをことごとくさらけだしてしまうこと。

○○○はあらすじに忠実に従いながらも、その微妙な含意をまったく理解していなかったのです。理解していたのは何をするかと明示されている部分だけで、なぜそうするのかまでは読みとれませんでした。


エラリー・クイーン『Yの悲劇』(越前敏弥 訳、角川文庫)p.413-414

エラリー・クイーンの『Yの悲劇』の特徴は、自殺した名門一族当主ヨーク・ハッター(Y)が書いた推理小説テキストを入手した「犯人」が、そのテキストに則って犯行を犯すというものである。「犯人」はできるだけ忠実にテキストに従おうとする。しかしテキストには曖昧な部分があり(それはある程度の知識経験があればわざわざ記さなくても理解できるはずだと「著者Y」が考えたもの)、しかも「犯人自身テキスト独自解釈し、その意図を読み間違える。「鈍器」(ブラントインストゥルメント)と「楽器」(ミュージカル・インストゥルメント)を取り違え、そのため「犯人」はマンドリン被害者を殴打し殺害する。警察探偵は「なぜマンドリン凶器に選ばれたのか?」という問題を設定し、彼らはそれに対する解答を延々と考え、悩み、読者もそれにずっと付き合わされる。ここにおいて「擬似問題」に悩まされる愚かな〈わたしたち〉が、そのテクストの壁を越えて呼応する。アメリカあたりのどこかの誰かが言ったことを鵜呑みにし、その猿真似に付き合わされる〈わたしたち〉の愚かさと呼応する。


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アメリカの新興学問」=クィアの横暴と欺瞞セクシュアルハラスメントと薄汚い包摂のやり方に断固として抵抗するために。クィア理論なんて疑似問題ばかりじゃないか。しかも特定大学関係者の業績に直結するように、その問題が設定され、特定大学教員の専門領域に沿うように勝手に強引にそれに包摂される。苦痛でたまらない。「クィア」に包摂されることはハラスメント以外の何物でもない。なぜこんな暴力が許されるのか。