HODGE'S PARROT

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聖アントニウスの誘惑

ヒンデミット交響曲『画家マチス』は、マティアス・グリューネヴァルトの祭壇画にインスピレーションを得て作曲されたものである。そして第3楽章は「聖アントニウスの誘惑」と題されている。

アントニウスは、エジプトの修道士で、疫病──通称「アントニウスの火」と呼ばれた真菌=バイキンによる、壊疽性麦角中毒──の<守護神>とされている人物だ。古今の絵画の題材にされる『聖アントニウスの誘惑』は、聖アントニウスが禁欲的な修行の際、悪魔(Fiend)の暴虐や性的妄想の誘惑に曝されている場面を描いたものだ。

川原泉の「ヘイト・スピーチ」には、「倒錯」という言葉で同性愛者を差別している。どうやら川原は「下劣な精神分析」に詳しいらしい。フロイト主義者なのかもしれない(調べてみたらフロイトの名がついている本があった)。

ヒンデミットの音楽は、ナチスにより「頽廃芸術」のレッテルを貼られた。川原は、「倒錯」や「頽廃」という言葉の<重み>をどれほどわかってるんだ? どういうつもりでこんなことを書いたんだ?

ベッティーナ・ブラント=クラウセン『利用された精神病患者たち』(足立加代 訳、芸術新潮1992年9月号)

19世紀になると、イタリアの精神科医チェザーレ・ロンブローソが著書『狂気と天才』のなかで、天才と呼ばれる多くの芸術家たちは、実は身体的・精神的な障害者なのだと決めつけたのをはじめ、多くの精神科医がすぐれた芸術家たちを神経衰弱、ヒステリー、てんかん症、ノイローゼなどと分析した。

ユダヤ系ドイツ人の評論家マックス・ノルダウも自著『頽廃』で印象派の絵画を「錯乱状態を描いている」と言い、それを”頽廃的”であるとした。こうした研究が、ヒトラーに大きな影響を与えたようだ。第三帝国政府は、その政治的・美的概念に反する芸術家たちを精神病患者と決めつけ、”頽廃的”芸術家と名づけたのである。
(中略)
当時、精神病患者と診断されるということは死刑を宣告されるようなものだった(実際「アクションT4」と呼ばれる極秘政策によって、1939年以降、精神病院に入院した患者たちは秘密裡に、だが計画的に殺害されていたのだ)。ナチスの理論によると、彼らは遺伝的”劣等人種”なのであり、”純粋アーリア民族”の発展のためには、生きている資格がなかったのである。
(中略)
ナチスは)芸術家たちを狂人扱いにすることは容易だった。こうして反政府主義的・共産主義的な芸術家への弾劾が本格的に開始された。

問題は、今では「精神科医」ロンブローソを「美化する」キチガイなんていないのに、「精神分析者」フロイトを「美化する」歴史修正主義者は、日本に多くいる、ということだ。なぜ、フロイトが「必読」なんだ?
こういった人たちは、ギィー・オッカンガムの『ホモセクシュアルな欲望』を読んだことがないんだろうか。
この本にはアドラーを始め、精神分析屋=残虐者(Fiend)の非人道的な数々の「行為」が克明に描かれている。
これが、人間が人間に対する「行為」なのか? 
ナチスの「犯罪」と、いったいどう違うんだ?

こんな犯罪的な精神分析を「美化」し、しかも、従軍慰安婦問題や戦争責任問題に使用するなんて、信じ難い暴挙だ。「倫理観」の「欠如」だ。それこそ、精神分析の行ってきた「犯罪」を直視するどころか、誤魔化し歪曲する、まさに「歴史修正主義者」のやることだ。
だいたい精神分析の本を読んで、そこに「差別」を読み取れない/認識できない人間が、いったい、どうして「歴史認識」「戦争犯罪」云々を言えるんだ?
オッカンガムの<証言>への責任=応答可能性はどうするつもりだ?
「エチカ」のエージェントは、どこにある?

精神分析こそ、下劣な悪魔(Fiend)の誘惑=性的妄想であり、わたしたちは、それに打ち克つ「聖アントニウス」たらねばならない。