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”私たちはイスラエルのごろつき連中とは違います、清潔で上品でまるで違うユダヤ人です”と喚いている奴らへ──『イスラエルに生きる人々』より


イスラエルの作家アモス・オズ(Amos Oz, b.1939)は、エルサレムに生まれ、ヘブライ大学で哲学と文学を専攻、1967年の「六日戦争」(第三次中東戦争)及び1978年の「ヨム・キプール戦争」(第四次中東戦争)に従軍した。『イスラエルに生きる人々』(In the Land of Israel)は1982年6月に始まった第二次レバノン侵攻の数か月後にオズがイスラエル国内を駆け巡り「同胞の声」を聴き取り、彼らと議論し、そこから民族の「確執史」を導き出したものである。
以下に引用するのは、「あるところではちょっとは知られた経歴の持ち主」である50歳前後の”Z”という男性の声。イスラエルの地で聞かれる一つの声であり、同じユダヤ人でありながら、しかし「別の同胞」である人々に対する思いが率直に語られる──そこに横たわる確執の主題を作家であるアモズ・オズが読み取り、拾い上げ、ときに「それ」を促し、”Z”という人物を通して荒々しい音調で響かせる。

「おれのことだったら、好きに呼んでくれていいよ。化け物と言おうが、人殺しと言おうが勝手さ。でもたのむから、おれがアラブ人を憎んじゃないってことは、ちゃんと言っといてくれ。まるで逆なのさ。おれ個人としちゃあ、奴らといるほうが──とくに遊牧民ベドウィン)だがな──ユダヤ野郎(ジド)といるよりずっと気分がいいんだ。アラブ人ていうのは、おれたちがまだ骨抜きしていない奴は、誇りをもっているし、物がわかった連中なんだ。ただ、ことと次第によっちゃ残酷にもなるし気前もよくなる。ユダヤ野郎は、とことんねじくれている。奴らの姿勢をなおしてやろうと思ったら、まるで別の方向へ思いきってねじ曲げてやらなくちゃだめだ。要するにおれの言いたいことは、そういうことなんだ。
「おれに関するかぎり、あんた、このイスラエル国についてどんなひどい言い方をしてもかまわんよ。レイボウィッツ先生流にユダヤ人ナチと言ったっていいさ。それで結構。格言じゃ何て言ってる──『死せる聖人よりも生けるユダヤ人ナチのほうがましだ』、そうだろ。おれは、自分がカダフィ扱いされてもかまわん。非ユダヤ人にほめてもらいたいとも思わんし、愛されたいとも思っちゃいない。でも、あんたみたいなユダヤ人にも愛されたくないね。おれは生きのびたいのさ。子どもたちにも生きのびてもらいたいと、たまたま思っているだけよ。ローマ法王に祝福されようがされまいが、いろんな教え(トーラー)をたれるニューヨーク・タイムズの賢い連中が祝福してくれようがくれまいがだ。もしだれかが、おれの子どもたちに手をあげようもんなら、おれはそいつをぶっ殺してやる──そいつの子どももな──あんたが自慢する『純自衛のための武力』であろうとなかろうとだ。相手がキリスト教徒だろうとイスラム教徒だろうとユダヤ人だろうと異教徒だろうと、知っちゃこっちゃない。いつだって、自分は人殺しなんかに関係ないと思ってた奴は、みんな殺されたんだ。それが鉄則さ。


「あんたに知っといてもらいたいが、おれ個人としちゃあ、ホメイニとかブレジネス、カダフィ、アサド、サッチャー夫人、あるいはハリー・トルーマン──ニ発のすてきな爆弾で日本野郎(ジャップ)を50万ばかり殺した奴さ──そういう連中よりましになりたいなんて、これっぽっちも思ってないんだ。そんな理由もない。連中より賢くなりたいとは思うさ。もっと頭がきれて、器用で、有能だったらいいとは思うけど、連中よりカッコをつけて、人間的にも上等になりたいなんて、夢にも思わんね。正直なところを言ってくれ、世界中見わたして悪い奴らがほんとにひどい目にあってるかね。そいつらが不自由しているものでもあるかね。そういう奴にだれかが指一本でもふれようとすりゃ、腕や足まで切られちゃうんだ。時には何もしないのに、同じようにひどい目にあわされるんだ。そういう奴らが何か食べたいと思えば、簡単につかまえてぶっ殺す。それが奴らの流儀さ。それでも奴らは胃もこわさなきゃ、天罰ひとつ受けるわけじゃない。だからこれからは、おれとしちゃ、イスラエルにそういう連中の仲間入りをしてもらいたいのさ。

「それともう一つ。これはたぶん、これまでのことより大事なことかもしれん。あのレバノンでのおいしい戦争の最大の収穫は、イスラエルだけが敵役でなくなったことだ。いまや、おれたちのおかげで、パリやロンドンやニューヨーク、モントリオールはじめ世界中の穴にもぐっていた、もったいぶったチビのユダヤ野郎が全部、憎まれることになったんだ。とうとう、上品ぶったユダヤ野郎も憎まれるってわけよ。私たちはイスラエルのごろつき連中とは違います、清潔で上品でまるで違うユダヤ人です、とわめいていた奴らがさ。そう言えば、五〇年ばかり前にウィーンやベルリンにいて同化したユダヤ人も同じように反セム主義者にぺこぺこ頭をさげてたっけな。私と、ポーランドウクライナのうすぎたないゲットーあたりからまっすぐドイツ人の文明社会にもぐりこんだ、金切り声を立てる鼻もちならない〈東方ユダヤ人(オストユーデ)〉とを、いっしょにしないでくださいってな。でも、ウィーンやベルリンでうまくいかなかったみたいに、こんどだって、お上品ぶったユダヤ野郎はうまくやれっこないさ。そりゃ、へとへとになってぶっ倒れるまで、わめくことはできるだろうさ。私たちはイスラエルを非難しますだの、ハエ一匹殺すつもりもなく殺せない善良な人間ですだの、いつだって闘うぐらいなら殺されたほうがましですだの、異教徒にキリスト教を説いて報復をいましめる役を引きうけてますなどと、ごたくは並べられるだろう。でも、まるっきり通じないさ。その連中がおれたちのおかげで、だんだんわかってきたんだ。あんたに言っときたいね、そいつを見ているのはうれしいもんだ。ほんとに楽しいよ。ユダヤ野郎ってのは、非ユダヤ人にむかって、ベトナムの奴らにもホメイニやブレジネフにも降参するように説教をたれた連中なんだ。子どものころ貧しかったからシェイク・サキ・ヤマニ*1には同情すべきだと言ってみたり、一般論として、戦争するより愛し合おうなんて言っていた連中さ。そうかと思うと、どっちもやめて愛と戦争についての博士論文を書こうなんてぬかしたんだ。でも今となっちゃ、すべておしまいよ。これからはユダヤ野郎がどんなに気どってみたって最下層のきらわれ者さ。イエスをはりつけにしただけじゃ、おさまらなかったんだ。だからサブラとシャティーラでアラファトをはりつけにしたんだ。もう、奴らはおれたちと同じさ、もう区別なんかつかないね。すばらしいこった! 奴らの墓地は汚され、会堂(シナゴーグ)は燃やされ、むかしなつかしい仇名で呼ばれてるわけだ。お偉いさんが行くクラブからはたたき出され、ユダヤ人のレストランで食事の真最中に撃たれたりしてるんだ。奴らの子どもだって、あっちこっちで殺られている。だから家の戸口からメズーザーをはずし、いまの住み家から引っ越して仕事を変えなきゃならないんだ。もうすぐ奴らの豪勢な家の門に、むかしのまんまのスローガンを塗りたくられるぜ。『ユダヤ野郎、パレスチナへ行け!』とな。そうするとどうなる? 奴らはパレスチナへ来はじめるのさ! ほかに行くところがないからね。

「こうしたことが、レバノンでの戦争の直接のボーナスってわけさ。正直に言ってくれ、それでもあの戦争は引き合わなかったかね。いいかね、お前さん、こうなりゃいまにも、いい時代が始まるのさ。ユダヤ人がやって来始めるのさ。移民して来る奴は出ていかないし、出てった奴は帰ってくるよ。同化しようとした連中だって、結局、異教徒の真似をしてみてもはじまらんことが分かるし、自分から『人類の良心』になろうとしたところで何にもならんことに気がつくのさ。その『人類の良心』とやらは、とろい頭じゃ分からないことを身体で思い知るわけだ。非ユダヤ人どもはいつだって、ユダヤ野郎とかそいつらの良心とかにはうんざりしてるってことをな。そうなるとユダヤ民族としてできることは、たった一つしかなくなってくる。故郷へ帰ってくることだ。今すぐ、みんな。



アモス・オズイスラエルに生きる人々』(千本健一郎 訳、晶文社) p.101 - 106



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