2009-10-12
宗教の勧誘に付いていくとどうなるの? 「創価学会編」
仏教 | |
誰しも一度くらいは宗教に道端で声を掛けられたり、もしくは宗教の人がおうちに来たりしたことがあると思います。大抵の人はサクッと断るなり無視するなりしてると思いますが、僕は職業柄、好機と思いホイホイと付いていってます。「あれって付いていったら何されるんだろう?」「どんなことになっちゃうんだろう?」と思ってる方も多いと思うので、その辺りの展開を経験した限りでまとめていきます。まずは創価学会から。
■創価学会
出席形態:座談会
参加時間:3時間ほど
取得物:お茶、軽食、お菓子、お土産(食べ物の残り)
創価学会では月に一度くらい地域の学会員が誰かのおうちに集まって座談会を開いています。信者の人に1対1で話を聞いてたら、「今日座談会あるから、良かったら来てみます?」と言われたのでホイホイ付いていきました。
座談会の冒頭で軽い自己紹介を求められた後は、僕のことは放置して通常進行。がんばった学会員への表彰式(?)などが行われます(「**さんはお題目をなんと****回も唱えました。偉いですねー。拍手!」みたいなの)。「お題目を唱えたり、財務(寄付)をしたらこんな良い事がありました」的な報告や、日蓮や池田さんの著述についてのちょっとした発表会のようなことも行われます。
基本的にフレンドリーでアットホームな雰囲気ですが、「生活苦しかったけど、思い切っていつも以上の財務をしたらお母さんの病気が治りました!」とかの発言も普通に飛び出すので、耐性がないとたぶんビックリします。
一通り終わった後はみんなで軽食しながらの談笑タイム。お茶とか食べ物とか色々もらえます。布教されるとしたらたぶんここからで、僕も幹部の人に布教されましたが1時間くらいで終わりました。人によっては6時間とか布教されることもあるみたいですが、帰宅の意志をしっかり示せばたぶん好きな時に帰れると思います。逆に言うと、そのくらいハッキリ言えない人はなかなか帰れないかも。
一人暮らしだと言ったら、お土産に残りの食べ物をいろいろくれました。美味しかったです。





あと、前から気になってたんですが、お寺にふらっと行って、ここのお経のこの
意味が分からんから教えてくれとか言ったら教えてくれたりするもんなんでしょうか?
「ここのお経のこの意味が分からんから教えてくれ」という質問に答える坊主は餘りいないと思います。ひとつには耳学問での解釈を伝統仏教が嫌うからで、そういう質問をすると「そんな下らんことを訊ねる前に真面目に働け」とか「拝め」なんて感じに怒られるんじゃないかしらん。実際手前もその手の質問には答えないようにしています。もうひとつには、そういう質問をされたって坊主も理解出来ていないことが多いので、答えてくれないこともあるでしょう。別に師について修行して資格を得たって経典の内容を教わることはありませんので、お経の意味を一字一句習って憶えた坊さんなんて存在しないんですよ。だから自分で読んで自分で会得するしかなく、その為には真面目にやってなきゃならず、真面目にやってたって会得に至っていないと理解出来ないから、質問されても困るんです。特に平安仏教はテキストの量が膨大ですから、聞かれたってまだ読んでねーよ、一生読む機会ねーよ、そこが解釈出来てたらもう俺悟っちゃって苦労なんかしねーよ、ということが多く、結果、矢張り怒られるんじゃないかなぁ。
となると、現代人、それも僕のように特に格別な信仰心を持っていない人間としては、現代の日本のお寺とはどのような関係性でもってコミットしていけばいいんでしょうか?
葬式と墓参りくらいしか関る機会がないような気がするんですが、それはそういうもんで日本の文化なんですかね。
あと、有名なお坊さんがパンピー向けに分かりやすくお経を解説した本を出していますが、あれは「耳学問を嫌う」前提で言うと、どのような理由で書いているのでしょうか?
松長有慶さんの「秘密の庫を開く―密教教典 理趣経」などは、「ファック! 理趣経はセックスのお経じゃねーんだよ!」と繰り返し言ってましたが、あんな感じで誤解を解くためにやってるような感じなんでしょうか?
御朱印を貰うとか、大晦日に除夜の鐘をつきにいくとか。
禅寺なら、座禅に参加出来る所が多いようですね。
観光名所になるくらいの有名なお寺なら、毎月、何かしらの催しが有るのではと思います。
ちなみに、タイでの大きなお寺では、「モンクチャット」てのをやっている事例が多いですね。
あとは、たまに学会歌をみんなで合唱したりします。
座談会と並んで連れて行かれる可能性があるのが同時中継(通称「同中」)。
池田先生が参加する幹部会を人工衛星を介して全国の会館で同時放映するのですが、名前の通りの「中継」ではないので一日に何回も放映します。
僕が脱会した平成17年頃までは定期的にやっていました(池田先生も結構な高齢ですが、今もやっているのかな?)。
池田先生のお話が聞ける貴重なチャンスですが、座談会のアットホームな雰囲気とは違い、参加者はみんな真剣そのものなので、普通の人は度肝を抜かれると思います。
ちなみに、池田先生のスピーチには仏教の学問的な話はほとんど出てきません。
創価学会の実際を見てみたいなら、付いていってもいいかもしれません。
ただし、ここまでいくと入会の見込み有りと思われてしまうかもしれないので、キチンと断る態度は示した方が良いと思いますが。
そういえば、そういった諸々の行事もありましたね。
それでいえば禅僧の人が托鉢してるのも一つのコミットメントと言えそうです。
そんで、これに関して僕が何を聞きたいかがより明確化された気がするんですが、どうも僕は仏教の哲学的側面はどのようにして民衆に伝播されるのか、それをどう考えているのかが知りたいようです。たとえば法相宗等には唯識観という世界認識方法があるわけですが、こういった認識手段をパンピーに伝える意志、ならびに具体的行動はあるのだろうか、制度化されているのだろうか、といった辺りが気になっているようです。
>メメタアさん
実はその同時中継にも誘われていたんですが、その日は昼から延々と創価学会事情をインタビューした上での座談会出席だったので、ほとほと疲れていたので断ってしまったのですよ。
これが難しいんですよね。戦後六十餘年経ってまだスタイルが確立しておらず、殆どの坊さんがそのことに気付いていない。坊さんは基本的に信心のある人に囲まれて好意的にされることに慣れていて、またそれを好むので、多分、信心はないけど教理には興味がある、というような人は坊さんに避けられていますね。手前のように信心がない人と話す方が好きな坊主は珍しいんじゃないかなぁ。というかね、坊主ってね、自分は無条件に人に愛されて当然だと信じて疑ってない奴が多いんですよ! 人の悪意に鈍感だし。
もし仏教に信心抜きでコミットしたいのであれば、同級生なり同窓生の中から探して友達になるのが手っ取り早いかと思います。そうでないと信心抜きの関係は築きにくいでしょう。但し女の人にはハードルが低いような気もします。なんだかなぁ、と手前は思いますけども。
>パンピー向け仏教書
仏教学者が書いたのと、坊さんが書いたのがありますが、仏教学者が書いたやつは措くとして(耳学問の何が悪い!という態度だから)、坊さんの書いたのの半分以上は勧進で、残りは入門書(耳学問以前)と、大衆迎合と、何も考えてない、で三等分でしょうか。
勧進というのは、説法CDとかDVDなんかを作ると、知名度がそんなにない坊さんでも結構儲かるそうで、それで寺を修築したり祭壇を買ったりしているのだとか。手前も奨められたことがあります。なんかみっともない感じがするので断りましたけど、手前にすら奨める人がいるんだから、なんか容易いみたいですね。パンピー向け仏教書はそれに比べると多少は格式張って威厳が保たれる手段のようで、案外そこら辺の人がホイホイ出しています。
入門書はズバリ入門書で、耳学問以前の基礎的なことしか書いていないので、耳学問を嫌うスタイルからははみ出してはいないでしょう。但し少し詳しい人にすぐ「浅い」と批判されがちで、じゃあそっちに合わせて少し詳しめに書くとすると、今度は同業者に「百万年早い」とか「程度が低い」、場合によっては「裏切り者」と批判され、どうも書いた人に餘りメリットがあるようには見えません。
大衆迎合というのは、例えば「平等は民主主義の基本だが、阿弥陀様も説いている!」というようなことを主張する連中で、こういうのは同業者から必ず馬鹿にされます。うちの宗にも名は忘れたが「福祉という言葉を弘法大師も使っていた!」というような説法をするのがいて、手前もそいつは馬鹿だと思います(平安時代の「福祉」と今の「福祉」、言葉の意味が同じなわけねーじゃん)。
何も考えていない派は将に「耳学問」とか考えないで思いつきで書いている人です。寂聴タンは何も考えてない派でしょうね。
松長さんの場合は真言宗の性質上教義を曲解されがちなので、一般人が耳学問で学んだ誤解を説く為に書いているのだと思われますが、あの人は抑も天才真言坊主なので、何も考えていない可能性もあります。あの人はスピーチはド下手なんですが、ペンを持たせると途端に暴走して無限に文章が流出する能力者で、それを編集者が拾い集めて御している、という状態なんだそうです。
>お寺にふらっと行って、ここのお経のこの意味が分からんから教えてくれとか言ったら教えてくれたりするもんなんでしょうか?
教えてくれる人もいますよ。
生臭なボンボンや爺は確かに多いようですが、それを嫌う若手や真面目な住職は確実に存在します。
私の彼女はお寺の跡継ぎで、現在は大学院生をしています。
教義の話になると熱心になりすぎるので、最近は私の方でそういう話題にならないようできるだけ避けるようにしていますw
他の方も書かれているように、坊さん、というか伝統的な仏教はぬるま湯につかりきっちゃってるように感じますけども、
危機感を持った集団なんかが、妙な企画を起こしていたりします。袈裟ファッションショーとか。
で、ちょっとでも興味を持ってくれたら哲学にも触れてみてね。みたいな冊子を配ったりしてます。
私も仏教の信心は無いのですが、「お寺に牧師をお招きしてお話を伺ってみた。」等の面白そうな法話には参加したりすることがあります。
そういった(変な方向にベクトルを向けちゃってるとしても)まじめに宗教の将来を考えてる方たちなどは、
やはりまじめに勉強をされてる人が多いようです。
近くのお寺で面白イベントなどしていたら、かがみさんの望まれる意見交換ができるチャンスかもしれませんよ。
ただ、布教の意志も行動も、結局は個々の企画者に左右されてますので、やはり制度としては確立していないのかもしれませんね。
>パンピーに伝える意志、ならびに具体的行動はあるのだろうか、制度化されているのだろうか
ご希望に合うものかどうか判りませんが、仏教の宗門関係の大学が複数有って、仏教学部や仏教関係の講座が設置してありますね。
佛教大学(浄土宗)、高野山大学(真言宗)、武蔵野大学(浄土真宗本願寺派)は、通信課程でも仏教を学べる由です。
>法相宗
興福寺僧による法話とかが有る模様です。
http://www.kohfukuji.com/discourse/index.html
入学していない人にも伝える仕組みが出来ているようです。
>> 但し女の人にはハードルが低い
すごい生々しくて面白かったww
>>耳学問以前、大衆迎合、何も考えてない
なんか「何も考えてない」が一番天真爛漫でステキな気がしてきました。
僕たちが以前考えてた「ファッション仏教」は、「むしろ耳学問しよう」だから新境地といえるかもしれませんね。
>股旅さん
>> で、ちょっとでも興味を持ってくれたら哲学にも触れてみてね。みたいな冊子を配ったりしてます。
なるほど、若手のおもしろイベントなどからはそちらに派生することがある、と。
ところでちょっと気になったんですが、彼女がお寺の跡継ぎということは、股旅さんは特に「あたしと結婚するなら修行して僧侶になってね(はぁと)」的なことはないってことですか?
>ポポイさん
あー、仏教系大学は確かにそうですね。
哲学を伝えるシステムが一応確立してるっちゃしてるのか。
ないですよ。
そういう宗派もあるでしょうが、うちの場合は幸運にも女性が継ぐことに問題はありません。
ただ、住職の配偶者の集まりには参加しろよ。と言われてます。
婦人会みたいなもんですかね。檀家さんとお茶会とか。
私の実家はキリスト教系なのですが、そっちでも母や祖母がそんな集まりに参加してましたから、
どこの宗教も家庭の事情はあんまり変わんないのかもですね。
ほへー。結婚したいなら寺に入れはファンシィダンスの世界(禅)なのかなー。
そんなもんかと思い込んでた。男女平等の並は仏教界にも着々と広まってるんですかね。
手前の修行の同期には何人か居ました。案外入道するポピュラーな理由のようです。愛だなー、と感心してました。