2009-10-14
宗教の勧誘に付いていくとどうなるの? 「モルモン教編」
キリスト | |
出席形態:日曜礼拝
参加時間:4時間ほど
取得物:モルモン書
知り合いが駅で勧誘されたので一緒に行ってみました。礼拝では賛美歌を歌った後に、みんなでお話を聞いて、それから性別やランク(?)(どういう基準で分かれているのか良く分からない)に分かれての会議(?)的なことをします。僕の加わった部会ではモルモンの一番偉い人のビデオ演説をやってました。正直、つまんなかったです。一緒に行った知り合いは女性の部会の方に参加してましたが、そちらでは食糧の備蓄の話とかしてたみたいです(※1)。
日曜礼拝は全体的に弛緩した雰囲気でだるだるっとした感じで行われます。この辺り、創価学会の座談会が熱気に溢れてたのと比べると対照的で、宗教の集会だからといってどこもかしこも情熱的にやられてるわけではないようです(もちろん、モルモンも地域や教会によって雰囲気は違ってくると思いますが)。
日曜礼拝に行っても特に引き止められることもなく、そのまま帰ろうと思えば帰れる雰囲気でした。僕は信者の人を捕まえて色々話を聞いてましたが、その最中でもいつでも切り上げられそうな感じだったので、特に強く勧誘されることはなさそうです。お土産に「モルモン書」というモルモン教のオリジナル聖書をもらいました。帰りに電話番号を聞かれて伝えましたが、一度、「また今度来れますか?」と連絡があったっきりで、特にしつこい勧誘などもありません。意外とあっさりしたものです。
モルモン教徒の人に色々話を聞いてみましたが、「どうして****を信じているんですか?」「信じられるから信じられるのです」という感じで、論理ではなく感情(信仰)で答えてくるので、たぶん普通の人は全く共感できないと思います。
「私たちがホンモノなんです。信じてください」
「あなたがモルモン教をホンモノだと信じていることは分かりました。でも、僕にはそう信じられないんですが、どうすればいいのでしょうか?」
「信じられれば信じられます」
といった感じ。別にこのやり方が悪いとは言わないけど、これでは人を感化できないんじゃないかなぁ……。正直、説得される余地がない気がします。
おそらく入信の契機となるのは、モルモン書を読んでそこに何かを「感じた」人だけなのでしょう。この辺りがモルモン教の不思議なところで、こんな狭い入り口だけでどうやってあんなに信者を増やしたのか分かりません。一つには、仕事を辞めて「週休ゼロ日、毎日8時間」無報酬で伝道活動に励むモルモン教徒の熱心さのゆえとは思いますが、とはいえ普通の人には「理解」できず、「感じる」しかない宗教なので、そうそう新規信者は獲得できない気がするんですが……。ホントにどうなってるんだろう……??
***
なお、参考までにその時のモルモン教徒とのやり取りを一部掲載しておきます。
「他の宗教にも色々と自称預言者はいますが、どうしてスミスさん(モルモンの教祖)だけが本物の預言者だと確信できるんですか?」
「それはスミスのところに神が直接降臨したと(モルモン書に)書かれているからです」
「でも、ムハンマドのところにも神が直接来たとコーランに書かれてますよ(正確にはジブリールだけど)」
「誠心誠意、神に祈りを捧げてみて下さい。必ずスミスが本当の預言者であったというお答えを頂けるはずです……」
うん。誠心誠意、神に祈りを捧げた時点でそれはモルモン教徒だと思うんだ。
「神様に祈ってお答えがあったことはありましたか?」
「はい。私は宣教師(※2)になろうかどうか迷ってたんです。宣教師になるならお金も貯めなきゃいけないし、仕事も辞めなきゃいけないし」
「それで?」
「でも、祈っても答えが来なかったんです。それで、(同じモルモン教徒の)友人から『ただ祈るだけではダメ。ちゃんと行動をしてから祈らないと』って教えてもらって」
「こ、行動ですか……」
「はい、それで仕事を辞めたんです。そうしたら引き継ぎもすんなり済んだし、上司に事情を話したら『がんばってね』って言われて引き止められもしなかったし、すごくスムーズに辞めれたんです。今から思えば、あれが神さまのお答えだったんだな、って」
「そ、そうですか……」
うん。お答えもなにも、会社を辞めた時点で宣教師になる気満々だったと思うんだ。
※1 食糧の備蓄とか言われると、ブランチ・ダビディアンを想起してビビってしまうけれど、どうも終末に伴う大災害に備えているようです。
※2 上に書いた「仕事を辞めて、無報酬で、自腹で、週休ゼロ日、一日8時間を伝道活動に費やす」活動です。遠い土地に行くこともあるそうで、これを一年とか二年とかやるみたい。信仰の問題なので良し悪しは言いませんが……よくやるよなぁ……。





モルモン書への理解度と年齢によってクラス分けされるんですよ。ちなみに「日曜学校」と呼びます。
あと、誠心誠意祈るよう宣教師より促されて、どんどん行動していくうちに自己催眠のような感じで一般人→教徒に変化します。
しかし、普通の人は「誠心誠意祈るように」といわれても誠心誠意祈らないと思うんですが、そこはどうやってるんですかね? 僕の感覚的には「誠心誠意祈ったら、それ、もう信仰あるだろ」って感じなんですが。
横からですみません、ハラルニートのravenと申します。僕もモルモンは色々と気になっていたので、質問させてください。
モルモンにはエンダウメントとか神権保持者とか、階段のような制度がありますよね。あれは自分でもこう、と決めて上ろうとしないと…なんとなく、では上れないシステムのように思えるのですが、そのへんどうなんでしょうか?
集会の後に食事会をしたり、親身に人生のことについて相談に乗ったりして信頼関係を築き、「何かやってもらってばっかじゃ悪いし、ちょっとは宣教師の言うこと聞いてみようかな?」という軽い気持ちで祈り始め、聖書読み、ハマっていく人はハマっていきます(もちろん、もらうだけもらう人もいますが)。
>ravenさん
はじめまして。
エンダウメントは神殿という通常通う教会とは別の場所で行われるため、いくつかの手続きを行う必要があるので自分の意思が無ければ受けられません。
ただ、後者に関しては比較的なんとなく、で上がれたりします。(この言い回しは適切ではありませんが)
神権の制度は、教会の偉い人(元:監督、現:ビショップ)が相応しいと判断すれば向こうから話がくるものなので、あんまり積極的に行動する必要は無いんですよ。
というか判断自体、バプテスマ受けて年齢満たして定期的にちゃんと教会来てればおkみたいな大らかなものですし。
なので、信仰薄い人でも比較的簡単に上がれちゃいます。
モルモンの食料備蓄は、まぁキリスト再臨に伴うカタストロフに備えて、みたいな側面は
確かにあるにはあるんですが、もっと即物的に「何あるかわからんから貯めとこーぜ」
みたいなノリの方が強い気がします。
あと、貧窮信者世帯に対しては、教会組織として物的支援を行うという制度がありまして
(実際に実施された例は見たことがありませんが)
その際の再分配用プールという側面もあります。
信仰のとっかかりというかきっかけは、推測ですがこと日本では宣教師に対する
「人の良さそうな若者がこれだけ真剣になって薦めるのだから悪い教えではあるまい」
というような、ある種投資サギの被害者のような心理が働いてるのではないかと。
いや、本当に悪意ゼロで真面目だし、困っていれば真剣に手助けしようとするので
ある意味間違った評価ではないんですが。
モルモンの神への信仰というよりは、対人的な信頼・依存が基になってるんじゃないかと。
そんな「信用できる彼ら」だから「もっと祈れ」としか言わなくても
さらに真剣に祈ってしまうわけです。
そしていつの間にか信仰に摩り替わってる、というか錯覚するんじゃないかな、と。
バプテスマ受けて信者になっても、その地区の教会組織に馴染めないと止める人多いですしね。
神への帰依というよりはコミュニティへの帰属意識と見た方がしっくりする気がします。
モルモンの階梯制度は、まぁ教会に毎週顔出して特に不信心な素振りを見せなきゃ
放っておいても自動で上昇していく感じです。
私も15歳前後で心中棄教して以降惰性で通ってましたが
フッツーに大神権与えられて長老になってましたし。
カケラも信じちゃいないのにバプテスマ施したりもしていて今考えると大変申し訳ないのですが(笑)
基本的に日本のモルモンは慢性人材不足なんで、特に問題なさそうなら無節操に役職に任命していくようです。
「この立場にふさわしいからこの人」ではなくて
「この役職を与えるので全力で頑張りなさい」という感じで。適性とかはほとんど見てません。
長老にもなって証もないと・・・ まあどうでもいいけど 面接の時嘘ついてて心が痛まなかったのか別の意味で不思議です 全く教義を理解してない人がうちの宗教語るのはどうかと思いますが・・・ ついでにかがみさん 感じる 感じないかは人それぞれです 私たちは信仰の押し売りはしてません 信者がなぜ増えてるのか不思議みたいですがあなたが謙遜にならなければ分かんないことですよ
なるほどー、対人関係(コミュニティ)的な面が強いんですね。
納得できる話です。
>freeさん
謙遜っていうのは具体的にどういうことですかー?
誰も「階級」だとは言うてませんがな。
信仰階梯という意味での「階梯」。
まぁ信仰の善し悪しについて語るのは完全に本義から外れるのでやりませんが
教義や歴史を学んだ結果、証を得られず信ずるに値しないと判断する自由意志というものがありますので。
モルモンの教義は信仰してなきゃ理解できない、という自己批判体質の欠如が
「信仰の押し売り」なんだと思いますよ。
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html?uid=NULLGWDOCOMO&a=4879191752
上下巻より引用です。
研究家のアラン ウォルトンは、ユタ州全体が「レプティリアンとその混血種が一大地下組織を作っている場所の一つ」だとしている。
モルモン教の悪魔主義とマインドコントロールの犠牲になった人の証言は多いのだが、ここではある女性の話を紹介しよう
仮に「ジェーン」と呼んでおく。
ジェーンが初めてモルモン教の儀式に参列したのはユタ州バウンティフルでのことで、母親が4才の誕生日に作ってくれたドレスを着ていったそうだ。
彼女は木の枝で何度も叩かれ、
「いいか、イエス様はお前を愛しておられない。お前を助けてはくれない。」
と言われた。
これはトラウマを基礎としたマインドコントロールのマニュアルそのままだ。
ジェーンはヒマラヤ杉のふた付きの箱に入れられ、鍵をかけられたのを、今も生々しく思いだす。 放置されて気を失い、やがて意識が回復すると、
「イエスはお前を愛してないから、サタンが助けに来てくれたのだ。」
と聞かされた。
溺死させられそうになったことも何度もある。
貶められ、殴られ、飢えさせられた。
父親は腹を空かせた娘と息子の前で食事をした。
母親も同じような扱いを受けていた。
これも全て古典的なマインドコントロールのテクニックだ。
ジェーンは20才の時に、ソルトレーク神殿で行われたモルモン教の秘密儀式に連れて行かれた。
神殿の玄関からではなく、通りの下のトンネルを抜けて「ピンクルーム」という部屋に入ったそうだ。(略)
「ピンクルーム」では、モルモン教の指導者たちが黒衣に身を包み、魔王ルシファーを崇拝する「祈りの真の規則」という儀式をおこなっていた。(略)
ふと見ると、モルモン教指導者のエズラ タフト ベンソン理事長が、生贄の儀式を見るのを拒んだ為に椅子に縛り付けられ、猿ぐつわを噛まされていた(タコ注:エズラ T ベンソン第13代大管長 1899,8,4生 1994,5,30没 アイゼンハワー政権で農務省長官)。
なおも儀式への参加を拒むと、彼はランドリーバックのような白い袋に入れられ、全員から殴る蹴るの暴行を受けたという。
それ以外にもジェーンは、妊娠中に理由もわからず胎児を失うという経験をしている。
(続く)
もっと先まで行ったこともあって・・(中略)
私は6週間前から薬漬けにされていて、やっと解放されたのだが、お腹を触ってみると赤ん坊はいなかった。(中略)
2年ほど前に、ある部屋で赤ん坊を産んだのを思い出した。(中略)男の子が生まれると持ち上げてみせてくれたが、その後は二度と見ることは無く(中略)
他にも四人の赤ん坊が私の体から取り出され、生け贄にされたことを憶えている。
その時の私は、十字架型の石の祭壇に縛りつけられていた。
全員がフード付きの黒いマントをまとっていて、場所は近くの洞窟か何かだった。(中略)
私は、頭では回復したいと思い続けているのだが、それには彼らが私の赤ん坊を食べたという事を直視しなければならない。
しかし今はそこまで出来ない。だからあれは悪い夢だったのだと考えている。
あの凄まじさ食べ方を、どうしても心から追い払う事が出来ない。余りにも恐ろしいのだ。」
奴らは本当に赤ん坊を食べていた。
ジェーンが語ってくれたソルトレーク神殿での光景は、同じくマインドコントロールの犠牲者だったアリゾナ・ワイルダーが、英国王室の為に行われている儀式に参加した時と全く同じだ(タコ注:Arizona Wilderの証言
http://www.youtube.com/watch?v=msDixGYUfCw )。
(中略)
家庭を訪問したり街頭で呼びかけている一般のモルモン教徒は皆、綺麗な顔をしている。
あれはこの大嘘を隠す為のイメージという面もあるのだが、
本人たちは「神」に奉仕していると純粋に信じている。
以上引用終わり。
モルモン教は幹部と一般信者を厳格に区分していますが、こうゆう理由が有るからなのです。
ベンソン理事長ですら、子供の生け贄儀式が行われているのを理事長になるまで知らなかったのですから。
彼の「終末の裁きが近づいている」という説教のニュースを見た事がありますが、彼の体を支える二人の信者に、まるで両脇から拳銃を突き付けられているような感じでした。
(続く)
tacodayoのブログ livedoor Blog
http://blog.livedoor.jp/tacodayo/?sso=e4cb5fb10aa9d3e7ecfc5ff816f08401b67c6186
「悪魔のマインドコントロール」「悪魔教の儀式」「なぜ、タイの洪水は引かないのか」などをご覧ください。
失礼しました。
ジョセフスミスが奥さん沢山いたっていうのは本当かもしれませんが、昔はそうゆうのは普通だったらしいですし...今はダメとなっていますが一夫多妻を貫き通している会員も少しはいるみたいです。まあ日本ではありえない話なんですがね。備畜のことですが、私は教会の教えの通りたくさん準備していたので地震の時に普通の人よりは食べ物に困りませんでした。
helping handsという教会のボランティア活動でアメリカや日本中から教会の会員の人たちがたくさん手助けしてくれています。newsにもうつっていました。いまでも行っているようです。
それに、うちの教会はむやみにお金をとったりしません。お金を払えば病気が治るよなどど、うそくさいような勧誘などありませんし。
何か文句がある人はモルモン書と聖書をちゃんと読んで落とし穴がないか探してみたらいかがですか?
まあ教会の会員だからといってみんながみんないいひとではないと思います。完璧な人間などひとりもいませんよ。
10分の1は強制ではないですよ?10分の1をおさめてると食に困らないといわれています。実際に、お金が本当になくていろいろ我慢しなきゃいけないときが何年かあったのですが食に困ることはありませんでした。教会のお友達が心配してご飯をもってきてくれたりいろんなことがありました。 信じない人は信じなきゃいいはなしです。