プロセスだとかなんだとかもまあどうでもいいけど、最近ソフトウェアすらどうでも良くなってきた。ソフトウェアで何ができんのよっていう。中学生の頃パソコンを買ってもらった理由はプログラムを書きたかったからだけど、そのあとしばらく競馬データベースとパソコン通信がパソコンの使い道だった時代が長かった。競馬とパソコン通信は、あの頃の僕にとってたまらなく魅力的なソフトウェアとサービスでした。
読書についての本じゃなく、思索についての話だった。あるいは思索のための読書。
何のための思索かということと併せて考えたい。