Irregular Economist 〜hicksianの経済学学習帳〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-05-02

[][]「バーナンキの自己評価を検証する;1999年のバーナンキと2012年のバーナンキ「バーナンキの自己評価を検証する;1999年のバーナンキと2012年のバーナンキ」を含むブックマーク


●Brad DeLong, “Assessing Ben Bernanke’s Claims That He Has Not Changed His Mind since 1999 on the Power and Desirability of Expansionary Monetary Policy at the Zero Lower Bound”(Grasping Reality with the Invisible Hand, April 26, 2012)

ベン・バーナンキFRB議長(2012年4月25日)

15年前に私が日本銀行に関して表明した見解とFedが現在採用している政策との間には幾分か食い違いがある、との意見を目にすることがありますが、そういった意見はまったく不正確(absolutely incorrect)です。私個人の現在の見解ならびにFedが現在採用している政策は15年前の私の見解と完全に整合的です。当時私は日本銀行に対して2つのポイントを指摘しました。まず1番目のポイントは、私の考えによれば、断固たる決意をもった中央銀行(a determined central bank)はデフレーション物価の下落―からの脱却を目指して行動することが可能であるし、またそのように行動すべきだ、というものです。2番目のポイントは、短期金利がゼロ%に達した状況においても、中央銀行の手元にある政策ツールは使い果たされたわけではなく、・・・(省略)・・・今現在アメリカ経済デフレ下にはなく、インフレ率は我々の目標(objective)に近い水準にあります。・・・(省略)・・・失業率の低下ペースをもう少し早めるために現状よりも高めのインフレ率の達成を積極的に目指すことは果たして賢明な策でしょうか? 連邦公開市場委員会FOMC)の意見は、そのようなことは「極めて無謀(very reckless)であろう」、というものです。・・・(省略)・・・(現状よりも高めのインフレ率の達成を目指すことで得られるかもしれない)実体経済に対する極めて不確かでおそらくは疑わしい便益のためにこの資産*1を危険に曝すことは賢明ではないと私は考えます。


ベン・バーナンキ教授(1999年当時)pdf):

1980年代初頭から1991年第4四半期にかけて・・・(省略)・・・日本の実質GDPは平均して年率3.8%で成長した。・・・(省略)・・・1991年〜1999年においてもし実質GDPが年率2.5%で成長していたとしたら、1999年の実質GDPは実際よりも13.6%ポイント高い水準を記録していたことになる。*2

・・・(省略)・・・

マクロ経済政策はこれまでにおいても日本のマクロ経済的な繁栄(あるいは苦難)に対して主要な役割を果たしてきたし、今後も主要な役割を果たし続けることだろう。・・・(省略)・・・他の政府機関と協調することで、日本銀行は数多くの行動に打って出ることができる。・・・(省略)・・・日本銀行サイドからは一般的には―混乱していたり矛盾していたりしない場合には―テクニカルな議論や法律を盾にした反論が寄せられてきたが、私の意見ではそういった反論は意思さえあれば乗り越えることが可能な類のものである。

・・・(省略)・・・

1991年以降(1991年〜1999年)にインフレ率が年率1%を上回ったのは2回だけである。・・・(省略)・・・緩やかな物価上昇あるいは物価下落は、日本経済が総需要不足に陥っていることを強く示唆している。・・・(省略)・・・現在インフレ率にターゲットを設けている国は・・・(省略)・・・インフレ率の目標レンジを2〜3%−レンジの上限値だけではなく下限値もまた制約(constraint)として重要であると見なされている−に設定する*3傾向にある。

・・・(省略)・・・

「現在日本の金融政策は極めて緩和的である」と主張する議論のうち考慮するに値する議論は実質金利に着目するものである。・・・(省略)・・・1999年において事後的な実質金利(コール金利)は1%を下回っていた。・・・(省略)・・・これ*4金融政策が極めて緩和的である証拠ではないだろうか? 

・・・(省略)・・・低水準の実質金利金融政策がデフレ圧力の主要な源泉ではないとの見解を支持する証拠である、という点に私は同意する。・・・(省略)・・・しかしながら、低水準の実質金利は・・・(省略)・・・金融政策にできることはすべてやられていることを示す証拠ではない。・・・(省略)・・・消費支出投資支出の急激な落ち込みの結果としてIS曲線は左方にシフトすることになった。・・・(省略)・・・金融政策は現在日本の総需要が低迷していることに対して直接的な責めを負うものではないかもしれないが(とりあえずここでは、スランプが始まる上で金融政策が果たした役割については考慮しないでおこう*5)、だからといって景気回復を支えるためにさらなる金融緩和に乗り出すべきではない、ということにはならない。*6

・・・(省略)・・・足下における実質金利はタイトな(引き締め気味の)金融政策の累積的な効果(cumulative effects)を測るデータとしては十分ではないかもしれない、という点には注意しておこう。・・・(省略)・・・金融政策の効果を評価するにあたっては、足下における実質金利以外の他の指標−例えば、実際の物価水準と期待物価水準との累積的なギャップ*7−を考慮しようと考える人もいるかもしれない。

・・・(省略)・・・

日本の金融政策を擁護する主張は以下のようになるだろう。「おそらく経済の現状に対して幾分かは過去の金融政策にその責任を求めることができるだろう。おそらく総需要をさらに刺激することは望ましいことだと言えるだろう。しかし残念ながら、さらなる金融緩和に打って出ることはできないのである。」・・・(省略)・・・現在日本が置かれている状況*8のために通常の公開市場操作にはその有効性に限りがあることは確かである。しかしながら、流動性の罠に陥っていようがそうでなかろうが、金融政策には名目的な総需要を刺激する力が備わっているのである。

・・・(省略)・・・

私の主張は大きく2つのパートから成り立っている。まず第1のパートは、経済流動性の罠に陥っていたとしても、金融政策当局は名目的な総需要を刺激するとともに物価物価水準)を上向かせる力を備えている、ということである。第2のパートは、名目的な総需要の増加と物価の上昇は実体経済活動の刺激につながる、ということである。第2のパートが妥当であるかどうかはあくまで実証的な問題であるが、私には極めて妥当な議論であると思われる。・・・(省略)・・・第1のパートは、・・・(省略)・・・私の意見では、裁定ロジックに基づく議論(arbitrage argument)−経済的な文脈において最も説得的なタイプの議論−のかたち―正しいに違いない議論のかたち―で語ることができる。

「名目金利がゼロ%だとしても、金融政策当局は総需要を刺激するとともに物価を上向かせることができる」という第1のパートの論証は以下のようになるだろう。貨幣は、その他の形態の政府債務とは違って、金利支払いの義務もなければ満期もない。また、金融政策当局は自らが好むだけいくらでも貨幣を発行することができる。もし物価水準が貨幣の発行とは独立だとすれば*9金融政策当局は発行した貨幣をもとに財や資産を無限に(好きなだけ)手に入れることができる。しかしながら、このようなことは均衡においては明らかに不可能である。したがって、名目金利がゼロ%に張り付いていたとしても、貨幣の発行は最終的には物価水準の上昇をもたらさねばならない。この論証は初歩的なものではあるが、以下で見るように、金融政策の無効性を唱える主張への極めて痛烈な批判となっているのである。


私見によれば、1999年当時にバーナンキが抱いていた見解をまとめると以下のようになるのではないかと思う。(a)インフレ率は年率2%〜3%のレンジにあるのが望ましく、インフレ率が3%を上回るような事態もインフレ率が2%を下回るような事態もともに大きな注意を払って回避すべきである。(b)期待インフレ率の引き上げ(インフレ期待の喚起)は、名目金利の非負制約下において失業を減らし生産活動を刺激するために中央銀行が使用すべき主要な(principal)ツールである。(c)インフレ率が年率3%を上回ると予測されない限りは、中央銀行インフレ期待の喚起を目指して行動すべきである。

以上にまとめた見解は先日バーナンキが表明した見解と同じではない―バーナンキ自身は「私は見解を変えてはいない」と主張しているが。


(追記)*10ブログの読者から次のようなメールをもらった。

件の論文の中でベン・バーナンキははっきりとこう述べている。「数年間にわたってインフレ率の目標レンジを年率3%〜4%に設定することは様々な理由に照らしてよいアイデアであると言えるだろう」*11、と。一方で、現在バーナンキはそんなことは今のアメリカ経済にとっては「無謀だろう」と語っている。


(追記)ご存知でしょうけれど、バーナンキの1999年論文 “Japanese Monetary Policy: A Case of Self-Induced Paralysis?”は以下の本にて訳出されている。1点だけ注意。訳の読み比べなんて馬鹿げたことはしないこと。私の訳がいかにいい加減かが露わになってしまうから。

*1訳注;低位で安定したインフレーションの達成に対するFedの信頼性

*2訳注;デロングは所々省略した上で引用しているが、省略せずに訳すと以下のようになる。「1980年代初頭から1991年第4四半期にかけて―この期間は日本の実質経済成長率が既にその絶頂期―1960年代と70年代―から大きく落ち込んでいた時期である―日本の実質GDPは平均して年率3.8%で成長した。それに比べて、1991年第4四半期〜1999年第四半期にかけての実質GDP成長率は年率0.9%を下回る状況であった。1991年〜1999年においてもし実質GDPが(それ以前の10年間の平均である年率3.8%とまでは言わずとも;訳者挿入)年率2.5%で成長していたとしたら、1999年の実質GDPは実際よりも13.6%ポイント高い水準を記録していたことになる。」

*3訳注インフレ率が2〜3%の範囲内に収まるように金融政策を運営する

*4訳注;1999年における事後的な実質金利(コール金利)が1%を下回っている事実

*5訳注;簡潔ながらではあるが、ガートラー(Mark Gertler)との共著論文に依拠しつつ、日本における金融政策の過去の過ちとして特に以下の3つのエピソードが指摘されている(論文ページpp.150〜151)。(1)1987〜89年における金融引き締めの遅れ;「バブル経済」の醸成/(2)1989〜1991年における株式市場バブル潰し;資産価格の崩落/(3)1991〜1994年における金融緩和の遅れ;資産価格の急落や銀行システムの動揺、経済の低迷の放置

*6訳注;省略せずに訳すと以下のようになる。「実質金利が低いことをもって金融政策が極めて緩和的だとする議論に対しては少なくとも2通りの反応の仕方があるだろう。まず第一に、低水準の実質金利金融政策がデフレ圧力の主要な源泉(source)ではないとの見解を支持する証拠である、という点に私は同意する(ここで源泉という語は、例えば、ポール・ヴォルカー率いるFedの政策が1980年代初頭のアメリカ(実質金利が高い水準にあった時期)におけるディスインフレ圧力の主要な源泉であった、というような意味合いで用いている)。しかしながら、低水準の実質金利は他の要因に起因するデフレ圧力(特に、資産価格の急落ならびに銀行システムが抱える問題が消費支出投資支出に及ぼす影響)を打ち消す上で金融政策にできることはすべてやられていることを示す証拠ではない。教科書的なIS-LMモデルの用語を用いれば、消費支出投資支出の急激な落ち込みの結果としてIS曲線は左方にシフトし、所与のLM曲線の下で実質金利は低下することになった、ということになろう。金融政策は現在日本の総需要が低迷していることに対して直接的な責めを負うものではないかもしれないが(とりあえずここでは、スランプが始まる上で金融政策が果たした役割については考慮しないでおこう)、だからといって景気回復を支えるためにさらなる金融緩和に乗り出すべきではない、ということにはならない。」

*7訳注;例えば、1991年〜1999年において実際に物価水準が辿った経路と1991年〜1999年におけるインフレ率が仮に年率2.5%であった場合(1991年〜1999年における毎年の期待インフレ率が仮に2.5%であったとした場合)に物価水準が辿ることになる経路(期待物価水準経路)とのギャップ。この場合、1999年末における実際の物価水準は期待物価水準を27%ポイント下回ることになる。論文ページpp.156も参照。

*8訳注;政策短期金利が実質ゼロ%の水準にあり、ベースマネーの増加が同規模のマネーサプライの増加につながらない(=民間銀行が超過準備を貸出や債券投資に回すのではなくそのまま貯め込もうとしている)ような状況。論文ページpp.157を参照。

*9訳注;ここでは、どれだけ多くの貨幣を発行しようとも物価水準が変わらないとすれば、という意味

*10訳注;実際は追記ではなく別エントリー

*11訳注論文ページpp.159

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