2008-05-30-Fri
■禅とかけまして
【うてっちゃんさん】が禅語シリーズを展開されていたので、つられて禅についての解釈を書き込んでしまったけど、かねてから禅の目指すところは、
言葉を覚える前の幼子の状態に戻ること
ではないかという気がしている。
人の一生は鮭の産卵に似ている。生まれたときは河口あたりでフワフワ遊んでいるんだけど、少しずつ言葉を覚えて、しつけられ、人間としての経験を積んでいくというのは、流れに逆らって川をのぼっているようなもので、大人になるほど、川の流れは速く、川幅も狭くなって行く。それは社会的な動物として生きるために必要なことなんだけど、たまには力を抜いて河口に向って流されてみよう…それが座禅の目指すとこなんじゃないか。
言葉を覚える前の赤ん坊はどこの国の赤ん坊とでも簡単にコミュニケーションが取れるに違いない。それどころか犬や猫、カーテンを揺らす風、日の光…森羅万象と自分とがまだ区別がつかないんじゃないか。自分と宇宙との一体感を感じるというのも、どうやら禅の目指すところらしい。
禅の境地を「不立文字(ふりゅうもんじ)」などといって言葉では表せないというけど、確かに言葉を覚える前の幼子の世界観は言葉では表せない。
朝、目覚めたばかりでまだ頭がぼ〜っとしてるときに閃(ひらめ)きが訪れるのは、パソコンの起動時のように言葉をロードしているみたいな状態だからなんだろう。
■子供に見せられないニュース
『週刊こどもニュース』というのがあるけど、普通のニュースは時に胸が悪くなるくらい、殺人事件の様子などを繰り返し、微に入り細に入り伝えている。あれは子供の成長に良くないでしょう。っていうか、そんなこと全国の視聴者が知って何の得があるのか。新たな犯罪のヒントを提供しているだけという気がしてくる。






>禅の境地を「不立文字(ふりゅうもんじ)」などといって言葉では表せないというけど
最近ワタクシ、弓のお稽古をしているときに一瞬「これが禅かも?」って瞬間を得まして(勘違いかもしれませんが)、わななきながら帰宅して、それを言語化しようと試みるも全く歯が立たず。
職業柄、この上ない無力感に打ちひしがれておったのですが、そうっすよね、本来そうしたものなんですよね〜。
いやー、助かりました。ありがとうございました!
そうですか、弓道を…「道」が付くものは華道であれ、茶道であれ、禅に通じるものが多いですね。
禅は宇宙ですね♡
難しく考えすぎずに簡単にお客さんに説明出来るようにガンバリマス♡