days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

20th Century Ghosts


ジョー・ヒルの処女短編集『20世紀の幽霊たち』を読了しました。
これは傑作短編集です。
日本では処女長編『ハートシェイプト・ボックス』の方が先に出版されましたが、海外では逆。
こちらが先に世に出たものです。
ホラーだけではなく、幻想味たっぷりの物語、切ない文芸風物語と、ヒルの多彩な才能に触れられ、読書する喜びも味わえました。
ホラーにしても、グロテスクで身の毛もよだつ即物的描写が強烈な物語もあれば、雰囲気小説とでも呼ぶべきものもあり、バラエティに富んでいます。
18編の物語に、それぞれ読者の好みを見つける楽しみもありましょう。


私が特に気に入ったのは次の物語。


年間ホラー傑作選
1番頭に名刺代わりとばかりに収録されたもの。
ホラーアンソロジーの編集者が辿る、恐るべき世界。
不気味でグロテスク、しかも真の恐怖は人の心の闇にあるとする強烈な作品です。


ポップ・アート
主人公の少年の親友が風船人形だという、幻想味たっぷりで、少年時代の切ない思い出をノスタルジックに、しかし荒唐無稽な友情物語を叙情豊かに描いた傑作です。
有り得ない話なのに信じてしまいそうになるのは、普遍的な友情物語だからでしょう。


蝗(いなご)の歌をきくがよい
ある朝目覚めると、少年は巨大なイナゴになっていた…という、カフカの『変身』の換骨奪胎ホラー版。
こちらはパワフルで、紛れも無いホラー小説。
まさかこんな展開になるとは…と少々びっくりですが、良く考えると納得出来ますね。


黒電話
恐怖の体験をする少年の物語。
超自然ホラーではなく、誘拐というスリラー的設定なのですが、語り口は紛れも無くホラー。
手に汗握ります。


ボビー・コンロイ、死者の国より帰る
タイトルからしてホラーを思わせ、しかも舞台はジョージ・A・ロメロの名作『ゾンビ』の撮影現場。
ロメロだけではなく、特殊メイクアーティストのトム・サヴィーニまで登場します。
しかし内容は戻れない過去の恋の想いと、現在の嫉妬、そして仄かに希望のある未来が見えてくる純文学。
ヒルの芸域の広さが分かります。


おとうさんの仮面
少年が体験する「???」な場面が次々登場する、シュールで狂った世界に思わず釘付け。
これ程のおかしい世界は滅多にお目に掛かれません。
しかしその裏には、家庭の実情というシリアスなテーマが隠されています。


自発的入院
少年時代のノスタルジックな物語と思わせて、次第に日常に潜む現実的で悪夢のような体験をする…と見せ掛けながら、その後じわじわと幻想的な世界に足を踏み入れます。
100ページと本短編集の中でも長い小説ですが、二段構え三段構えの構成が秀逸です。


救われしもの
別れた妻子の元に向かう、不況時代の労働者を主人公としたもの。
苦く、取り返しの無い過去が、読んでいて痛い。
短くも印象深い短編です。


全体に落ち着いているにも関わらず、老成していない。
紛れも無く若い作家のパワーを感じさせます。
田舎の少年が主人公の物語が多いのは、メイン州で生まれ育った若者らしいですね。
それとヒルは余程映画ファンなのでしょう。
その露骨さは、ややもすると鼻に付くところも無くは無いのですが、それでも「若気の至り」として許せてしまう範囲です。


巻末にはヒル自身による、収録作品に関するエピソードなどについて書かれた「プチメイキング」ものとべき呼べるエッセイもあります。
自作に関してつい色々しゃべってしまう作家って、まるでスティーヴン・キングみたいだなぁ。


実はジョー・ヒルスティーヴン・キングの息子だったのです。
暴露されたのは今から2年前。
読書界、特にアメリカの読書界ではかなり話題になったものでした。
親の七光りを嫌って、本名を略して姓を隠してのペンネームに、一作家として認められたいし、活動したいという気概が感じられますね。
ヒル自身、父親が脚本&主演を兼ねたジョー・A・ロメロの傑作コミック・ホラー『クリープショー』に子役で出演しています。
プロローグとエピローグに登場する少年がそう。
トム・サヴィーニとも共演してします。


ジョーの弟オーウェンも作家で、こちらは政治風刺小説を書いているとか。
オーウェンはキングの短編集『ミルクマン』収録の『オーエンくんへ』という詩が印象に残っていますね。
実はこっちもこキングの息子と分かったのですが、判明する前に小説の映画化権が売れたりしているので、兄弟共々余程才能があるのでしょう。
キング夫人のタビサ・キングも作家ですし、恐ろしい家系です。


ジョー自身は文字通りに活躍中です。
先日は父スティーヴンとの親子初共作の短編『Throttle』も発表され、リチャード・マシスンの作家生活を祝うアンソロジー『He Is legend』(もちろん、『アイ・アム・レジェンド』の原作者ですから、このような題になっています)に収録されています。
また『ハートシェイプト・ボックス』はニール・ジョーダンの脚色・監督で映画化予定とのこと。
これは楽しみ。
幽霊譚とジョーダンの相性は良さそうですから。
今後もジョー・ヒルから目が離せません。


ヒルの公式サイトには、本書に収録されている『末期の吐息』をモチーフにしたゲームもあります。
こちらもちょっと楽しめますね。


blogも頻繁に更新されているので、英語力に自信のある方はどうぞ。


さて本書の表紙はヴィンセント・チョンというアーティストのイラストが使用されています(トップ画像)。
チョンの公式サイトは素晴らしいアートが観られますので、そちらもご覧下さいませ。


こちらの書評もご参考まで。


20世紀の幽霊たち (小学館文庫)

20世紀の幽霊たち (小学館文庫)

ハートシェイプト・ボックス〔小学館文庫〕

ハートシェイプト・ボックス〔小学館文庫〕

He Is Legend: An Anthology Celebrating Richard Matheson

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