days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

The American


先週末の9日土曜日、妻子を寝かし付けた後にミッドナイトショウに行って来ました。
夏の深夜興行ってそこそこ人が入っていますし、映画が終わって劇場を出てからも外が暖かいし、何となく夏休み気分が味わえて好きです。
ワーナーマイカル新百合ヶ丘でもミッドナイトショウをやっていた時期もありましたが、あれはお盆休み週間だけだったでしょうか。
今回出掛けたTOHOシネマみたいに、継続してやってくれると有り難いのですが。


さて映画は、『美しき諍い女』殺し屋版(嘘デス)の『ラスト・ターゲット』でした。
これはある種のファンタジー映画だと思います。


スウェーデンの田舎で、ジャック(ジョージ・クルーニー)は恋人と一緒のところを暗殺者に狙われます。
返り討ちにした彼は凄腕の殺し屋でした。
組織の男らしいパヴェルの指令によりイタリアの田舎町に潜伏する事になります。
渡された携帯電話を捨て、指令とは違う城塞町カステル・デル・モンテに行き、神父と交流を持つようになります。
さらに通った娼館で美しい娼婦クララ(ヴィオランテ・プラシド)と恋仲にもなります。
組織はマチルデ(テクラ・ルーテン)を派遣し、狙撃用ライフルの改造をジャックに依頼、ジャックはそれを最後の仕事として引き受けるのですが。


大昔からある手垢の付いたプロットでも、独特のタッチで魅力的な映画は多くあります。
ヤクザな男が女に惚れて裏社会から足を洗おうとするが…という物語は、今まで幾多あった事でしょう。
私が大好きなブライアン・デ・パルマの『カリートの道』なんかもそうですね。
まさしく本作はそれらの1本。
しかし本作が独特なのは、そのタッチにあります。
オランダの写真家アントン・コルベインアントン・コービン)によるアクション・スリラーは、1ショット1ショットが美しく、台詞も含めて音も説明も徹底的に削り、画面構成と美男美女を浮き立たせます。
近年のハリウッド映画には殆ど観られない、異色のアプローチは、1970年代調、もしくは欧州映画の香りがあります。
ポスター・デザインからしてそうじゃないですか。
結果的に地味でシンプルながらもゴージャスな映画に仕上がりました。
そして静謐だからこそ全編貫く緊張感。
これが最後まで求心力を保った理由でしょう。
殺し屋が銃を撃つよりも、銃を組み立てる場面が多いのも異色です。


ではもし、これがリアリズム映画かと訊かれたら、私はそうでないと答えます。
銃器に詳しく寡黙で凄腕の殺し屋。
風光明媚な欧州の街並み。
何故か自分を愛するすこぶる付きの美女。
ホントに効果があるのかどうか分からない水銀弾。
このいささか都合の良過ぎる数々の道具立てからして、男性原理のお伽噺だと言えるでしょう。
ですから観客によってははにかみ、あるいは拒絶する可能性があります。
そう、観客層を選ぶ映画なのも事実です。
それでも私は嘘は嘘、お伽噺だと割り切って楽しめました。


映画の屋台骨はジョージ・クルーニーです。
ここまで台詞が少なく、表情の変化に乏しいクルーニーは見た事がありません。
役の起用には賛否あるようですが、私はこの映画の成立と成功に彼が必要だったと思います。
知っている男女優が彼以外に居ず、また極めて地味な映画。
派手なアクション等殆どありません。
銃撃場面は幾つかありますが、アクションというよりもサスペンスといった呼び方が相応しい程です。
リアルな殺し屋映画だったらもっと地味な役者が似つかわしいのでしょうが、それでは持たなかったであろう事、またこれが男のファンタジー映画でもあると考えると、ダンディなクルーニーの起用は当然でした。


面白いのは、映画の主役の殺し屋って大体冷製沈着、眉1つ動かさないのですが、クルーニー演ずるジャックはいざピンチに陥ると緊張しっぱなしになる事。
もちろん、いざ行動となると結果を出すのですが、結構ビビりなのがリアルでした。
さいとうたかをでさえ、「ゴルゴ13は本当は臆病だと思う」と言っていますからね。
プロは用心深いから危機に対処出来るのでしょう。


娼婦役のイタリア美女ヴィオランテ・プラシドを見ると、やはり1970年代の映画を思い出して懐かしささえ感じました。
矯正されていない歯並びや、出し惜しみする事ない裸体などそう。
ハリウッド女優ならばそうはいかないでしょう。
雰囲気のある欧州美女でした。
彼女の実母が、『ゴッドファーザー』でアル・パチーノ演ずるマイケルの妻アポロニア役だったシモネッタ・ステアファネッリとは。
面白いものです。
ライフル改造の依頼を出すもう1人の美女、テクラ・ルーテンジャニュアリー・ジョーンズ似だと思いました。


そしてスタッフのクレジットには懐かしい名前がありました。
音楽のヘルベルト・グリューネマイヤーって、名作『U・ボート』の語り部従軍記者役じゃないですか。
近年は音楽家としても活動中で、アントン・コルベイン監督と個人的にも仲が良いようです。
地味ですが的確な劇伴を付けていたと思います。


劇場でのパンフレット販売は無く、プレスキットが300円で売られていました。
ちょっと残念ですが、未公開になるより遥かにマシですし、それなりの規模で公開されたので良しとしましょうう。
当初上映予定に無かった横浜地域でしたが、Twitterで宣伝マンに上映希望を出したからか、上映されて今回観に行けたのですから。