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2015-06-23 古代懐疑主義入門の快楽

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 今月の岩波文庫『古代懐疑主義入門』は久々の充足感を「読前」から味わえた。「読後」の充実感ではなく、「読前」というのは独善的ではないかと指弾されるかもしれないので、急いで弁明しておく。
 この手の出版物が、なにゆえ自分に充足感を与えるのか?

1)ひとえに広汎な影響を世界史的に与えた「古典」であり、ほとんど始原に位置した典型的で理解可能な思索の原点であるから。始原に位置するというのは自分には、かなり重要な特性である。ギリシアの学芸は西洋覇権の推進力となるテクノロジーの源泉である。その影響は世界をおおうものだ。
 ものの始まりにはエピゴーネンにはない原体験あるいは原思惟というのが刻印されている。始まりには以降のヒストリーを語りだすに足る、全体的な姿があるような気がするのだ。

2)懐疑主義は大きな山脈であり、同時に未踏の地でもある。クセジュで知られる近代懐疑主義モンテーニュや未だに科学哲学者の攻略を許さないヒューム懐疑主義培養したのだ。数年前にセクストス・エンペイリコスの『ピュロン主義哲学の概要』の邦訳版を蔵書に加えてみたが、なかなか敷居が高くて頁を開くこともしなかった。しかし、文庫の入門書の登場で状況は好転した。
 とにもかくにも未知の精神分野を包括的に伝達してくれるのは、なんとも有り難い。

3)最後に私的体験にはなるが、この本には青春の思想的高みとなる回春効果がある。青年期のみに達し得る精神の高揚というのがある。その蘇りがこの種の書籍によりもたらされるのだ。
 学生時代にアルバイト代が入って財布が重くなると「カルネアデス」と独りごちたものだ。あいにくとその手のジョークは誰にも通約不可であった。カルネアデスは古代の懐疑主義哲学者だ。
 ギリシア哲学に若い頃から親しんだ経験からそんな一人よがりの半畳をのめしていたが、それは裏返せば他者とは違うというプライドであり、偉大な精神的伝統が脈絡と自分のうちにあるという自負でもあったわけだ。
 やはり大いなる懐疑というのは停滞した近代的知性にとり清涼剤となるのだなあ。


 スケプティズムの語源でもあるスケプティコスというギリシア語は、もとは「探求する」という意味であった。古代懐疑主義は立ち止まるのではなく、実はその懐疑を原動力に行動する。ある意味、知行合一だ。ドグマに立ち向かうための行動原理だったというのはアナス&バーンズの指摘である。
 面白いのは懐疑主義たちには医者が多かったという著者の指摘である。いったい、どのような経緯から医者たちの哲学になったのであろうか?



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