ここでの問題設定は「気体分子運動論と社会統計学、どっちが正規分布を早く採用したか」
はじめに時代背景を押さえておこう。
19世紀に国家がより統制のとれた組織として姿を現す。そのためには官庁統計の確立が急務だっだ。「統計と地図」が近代国家の管理基盤となるのだ。
官庁統計は古代ローマ時代のセンサスをより正確で適正に、しかもより機械化を進めた。
1827年にフランス司法省、同年にオランダの国勢調査、1833年にイギリス商務局、同年にドイツ関税局の統計業務が本格化した。このように西洋列強は「国力の可視化」と管理を強化している。
ベルギー人のケトレが巻き起こした統計学万能旋風はこのような時代風潮と強い相関があった。
1835年主著の『人間について』、1869年『社会物理学』を出版する。
彼の主張によれば、社会を構成する個々の人は「平均人」からの誤差法則に支配されるのだ。
そもそも「平均値」と「最頻値」の区別もできてないのでは、と不安になる説だ。
この「平均人」というのはニーチェの「末人」に比肩されるかもしれない。近代社会の平均的市民っていうのが政治経済の活動の主体であるなら、精神的貴族主義者のニーチェはその存在を害悪視してもおかしくはない。
それはともかく、ここで比較したいのが、気体分子運動論だ。統計熱力学の初期の理論が19世紀に発展した。
では、ケトレたちの熱狂とMaxwellの理論とどちらが先なのであろうか?
実は、ケトレたちの方が先なのだ。このムーブメントがMaxwellに伝染して分子運動のMaxwell分布が生み出された可能性さえある。
1860年にMaxwell分布の記念碑的論文を彼が出しているのだから。
ケトレたちの学問的貢献はもっと冷静なW.レキシスによって、客観的な数理統計学に置き換えられて、現在では「歴史の逸話」でしかなくなった。Maxwellの業績はボルツマンやギブスに引き継がれてゆく。
いずれにせよ、近代国家の人口統計と気体分子の取り扱いが、類似な正規分布をもとに論議されるというのは興味深い。
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