(No. 71) 邦字新聞「羅府新報」110年の歴史に触れて

 ロサンゼルスは日本からの駐在員数が激減したとはいえ、最も身近な米国本土ということもあり、多くの日本人が住んでいます。日本生まれの日本人たちの日々の生活を支えている便利なものの一つに、邦字フリーペーパーがあります。最近は、日本食品の人気のおかげで、英語で書かれたフリーペーパーも数紙・誌誕生し、スーパーマーケット等で無料配布されています。

 林立するフリーペーパーのかげで、現存する北米最古の日系新聞「羅府新報」は、今年4月には、創刊110周年を迎えます。1903年、リトル・トウキョウで創刊されたされた当時、ロサンゼルスに定住する日系人の数は、まだシアトルやサンフランシスコより遅れをとっていたようですが、サンフランシスコから進出してきた先輩格の日系新聞「日米新聞」等、競争相手を持ったことによって、逆に購読数を順調に伸ばしていったようです。

 ちなみに、「日米新聞」は、1898年にサンフランシスコで我孫子久太郎によって創刊されましたが、この我孫子の妻となったのが、津田梅子の実の妹の余奈子でした。1936年に久太郎が亡くなった後は、この新聞社経営を任されていたようですが、パールハーバー勃発とともに廃刊になったと、つい最近知りました。

 さて、「羅府新報」の読者層が、日本語しか読めなかった日系1世から、英語を読む2世が多くなった1926年から、日本語と英語の紙面構成となったようです。現在もそのスタイルは変わっておらず、英語のRafu Shimpoという題字のついた英語面は左開き、そして日本語の「羅府新報」という題字のついた日本語面は右開きとなっています。

 今でも、日曜日を除く毎日発行されており、特段広告がたくさん入っているわけではないので、よく経営が成り立っているなと、感心しています。また米国東海岸から引越ししてきた直後は、日本でも全国紙ではなく地方紙のような趣のあるノスタルジックな紙面構成を珍しく思ったものでした。ところが、そろそろロスの滞在も丸2年を迎えると、この特別の「感覚」が普通になってしまっている自分に気がつくことがあるのですが。

 私が意味するところの「ノスタルジックな紙面構成」の最たる事例が、元旦発行の日本語部分ではないでしょうか。両陛下のご近影と、ご皇室のみなさまの様子を伝える写真の下に、在ロサンゼルス総領事からのご挨拶が掲載されています。今回、たいへん畏れ多いことですが、依頼された書いた私の原稿も、その同じページに掲載されました。

 今週、投票が行われたロサンゼルスの選挙(市長、市議会、教育委員長や司法長官)で、リトル・トウキョウを管轄する地区に立候補していた、前ロサンゼルス警察(LAPD)のテリー・ハラ副本部長は、残念ながら当選を逃し、日系人で初めてとなる、ロス市議会議員は誕生しませんでした。そんなこともあり、なんとなくリトル・トウキョウの活力がいまひとつ、盛り上がりを見せず、精彩を欠いていることが心配です。

 ローマは羅馬、ロサンゼルスは羅府、と漢字表記される二つの都市ですが、方や古代都市国家の歴史、一方は今の都市の形になってからせいぜい160年の歴史。そんななかで110年続いている新聞の存在は大切にしたいものと、しみじみと感じるこのごろです。

Rafu Shimpo http://www.rafu.com/
羅府新報(日本語) http://www.rafu.com/category/japanese/japanese-news/