生きた芸術を求めて

 去年の暮れ、道後で朝までとことん飲んだ。気が付いたら道後の湯に浸かっていた。どこかで転んだのか膝っ小僧と踝が痛い。泥酔の末の朝風呂から上がり、よたよた歩いていて、ふと景色が違うことに気づき、はっとした。眼鏡がないのである。きっと最後の飲み屋にあるのだろうと、行ってみたがない。じゃ風呂かと、風呂に戻ってみたがない。結局、ぼんやりとした視覚のまま千葉に帰り、休む間もなく、以前、破損した眼鏡のフレームを設え、今度は異様にくっきりと見える視覚のまま新潟に向かう。そこは、極寒だった。全てが凍てついて見えた。昨日まで、酒で火照っていた体も凍える。また、酒が欲しくなる。
 結局、酒浸りの行きずれの末、年を越し、正月二日目は丸一日、泥のように寝てしまった。全く、散々である。
 でも、今までにない得も居られないすがすがしさを感じていたのも本当で、そんな中、私は、とんでもない確信に行き着いた。

 結局、何の確信も持てない我々人類は、不変なる真実を得るために、それを美しいまま永遠に閉じ込める。
私たちは、それを芸術作品と呼び、後々まで大切にした。しかし、それは美しい状態で保たれ続ける死体のような存在なのだ。すでに、死んでいるのである。作家が作り出したモノとは似ても似つかないゾンビとして保管され続けているのである。我々は、それを莫大な金をかけて所有し続けているわけだから、馬鹿げたものだ。芸術は捨てたその瞬間から価値を持ち保管され続ける。本当の芸術は、実はその時、死んでいるのだ。

 今年から私は、芸術の生まれる場所の建設に全情熱を注ぎたいと思います。産み出される作品はアーカイブとして残すことはするかもしれませんが、それを保管し販売することには一切の関心は御座いません。芸術は感じるだけのもので、後には何も残らないものなのです。

 

芸術性と社会性について


芸術活動とは、社会性を無視した表現活動でありまして、人間性に即した精神的活動です。故に、いかなるものも芸術表現を阻止することはできませんし、そのような完全自由な表現のなかにこそ芸術性というものが発揮されるのです。しかし、芸術性が高いものであっても、反社会的だとされると、それは公開することができません。芸術家といえども社会的人間なのですから、これもまた、致し方ないことであります。
私は、芸術性と社会性は表裏一体だと考えます。芸術性を追求すれば社会性を解さなくなり、社会性を推し進めれば芸術性が失われてしまいます。どちらも必要で、どちらか一方だけだと困るのです。では、芸術性と社会性が均衡のとれたものがいいのかというと、おそらくそのようなものが一番つまらないのでではないでしょうか? 芸術性は高ければ高いほど素晴らしく、社会性も高ければ高いほど素晴らしい。つまり、芸術性と社会性は両立しないのです。

ヤクザと娼婦とジャンキーがいた方が芸術的には面白いけど、現実社会ではゴメンです。

ということですね。

芸術家はこのことをしっかりと肝に銘じておく必要があります。おそらく、芸術家であるためには極めて良識をわきまえた社会的人間でなければ、続けることは困難となってくるでしょう。(勿論、分かっているとは思いますが、芸術活動はこれとは別のことです。)

空日記画家 猪野兼士

それは、たった1枚の絵を見たことからから始まりました。Facebook上に現れた、ただの空の絵でした。正確には、空に雲が浮かんでいる様を描写している絵といったらいいでしょうか? 普段、空など見ることもない私が、一人、薄暗い部屋の中で、パソコン画面に映し出されていた小さな空の絵を眺めていたのです。何の奇抜さも仰々しさもない、平凡極まりない絵でした。さらに驚きだったのは、そんな空の絵が、1枚も欠けることなく1年365日分あったことです。
作者の名前は、猪野兼士。毎日、必ず決まった時間に、空の絵を1枚だけ描きます。
絵の大きさは、常にF0という最小サイズで、しかも必ず、黒く縁取られています。その幅はまちまちで、その時の心情が現れているのだそうです。晴れやか日(空模様ではなく心模様です。)は黒縁は少なく、暗い日は黒縁が多いそうです。ここに、事務的な作業を進めている作者の、唯一の心情が表れています。
私はここに、今までとはまったく違う、新しい「空」の表現を見る思いがしました。
概ね絵画表現で空とは、画面に表しきれない作者の心情を表わすことが多く、それは、予感であるとか共感であるとか、あるいは不安や期待、恐怖や希望といった心理的演出のために用いられております。したがって、空は概ね画面全体を覆い尽くすかのごとく、広い領域を占めているのですが、猪野氏の描く空は、F0と小さく、しかも黒く縁取られた、見ていると切なくなってきそうなほど、閉じ込められた空です。それは、まるでタブレットの中でしか交信できなくなった現代の智恵子を彷彿とさせます。
しかし、その空はもはや心理効果として機能するものではなく、純粋に私たちを覆い尽くしている空そのものでしかありません。そしてそれゆえ、あえてそこにダイナミックな空を求めるという意図もなく、只、無欲に堅実に気象予報士のように空を観察する猪野氏がいるのです。
猪野氏は、あえて空に期待をよせることもせず丁寧に確実に空を描写することで、より一層、空を知ることが出来るようになったことでしょう。それを確かめるには、猪野氏の1年365日の空の絵を見てみるところから始めなければなりません。そのように、空を一つずつ確かめて行きましょう。
今日の地球はどんな空? あなたの心模様は?

デジタル神話作家 田中良典

田中良典のソロサークル【EXCALIBUR】のアートワークを見て、私はいま、YMOの生みの親である細野晴臣氏が嘗て、「自然とはデジタルである。」と発言したのを思い出しています。それは、アナログこそが自然であると信じていた当時の私にとっては衝撃的な発言でした。しかし、後の脳科学の研究成果によって、人間の感覚をいかに脳は曖昧にとらえているかが解明された今、もはやそれは確信に近づいてきている発言となりつつあります。
考え直してみると、将に、芸術(特にデザインワーク)とは、この曖昧なアナログ感をデジタル化することに他ならなかったのではないでしょうか? しかし、そうすると、あの曖昧さ、即ち、あの人間臭さが無くなってしまいます。その葛藤こそが、田中良典のソロサークル【EXCALIBUR】の持つコンセプトなのです。
人間である田中良典は、自ら「自分はたいしたデッサン力も持っていない。」と発言し、巧みに加工されたデジタル画像とそれを懸命に模写した自身のデッサンとの差異を見せつけてきます。ちなみに、ここで巧みにデジタル加工しているのが【EXCALIBUR】というVJ(ビデオジョッキー)です。 【EXCALIBUR】は正体不明のデジタル化した存在として、パソコンのキーボードでできた仮面を被って、同じくキーボードでできた手袋をはめてVJレコーダーを操作します。
この様な巧みに演出された【EXCALIBUR】のVJショウは、徐々に人気をはくし、ファンも増えてきています。そしてこれこそが、彼が目指す【未来の神話】に他ならないのです。まさに田中良典は、【EXCALIBUR】という神を出現させ、人類のデジタル神話を創造しています。
田中良典の生まれ育った京都府宮津市は、天橋立で有名な神話の町。そこで、8bitのゲームに明け暮れた日々が、【EXCALIBUR】の出現に多大な影響を与えていることは容易にうかがい知ることができますが、さらに、注目すべきはディレクションです。田中良典の変換能力は我々の言語領域までも凌駕し、彼の創り出す独自のディレクションは神託化されはじめているともとらえられるほどに謎めいております。
田中良典のソロサークル【EXCALIBUR】のアートワークに酔いしれしまった私にとって、恐らく未来、それは神話として実現するでありましょう。今まさに、それは確信に近づいてきているからです。
これからも、田中良典のソロサークル【EXCALIBUR】に注目です!

廃屋画家 坂尻佳恵


なんなんながギャラリー営業開始直前に開いたPreイベント【みんなで作ろう みんなのギャラリー なんなんな】には、遥か関東は千葉県八千代市からの出品もありました。それは、廃屋を克明に描写したもので、古民家ギャラリーにはふさわし過ぎるほどの作品だったことを覚えています。その作者が、今回紹介する坂尻佳恵さんです。
実は、坂尻さん、なんなんながまだアトリエとして仮営業している頃に、突然、現われました。なんなんなのことはネットで知って、四国の廃屋を調査する旅の途中に訪れてみようと思われたのだそうです。
坂尻さんの廃屋調査というものは、ただ単に廃屋をカメラに納めるというだけのものではありません。実際に廃屋の持主に会って、それこそ酒を飲み交わしながらでも、当時、ここに住んでいた時のお話を聴きだすのだそうです。そのようにしてイメージを膨らませていくわけです。ですから、彼女は廃屋を描きながら、そこに人の営みを求めていたと言っても過言ではないのです。人は居なくても住いはあります。そこにある様々な調度品にも人の使った証しがあります。そんな人の気配がそこにはあるのです。
未来が見えなくなっている現代、彼女の過去を懸命に振り返ろうとする姿に共感を覚えた私は、しばらく、彼女の創作を見てみようと心に決めました。

その後、彼女のアトリエにお邪魔して、見せていただいた作品に、私は驚きました。正直、「こう来たか!」って感じだったのです。そこには、古くなった立板に裸電球が描かれていました。以前、廃屋で目にして、とても気になったので絵にしたとのことですが、それは廃屋に輝く光そのもではありませんか! この光の基にこそ家族が、そして彼らの未来が、文化が、希望があったのです。そして、誰も居なくなった今でも、その廃屋には輝いているのです。

廃屋の中に光を見つけた坂尻佳恵さん、彼女の新たなる展開に、私はますます目が離せなくなりました。

田舎

 古い民家を改装してアトリエハウス【なんなんな】というものをやってます。
 田舎の人から見れば、「そんなオンボロ小屋を誰が使うんだ?」と冷やかななものですが、都会の人には以外に気にいられてるから不思議です。
 私も長く住んでいましたのでわかるのですが、都会では何をするにもお金がかかり、常に忙しく動き働かなければなりません。心安まる間もないのです。時には、のんびりとした生活もしてみたくなるものです。
 そんな人がひょこり訪れる場所なのかもしれません【なんなんな】は。

 考えてみると、都会に住んでいる人の大部分が、田舎から出てきた人達です。都会で働き、都会で結婚して、都会に住み着いてしまった人達です。中には、田舎に帰りたくても、帰れなくなった人達もいます。そんな人達が、毎日、ただ生活のためだけに働いています。さぞかし田舎が恋しいことでしょう。
 そして、田舎に帰りたくても帰れない人から生まれた子供たち。殺伐とした都会で生まれた子供たち。ふるさとのない子供たち。彼らにとって、田舎とは、まさに憧れの地でしかないのです。
 『田舎に帰ろう』『田舎に行こう』『憧れの田舎生活』『都会脱出!』
 都会ブームは終焉を迎えて、今や、田舎ブーム。この動向にいち早くシフトしはじめている人たちも少なくありません。その多くが、アーティスト、クリエーター、といった感性を必要とする人達。そして、ネットで仕事をしているフリーのIT技術者達。そのような繊細な能力を必要とする人達には、都会より、むしろ田舎の方が良い環境といえるのでしょう。

【なんなんな】は、そんな田舎志向のアーティスト・クリエーター・エンジニアを支援しています。

「私考 知的障害者にとって自立とは」  第6章 天才の出現

この記事は2006年3月8日のものです。

知的障害者がいかにして生きがいを見つけるか?
それは、案外、すぐ側にあるかも知れません。よーく、わが子を見てやってください。

 第6章 天才の出現

  僕の前に道はない
  僕の後ろに道はできる
   (高村光太郎 『道程』より)


第1節 道

  僕が生れ落ちたのは、周りに何もないだだっ広い草原のようなところだった。
  はるか遠くに、なにやら人の気配がするのだが、まあ、いいや、しばらく、ここにいるとしよう。

  時々、近くにやってきて、僕を、あの遠いところに連れて行こうとする者がいる。
  誰だ。
  お前は誰だ。
  僕はここが気に入っているんだ。
  ほっといてくれないか。

  何々、「あそこに行けば道が開ける。」だって、
  【道】ってなに?
  「頂に行くには、道を歩かなきゃならないんだ。」
  【頂】ってなに?
  「君が望むことだよ。」
  僕が望むことは、ここにいることさ。
  「みんな、そうやってるんだ。そうやって大人になるんだ。君も大人にならなきゃダメなんだ。」
  イヤダネ!

  どうやら、僕が生まれる前から、僕がしなきゃならないことが決まっていたらしい。
  あのはるか遠くにいる子たちは、その【道】とやらの上に生まれてきた奴らだろう。
  みんな、何も考えずに、スイスイと【大人】とやらになるんだろうな。

  また、アイツがやってきた。
  今度は、連れて行こうとはしない。
  いっしょに遊んでくれるだけだ。
  ちょっと、気にかかる。

  また、アイツがやってきた。
  また、いっしょに遊んでくれるだけだった。
  でも、すぐ帰っちゃった。
  ま、いいか、また会えるさ。

  おかしいな、いつまで待っても、来ないじゃないか。
  早く、きてくれないかなー

  やっと、アイツがやってきた。
  でも、また、すぐに帰っちゃった。
  ちょっと、ちょっと、待ってよ。

  「いっしょに来るかい?」

  僕は、アイツといっしょに行くことにした。
  あの、はるか遠くの【道】とやらに

  僕は、道なき道を、いばらの道を、這いずり這いずり這いずって【道】を目指した。
  【道】に着けば、歩けるようになるだろうと・・・・アイツに言われて
  しかし、【道】はとんでもなく遠かった。
  這いずれど這いずれど、たどり着きゃしない。
  何度も何度もやめちゃおうかと思ったけど、アイツは何も言わずに、ただ、じっと待っててくれた。
  だから、行こうと思ったのかもしれない・・・・アイツの側に

  やっと【道】が開けてきた。
  だけど、どこにいればいいの?
  なにをすればいいの?
  なんとか歩けるようになったけど、どこに行けばいいの?
  僕にはチンプンカンプン
  だれも教えてくれない。
  聞いてもわからない。
  聞き方もしらない。
  これから、僕はどうすりゃいいの?

  僕は【道】を前にして、立ち止まってしまった。

  僕は、あそこにいた方がよかったのかもしれない。
  あそこにいれば【道】が開けたのかもしれない。
  だって、そうだったじゃないか。
  僕はここまで、自分でやってきたんだから。
  自分で、道を作ってきたんだから。

第2節 奇跡

 人は、自分の人生の旅立ちをするために、自立を試みる。しかし、障害者にとっては、自立すること即ち旅立ちなのである。ましてや、生まれながらの発達障害児は、生まれた瞬間から自立に向けて旅立たなければならない。なぜなら、そこに【道】がないからである。これは、大変、驚異的な試練である。認知できるものが何も無い恐ろしい世界で、唯一人、生きていかねばならないという極限状態。完全なる孤独。
 誰もが障害者の自立を心配しているが、実は、彼らは、この信じられないほどの苦難を乗り越えて生きていくだけの強い精神力を、すでに兼ね備えているのだ。このような状況下では、脳は進化する。実際、サバン症候群の人たちの驚異的な能力がこれに相当する。人間の右脳の80%は一生涯使われることはないと言われるが、左脳欠損症の人は、右脳のこの部分を発達させて、新たな能力を身につけている。ずば抜けた数字記憶能力。時間を逆算する能力。瞬時に画像を記憶する能力。音を画像に変換する能力。すべて、通常では持ち得ない能力である。
 奇跡というものは、滅多に起こるものではない。しかし、発達障害児が能力を獲得することは、一つ一つが奇跡に近い出来事である。「普通ならこうすればいい。」がいっさい通じないのだから。誰が教えるのでもない。

彼が、自ら、只一人で、誰の力も借りずに、誰もやったことの無いやり方で、それを成し遂げるのだ。
 この点を何度も強調しておきたい。まさに、彼らは奇跡の人なのである。彼らは地獄のような緊張状態で毎日を暮らす。彼らの脳内はズタズタにされ、おそらくいたるところに苦痛を感じていることであろう。癲癇発作が起こる寸前である。パニックが起こるのもこのときである。しかし、案ずること無かれ。「窮鼠猫を噛む」「火事場の馬鹿力」は、このときに起こる。こんなとき、脳内にはβ-エンドロフィンというモルヒネの数十倍はあろうかというホルモンが発せられるという。これこそが、奇跡を生み出す物質なのだ。いままで眠っていた未知の能力が彼らを救うのである。

第3章 天才の出現

 ただ、ぼんやりと生きているだけでは、人は成長しない。むしろ、苦しい思いをして、それを乗り越えることで、人は成長する。と、誰もが言うけれど、そんなことは、大部分、既にある前例を模倣すれば事足りるのであり、うまくやっていく方法もいくらでも開発されている。世渡り上手の器用な人間だったら朝飯前ということになる。
 しかし、何も無いところから何かを生み出すということになると、そう簡単ではない。誰も気付かなかったところに気付き、誰も考えなかった方法で、絶対できないと言われていることをやってのける人というのは、いったいどういう頭をしているのか気になるところだ。「発想が違う」ということで、簡単に片付けようとするが、要するに、そういう人は、異例の人物ということになる。どこかおかしいのだ、頭が。

 そういう人のことだ。天才とは。

 日々の生活に挑戦し続けなければならない知的障害者の頭の構造と、天才と言われる人の頭の構造は、実は大変似通っている。「天才とは狂人の一形態だ」とか、「天才には発達障害があった」とか巷でささやかれているのも、なかんずく嘘ではないような気がしてくる。
しかし、知的障害者がみんな天才になるかというと、そうではない。むしろ、その可能性は皆無に近い。それは何故か?ならば、天才はどのように出現するのか?
その謎を、解明することにする。
 一般に、人がある問題を解決するには、左脳と右脳を結ぶ脳梁と呼ばれる部分が必要となる。ここを情報がスムーズに行き来することで、右脳に蓄えられた感覚的イメージと左脳に蓄えられた論理的パターンが融合して、体系化される。一度体系化されると、後は凡人にもわかるようなものとなり、「ヘ〜、そうなんだ!」となるわけだ。しかし、悲しいかな、知的障害者のこの部分は、「なかなかスムーズに行き来できない」という障害がある。右脳にも左脳にも膨大なストックがあるにもかかわらず、なかなかこれらが融合してくれないのである。脳の障害とは、大部分がこういうものだ。もしも、彼らに奇跡が訪れ、この部分がスムーズに行き来できるようになったとしよう。もともと膨大なストックがある彼らである、沸き出る泉の如く、次から次と、びっくりするような大発見・大発明が飛び出してくることだろう。そう、天才とはこのような奇跡から出現するのである。

信じようと信じまいと、それは、どちらでも結構。
 私は、彼らの可能性を信じることにする。「お前は、バカだ!」と言われるならば、喜んでバカになりましょう。
 どちらの生き方が幸せであるか、いずれ解かるときが来る。