事務屋稼業

2012-12-12

[]今年の10冊 今年の10冊を含むブックマーク

 今年も残すところあとわずかとなりました。恒例の「今年の10冊」を挙げていきたいと思います。私が今年読んだものなので、新刊だけではありません。

 毎年ことわっていることではありますが、あくまで印象深かった本を選んでいるのであって、必ずしもベストテンというわけではありません。もちろん個々の書籍の内容に全面的に賛同するものではありませんので、あしからず。


ケインズ雇用、利子、お金の一般理論』

 いまさら私ごときがどうのこうのと言いつのるべくもない、経済学の古典です。この汲めども尽きぬ泉のごとき豊穣な書籍が、新鮮かつ明解な訳文で読めるのは、まことに重畳と申せましょう。

 ネットには誤訳の指摘も散見されますが、本格的な研究者ならざる市井の読書人がひとまず有名な「古典」に触れてみたいという願望を満たすには、格好の訳本かと思います。クルーグマンのイントロダクションとヒックス論文が収録されているのもポイント高し。


●スキデルスキー『なにがケインズを復活させたのか?』

なにがケインズを復活させたのか?

なにがケインズを復活させたのか?

『一般理論』にみられるケインズの思想(idea)は複雑なものです。本書はそれを歴史研究の文脈においてわかりやすく解説するとともに、いわゆるリーマン・ショック後の世界に応用するにはどうすればいいかを考察しています。

 とはいえ、本書に単純明快な政策提言のようなものはありません。スキデルスキーはそうした政策の裏にこめられた考え方(ideas)の重要性を指摘しています。ケインズの有名な警句のように、「善悪双方にとって危険なのは、発想(ideas)なのであり、既存利害ではないのです」(山形訳『一般理論』第24章より。括弧内は筆者)


●根井雅弘『サムエルソン『経済学』の時代』

サムエルソン『経済学』の時代 (中公選書)

サムエルソン『経済学』の時代 (中公選書)

 当代きっての経済学史家の手になる書。ポール・サミュエルソンの思想と理論を読み解きつつ、彼の同時代が活写されています。

 根井氏は毎度のことながら、ポスト・ケインジアンや制度学派といった異端の経済学者たちにも紙幅を割いています。色眼鏡を外して——もちろん完全に外すことなど不可能ですが——じっくり頁をめくれば、著者ならではの視点から多くを学びうるでしょう。


クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』

さっさと不況を終わらせろ

さっさと不況を終わらせろ

 ニュー・ケインジアンをふくむアメリカ・ケインジアンの思想と理論には点が辛めなスキデルスキーですが、例外的に評価されているのが、リーマン・ショック後のポール・クルーグマンとジョセフ・スティグリッツの言動です。

 クルーグマンは本書で、世界同時不況を「さっさと」終わらせようと果敢に呼びかけます。ケインズはもとよりミンスキー、カレツキさえも引用しながら「ドマクロ経済学」を堂々と主張するさまには、すがすがしさを覚えます。


スティグリッツ『世界の99%を貧困にする経済

世界の99%を貧困にする経済

世界の99%を貧困にする経済

 怒りの書です。スティグリッツがアメリカ社会の不公正に対して、いつにも増して激しい怒りをほとばしらせています。

 その矛先はおもに所得再分配のゆがみをもたらした政府、企業家、銀行家たちに向けられています。財政拡大や金融規制に消極的なマクロ経済当局にも、容赦するところがありません。おもにアメリカについての怒りではありますが、日本の現状を考えるに際しても示唆に富むものといえるでしょう。


●竹森俊平『ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った』

ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った (日経プレミアシリーズ)

ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った (日経プレミアシリーズ)

 多くの方々が指摘していますが、やはり国際経済における最大の「不確実性」は欧州の行方ではないでしょうか。この問題について、竹森氏の著書は一貫した視座をあたえてくれます。

 本題にかぎらず、たとえばルーズベルト大統領の再評価など、独特な切り口をみせています。単純な仮定をもつ原理から出発してトップダウン式に分析するのではなく、いくつもの「眼前の事実」をボトムアップ式に積み上げて歴史の綾を重層的に浮かび上がらせる竹森氏の腕の冴えは、本書でもいかんなく発揮されています。


濱口桂一郎『日本の雇用労働法

日本の雇用と労働法 (日経文庫)

日本の雇用と労働法 (日経文庫)

 濱口氏は日本的雇用の本質を職務の定めのない「メンバーシップ型」とし、「ジョブ型」雇用と区別します。その上で法と判例を引きつつ、日本的雇用の来歴を語っています。

 広い意味での労働問題をあつかった本書は、特定のイデオロギーを喧伝するものではなく、雇用における制度と「世間」の通念のありようをわかりやすくあぶり出しています。

 余談ですが、制度と通念とでは後者が優越しがちだというのは世のならいでありましょう。であればこそ、制度(既存利害)に手をくわえることによって通念(思想)の変容をもくろみ、あわよくば形勢の一発逆転をねらう「抜本的改革」が期待を集めるのもむべなるかなといったところです。


●今野晴貴『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

 いわゆるブラック企業について、どこがどう問題なのかを指摘し、個々の若者が対抗するための戦略を示しています。

 濱口氏の書籍とあわせて読むと、ブラック企業というのは通念としてのメンバーシップ雇用が極端にゆがんでしまった一症例なのではないかと思われます。

 本書は戦闘的なマニフェストといったおもむきで、やや荒削りではあります。しかし問題提起の書としては重要なものですし、実際にブラック企業の現場で苦闘する方々にとっての一助となるかもしれません。


●長谷川英祐『働かないアリに意義がある』

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

 アリやミツバチといった真社会性昆虫の生態を紹介する本書。文句なしにおもしろうございました。

 私が思い出したのは、押井守監督の「攻殻機動隊」における少佐の台詞です。

「戦闘単位としてどんなに優秀でも、同じ規格品で構成されたシステムは、どこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も、特殊化の果てにあるのは緩やかな死……それだけよ」


式貴士『窓鴉』

窓鴉―式貴士抒情小説コレクション (光文社文庫)

窓鴉―式貴士抒情小説コレクション (光文社文庫)

 最後は小説です。知る人ぞ知る作家・式貴士の抒情SF短編集とでも申しましょうか。

 ここで内容をダラダラ紹介はしません。どれもみな名品ですので、ただ強力におすすめさせていただく次第。