2012-05-06
色色
なんとなく夏の予感を感じさせる今日このごろ。
夏の予感が好きなだけで、夏が過ぎ去ったあとの喪失感が好きなだけで、
実は夏そのものはそんなに好きってほどじゃないのかもなーなんて。
そろそろお肌に厳しいですからね。
2012-04-14
2012-03-04
梅が咲いて雪が降った
なんとなく興味本位で買ってみた梅盆栽も4年目。梅は花が終わったら枝をばっさり切り詰めないとどんどん枝が伸びて
間延びしたスカスカのだらしのない樹形になってしまうのだけど、この切り詰め作業がそう簡単じゃない。
新しい枝となる葉芽ができる部分を見極めながら、枝のどこを切ってどこを残すか?それで樹形がほぼ決まってしまう。
どんな形で花を咲かせるかは自分次第。そんな選択を毎年迫られるわけだけども選択したあとは自然の流れにすべて委ねる。
切ってしまったものは戻らない。変なところから枝が伸びてくるかもしれない。期待どおりの花が咲くとは限らない。
好きなあの子にはフラれるかもしれない。希望のところは落ちるかもしれない。道がポッキリ折れてしまうかもしれない。
でも、想像もしなかったところから道が伸びてくるかもしれない。思いもしなかった出会いがあるかもしれない。
だから春なんだね。
2012-01-24
2000年と2012年のフジカラー
なんとなく思い入れという口実と一緒に部屋の片隅に封印してたペンタのフィルムカメラを、インド放浪したときの相棒を、
動かないしカビてるしもう捨てるぞと決心し、裏蓋を覗いたらフジのポジフィルムが装填してあった。いつ撮ったものなのか
何を撮ったのかまるで記憶にないけど、封印されているイメージだけでも掘り起こしておきたいという好奇心が頭をもたげ
現像に出してみた。カメラはゴミでもイメージは永遠なのだから。現像からあがってきたフィルムは12年分の色を失っていた
にも関わらず、何かを喚起させるには十分なアウラを放っていて、つまり写真が写真たるべきことを主張してるようだった。
かって在りし日々。自分が失ったもの。去ったもの。フィルムの退色が記憶の色褪せ具合とぴったりと呼吸をあわせていて、
それこそフィルムのやさしさだよな、と思った。































































