World Wind Diary Twitter

2011-02-28

再始動

こちらからの移転。

一回目はブログを始めた経緯や、挫折、今後の展望などを記すことにする。


2005年3月、高校生だった私は一つのブログを立ち上げる決意をした。目的は"NASA World Wind(以後NWW)"という地球観察ソフトでキャプチャした画像を紹介するためだ。元来地図好きな私は、NASAが持つ世界中の衛星写真がソフト一つで観られることに興奮し、来る日も来る日も仮想世界旅行をした。そして、こんなに素晴らしいソフトがあるんだ、こんなに面白い場所が世界にはあるんだ、という自らの感動を世間一般に伝えたいという純粋な気持ちが、たとえネットであっても知らない人と交流するのが怖いヘタレな心に打ち勝ち、ブログの開設に踏み切らせたのだ。

開設してからは、多くの人に観てもらおうと地図へ移動する直リンクを貼ったり、開設から数ヶ月後に登場したGoogle Mapsのリンクも合わせて貼るなど色々とこだわって記事を書いた。また、アドオンや更新といった専門的な情報を載せたり、コメントや質問にも、びくびくしながら何とか答えた。更に、NWWを取り上げているブログ記事は積極的にトラックバックをし、数カ所のブログではリンク付きで紹介もしてもらった。そうした努力が実ってか、一時期は日に100アクセス程を稼ぐまでになった。もっとアクセスを増やしたいと思い、コミュニティに入ったり、ランキングに登録したり、ブログを改造して見やすくしたり、できる限り色々な努力をした。この時の私は、正にブログの為に生きていたと言っても過言では無い。

しかし、半年程経つとNWWやGoogle Mapsのブームは徐々に下火になっていった。ブログの訪問者は次第に減り、トラックバックができる記事も明らかに少なくなっていた。また、私自身も画像の加工やリンクの作成など作業が増え、――今思うと大した更新量では無いのだが――ブログを更新し続けることに多少の苦痛を感じ始めていた。その後、存続か改変かを悩んでいる内に数ヶ月が経過したが、このままブームは去っていくと読み、ブログタイトルから"NASA"を外して「World Wind Diary」として新たな道を歩むことを遂に決めた。

だが、リニューアルしたはいいものの、何をテーマにして良いのか全く分からなかった。今まではNWWに関する記事を書けばそれだけで良かったのに、途端に何の拠り所も無くなってしまったのだ。仕方が無いので、手探りで情報ブログの真似事をしてみたり、写真ブログにしてみたり、色々寄り道をしつつ行く末を探った。しかし気が付いた時には、ただ何の変哲もない日記ブログになっていた。もちろん、今までNWWの記事を目当てに訪れて来ていただろう人は完全に離れ、アクセスも日に数人までに減少した。仮に「NASA~」時代にブックマークをしていた方がいたとしたら、消されてしまっても仕方のないことだと思った。

それからしばらく経った時、"Google Earth"というソフトがネット界隈で取りざたされるようになった。内容はといえば、NWWを更に進化させたような地球観察ソフトだった。もちろんすぐにダウンロードし、あの時の感動を思い出すように楽しんだ。しかし、更にこのソフトがもてはやされるようになると、今度は『しまった』と思った。あのまま同じ路線でブログを続けていれば、Google Earthの層も取り込んで、アクセスは増えたはずだ。なぜ止めてしまったのだ。Google Earthの登場がもう少し早ければ、あるいは――。

このことに関しては一時期はかなり後悔したが、最初からブログの繁栄は無理だったのかも知れない、と後に思うようになった。一つのことを同じペースで続けることには大きなエネルギーが必要だ。しかし、私はこの持続エネルギーが極端に欠如していると自覚している。一つに留まれないからやることがどんどん増え、あれもこれもと手を伸ばす内にペースは保てなくなる。今までもそうだったし、この記事を書いている現在もそうだ。例えブログの絶頂期にGoogle Earthが登場していたとて、更新が苦痛、面倒になっていたという当時の事実は変わらず、結局同じ結果になっていたのではないか――。結局、その後Google Earthに関するブログを始めるでもなく、そのまま写真を載せたり、趣味のピアノの動画を載せたりして過ごすこととなった。

高校を卒業し浪人生となっていた2007年の冬、友人からmixiの招待を受けた。世間で流行っているものはあまり使いたくないという変な意固地で最初は断っていたが、何度も推してくるので結局登録することになった。いざ始めて見ると、mixiは世界に開かれたブログとは違い、良い意味で狭く限られた世界で構成されていると感じた。日記を書けばマイミクが必ず読んで、たまにコメントもくれる。まさに仲間内だけの交換日記のようなものだ。

それからしばらく日記を書く内に、この場所がだんだん心地良いと思い始めた。自分が書いた物が"絶対読んでもらえる"という安心感がそうさせたのだと思う。当然ながら、自分が書いてネットに上げた記事や日記は人に読んでもらいたくてそうしたものだ。そして、今ではブログよりもmixiの方でそれが叶っている。だから、ただネットの海に日記を放つだけよりも、確実に読んでもらえるmixi日記に力を入れることを当時の私は選んだ。それから数年後の2009初頭、ついにWorld Wind Diaryの更新は止まった。

一方でmixiの日記数は増加し続け、毎日更新という企画も(長続きはしなかったが)やる程に没頭していた。マイミクは順調に増え、コメントをもらえる割合も増えてきた。自分の書いた物に対する返答があるというのはやはり嬉しいものだ。――この時、数年ぶりにブログの全盛期を思い出して、少し懐かしくなったことを記憶している――もちろん怠惰から日記を書かない時期もあったが、他人の日記を見たり、新たに始まったエコー(後のボイス)はいつも書いていて、既に僕の生活の中でmixiは欠かせないものとなっていた。

それから時は経ち2010年の春、mixiボイスの元となったTwitterを開始することにした。こちらは特に誰かに誘われたとかではなく、mixiボイスとの差別化のためだった。というのも、マイミクの数が増えてきて分かりやすくキャッチ―な文章を書くことを心懸けるようになったのだが、本来この記事の様な文体が書きやすく、少しばかり窮屈な思いをしていたのだ。ボイスとは違い『絶対読んでもらえる』という保証は無くなるけれども、自分の好きな形で文章を書ける、多少の心の拠り所を作りたかったのかも知れない。

Twitterを始めて間もなく、恐らくプロフィールに肩書きや趣味を詳しく書いていた為か、フォロワーの急増が始まった。あまりに短期間に急激に増えたので驚いたが、それに伴い多種多様なつぶやきに触れることとなった。政治家経営者プログラマーコンサルタントカウンセラー映画監督、ミュージシャン、学生――。数を挙げれば切りがないが、今まで自ら触れようとしてこなかった分野の話を聞くことは、大きな刺激となった。そうしてしばらく様々なつぶやきに触れる内に、『自分も何か発信したい』と思うようになってきた。あまりに前向きなツイートの数々に触発されたのかも知れない。これまでのように何かの紹介やブログの隙間を埋める自己満足の日記ではなく、世の中に向けて自分の意見を発信したい、と思わせられたのだ。

以上がブログを再開するまでの道のりだが、なぜはてなダイアリーへ移転したかというと、"インテリジェンスを感じる"という何とも曖昧な理由である。実際、読み物系のリンク先がはてなダイアリーという場合が多いので、そのイメージもあるのではないかと思う。何にせよ、発信すると決めたからには発信するが、過去の様に変に気負ったりする気は無い。自分が気になったことについてじっくり考察して、それをゆっくりと文に纏めて発信していきたいと思う。なので、不定期更新になることをここに予め宣言しておく。

最後に、ここまで読んで頂いた方はもうお分りだと存ずるが、私の書く文章はとても長い。これでも数日掛けて推敲したのだけれど、推敲した結果、より長くなるという珍現象が起こったので、これ以上見返すのを止めようと思う。それでは、次回お会いできることを楽しみにしつつ…。