ABモータース

2007-10-08 Autumn Wind

連休の二日目。次の月曜日は雨だとわかっていた。

CBRを引っ張り出して山へいくなら今日だ、とわかっていた。

午前4時。僕は鳴った目覚ましを止めて、もう一度目を閉じた。


疲れている?そうだ。今の仕事場の状況からすれば。

でも、違う。

僕は、少し、恐かったのだ。


自分を駆り立てる、何かが。

ワインディングを前にして、心の中で燃え立つ何か。

日常を忘れ、背筋を逆撫でされるように、身を奮い立たせる何か。


ヒヤッとする時もある。「うわー、危なかった」と思うときもある。

自分では全て、そのリスクを負っているつもりだった。


「“安全のためなら死んでも良い”のよね」

全身をプロテクターで固め、また次の新しい安全装備をカタログで見ている僕に、妻が僕が昔言った冗談を引き合いに出してからかう。


でも、本当に必要なのは、装備じゃない。心なのだ。

全てを自分がコントロールしていると感じること。

一切の邪念や見栄、競争心。それを全て超えたときに、本当のバイクとの一体感がある。


今、自分は他の何者にも操られていない。感情にすら。

自分が、すべて自分の意のままに何かしている。

──そう思えたとき、本当にバイク乗りの幸せがやって来ると、僕は思う。


だから、少しでも「乗らなければ」と言う義務感や、「乗ってスッキリしよう」というフラストレーション──それがあるときは、僕は峠に行くのが恐い。

だから、やめたんだ。その日は。


***


開けた窓から、秋の風が忍び込んでくる。

家の外では、いつの間にか虫が鳴いていた。

もう冬装備が必要だな。タイヤのグリップにも注意だな。

少し寂しくなりながら、僕は静かに虫の声を聴く。


***


その夜、僕はニュースを知った。

今、僕は生まれて初めて、バイクに乗るのが恐い。


でも、

#17。


僕は、もう一度乗るだろう。

乗り続けるだろう。


そして、誰かに伝えるんだ。

この乗り物の素晴らしさ、操ることの楽しさ。

その先にあるレースという世界の興奮。


さようなら。でも、くじけないよ、

伝えるんだ。誰かに。

2006-06-21

[] ドラゴン・スレイヤー


僕は「どこそこには魔物が棲んでいる」という言い草があまり好きではない。いかなる結果もチームやライダーの努力(あるいはミス)の積み重ねというモータースポーツのビターな側面が、そんな一言でなんだかキレイに片づけられてしまうような気がするからだ*1

しかし、この日のモンメロにはその魔物とやらがいたのだと言われても納得せざるを得ないだろう。しかも、それは何者かに目を射られた怪物だったのだから──。

視力を失ってもがきながらやみくもに暴れる怪物の巨大な尾が最初に弾き飛ばしたのは、スタートしたばかりのセテ・ジベルナウだった。地元のレーストラックでほとんどいい目を見ないこのカタルーニャ人ライダーは200Km/h近いスピードで頭から路面に叩きつけられ、かつて経験したことのないレベルのインパクト・データをアライの本社スタッフに渡すことになる。

苦しむ怪物が振り回した長い尾は、ひき続いてロリス・カピロッシマルコ・メランドリ、ダニ・ペドロサ、ジョン・ホプキンス、ランディ・ド・ピュニエをまとめてなぎ払い、ランキング1、3、4位のライダーをことごとくトラックの外へ押しやった。

なんてこった、ワールドカップなんかくそくらえだ──。僕はあわてて振られる赤旗によってもたらされたリスタートのせいで、10時のクロアチア戦のキックオフは目撃できないな、と一瞬考える(9時から公式サイトのライブビデオで観戦していたのだ)。しかし、誰もがそうだったように、頭の中はグラベルに伏して動かないメランドリのことで一杯だ。2003年フィリップアイランドでのトロイ・ベイリスが思い浮かぶ一方で、もちろんあの忌まわしき同年の鈴鹿が頭を去来する。

落ち着かない気分の中、30分遅れて始まった2度目のスタートは再び不吉な力によって中断された。クリス・ザ・Vが青いマシンをグリッド脇に停め、冷めかける料理にあわてて蓋をするように、各チームのピットクルーがスターターを引っ張ってマシンに駆け寄っていく。そして切られた3度目のスタート後、色とりどりのGPマシンが1コーナーを無事に駆け抜けたとき、レース序盤に似付かわしくない大きなため息をついたのは僕だけではないだろう。

ケーシー・ストーナーはある意味、かつての2スト時代を懐かしむ観客のヒーローだ。先住民アボリジニの言葉で「一番」を表す名前の町からやってきたこのオーストラリア人ライダーは、並み居るベテランを従えて複雑なカタルーニャのレーストラックを疾走する。今シーズンじわじわ株を上げたホッパー(およびGSV-R)と、じわじわと人々を失望させつつあるニッキー・ヘイデンがそれを追う。

しかし魔物は仕事を忘れていない。中野真矢を黒旗によってトラックから追い出し*2、ド・ピュニエもグラベルへ向かわせることによってライムグリーンのチームから全てのチャンスを奪った。まだレースは7週目。コース上にはもう14台のマシンしかいない──つまり、ついにホセ・ルイス・カルドソにツキが廻ってきたのだ。

9週目の1コーナーでヴァレンティーノ・ロッシに抜かれた我らがKCは、期待にたがわずマシンをプッシュした揚句、ほどなく第4区間の入口でポテリと倒れ、レースから去る。勝つか、転倒か(勝ってないけど)──彼はまさに、失われた時代のヒーローなのだ。

10週目、傷ついた怪物の尾はまだコース上を薙ぐ。トニ・エリアスが退場し、続く11週目にダニ・ペドロサがフロントを失って火山岩の混じったグラベルに這いつくばる。オープニング1コーナーの惨劇の時と同様、それでもあくまでマシンを起こしコースへ復帰しようとする若きライダーの懸命な姿は、抑えきれない闘志の現れなのか、それともすでに計画されたチャンピオンへの“ロードマップ”が崩れるのを避けようとする秀才の足掻きなのか。

すでにコースを駆け抜けるマシンは11台──ホセ・ルイス・カルドソはついにやったのだ。

ヒーローは遅れてやってくる。暴れる魔物にとどめを刺そうと現れたドラゴン・スレイヤーは、やはりヴァレンティーノ・ロッシだった。9週目にストーナーをかわして以降、2位のヘイデンを0.3〜0.5秒離してトップに立ち続けるロッシは、そのままレースが終るまで魔物をぴたりとおとなしくさせてしまった。

煮え切らないヘイデンに愛想を尽かしたカメラは、ダルマ落としのように表彰台のチャンスに近づいたケニー・ロバーツJr.とホッパーの3位争いを映し続ける。05年のドニントンを見た者なら、こうした互角の戦いになったときにロバーツは冷静に勝ちにかかるライダーであることを思いだすだろう。

はたして、19ラップ目にホッパーに抜かされた(抜かさせた?)ロバーツは、大きく後ろを振り返ると作戦を変更する。21週目のストレートエンドで、セカンドマシンという不利を抱えた若いアメリカン・ライダーをかわすと、あとはスロットルを大きく捻るだけで(ホンダパワー!)ロバーツは父親のチームにMotoGPクラス初の表彰台をもたらした。

──終ってみれば、冒頭の大クラッシュとその後のサバイバルレースが、ポール・トゥ・ウィンの歓びを爆発させるロッシからレースの焦点を奪う。次々続報が入り、スタートできなかったライダーたちはみな最悪の事態は免れているとわかってはいるものの、どこか落ち着かない気分だ。それになにより、リザルトの3番目にある「KR211V」の文字に、まるでテレビゲームで自分が命名した架空のマシンであるかのような非現実感に襲われる。

やっぱり魔物はいるのかもしれないな──、と僕は表彰台で胸を張るロッシを見ながら思う。こんなアクシデントが3週間もレースが連続するこの時期に起き、ポイント・スタンディングの上位陣が軒並み巻き込まれ、そして一回でもヘイデンがリタイアするようなことがあれば、ロッシがチャンピオンを完全に射程内に収めるといった事実は、つくづくレースをめぐる運や不運について考えざるをえない。

もっとも、わずかな“アドバイス”で万年下位のマシンを表彰台に上らせるホンダのスタッフこそ、本当の魔物かもしれないのだが──。*3

*1:85年8耐の平/ロバーツ組を除く…

*2:僕は、この「ピットサイン見落とし」がどうのといいうペナルティには多少うんざりしている。レーシングマシンのスピードは年々上がり続けているが、ピットボードは大昔から大して変わらない。どだい、300Km/hで走る乗り物に伏せながら、視界の済にある数十センチの数字や文字を読み取れというのはスポーツのレギュレーションとしておかしいのではないだろうか。そろそろ、黒旗や黄旗といったサインに関してはピットとの通信を許可してもいい時代なのではないかと思う。

*3:僕は、中国GPの後でチーム・ロバーツがもらった「アドバイス」とはパーツ、おそらく電子系のパーツのことなのではないかと勝手に勘ぐっている──だって、信じらんない!

2006-06-15

[] 脱ラブ・タンデム


タンデムですか、よろしおますなぁ──。

テレビをつければ、そんな格好でどこまで行くつもりだというような軽装で、おまえらホントに好き合ってんのかみたいなカップルが防風性能どこ吹く風のローシェイプな青いビッグスクーターに乗り、高規格道路をすっとばしている。
チャンネルを変えれば、すっかり自己陶酔した国内最強メーカーが、自社のスポーツバイクがサーキットを走る様をだらだらと撮ってコマーシャルと称して垂れ流している。

違う。違う違う。

バイクのターゲットユーザー層が上がってきた?リターンライダー需要?高速二人乗り解禁?家族を説得する理由が必要?──勘弁してくれ。モーターサイクリストのメンタリティってのは、そんな甘いもん(だけ)じゃないと、まさにミドルエイジ・ライダーの仲間入りをしつつある僕は思う。

例えば僕が見たいのは、こんなコマーシャルなのだ。(尺は一分くらい要るけど)

#1 会議室
数十人のスーツマンが集まった薄暗い会議室で、男がプロジェクターで映し出されたパワーポイントを前にプレゼンをしている。

男「端的に申しあげましょう。このプロジェクトが御社に約束するのは──」

聞き入っているスーツ姿の男達。最前列には取締役らしい身なりのいい層が座り、真剣な顔で聞き入っている。何かひそひそと話し合っている人もいる。
プレゼンが終ったらしく、感銘を受けた顔で拍手をするスーツマン達。おじきをしている男。
しかし拍手をする人々の中、最前列でただ一人、腕組みをしたまま前方を睨みつけている男がいる。白くなりかけた髭をたくわえ、仕立てのいいスーツをまとっている。彼は、何かが気に入らないのだ。
一瞬、プレゼンをしていた男と目が合う。

男「──?」

プレゼンをした男は、そこから何かを感じ取ったようだ。

#2 男の会社
広いフロア。プレゼンしていた男がラップトップに向かい、書類を見ながら仕事をこなしている。若い男のスタッフが近づいてくる。

若い男「主任、大成功でしたね、今日のプレゼン!」

男「──ありがとう、君たちのおかげだよ」

(フラッシュバック。プレゼンで拍手していなかった男性がよぎる)
(フラッシュバック。エギゾーストノート。勢いよく流れていく緑の木立)

書類に目を戻した男に、今度は若いOLが声をかける。

若いOL「主任ー!一緒に行かないんですか、打ち上げ?」

男「ああ──先に行っててくれないか?まだ片づけることがあってね」

残念そうなOL。どうやら、彼に少し好意があるようだ。

若いスタッフ達「お先に失礼しまーす!」

どやどやとまとまってフロアを出て行く若手社員たち。先ほどのOLが最後にドアを出て、名残惜しそうに振り返る。

#3 時計
壁に掛かった愛想のない時計。針は10時前を指している。

#4 男の会社
集中して書類に取り組んでいる男。フロアにはもう誰もいない。

(フラッシュバック。エギゾーストノート。スピードメーターの針)

男、少し疲れたというように目頭を揉む。

#5 居酒屋
談笑しているスタッフ達。
笑いの輪の中、ひっそりと時計を見る若いOL。

#6 男の会社
フロアの電気は男がいる部分を除いて消されている。PCの電源を落とす男。
帰り支度をしながら、ちゃりん、と音がして家の鍵が机の上に出される。その脇に、形の違う鍵がある。
男、その鍵を取り上げる。男の顔を背景にして鍵のクローズアップ。キーヘッドにあるウィングマークが目立つ。

(フラッシュバック。駆け抜けるスポーツバイクがはっきり見える)

#7 駅の近くの路上
男が携帯で話している。

男「悪いね、今日は行けそうにないんだ。みんなで楽しんでくれよ」

#8 居酒屋
一人レジの脇まで来て、携帯で話している若いOL。

若いOL「そうですか…。わかりました、お疲れさまです」

携帯のフリップを閉じ、ため息をついて宙を見つめるOL。

#9 通勤電車
ドアの前に立ち、明るい車内から暗い外を見つめている男。ドアの窓に反射する街の明かり。

(フラッシュバック。エギゾーストノート。回転し、路面をとらえている前輪)
(フラッシュバック。美しいフォームでリーンし、ワインディングのコーナーに吸い込まれていくライダーの後ろ姿)

窓の外を見たまま、静かに微笑む男。

#10 男の自宅・ベッドルーム
翌朝。夜が明けるか明けないかの早朝。澄んだ空気。わずかに鳥の声が聞こえる。
男、静かに目を覚ます。隣で寝息を立てている妻の髪を軽く撫でる。寝返りを打ち、無意識に微笑む妻。
男、そっとベッドを出る。

#11 男の自宅・子供部屋
寝息を立てている5歳くらいの子供。
部屋のドアがそっと開き、男の顔がのぞく。
暖かく微笑み、そっとドアを閉める男。

#12 男の自宅・ガレージ
鍵のクローズアップ。それを軽く手に下げたまま、停めてあるスポーツバイクに近づく男。
男は全身をセパレートタイプの革ツナギにつつんでいる。
バイクにまたがり、持っていた鍵をゆっくりとホールに差し、廻す。
跳ね上がるメーターの針。エンジンがかけられ、響く排気音。
男の乗ったバイクは、ゆっくりと夜明けの空気の中へ出て行く。
(音楽スタート)

#13 ワインディング・路上
(音楽とともにテンポよく流れるライディングシーンのカットバック)
スポーツバイクを駆り、ひらひらとコーナをクリアしていく男。
夜が明けたばかりで、わずかに朝もやが残っている。
響くエギゾースト。他には何の音もない。
コーナーの先を見つめる男の視線。
ふっ、ふっ、と男の呼吸が聞こえる。
誰もいないワインディングを駆け抜ける男とバイク──。

#14 ワインディング・駐車場
バイクを停め、自販機で買ったコーヒーを飲んでいる男。
遠くからエギゾーストノートが近づく。ゆっくり振り返る男。
男の背後を、ぴったりと車体に伏せたライダーを乗せて、赤いスポーツバイクが駆け抜けていく。
(バイクはDUCATI 900SSか)
ニヤリと微笑み、コーヒーの缶をゴミ箱に投げ、自分のバイクに近づく男。

#15 ワインディング・路上
駆ける900SS。その背後から、じりじりと近づく男のバイク。やがて2台は並ぶ。
ヘルメット越しに顔を見合わせ、二人とも同時にスロットルを捻る。
2台はまるで求愛している蝶のように、時に並び、時に前後しながら山道を駆けていく。

(キャッチコピーが重なる)

「自分の中心を見つけろ。」

#16 ワインディング・麓
ひとしきり汗をかいた2台が、駐車場に止まる。
ヘルメットを脱ぐ男。900SSのライダーを見る。
900SSのライダーがヘルメットを脱ぐ。
現れたのは、昨日のプレゼンで拍手していなかった取締役!
男、一瞬目を見開く。
取締役は動じたふうもなく、ゆっくりと男に向かって親指を立て、ニヤリとする──。

(スポンサーロゴ)

という妄想コマーシャル、いかがでしょうか。テンポよく編集すれば90秒で行けるかな?
キャッチコピーは僕が適当に考えたものですが、「Power of Dreams」でも「Touching Your Heart」でも「エブリデイ、ロープライス」でも、お好きなものを入れて下さい。劇中での主人公のバイクはホンダが想定されてますが、それは僕がホンダ乗りだからで(笑)。

とにかく、バイク乗りを駆り立てるには、ほんわか家族サービスではなく、やはりどこか熱さだと思うんですよね。試しにBMW MotorradのサイトでK1200SのCFを見てみて下さい。日本のコマーシャルでは絶対にやらないことをやってます(笑)。

──さて、久しくご無沙汰のABモータース、いつまでも忙しさに翻弄されているわけにはいきません。ようよう復活します。まだ忘れられていないのなら、駄文にお付き合いいただければ幸いです。