映画「アイアン・スカイ」感想。

アイアン・スカイ」、面白かったですよー。
 
 とりあえずBGMは「ラインの守り」。

 ご起立、ご敬礼ください。
 
 ただ、面白かったとはいえ、もちろん万人にお勧めできる映画ではないです。
 
 ……いやそんなの一目瞭然のようですけども、一応。
 
 実は劇場内でカップル比率が思いの外高くてですね。(壮年のご夫婦もいた)
 一体なぜこの映画をチョイスしたのか……というか、みな一様に彼女さんの顔が不機嫌(上映前から!)なのが印象的でした(実話)。
 
 しかし若い女性3人組とかいたので世の中よくわかりません。
 
 政治ネタは割と満載でした。
 
 冒頭4分はネットでも見られますのでその範囲からご紹介しますと……。

http://www.youtube.com/watch?v=uX2cS8wvQHI
 
 冒頭、月を目指すアメリカの宇宙船。

(この時点で、宇宙なのに盛大にエンジン音がしてるのは気にしない……ご丁寧にも、船がカメラの前を通り過ぎる時音が大きくなるのです)
 
着陸船が月に到達し、地球から指示が飛びます。

船長「……マジでやるんすか」
 

 ばさあ。

「Yes,she can!」

 この月面着陸自体が、再選を目指すアメリカ大統領の
「黒人を月へ送った大統領!」
 という選挙パフォーマンスなのです。
 
 ちなみに、どう考えてもサラ・ペイリンのパロディな女性大統領ですが、作中で決して名前を呼ばれません。

 ……つまり、設定上サラ・ペイリン「本人」なのかも知れない、ってことですね。パロディですらなくて。
 
 さて、宇宙飛行士2人のうち、ジェームズ・ワシントンは、黒人のファッションモデル。(本作の副主人公)
(……ということは、本職の宇宙飛行士は1人だけだったんですかね。ひどいミッションだな)
 
 ていうかペイリン(仮)さん、現職なのをいいことに選挙キャンペーンに金使いすぎだろ。
 トロピコとかメじゃないじゃん。
 
 ……と思わせて、この月面着陸にはもう一つ目的が。
 

 着陸船から離れて地面を探査している宇宙飛行士。

「こっちにも、ヘリウム3の反応がいっぱいだ」
 
 実は、これはヘリウム3……核融合燃料の探査ミッションを兼ねているのです。
(ジェームズは知らない。というか大統領も知らない)
 
 ……でも、そんなちゃちな金属探知機みたいな道具ですぐわかるもんなら、有人ミッションである必要はないんじゃね?
 
 しかしそこに見てはいかんものが!


 ……ヘリウム3の採掘施設だからって、「ヘリウム3」って大書するか普通、って思うけど、なんかナチスだとやりそうな気もしてしまう不思議。
 
 呆然とする宇宙飛行士にジェームズが、
ジェームズ「おい、こっちで写真撮るんじゃないのか?」
 
 選挙用の宣材ですかね。
 ……しかし、黒人モデルと宇宙飛行士を月面で写真撮らせたって、ヘルメットで顔も見えないしどっちがどっちだか区別付かんのでは?
 
 大丈夫! ちゃんと見分けが付くようになっています!

 黒い宇宙服着てる方が黒人。
 
 これはひどい(誉め言葉)
 
 なお、本作はネット経由で制作費を集めた……つまり低予算な映画です。
(ネット募金は制作費全体の一割くらいだそうですが)
 
 予告編は一見してかなり派手な感じですけど、よく見ていただきたい。

 アメリカの宇宙飛行士が着てる宇宙服、すんげえチープじゃね?
 
 ……まあ、そんな感じです。
 全米が泣いた感動の超大作映画とかのつもりで見てはいけませんよ?
 
 でも、その一方で、月面ナチスの宇宙服はやけにゴテゴテしてますけど。

 これは映画全般にわたってそうで、ナチス月面基地内はレトロフューチャー感満載で私大喜びな雰囲気なのに、地球側はおおよそチープそのものです。
 
 国連の会議室なんて、せいぜい十数人くらいしか出席者がいないんですけど。
 理事国級? と思ったけど、フィンランド北朝鮮もいるしなあ……。
 パンフレットを見ると「博士の異常な愛情」の司令室を意識しているらしいんですが、あれもっと広かった気が……。
 
 意図的な演出なのかも知れないし、手を抜けるところは力の限り手を抜いたのかも知れません。「選択と集中」。
  
 あと、衣装はともかく、月面の重力が地球の1/6しかないことはほぼ考慮されてません。
 月面ナチスの人は地球でも普通に動けるし、月面のアクションシーンは地球と同じ物理法則が働きます。
(冒頭のアメリカ人宇宙飛行士だけ、なんとなく跳ねるように移動しているのが逆に笑える)
 
 色々な映画等のパロディがちりばめられてるらしいんですが、残念なことに私自身が普段あまり映画を見ないので……。
「総統閣下」シリーズで見たあのシーンしかわからなかった。
 
 あの人が死ぬシーンやあの人が死ぬシーン、それからあのヒドい衣装も、きっと何か元ネタがあるんだと思うんですが……。
 ちょっと悔しい。
 
 そういう意味で、ニコニコのコメントとともにわいわい見たらまた楽しいかも知れないな、と思いました。
 
 ストーリーにはおおむね満足。
 終盤からラストにかけての展開に「えっ」ってところもありましたが、あるいはあれがフィンランドの感覚なのかもな、と思います。(後述)
 
 ちなみに、CMを見た時、音声が「ウンターメンシェン(劣等人種)」って言ってるのに、字幕が「奴ら」になってるのが気になってたんですが、上映時の字幕ではちゃんと(……。)翻訳されてました。
 
 あと、このポスターとか、細かいネタがたくさん。

(1932年の大統領選のポスター)
 
(以下ネタバレなので格納)

 
 月面ナチスは、捕虜にしたジェームズを、洗脳のため「アーリア化」し、地球侵略のための協力者にしようと試みます。
 しかし、肌は白くなったものの洗脳は失敗。
 
 肌が白くなったことに
「仕事もアイデンティティも奪われた」
 と悲憤慷慨するジェームズと、
「アーリア化してあげたのになにが不満なの?」
 と言ってしまう主人公レナーテ・リヒター。
(このCMの最初に出てくる女教師であり、地球学の専門家。

http://www.youtube.com/watch?v=BHRyGGrTfxY
 なんか、写真とかだと高飛車で狂信的なナチ信者っぽいですけど、実際は萌えっ娘と言ってもいい性格付けですよ)
 
 政治風刺やおバカ設定に目を奪われがちですが、レナーテがジェームズの心境を理解していくこと……「国家社会主義者」だったレナーテが、異文化や「非アーリア人」への共感を抱いていくことが、作品のもう一つのテーマであるように思います。
 
 ……なんて言うほど高尚な映画じゃないですけどなー。
 この映画における黒人の描写自体、かなりステレオタイプな気はしますし。
 
 しかし、序盤から中盤までの描写が楽しかった一方で、月面ナチス軍が侵攻を開始した後の展開にはどうもグダグダ感を感じてしまいました。
 
 序盤は良かったですよ?
 例えば、月面ドイツ第四帝国国歌が流れるシーンで、目を潤ませて聞き入る総統以下、政府要人のお年寄りの皆さんと、それを侮蔑の目で見るアドラー親衛隊准将(「上級指揮官」とか呼ぶんじゃないのかしら)とか、描写も細やかでした。
 
 ところが、終盤はなんだか大味な感じに。
(キモとなる「神々の黄昏」号のデザインも、ツェッペリン級母艦とかに比べてダサすぎる気が……)
 
 ナチス軍とレナーテ、ジェームズと地球側の三つどもえ、四つどもえになるから、クライマックスなのに焦点が定まらない、ということはあるかも知れません。
 ジェームズがエンジンルームで格闘してる間、地球軍は何をしてたんだよ、とか。
 
 とりわけ「えっ?」と思ったのはラスト。
 (日本を含む)各国が力を合わせて月面ナチスを打ち破ったものの、月面に核融合燃料である「ヘリウム3」が豊富に存在することが判明。
 
 そして、ペイリン大統領(仮)が
「勝ったのはアメリカなんだから、月は当然アメリカのものだ」
 宣言をしたことがきっかけで国連の議場が大乱闘に。
 そしてそのまま世界は核戦争に突入してしまう……という……。
(大気圏外から見た核戦争と、静かなピアノのBGMって、ゲーム「DEFCON」を思わせるんですが、何か共通の元ネタがあるんでしょうか?)
 
 むしろ蛇足というか、なんでやねんというか、個人的には国際政治ってそこまで腰が軽くないだろ、というか、そういうものを感じたのですが……。
 
 しかし、あるいは、この映画の制作元であるフィンランドにとっては、世界……大国って、そういう連中に見えるのかも知れません。
 
 この映画の政治風刺を見ながら
「あははー、そうだよね、アメリカって、大国ってこんな感じだよねー。わがままで、足の引っ張り合いばかりして……」
 ……と思っていたら、実は日本もまた、この映画に「見られる」側であったという。
 
 アメリカ始め、(日本を含む)各国が、実は宇宙条約を全然守ってなくて、武装した宇宙船を軌道上に配備していた……という展開に、私たちは
「いやいや、少なくとも日本はないだろ」
 と思ってしまいますけど、フィンランドにとってはそう思えるのかも。
(ちなみに、フィンランドは条約を守ってるんですよ!)
 
 フィンランドから見たら日本だって「大国」なんですよね。
 
 戦争が終わったと思ったら、今度は資源の奪い合いで自ら戦争を始める列強……。
 巻き込まれる小国なんておかまいなしに。

ソ連将校「ポーランドの同志諸君!
 我々は、諸君の祖国をナチスの支配から解放すべく戦っている!
 さあ諸君、我が軍に志願し、ともに戦おう!」 
ポーランド人「お断りします」
ソ連「なぜだ!」
ポーランド人「ねえ、あそこで、犬がケンカしてますよね?」
ソ連「ああ。2匹で骨の奪い合いをしてるようだな。それで?」
ポーランド人「骨はどっちと一緒に戦ってますか?」

 そして、ちゃんとカミカゼアタックをする日本宇宙軍。
 フィンランドめ……。
 そこはロボに変形するところだろう。
 
 ところで、これが「フィンランドから見た世界」なのだとしたら、「アメリカから見た世界」「日本から見た世界」はどうなるのかなあ、などと妄想しました。

アメリカ版「アイアン・スカイ
 アメリカ宇宙軍は登場せず、月面ナチス軍は続々とアメリカに降下する。
 一方、レナーテは、テレビ放送を通じてこれまでの過ちを悔い、自由の国アメリカを守るため立ち上がるよう人々に呼びかける。
 立ち上がった市民とジェームズの活躍(ガンアクションあり)によって、巨大宇宙戦艦「神々の黄昏」号は爆発し、レナーテは、ジェームズこそ次の大統領にふさわしい、と勧め、市民達は熱狂する。
 自分は大統領なんてガラじゃない、レナーテこそペイリンの代わりに立つべきだ、と言うジェームズだが、レナーテは、自分には月……アメリカの同盟国となるべき祖国でなすべきことがある、と首を振り、去る。
 月面共和国の学校で、自由と民主主義の素晴らしさについて教えるレナーテ、演説でなんか場違いなことをやらかすジェームズ……でエンド。

日本版「アイアン・スカイ
 月面ナチ代表、アドラーは、「旧同盟国」である日本に連絡を取る。
 日本政府は、大統領選を支援すれば侵略しない、という条件を呑み、月面ナチに協力することにする。
 一方、ふとしたことからその事実を知ってしまった主人公(下町の料理屋のせがれとか、なんか生活感ある感じの設定)たちは、真実を世間に訴えるために奔走するが、勘づいた日米政府によってネットを遮断されたりナチ特殊部隊に命を狙われたり、さらに、逆侵攻して「ヘリウム3」を独占しようとする中国政府のエージェントに追われたりと苦境に陥る。
 だが、普段は認知症気味の主人公のおじいちゃん(戦争経験者)が、レナーテに平和の尊さを説き、レナーテは動揺する。
 さらに青年(海外経験あり)から現在のドイツの復興を知らされたことがきっかけで、レナーテは月面ナチスの過ちを悟る。
 レナーテの協力で、月面ナチスの存在と平和共存を訴える青年の演説(たどたどしくなくてはいけない)が月面を含む全世界に流され、月面ナチス軍の兵士は銃を捨て、中国では戦争反対デモが起こり、ペイリンは失脚する。
 月面の学校で、
「これから私たちはどうすればいいのでしょう」
 と問われて、
「地球の国々と協力し合って、この月面に、平和な国家を建設しましょう」
 とか答えるレナーテ。
 ジェームズは別にどうでもいい。

 ……これ書いてて思ったんですけど、作中でドイツって何してたんだろう。
 一番微妙な立場に追い込まれそうな国なのに。
 ドイツでも本作は大ヒットらしいんですが、ドイツで作ったらどんな話になるんでしょうかね。
 
 ともあれ、最後の、廃墟と化した学校でレナーテが何を語るか、というのが、この映画のテーマを明確に表すポイントだな、と思いました。

 
 フィンランド版はこうです(うろおぼえ)
 
子ども「地球はどうでしたか?」
レナーテ「……こことは違うわ」
市民「我々は地球には行けるのですか?」
レナーテ「じきに」
市民「どうやって?」
レナーテ「……平和裡に」

 
 「〜〜が尊い」とか説くわけではないのが、深いなあ、と。
 
 個人的には、この「終戦後」のシーンが一番ぐっと来ました。
(序盤、ジェームズが脱出しようとした時の気密のいい加減さから考えて、あれだけ攻撃受けたら全部空気が抜けてる気もしますけど……)
 
 なぜこの場面のBGMが、東ドイツ国歌「廃墟より蘇れ」でないのか!

廃墟より蘇り、未来を目指して、幸福のために尽くそう!
我が祖国に、幸福と平和があらんことを!
世界が求める平和を、世界と共に求めよう!
もう二度と、母が息子の死を悼むことのないように!

(抄訳)

 ……で、部外者となった月が「じきに」「平和裡に」という希望を述べた直後、戦勝国である地球は身内で核戦争を始めるわけですけどね……。
 
 続編の制作が決定だそうですけど、一体どんな続編になるんだろう……。