『THX1138』、『1984』、『すばらしい新世界』、『1Q84』
ごぶさたしています。こちらでは…。
昨日、東京海洋大学海洋科学部での非常勤「生命文化」の最終回を終えることができた。
その前の講義では、ジョージ・ルーカスの劇場デビュー作『THX1138』を題材に「ユートピア/ディストピア」について話した。『THX1138』を一例として、人々はユートピア/ディストピアをどのようにして描いてきたか、想像してきたかということでもある。
その過程で、ジョージ・オーウェルの小説『1984』やオルダス・ハクスリーの小説『すばらしい新世界』について話したのだが、学生からのリアクションペーパーで、村上春樹に『1Q84』という小説作品があり、あれはディストピア的な話ではなかったように思います……という意見があった。いい指摘だと思う。授業の中で話し忘れたことでもある。
語るべきことはやまほどあるのだが……とりあえず、『1Q84』では、オーウェルがいまでいう「現存(した/する)社会主義国家」を想定して予言したものとは違う1984年が進行中であること、そこでは実在する団体をモデルとしているらしきカルト団体が描かれていること、彼らは彼らなりのユートピアをめざしていること、などは認められるだろう。
そして興味深いことに、『THX1138』のDVDにおけるオーディオコメンタリー(音声解説)によると、ルーカスはこの映画を撮影するにあたり、坊主頭のスタッフが足らなかったため、「シナノン」という団体のメンバーをエキストラとして大勢雇ったという。その後、彼らがまさに『THX1138』のような世界をつくって生きる集団へと変貌してしまったことに、ルーカスは驚いたらしい。
調べてみたところ、シナノンは1950年代にチャールズ・デートリッヒという人物が設立した薬物中毒患者の自助グループだったらしい。シナノンはコミューン化し、事業や学校を始め、メディアやセレブに注目されていった。その過程で、メンバーらは結束を固めるためであろうか、女性も含めて髪の毛を剃り、子どもをつくることが制限されるようになった。既婚のメンバーは離婚させられ、男性にはパイプカット、女性には強制的な中絶なども行われたという。ようするにカルト集団化したわけだが、この手のグループではよくあるように、やがて彼らは暴力事件などを起こして自壊したという。
参考:Synanon's Sober Utopia: How a Drug Rehab Program Became a Violent Cult
http://paleofuture.gizmodo.com/synanons-sober-utopia-how-a-drug-rehab-program-became-1562665776
どうしても、『1Q84』に出てきた「証人会」や「さきがけ」、そしてそれらのモデルになったといわれる実在の団体を思い起こさせる。
現存社会主義国家もカルト集団も、それらを始めた人々は、少なくとも当初は彼らなりのユートピアの実現を目指していたはずだ。しかしその実質的な成功は困難らしい。彼らがつくりあげた社会は、ある成員にとっては居心地がよい一方で、別の成員にとっては不快かもしれない。そうした状況は抑圧や内紛を起こすだろう。かろうじてそうした状況をごまかすことができても、あまりにも外部との違いが激しい社会は、外部との摩擦を起こしうる。
その一方で、現行の資本主義、あるいは「資本制」はユートピア実現に成功しているのだろうか? そのように考えるナイーブな人はほとんどいないだろう。
非社会主義な社会もまたディストピア化しうることを、ハクスリーは、オーウェルが『1984』を書く前に、当然のように示唆していたように思う。『THX1138』には、『1984』だけでなく『すばらしい新世界』を参考にした痕跡がある。『1Q84』には、『すばらしい新世界』への言及はないが、1984年には「ビッグ・ブラザー」ならぬ「リトル・ピープル」の出現が描かれている(が、その解釈はきわめて困難である)。
学生からは、「ユートピアを描いた文学や映画ってありますか?」という質問もあった。前々回はトマス・モアの『ユートピア』やジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』などを紹介した。映画では宮崎駿の『風の谷のナウシカ』など挙げてもいいかもしれない。文学では、コミューンのポジティブな側面が描かれている作品として、池澤夏樹の『光の指で触れよ』がいいかもしれない。この作品がハクスリーと同名の『すばらしい新世界』の続編作品であることは意味深である。
また、ウォシャウスキー姉弟らの『クラウド アトラス』のネオ・ソウルのパートでは、まさに「消費主義」の浸透したディストピアが描かれる。最後の講義では、これまでの総括として、『クラウド アトラス』を題材に、「ジャンルミックス」やメディアの時代的役割、ユートピア観の対立、それを前提とする抑圧とそれへの抵抗という物語における普遍的テーマ、などについて話した。レポートの課題もこの作品についてのものとした。
この講義やその過程で鑑賞した映画を通じて、科学技術の功罪、異なるユートピア観の対立のやっかいさ、映画というメディアの面白さ、メディアを読み解く能力の重要性などが、学生さんに伝わればいいな、と思う。さて、その成果はいかに−−
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