帰ってきたへんじゃぱSS このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-07-17

01:26 を含むブックマーク のブックマークコメント

 原作ファンにとって最大の不幸なんて原作の表層だけはなぞっているものの最も肝心な部分だけはスポイルしていてその結果として愚にもつかない作品に仕上がっている代物が原作の忠実な再現とかいう事で持ち上げられてしかも原作者がそれをなんか気に入っちゃって俺が好きだった原作が愚にもつかねえメディアミックス作品の側にどんどこ寄って行ってちきしょう俺が好きだったXXは幻だったかと思わされる事に決まっていると思うんだけど、みんなそう言う経験はないですか?

 『ARIA』9巻の感想

03:41 を含むブックマーク のブックマークコメント

 ウンコして戻ってきたら勝手再起動されてて書きかけの日記が消えていたよ。

 ファッキンXP

 

シムーン 05:43 シムーンを含むブックマーク シムーンのブックマークコメント

 よい心中でした。

 心中へ向けて盛り上がっていく二人の気持ちに重点が置かれていて、自爆攻撃の悲愴さにはあんまり向かわないのがよかったっす。理解しあえてしまったらあとは一緒に行くだけ。

 一方のアーエルとパライエッタは大変とげとげしい感じに。モリナス・アルティ・マミーナ・フロエあたりの前でパラ様に恥をかかせるわけにはいかなかったけれど、おのれの子分のリモネとみんなのお姉ちゃんのドミヌーラの前ならそれもあり、というあたりの鼻の効き方、恐ろしい子であることです。

 アーエルは結構気遣いの人で、姉妹の回とかはネヴィリルもそうと見てカイムを任せている節があるのだけれど、パラ様がでしゃばってきてなんかこう、色々台無しに、というここ何話かでした。

 姉妹の回はちょっとすごい。

 豊口がおかしいって話なんだけど、なんだろう、姉を強姦するような鬱屈した変態性欲者の芝居と思わせていたものが実はそのまま豹変してしまった姉を気遣い気高くあろうとする健気な妹の芝居だった、というサプライズの仕掛け方、何。

 

05:43 を含むブックマーク のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/rocketdolphin/20060709/p1

 上の記事とそのリンク先の動画を見て思った事。

 潮目は変わっている。

 例えば最近ハイクオリティ神作画と称されたところの『ハルヒ』十二話のライブシーンが、湯浅政明作画だったら、恐らくひどく叩かれていたのではないか、というような事は容易に想像されます。ハルヒ長門の手足がいきなり細くなり、変なガニマタで立って手先がなんかやたらに俊敏に動いて……みたいな。

 癖の強いスーパーアニメーターが自分の癖と美意識をむき出しにしてばりばりと描く、その癖と美意識をファンも理解し、あるいは理解まではしないもののその美意識に裏打ちされた動きのよさをなんとなく感得して気持ちよくなり、作品の評価につながり、ビッグビジネスになる、というような図式は恐らく崩壊している。

 今はとにかく総作画監督をこき使って絵柄を統一し、それから枚数をやたらめったらにかける事がビッグビジネスを呼び込むようになっていて、原画マンレベルのアニメートのセンスは商品力の源ではなくなっている。そう言う意味人月単位で表現できる以上の作画資源はつぎこまなかった『涼宮ハルヒの憂鬱』はよく時流が読めている、うつのみや理に無造作OPを任せてしまう『エウレカセブン』は読めていない、うつのみや作画をネタにしてしまう『アクエリオン』は時流を読んだ上でそれに中指を突き立てるパンクロックではあるが、まあ理が勝ちすぎてるかなあ、という具合。

 アニメートのセンスだけが商品力になる世界、というのもそれはそれであって、スタジオ4℃なんてのはまさにその蛸壺でやっていってるわけで、スーパーアニメータースーパーなのにこういう世界でしか生きていけないのか、と思うとちとううん、となる。ジャパニメジャンルではまだまだ需要があるだろうけどね。

 いや、というか、スーパーアニメート抜きでハイクオリティアニメが成立する、と言う事の方がやや、なんかこう、寂しい。

 なお、動画枚数はビジネスになる、てのは嬉しくなくはない事実であります。表現のレベルできちんとしていく努力は報われる、と言う事だからね。

 まあ、人の商売なんかどーでもいいけどなー。一視聴者としてアニメに求めるのは作品性の十全な展開であって、それにおいてアニメ製作*1者が最も頼りに出来るものはまずコンセプトワーク*2、それから声優、ついで各話数の文芸脚本絵コンテ演出、越えられない壁があって作画であり、だから作品性重視な受け手の俺が正対しなければならないのは越えられない壁の前の三つで、作画なんてなおまけもいいところだ。

*1制作の間違い。

*2デザイン音楽含む。

UTSUROUTSURO 2006/07/18 06:10 たしかにいまのキャラクタービジネス的にはここで扱われているようなアニメーターとしての技量はお呼びじゃないのでしょうね。
かといってこの人たちに求道者のようなヒロイズムを感じるわけでもないのは……
うーん、作画マニアも含めてある種のスノッブな雰囲気がハナにつくからなのでしょうか。
新海誠なんかはたしかにアニメーターとしてはまだまだというところなのかも知れませんが、
でも彼がいくらアニメーターとして技量を上げていっても、エロゲ的・萌えアニメ的な感性から作品を作っている限り
そういうスノッブ系アニメーターや作画マニアには認めてもらえないんじゃないかという気がします。

K_NATSUBAK_NATSUBA 2006/07/18 06:35 結局商売にはまだまだ全然なってるから、ではないかと。<ヒロイズムを感じるわけでもない
沖浦浩之は拘束料だけで年1000万とかって話ですから。そして沖浦を拘束している事がIGのバカみたいな株価に反映されているわけで。
金も儲けている上に、上手いということはアニメという表現そのものに対して俺はエライ、とふんぞりかえっている事でもあるわけで、それはまあ、求道的な印象ではないですよね。もっと世俗的な権威を伴う印象だ、と言っては言いすぎですが。

JokinJokin 2006/07/19 02:01 エントリの内容、興味深い上に概ね頷きまくりなのだが、いくつか野暮なアレを。
潮目は変わっているというが「癖の強いスーパーアニメーターが〜ビッグビジネスになる、というような図式」って言うのは歴史上存在したことはないんじゃないだろうか?
ビッグビジネスの定義によるだろうけど、例えば『マクロス』が、『うる星やつら』がビッグビジネスだったのだろうか?たとえビッグビジネスだったとしてそれがアニメーターによるものだろうか?俺は脚本絵コンテ演出の勝利だと思うけどね。(想定してる作品が違ったらごめん)
それと、動画枚数とハイクオリティ(と現在では受け取られること)の関係は、海外のフルアニメ持ってくれば売れるのか、と考えると必要条件でしかない。つまり、適度に動画枚数があった上で他のクリティカルな何かによってハイクオリティ認定が何者かによってなされると考えるのが妥当だ。

最後に。嗅覚の良いアニメファンがヒット作品を捜し出す時に頼りにするのはコンセプトワーク、声優、脚本絵コンテ演出で間違いはないが、アニメ製作者が最も頼りにするのは宣伝という物量です。コンセプトワーク、声優、脚本絵コンテ演出なんてのは全部宣材でしかない、ってのは半分以上本当です。

fu_tokinofu_tokino 2006/07/19 02:36 IGの株価は往時と比べ4割くらいまで落ちたみたいですけどね。
押井監督はアニメーターの頂点が年収1000万というのはいくらなんでも安すぎると言ってましたが。拘束されると拘束主からの仕事単価は入らなさそうな気がしますし。
僕は全体的にまあまあ面白い作品よりは、全体的につまらないが一瞬でも最高の瞬間がある作品の方が上だと思っているので作画を重視せざるを得ないですね。一瞬でも閾値を越えているかどうかが重要と言うか。あと、作画マニア的な楽しさは昆虫採集に似ていると思います。とは言え、作画マニアはカット単位を個別の作品として捉えているのだと考えれば何も問題は無いです。
あと、DVDのコメンタリーを聞きながら見ると、京アニの原画に全く個性が無いわけでもないなあと思えてきます。
求道者っぽいヒロイズムがあるのは磯光雄、大平晋也でしょうね。
もうちょっと真面目に言うと、個性と交換可能性の話ですね。そういう意味では(演出や作品全体の方向性から外れた作画の暴走の是非についてはまた別の話なのでここでは置いておきます)結局どのレベルまで作りこむのか、と言うことになってくるわけで、キャラデザ通りのキャラをリアル+αくらいに動かせれば十分と言うのであれば原画マンに個性は要らないわけですが、細田作品をはじめ力の入った劇場作品などでは作画マニア向けアニメでなくとも個々のカットにおいて必要とされる特殊な要素と担当する原画マンの個性とをマッチさせているわけで、つまり最上級を目指す作品では個性派アニメーターは必要ですよね。まあそういった作品が作画の質だけを落としたときに評価がどうなるのかと言うのはわかりませんが。京アニ作品くらいの評価は得られるのかな。と言うか京アニ作品がまさにそれと言うことか。スーパーアニメーター参加作品でアレより人気があるものって少ないですしね。結局コンセプトがニーズに会っていれば最高レベルまで作りこまなくとも評価してもらえるということかもしれません。

K_NATSUBAK_NATSUBA 2006/07/19 03:31 >除菌
あー、制作だねえ。製作じゃなくて。それはさておき作品性を制作者が作品の中に展開する際に何をあてにしているのか、なので、宣材とかは俺には関係ない、としか。
想定してたのは『マクロス』と『うる星』であってる。
アニメートのセンスだけが商品力の源だ、と言ってはまあ嘘になるわな。ただ、センス有るアニメートが商品力を損ねるかもしれない事、それが商品力を向上させてくれない事を想定しなくてよかった、無造作にそれをつっこんでなんの問題もなかった時代なんじゃねえかな、とは思う。
今はそれを下手に突っ込むと批判を受ける時代。それがどれだけ儲けに響いてるのかは知らないが、まあ批判はされるし、それを突っ込まない京アニ作品が売れている。

>ときのふう
最上級を目指したら作画マニア向けではなくても作画マニアにも褒めてもらえるものである必要があるわな、そら。ジャパニメジャンルってのにはそういう劇場作品の意味も結構含ませてあったわけだが。
結局俺はコンセプト一発で諸々の悪条件を突っ切ってなにかを成し遂げてしまった作品が好きなのよ。『交淫天使 背徳のリセエンヌ』とかね。そうなると、作画はむしろ劣悪なほうがコンセプトの鋭さを際立たせる事にもなるが、原動画の快感も人並みには体感できるから悪けりゃ悪いほどいい、とまでは言わないだけであってね。

fu_tokinofu_tokino 2006/07/19 04:22 そうですね。>結構含ませてあった
もっと良く読んでから書き込むべきでした。
あと、そもそも当該記事の動画のようなものってまさにカット単位というかアニメーター単位で楽しんでるわけですが、こういうのはDVD化されないのでお金につながらないと言うのはあるかもしれませんね。作画ハイライトを集めたDVDやカット単位での映像データのばら売りがあれば僕は(こういう違法な手段じゃなく)買って見ても良いのですが。
アニメファンがDVDの購買層となっていったのと同時に、アニメーターに許されていた遊びの部分が無くなっていったのではないかなとは思います。

通りすがり1通りすがり1 2006/07/21 10:42 「ビッグビジネスっていう図式」が既に謎だな。それにしても昔の名アニメーターだって、割とコンセプトの範囲内でやったことが受け入れられてた連中が大半じゃなかったか

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