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讃婆 

2017-09-06

若しかして私はスーパーエイジャー

16:25

愛の里のお世話になって足掛け4年、死ぬことすら忘れる程の多忙な日々を過ごし間もなく

く95歳を迎えます。三食昼寝付のつもりで決めた当所、他の多くの人の様に食事以外部屋でごろごろしていても何の支障もありませんが、人一倍好奇心<野次馬根性>の強い私。ドライブと言えば一番に申し込み、音楽会、買出しの送迎勿論、所内の議事集会、里山の収穫物の仕分けの助っ人、ご近所さんから珍しい野菜を頂くと栄養価が気になって早速ネット様にお伺い。鼻水が出ても、朝から山風が吹いてもネット様。かくて一日中森羅万象の究明に追い回される結果に。お陰で可なりの物知りにはなりましたが,今更上級校の受験でもあるまいに。これからは出来るだけ好奇心を抑えてのんびりと長生きを心がけましょう。これ以上????  

奇遇

16:19

薬が切れたので久し振りで病院を訪れた時の話です。割合混んでいるので大分時間が掛かりそうだとフト隣を見ると80過ぎに見えるお婆さんの膝に置いたバッグからボールペンの頭が覘いている。メモ道具を持ち歩く位の人なら話し相手として不足ないだろうと<暑いですねぇ。やはりお彼岸が来ないと駄目なんですかねー>から始まって体調の話から相手は私より1歳年下の93歳と言うことが判明。色々話す内お互いに朝鮮からの引き上げで何と女学校も同じ京城で相手は第一高女私は第二高女それからは懐かしい戦前のソウルの思い出に花が咲いて時のたつのを忘れました。その内お互いの順番がきたので名残を惜しみつつ再会を約して別れましたが何たる奇遇。

2017-09-04

恐怖のDNA

16:50

私の名付け親である大伯父は親族きってのインテリで一族一の横紙破り。未だに一族の語り草になっている逸話があります。頃は明治の終わりか大正の初めの頃、酒に酔った大伯父が所も有ろうに御堂筋で立ちションをやらかし忽ち巡査に捕まった。オイ、コラ、の詰問に、かちんと、きた大伯父は「わしは長年時と所をかまわず、いぼり(尿)の出る病を患うとる。今もそれが起きたけん着物が濡れるのでめくっただけじゃ}こんな詭弁が通る筈もなく黒山の人だかりが出来るほど争った挙句警察に引っ張って行かれた。其の晩意気揚々と帰って来て言うことには「巡査の奴終いには、頼むヶ始末書書いてくれ と言いやがった」始末書を書いたか書かなかったかは伝わっていませんが、私の体内を駆け巡っている血液の中に残っているであろうもこの反骨のDNAの何分の一かが或る日突然目覚めてホーム一のトラブルメーカーになるのを恐れながら不安な日々を送っています。

名前の由来

| 16:24

XX豊野 姓だけでも20画もある下の名前がこれ。小学校低学年の頃この字画の多い姓名に

どんなに親を恨んだことでしょう。私も小山ハルさんだの田中正子さんの様に簡単な名前なら

もっとゆっくっり検算もでき若しかしたら100点が貰えたかも知れないのにと、テストの度

に名前を書く時間を惜しんだものです。でも齢を重ねた今は由緒ありげで雅号とも思える名前も段々身に着いてきた様で気に入ってます。時々病院などで姓と名を取り違えて豊野さんと呼ばれ<はて?この先生はフアースとネームで呼ばれる程親しい先生だったかな?>と悩むことがあります。この子供泣かせの名付親は私の大伯父で親族きってのインテリ。遥か遠い明治の頃九州の片田舎から笈を負うて東京に遊学。蔵前高等工業学校の第一回生に。子供の無かった大伯父は可愛い甥っ子の頼みに張り切って、代々豊前小倉の藩士だったので一字頂いて豊。

母方の徳島は女の子には の を付ける風習らしく母の姉妹も ヤエノ、ツヤノ、トノエ、

私は上の字に負けないように漢字の野。名は体を現す。理詰めで名前を付けたお陰で諺通り理屈っぽい扱いにくい婆になりました。

2017-04-17 花まつり

4月に入ると間も無く食堂の入り口に <4月8日は花祭りの特別メニューです>の掲示。へぇー、今でも花まつりのお祝いをする所があるんだ。と思いは80余年前の花まつりに一足飛び。その頃私は東京も郡部に近い蒲田に住んでいました。

例年花まつりの日にはあちこちの街角に綺麗な花に飾られた小さなお堂の中に天と地を指差したお釈迦様の像が建てられ.子供達は競ってその頭から甘茶を掛けお下がりのお菓子を貰って嬉々として家路に就いたものです。以来父の転勤により其の地を離れてからは、一度も花まつりの行事にはお目に懸かっていません。キリスト様のお誕生日は世界中でお祝いをするのにお釈迦様のお誕生日は仏教信者の多い日本ですらひっそりと迎えるなんて。クリスマスと違って商業ベースにのりにくいから?? 

2017-03-05

思い付くまま

| 15:09

以前にも書いたように転勤族の娘に生まれた宿命と諦め、あこがれ続けたお雛様。結婚もしな

かったので初孫にかこつけて買う事も出来ないまま90を過ぎてご厄介になった愛の里での初

めて迎えた雛祭り。館内のあちこちに溢れる雛飾りに目を見張り、用も無いのにふらふらと出

歩いては飽かず眺めていました。流石に2回目ともなると通りすがりに足を止める程度になり

ましたがそうなると気になるのが雛御膳。去年はお雛様に気を取られて何を食べたか殆ど覚え

ていませんが今年は早くから特別献立の予告がありましたのでわくわくしながら待って居まし

た。当日の料理はご覧の通り。当に豪華。食べないで雛壇に飾って置きたい程です。

最後によそって回ったのが生きた しらうお 流石に小鉢の中を泳ぎ回る しらうお はご遠

慮申し上げましたが好きな方は大喜びでした。

下戸の人達の白酒をかき集めて陶然となった楽しい楽しい雛祭りでした。





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2017-02-13 しゃべりたがり

アメリカの友人宅にビザの期限一杯三ヶ月滞在する事4〜5回。友人は日系二世で言葉に不自由は無いが』訪れる友は殆どは白人。遠来の客人をもてなそうと、色々話しかけるが、殆ど通じない。それでも、えらいもので4回目の訪米辺りから話題だけは判るようになった。でもそれが最後。いくら頑張っても米寿を過ぎた老女<本人は自覚していない>が1人でアメリカへ遊びに行くのを許さない。折角覚えかけたのに!と満たされぬ思いにうずうずしながら身内に押し切られて別府の老人ホームへ。ここ別府は A.P.U と言う大学があり留学生が大勢学んでいるので町には異国の若者が溢れている。時々駅でうろついているのを捕まえては<学生さん?><お国は何処?><別府にきてどのくらい?>相手が喜んでべらべら喋りだしたら

<あ!バスが来た>と逃げる。先日の事、歯医者の帰り、湯布院行きの長い列の後についていると、案内係のおじさんが杖をついている私を目敏く見つけ列の先頭に入れてくれました。。今まで先頭に並んでいた若いカップルにお礼を言うと返ってきた返事が異国語。バスを待つ間のお勉強とばかり、<お国は何処?学生さん?何処に行くの?>の3パターン。マカオから来た社会人でこれから湯布院の観光に行く所だという事まではわかった。その内年を聞いたので94歳と答えると2人同時にのけぞって、写真を撮っても良いかと聞くのでOK。曾孫に近い女の子と並んでピースサイン。思いもかけず若く見られて、足取りも軽く帰途に付いたというお話。