2012-02-14 ココロを動かす瞬間に存在する「余白」

アタマとココロ系の続きで、今日は「余白」について書きます。人のココロの成長について考えるとき、「余白」というものが一つのポイントになります。(以前パーソナルブログに書いたエントリーの焼き直しです)
少しイメージしてみてください。ずっと読んできた長い長い小説が、いよいよラストに近づいてきたとします。
もうすぐ終わるのかな?いや、終わってほしくないなぁ・・とドキドキしながらページを繰って行き、ついに訪れた最後の1ページ。最後の一行を読み終えると、そこには大きな「余白」が広がっていて、その広大な空間が物語の「終わり」を改めて実感させます。ラストを迎えてしまったストーリーの余韻を楽しみながらも、ドラマが終わってしまったことがまだ頭の中で受け入れらず、あなたはその真っ白な「余白」をしばし呆然と見つめてしまう。小説などを読んでいてそんな経験をしたことはないでしょうか。
しばらく余白を眺めていると、ストーリーに抱いていた自分の感情が一気に押し寄せてきます。読んでいる途中はストーリーに没入しているので自分の感情を客観的に感じ取る暇がなくても、それが、真っ白な余白を前にすると「ああ自分は悲しかったんだ」などと改めて感じるとともに、その感情がもう一度波のようにドドドっと押し寄せてくる。
昔から不思議に思ってきました。なぜ読んでいる最中ではなく、読み終えた後に感動が押し寄せるのだろう?と。そう思うと、「余白」というのは人の気持ちを動かす何かがあるなぁ、と思うのです。
音楽でも似たようなことを感じることがあります。部屋でCD(最近はCDそのものから聞くことは少ないけど)を流していて、アルバムが一周し終えるとと「ウィーン・・」ていう音がします。まるでCDが小声で「終わりましたよ・・」と言ってくれているかのよう。昔はあの瞬間がとても好きで、「終わった・・・」という感情とともにその音楽を再びかみしめていました。
その後、クラシックギターのコンサートをやるようになりましたが、生の演奏を終えた後にも「余白」があります。音を止めて、拍手が起きるまでのわずか1.5秒くらいがその「余白」です。この余白で、演奏者も観客も、感情が湧きあがってきます。それまで何十小節と奏でてきた音楽たちが、この1.5秒で一気に心に届き、こころがビリビリしびれるのです。
映画でいえば、エンドロールが「余白」に近いと思います。2時間の映画の最後の5分。エンドロールまで座っている人はきっとエンドロールを眺めながら、劇中に感じた自分自身の感情をもう一度きっと味わっているのではないでしょうか。少し名残惜しさを残しつつも、余韻に浸りながらエンドロールを眺めるのはとても贅沢な時間です。あの5分の時間が作品中のどのシーンよりも心を動かしているんじゃないか、と感じることもあります。
「余白」は、人に何かを気付かせてくれるのです。
そこに文字や情報や音がいっぱい詰まっているときは、人の頭はそれを処理することに追われて、感じ取る余裕まではありません。何かを体験しているときにどんな感情だったのか。それは「その時」ではなくて「その後」の余白でわかるのです。つまり、そこに「ある」ときは気付かなくて、「なくなる」と「あった」ことに気づくのです。
何もアートに限らず、僕たちの日常でも「余白」は大切であるし、すでに無意識に取り入れているものです。1日の終わりに、また年末などの節目で、ときどき何もない時間をとって「内省」をする。またはランニングなどがその機会になっている人も多いと思います。忙しい時には気付けなかったようなことに気づけ、自分がしたことに初めて「意味」が与えられる時間が日常の「余白」だと思います。
人が成長していくうえでは、知識や技術を身につけると同時に、ココロが成長していかなくてはいけません。心が育つとは、自分の感情に自覚的になりコントロールできるようになる、ということだとも言えます。大変な日常の中でも余白を設け、「大変だった」「つらかった」という感情を客観的に見つめなおすことで、徐々にその感情を自分でコントロールができるようになっていきます。
人に何かを気付かせてくれる「余白」は、心の成長にとっては大事なポイントだと思います。
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2012-02-09 「想い」というふわふわしたものに対する想い

「ビジネスパーソンのワザとココロ」を仕事のドメインとしているつもりですが、最近は「ココロ」系のテーマに出会う事がますます増えています。
「ワザ」とはビジネスに必要な、知識やスキル。「ココロ」とは仕事への想いや志、それを基にした根源的なモチベーションなど。もともと後者のココロ系の仕事をしていたのですが、ワザっぽい今の会社に移ってからも後者の仕事は少なくなく、むしろ増加傾向にあります。
企業の育成ニーズは多種多様なわけですが、リーダー教育になればなるほど「ビジネススキルは訓練で身につけることができるけど、リーダーとしてのハートを鍛えるのが一番難しい」というアンメットニーズが最終的に残る。そんなトレンドがあるとは感じますが、一方でこの「想い」というのはどうもフワフワしている。いったい何を指すのか、どうやったら高められるのか、非常に捉えにくいものでもあります。
「あなたの根っこにある想いは何ですか?」とか「あなたが心底ワクワクする瞬間は?」とかそういう問いに「ピン」と来てビビッドに反応できる人は良いのですが、「うーん」となってしまう人も沢山います。先日は「ワクワクの定義って何ですか?」なんて質問も出たりして、(ワクワクしてる人は定義とか考えないよなぁ)とも感じつつも、そう聞きたくなる気持ちもよくわかるわけです。
想ってるだけを良しとしても意味ないし、想うよりも実現する方が難易度は高いとも思うし。こんなフワフワしたものを「経営者に必須の要素です」とか言っちゃっていいんだろうか、とかそんなことを考えると何か非常に無責任なことをしている気がして、また夜も眠れないわけです(笑)。
そんな感じで眠れないままに先日、一橋大学院の一條教授の講演を聞く機会があったのですが、彼のテーマが「思いのマネジメント」でした。彼は2010年に「思いのマネジメント」Amazon.co.jp: MBB:「思い」のマネジメント ―知識創造経営の実践フレームワーク: 一條 和生, 徳岡 晃一郎, 野中 郁次郎: 本を野中郁次郎氏・徳岡晃一郎氏との共著で出版しており、「MBB(Management by Belief)」というテーマは最近広く知られつつあります。
「おお!IMDでも教鞭をとられている一條教授も”思い系”か!!」とちょっとびっくりもしたのですが、彼は「想いと言うとナイーブなものに映るかもしれないが、すぐれたMBBとMBO(Management by Objective)というのは両立している。強い想いを持つからこそ、目標にコミットするのだ」と聴き手の懸念にうまく配慮した話し方をしていました。また、「イノベーションは管理からは生まれるのではなく、個々人の想いから生まれる」。そんなことも仰っていました。
あの一條教授が言うのだからやっぱり想いは大事なんだ!と一瞬安心しつつも、「ふわふわ問題」の問いは残ったままで、まだまだ眠れない日々は続きました(笑)
眠れないままに今度はHarvard Business Reviewをブラウジングしていると、Don’t confuse Passion with Competence という記事が気になりました。「情熱と能力を混同するなよコラァ!」というわけです。
なるほど、Passion≒想いと捉えるとすればHBRも似たようなことを気にかけているようです。さすがハーバード。おお、と思って読み進めているとこんな感じです。(抄訳にて失礼)
And without passion it's hard to do something that's meaningfully different from what has been done before. It's next to impossible to prove that a new idea will work. Passion and intuition are necessary ingredients for disruptive success./But leaders overseeing innovation efforts inside their companies need to be careful of mistaking passion for competence.
情熱なくしてはこれまでと異なる、意味あることを成すのは難しい。新しいアイデアが成功することを予測するのは不可能に近い。情熱や直感は破壊的な成功には欠かせないものだ。(略)しかし、リーダーがイノベーションを導こうとした場合、情熱を能力と勘違いしてはいけない。
Passion only matters if it leads to an innovation that delivers impact, whether that impact is measured in revenues, profits, improved process performance, or something entirely differently. This is one reason why good venture capital investors dole out capital in stages. They are waiting to see if the vision that looks so great on paper bears any resemblance to reality.
情熱は世の中にインパクトを生んで初めて意味があり、そのインパクトは収益や利益、プロセス改善やまた何か別なもので測ることができないといけない。それゆえVCは資本を段階的に投下する。彼らは紙の上で魅力的に映るビジョンに現実味があるかどうかをじっくり見ているのだ。
When I'm evaluating entrepreneurs and their ideas, I look for "innovation bipolarity,"... "the ability to hold two opposed ideas in the mind at the same time and still retain the ability to function." Entrepreneurs should be able to argue passionately that their idea will change the world, and then, without skipping a beat, honestly assess the risks standing in the way of its success and describe what they are doing to mitigate them.
アントレプレナーを評価する際に、私は「二極性」を見る。異なる真逆の考えを同時に持ち、かつ発揮する。アントレプレナーとは、自分の考えが世界を変えると熱っぽく語れなくてはいけないと同時に、胸の高鳴りを押さえて冷静にリスクを評価し、低減させる方策を描けないといけない。
ということで、passionも結局成果につながらないとだめで、またそのためには「二極性」と呼べるような情熱と冷静の双方の要素が必要、と述べられています。こう聞くと徐々に解像度が上がってくるような気がします。
少し整理っぽいことをしてみると、
・「想い」は大事で、想い無くしては事は成し遂げられない。
・同時にそれによるアウトプットがどういったインパクトがあるのかを定量化、具体化できていないといけない。
・そのためには、自分の想いをいわば冷静に客観視し、リスクや実現可能性を判断できないといけない。
ということです。
情熱と冷静のバランスですよ、というと何か面白くも何ともない結論のようにも見えますが、どうやら言えそうだな、と思うのが、「本当に強い想いを持っているのならば、それがもたらす変化のイメージや実現のための具体的方策にもおのずと考えが巡らせているはず。さらに言えば行動しているはず」ということです。
別の言い方をすると、「実現したらいいな〜えへへ〜」では「想い」と呼ぶには覚悟が足りないとも言えます。
そう考えると、「あなたの心の底にある想いは何ですか?」と無責任に問うよりも、「あなたが世の中にもたらしたい具体的な変化、そしてその実現のためにこれまでにあれこれ考えを巡らせたり、実際に行動してみたりしたことは何ですか?」と問うた方が、自分との対話を有意義にするためには良いのではないか、とそんなことを思ったりしました。
どこまでもふわふわしている概念ではありますが、よく語られるにもかかわらず解釈の異なる言葉だからこそ、ソフトイシューとして簡単に片づけてしまわず多面的な理解にチャレンジしていきたいと思います。
まだまだ眠れない日々は続きます。。。
(ご意見などはFacebookページに是非お願いします)
MBB:「思い」のマネジメント ―知識創造経営の実践フレームワーク
- 作者: 一條和生,徳岡晃一郎,野中郁次郎
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2012-01-24 「アタマで理解」と「ココロが動く」は会議と映画くらい違う

研修やワークショップなどの「場」を設計していて、日々思うことを今日は書きます。
研修などの「場」は大きく「アタマで理解してもらう」ことが目的の場と、「ココロを動かす」ことが目的の場の2つにわかれます。
前者は、例えば「経営を体系的に学ばせたい」とか「自身や組織の課題をあぶりだして課題解決のステップでソリューションを導きたい」といったことがゴールの場。後者は「個人の気持ちや志に火をつけたい」とか「みんなの気持ちを一つにして一体感を高めたい」とかそんなのがよくあるゴール。もちろんこの2つが混ざった目的の場もあります。コンサルタントとしての私の仕事は目的に応じてこれらの場をデザインすることですが、最終的な仕上がりを創るために、この2つで留意すべきことは異なります。
「アタマ系」の場で大切なのは、最初に頭の中に「引き出し」を創ってあげること。いわゆる「先行オーガナイザー」(Advanced Organizer)というやつです。先行オーガナイザーとは、学ばせたい知識に先立ってあらかじめ枠組みを提示してあげることで学習が促進されるというものです。セミナーなんかでも「本日の内容」とか最初に示しますよね。あれがあるのと無いのでは、そのあと伝えられる内容に対する受け手の理解度は変わってきます。会議のアジェンダや、資料の目次など、日常的に私たちが使っている方法です。
一方、「ココロ系」の場ではこの先行オーガナイザーは不要です。たとえ心を揺さぶる研修であっても、冒頭で「今日は最初に危機感を感じてもらいます、そのあとはちょっとしんみりしてもらって、最後は感動してもいます」とは普通言いません。頭で考えることは心で感じることを邪魔してしまうので、余計なアタマは使わせずに、自然に題材に引きこんだり、インタラクションの中で心が動いてくれればそれでよいわけです。これは映画や小説のアプローチに近いです。小説の目次に「第1章出会い、第2章別れ、第3章突然の再会」とか書いてあったらあまり感動できません。ココロが動くためには良い意味での驚きや裏切り、といった「筋書きが見えないこと」が大事なわけです。研修といっても、いかにドラマチックな場づくりができるか大事ということです。
この理解に基づくと、我々場づくりをする人々にとっては場の目的に応じて「どれくらい筋書きを見せるか」のデザインが大切だということが分かります。筋書きの見せ方は「研修やワークショップのタイトル(題名)」「事前に見せるスケジュールの開示度合い」「冒頭でどんな場だと伝えるか」といたことに関連してきます。アタマ系の場の場合は枠組みは見せるに越したことは無いのでそこは難しくありませんが、その代わり枠組みそのものののわかりやすさが問われます。MECEでありスッと入ってくる枠組みか、ちゃんとそのあとのものが入れられる引き出しになっているか、等です。
一方、ココロ系の場の場合はやや難しくて、大げさにいえばドラマチックに場を創るための演出のセンスが求められます。映画や小説と違って、「場」の場合には相手が「ココロを動かされたい」と思っていないので、よりこのセンスが必要になります。
例えば、「リーダーとしての夢を描く」といったことがゴールだとして、「今日は最後にみなさんお一人お一人の夢を描いて発表してもらいます」というべきかというと、基本的には言うべきでない。そう聞いた時点で「いやだなぁ」といったマイナス感情も湧きますし、そのあと投げられる題材も「これと夢がつながってくるのか?」とか頭で処理するようになってしまいます。たまに冒頭で「この研修は、みなさん最後には熱い気持ちになって帰ってもらっています」とか言うファシリテーターを見ると、あまりセンスを感じません。「全米が泣いた!」みたいな、特にいらないフレーズです。それはその人のココロを動かすことの邪魔になります。
心を動かす演出力を発揮するには、つまるところ「ギフト」の精神が大事でしょう。結婚式の2次会で、新郎新婦に完全に内緒にして実家にインタビューに行ってくる、とかそういうサプライズを仕掛ける人がいますが、ああいうセンスです。
リーダー教育では、ますます「ココロ」の重要度が高まっています。いくらスキルを高めてもそれを何に使うのかの目的の方が大事で、目的を見つけるには自分のココロがどちらに向いているのか、を感じ取れなくてはいけません。そしてこれが中間管理職と経営者を分けるものでもあります。人を育てる仕事において、ココロを動かす場づくり力の重要度は今後も大切なものだと思います。
2012-01-20 『「ソーシャルラーニング」入門』は2012年注目の一冊だと思う

『「ソーシャルラーニング」入門』の紹介です。最初に言っておきますが、これは読んでおくべき一冊です。
「ソーシャルラーニング」入門 ソーシャルメディアがもたらす人と組織の知識革命
- 作者: トニー・ビンガム,マーシャ・コナー,ダニエル・ピンク(序文),松村太郎・監訳,山脇智志
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2012/01/06
- メディア: 単行本
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原書のタイトルは 「the NEW Social Learning」です。何がNewかというと、ソーシャルラーニングという概念はもともと1950年代のデューイの提唱から存在するわけですが、ソーシャルメディアの活用による「新たなソーシャルラーニングの定義」が求められている、という意味合いです。
ソーシャルラーニングという言葉も最近使われるシーンが増えていますが、「ソーシャルメディアというテクノロジーを使って学ぶ」という手法よりの発想ではなく、「(ソーシャルメディアによって形成された)コミュニティから学習しよう」という本来の意味に近い立ち位置でこの書籍は書かれています。
私が印象に残ったフレーズを以下抜粋します。
・ソーシャルラーニングの特徴として「指導する側」と「指導される側」の境界線が不明瞭になり、結果的に参加する人たちの経験を良いものにしてくれる(P3)
・学びとは、コミュニティに参加する”他の人”を通しておこるものだ。(P20)
・研修は世の中ですでに解決された問題に役立つだけだが、コラボレーションはまだ解決を見ていない問題に対するチャレンジといえる。(P21)
・21世紀の知とは、我々の友人や同僚の脳にアクセスすることによる「集合知」である。我々はともに賢くなり、またこれまで以上に困難な問題にも取り組むことができる。(P25)
・私たちは学びについて「情報を取り込むことによる変革のプロセス」であると定義する。我々の内面に取り込んでそれまでの経験と混ぜ合わせることで、我々の知識や我々のできることを変えていくことが、学びである。(P38)
・「学ぶとは、自分のネットワークの質を最適化することである」(ジェイ・クロス)(P40)
・組織におけるコミュニティとは、基本的に”同僚との学びの関係”を結ぶ場だと思う。つまり、オンラインコミュニティは個人を中心に作るべきである。(P61)
・暗黙知はどうだ?それは話したり、書いたりすることによって伝達できるようなものではない。他人がしていることを見ることによってのみ、得られる知識である。(P66)
・ソーシャルメディアを導入した組織には、驚くべき副産物として「自己発見の利益」があると多くの人から聞いた。一日に何度も立ち止まって、自分が何を感じ何を考えているかを見る癖は、何週間後化には哲学的な行動にもなってくる。それは禅における意識の集中に似ている。(P73)
・社会学者はコミュニティ空間における「信頼性」について研究を重ねてきた。その結果、人とのポジティブな交流、他人のアイデンティティを感じる能力、および他人の意見に対峙できることが、信頼を得る鍵になっていることを明らかにした。(P74)
・オンラインコミュニティに費やす時間はきちんと管理されるべきことも事実だ。しかし、同じことは電話にもメールにも、そしてミーティングについても言えるはずである。(P78)
・学びは、人にそのやり方を聞くことから始まる。ほとんどの場合は正しい答えを知っている人にいきなり聞くのではなく、まず自分の身近な人に聴くことが始まりとなる。(P123)
・集合的なIQは、組織やチームの規模にかかわらず成功の基盤となる。それは、重要な課題に対して人々がいかにうまく集合的に取り組んでいるかの尺度である。(P156)
・共同作業空間が活発に回っているときには、形式がコンテンツに追随するのであり、コンテンツが形式に追随することはない。(P159)
・書き手のテリトリーに関する情報をなるべく減らし、情報を1か所に多く集約した方が幅広いコミュニティのためになる。どの組織の誰が言ったかではなく、トピック自体に集中するようにできる。(P166)
・(仮想空間での学習は、)従来からある「事実の集積と知識の習得」をベースにした学習と大きく異なる。仮想空間は、一緒に行動し障害を乗り越えながらスキルや能力、そして人間関係を管理していく経験ができる。(P184)
・もちろん(今まで通り)職場で困難な問題に遭遇するたびに学んでいくという方法もあるだろう。人は必要になった時には学ぶものである。しかしながら、ソーシャルラーニングが仕事の流れの一部として、はじめから組み込まれた時に起こる企業文化の変化は、まるで”目から鱗”の経験と言える。(P215)
2011年は「ソーシャルメディア元年」と言われました。私たち個人一人一人の「学び方」は確実に変わりました。自分の持っている情報をシェアし、関心の近い人とつながり、という体験から偶発的・創発的に学ぶ、という学び方を私たちは経験しました。ここについては既に起こったことです。
ここからは、それをどこまで既存の組織に応用できるかが問われるのではないでしょうか。コミュニティのあり方は、企業の「組織風土のあり方」や「ナレッジマネジメントのあり方」と密接に関係します。組織や分野の境界を越えた学びをスピード感をもって実現させていかないと、競争に勝ち残っていかないことは明らかです。デジタルデバイドや価値観のデバイドを超えて、ソーシャルラーニングに対応できる企業がどれだけ増えてくるでしょうか。2012年はここに注目していきたいと思います。
*原書もお勧めです
The New Social Learning: A Guide to Transforming Organizations Through Social Media
- 作者: Bingham Tony,Marcia Conner,Daniel H. Pink
- 出版社/メーカー: Berrett-Koehler Pub
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2012-01-12 グローバルリーダーに必要な「5つの人間的資質」

リーダー候補を選定するにあたって「性格や価値観」といった議論を避けては通れないのですが、Building a Global Leader Pipiline という記事に気になる部分があったので抄訳しておきます。
卓越したグローバルリーダーは主要な4つの領域で秀でている。「人間的資質」「価値観」「文化的素養」「企業での経験」だ。
「人間的資質」はもしかするともっとも獲得しがたいものであり、採用や後継者選定の過程で見定めるのが難しい分野かもしれない。それでもなお、人間的資質を見定めることは価値がある。なぜならば、それがグローバルリーダー育成において最も影響が大きいからだ。
人間的資質における”5大要素”は「外向性」「同調性」「誠実さ」「感情の安定」「経験への開放性」だ。
Effective global leaders often stand out in four primary areas: personality traits, values, cultural background and corporate work experiences. The personality traits are perhaps the hardest to change and develop, as well as the most difficult to assess during the recruiting and succession planning process. Nonetheless, assessing personality is valuable because it impacts the effectiveness of the GLD experience. The “big five” personality traits include: extroversion, agreeableness, conscientiousness, emotional stability and openness to experience.
この5つの要素、個人的には納得感があります。特にどのような環境下でもその状況を肯定し受け入れていく同調性や、約束や契約の反故、人間関係の破たんにも気持ちを切らさない安定した感情、は極めて大切であると言えます。
人間的資質はassessすることが難しい分野である、と筆者も断ってはいますが、リーダー候補人材の選定の基準として、マインドや性格の側面の基準をまずきちんと「言語化」しておくことはとても大切だと思います。
また、筆記試験や短期間でのアセスメントでは決して評価できませんが、長期間のプロジェクトなどではこういった姿勢は観察可能だと思っています。


