なれる!SE 3 失敗しない?提案活動 / 夏海公司

なれる!SE (3) 失敗しない?提案活動 (電撃文庫)

なれる!SE (3) 失敗しない?提案活動 (電撃文庫)

業界の人には分かりすぎて辛いお仕事小説にして、エンタメ的なカタルシスもラノベらしいキャラクターの魅力もあるという作品。このバランス感覚は本当に凄いと思います。
社長の六本松が突然工兵に降ってきた仕事は、自らが出禁になった大手企業への提案。営業活動は普段社長が全て行なっているので経験はなく、競合相手は業界大手という厳しい案件に工兵と室見、そして梢はどう挑んでいくかという話になるのですが、この辺りの話の運び方がとても上手いです。
スルガシステムの規模じゃどうせ勝負にもならないのだから、社の看板を傷つけない程度の提案をして失注すればいい。そんな心づもりだった室見と工兵に火をつけた、業界大手の通信企業JT&Wの存在。スルガシステムを完全に見下した態度に室見がキレて、その背景には技術屋としての矜持と相反する、かつて派遣社員として働いていたJT&Wの構造があって。当然のごとく不利な状況、提案書など作ったことのない二人が、梢に協力してもらいながら取り組む業務。そして、それでも超えられなかった壁に穴をあけるのは、針の穴を広げるようにして漕ぎ着けた顧客の担当者への工兵の執念のコンタクト。
提案SEの仕事の中身や、業界の構造といったものをしっかり抑えつつ、このキャラクターならこう考えるというところはぶらさずに、ストーリーは弱者が強者に戦いを挑む王道のエンタメを行く。ともすれば一発ネタになりそうな要素の組み合わせを、違和感なく読みやすい、しかも面白いものに仕立てるというのは、何気なく凄いことだと思います。小規模SIerの営業担当である社長の視点、現場の技術者である室見の視点、発注をかける情シス担当者の視点、大企業の営業担当の視点。そういったいくつもの視点をきっちりと織り込みながらも、きっちり工兵の物語として描いているあたりは本当にクレバーな作品だと思うのです。
技術以外は全然ダメな子であるまさに技術バカな室見さんや、万能っぷりを発揮しつつも工兵への好意がちょっと怖い梢、そして熱意と気概と交渉・調整力が新卒の枠を軽く飛び越えてきた工兵といったキャラクターの魅力を楽しむも、起死回生の一手で逆境に立ち向かう何気に熱いストーリーを楽しむも、巻末のぶっちゃけ気味のクラウド解説までむやみやたらとあるある感に満ちたIT業界描写を楽しむもよしな一冊。IT業界で仕事をしている人も、IT業界にちょっと興味がある人もとりあえず読んでみれば良いと思います。この巻も面白かったです。
そして読み終わってまず、「こんな職場なら辛くとも仕事頑張れるさ!」と思った私がいました。作者があとがきで言っていることが凄くよくわかる……!!