2011-10-28
これから観たい映画
『トーキョードリフター』
『恋の罪』
『コンテイジョン』
『人喰猪、公民館襲撃す!』
『先生を流産させる会』
『へんげ』
『無言歌』
『ゴモラ』
『スパルタの海』
『宇宙人ポール』
『密告・者』
『ヒミズ』
2011-10-05
監督失格
時々映画を観ていると
物語がどうとか技術がどうとかいう理屈を超えて
作り手の込めた魂が、自分の心の奥の芯に突き刺さってきて
抗うすべもなくひたすら打ちのめされてしまう
そんな作品に出会う時があります。
あらすじはほとんど思い出せません。
面白いシーンも沢山あったけど、それも記憶から抜けています。
覚えているのは、エンディングのある台詞でほろっときた後、
エンドロールが回っている間も回り終わって客電が付いてからも
涙が止まらなくなり、劇場のロビーを出ながらまだビービー
泣いて、六本木ヒルズを歩いている内にとうとう号泣してしまった
という、映画体験のみです。
「泣ける=素晴らしい映画」みたいなのが嫌なので
「映画観て泣いた」って書くの凄く恥ずかしいんですが
この映画のどしゃめしゃなラストシーンが、
自分がずっと抱えていたある出来事にぐさりと突きささり
ぐわんぐわん心を揺さぶってきたのです。
そして、自分が思ってもいなかった感情に気付かされました。
そしたらもうその瞬間から、堰を切ったように涙が止める事が
出来なくなりました。どうにも抗いようがなかったです。
はっきり言って、映画の内容知らずにこれを読んでる人いたら
「は?何のこっちゃ?」という感じで全然訳が分らないと思います。
すいません、でも自分にはこの映画についてはこういう
拙い書き方しかもう出来ないんです。(いつも拙いけど)
本当に本当に、自分にとって特別な映画になってしまいました。
そして観る人一人一人それぞれにとっても様々な形で、
”特別な何か”に成り得る強烈な力を持った作品だと思います。
ただし、『全く共感できない』『不愉快なだけ』という人が
いても全然おかしくないタイプの作品でもあります。
それくらい人によって賛否両論パックリ分かれると思います。
こんなどうしようもない文章でしか書けず、何も伝え切れて
いないのが歯がゆくてしょうがないのですが勘弁して下さい。
『監督失格』は
僕にとって特別な映画だったと言っておきたいのでした。
2011-06-03
また続き
あの日一番怖かったのは”暗闇”だった。
灯りが付かない事がこんなに不安をかき立てるのかという程
暗い場所に身を置くのが怖かった。
例えばトイレ。
大体トイレって建物の隅っこの曲がりくねった場所にあるけど
灯りがないととても怖い。
誰かにぶつかるんじゃないかとか
もし、この奥に誰か悪い奴が待ち伏せしていて
殴られて財布取られたりしたらどうしようとか
勝手に妄想が膨らんでいってしまう。
携帯電話を開いた時の液晶の光だけが頼りで
それ無しでは1m先も見えなかった。
通りの反対側に渡る為に地下道を通った時も一緒で
目の前も足元も全く見えないために
皆が携帯を開いてヨロヨロと歩いていた。
姿は全然分らないけど、無数の携帯の光が
真っ暗な地下道の中でゆらゆらと揺れていて
とっても気味が悪い光景だった。
自分は体験してないから分らないけど
まるで戦争でも始まったかのようで
不安で不安で仕方が無かった。
あの時、自分が一番何が欲しかったと言えば情報だった。
知ってどうにかなる訳ではないけど
一体何がどうなってどれほどの事が起きているのか
とにかく少しでも早く多くの情報に触れたかった。
なので、アーケード街の一角で流れていたラジオの
ニュースには釘づけになった。思っていた程、空腹や渇きは感じない。
でも、情報がないのは耐え難かった。
絶えず新しい情報を求めて、ラジオのニュースとi-modeを
ひっきりなしに追った。ラジオを聴きながら
どこかの親切なケーキ屋さんが無償で
プリンやらケーキやらを差し入れてくれていたので
暖房のついた簡易テントの中で頂く。
お菓子で腹はふくれないけど、気持ちがありがたかった。
18時も過ぎるともう真っ暗で、そろそろ寝ぐらの心配をしなければ
ならなかった。でもどこに行けばいいんだろう?
とりあえずもう一度、人の多い広瀬通りの方面に向かう。
真っ暗で信号が復旧していないにも関わらず、
交通量は変わらない感じ。バンバン車が走っている。
「どうか轢かれないように」と大きい道路を何度も渡る。
20分もうろうろしていると
とあるビルの一階ロビーを開放しているのを見付けたので
そこに落ち着く事にした。
幸い、ヘルメットを被った役所関係と思われる人が10人近くいて
水や食料、毛布と必要なものを全て支給してくれた。
ラジオも常備されていて、最新の情報には事欠かなかった。
夕食はマイクロ米(?)というやつを初めて頂く。
袋に適量の水を入れて、一時間くらい待つと完成。
ところどころ"パキッ!パキッ"と生米を食べているような
部分もあったけど、まさかご飯が食べられるとは思わなかったので
本当に助かった。
当り前のように、このような非常食や毛布が迅速に支給される
手際の良さに感心してしまった。
阪神大震災の経験なのか、それとも、いつか来ると言われていた
「とりあえずここにいれば今日は安心かな…」
気持ちに余裕が出てくると、退屈も感じるしあちこち行きたくなる。
建物の二階にトイレがあったので移動してみる。
「トイレの心配もしなくていいから結構便利だな」と
階段で二階に上がっていったが、そこで見たものに
そんな気持ちは吹き飛んでしまった。
階段の踊り場にはコンクリートのかすのようなものが
ボロボロと散らばっていて、よくみると建物の至る所に
亀裂が走っているのだった。
「また大きい揺れが来たら、ここ崩れるのかな…」
不安に襲われたけど、もう他に行く場所も思いつかなかったので
観なかったことにして下に戻る。
21時になると節電のため、電気も暖房も全部止まった。
コンクリートの床が寒くて寒くて仕方がなかった。
まるで寝付けない狭い空間の中で、ラジオの音だけが流れ
刻々と増える被害状況と死者の数を伝えていた。
「ここから生きて帰れるといいなあ」と
心の底から思った。