2012-05-26
■[art][theatre][キンダイシュラン] 「臨界幻想2011」を見てきた。

青年劇場106回公演「臨界幻想2011」
byふじたあさや
キンダイシュラン《★★★★☆》
ちゃんとしたものは、ちゃんとしている。
ツイートしたものをまとめておきます。
2012-04-22
■[art][theatre]飛行機を見て、どれだけ驚くだろう。

友達の手伝いをしている。
その稽古の終わった後、ラーメン屋に行ってしばらく話した。
面白い話だったと思ったので(といっても、大体僕が話していたのだけど)
そこで話したことをここにまとめておこうと思った。
まだ全然まとまっていないのだけど、書いておきます。
飛行機の飛ぶところを知らない人に、それが飛ぶことを知らせるために、飛行機は鳥の形をしているんじゃないか?
飛行機が飛ぶなんて信じられない人に、少なくともそれが飛ぶんじゃないかなと思わせるために、少なくとも空を飛ぶ鳥に似せた形をもってこなければならない。
エイの形をした最新鋭のステルス戦闘機をいきなり見せても、きっとそれが飛行機だとは思わないだろう。
鳥が飛ぶことへの感動を覚えておかないと、飛行機が飛んだ時の感動もきっとわからないだろう。
僕らの体には、すこしずつ、「カタ」が埋め込まれていっている。
鳥は飛ぶものだ、という「カタ」があって、その鳥の形に飛びそうな感じを持っている。
飛行機は、鳥の形をしていなくてもいいはずなのに、翼を持っている。
それは翼が空を飛ぶために必要だからじゃなくて、空を飛んでいる鳥が翼をもっているからだ。
「ルール」や「約束事」や「カタ」というものは
一つの芝居について、はじめから、ゼロから、作らねばならない。
「ルール」や「約束事」や「カタ」が始めからわかっている状態で上演されているものを、僕は「馴れ合い」と呼ぼう。
僕らの作ろうとする芝居の面白さは、「馴れ合い」にはない。
それよりも、芝居の発生するところから一緒に「ルール」や「約束事」や「カタ」を作っていく作業とをしていくこと、その作業に面白さはあると思うのだ。
笑える瞬間というのは、一緒に作り上げていった「ルール」や「約束事」や「カタ」を超越する瞬間なのだ。
ああ、その抜け道があったか!というような快感とともに、笑いはやってくる。
そう思う。
2011-08-16
■『杉本文楽 木偶坊入情 曽根崎心中 付観音廻り』 を見てきた。[art][キンダイシュラン][theatre]
![『杉本文楽 木偶坊入情 曽根崎心中 付観音廻り』 を見てきた。[art][キンダイシュラン][theatre]のブックマークコメント 『杉本文楽 木偶坊入情 曽根崎心中 付観音廻り』 を見てきた。[art][キンダイシュラン][theatre]のブックマークコメント](http://r.hatena.ne.jp/images/popup.gif)
大変に長い文章です。
が、僕の文楽に対する考え方も書いたので、長いのはそのせいです。
何しろ、今回の公演は、もったいなくて仕方なかったのです。
by近松門左衛門
演出:杉本博司
キンダイシュラン≪★★☆☆☆≫
人によっては≪★★★★☆≫
杉本文楽見てきた。
企画はとてもいいと思う。
文楽を現代の大きな劇場でやること。
地震で中止になってしまって、それを復活できたこと
観音廻りの復活。
簑助の徳兵衛と
勘十郎のお初。
鶴澤清治の作曲と、天満屋の段。
安定感のある太夫さんたち。
ただ、演出と振付は他の人がするべきだったのではないかと、悔やまれてならない。
あるいは、僕の長年鬱積した曽根崎心中に対する偏愛が、杉本文楽への批判につながっているかもしれない
僕はこれから、よかったと思うところ、こうしたらよかったんじゃないかと思うところ、どうしてああしたのか全然わからないところ、
いろいろ書いていきます。
2011-07-21
miyako
この夏休み、娘が吉田都さんの講習会を受けさせていただくことになりました。バレリーナを夢見る娘にとって、都さんはまさに雲の上の女神様、遠くに輝く手の届かない光です。幼いころから憧れるその人の声がすぐ近くで聞こえたら、そのとき娘はどんな感覚につつまれるのでしょう。とびっきりのワクワクドキドキ、そんな心の成長を願って。主催者に心から感謝いたします。そして、『コクリコ坂から』観にいきたくなりました。
BENZ
お若い方と拝見致します。
文面から、まじめによく鑑賞されていると思いましてコメント申し上げます。
私は、この会長さん?と同じ年かと思います。
会社を経営するようになり、この年まで様々なことがありました。
あなたが感想でおっしゃっているように、私どもの学生時代は
・早く一人前の大人になりたい
・大人の考え方を変えてみたい
・政治をしてみたい
などと、みんな新しい文化を掴みに、本を読みあさり、慣れない言葉を使って討論をしたものです。
時代や手法が違っても「前に出る決断・行動」と云うものは、いつの時代にも大切なことです。
他で投稿されている他人任せの感想のように、提示されたストーリーの表面の出来・不出来を評価するようでは、企業でもネガティブな発言しかしない存在と同様です。
自分ならどうするだろう、とか、あのころの自分と重ね合わせたら と静かに自問することに、あなたのおっとゃるような「感動」や「人を動かす」と云うことが自然と分かる ・・・ と云うような気がします。
私は『コクリコ坂から』という話は、目がキラキラした若者が会いにきてくれる話だと理解しました よ(^^)
いい感想文、 ありがとう。 ごきげんよう、では。
KindaichiOhki
>miyakoさま コメントありがとうございました。吉田都さんの講習会が受けられるなんて、素晴らしいですね!僕も吉田都さんのバレエを見て、強烈に感動しました。吉田さんの動きすべてにびりびりと刺激を受けることと思います。娘さんにとって、忘れられない日になることでしょう。
KindaichiOhki
>BENZさま
丁寧なコメントありがとうございます。
やはり、世代の違いでここまで見方が違うのですね。
僕はいま、30になる手前で、そこまで若いといえるものではないです。
いまだに、この世界なんとかなるといいなあと思っているところから、
なんとかせにゃならんぞ、という気持ちにズンとシフトしているところです。
自分の、これから行く道と、そこに立っているかもしれない「偉い人」たちに
どんどんであって、削られたり成長させられたり、意外にも踏み台にしたりして、
僕ら若い世代は生きていくんだろうと思っています。
なので、知恵を持つ偉い人たちには、その知恵をたっぷりと若い世代に注いでもらえたらと思います。
知恵は、知恵をどう使うかわからない人にとっては単なる説教でしかありません。
知恵を必要としている人を見極め、彼らに惜しみなく知恵を注いでほしいと思います。
なまいきですが。ほんとうに。

私も杉本文楽の最終日を見てました。
どのような舞台になるのかと楽しみに行ったのですが、私は本公演の方が好きだなという印象です。
何となく違和感があるように感じました。
特に天満屋の段は梅の暖簾が主張しすぎてしまって、人形が埋没して見えてしまいました。
観音廻りのところからそうだったのですが、背景、セットが個々に主張しすぎて見えてしまい、どこを見ていいのか、という感じを受けました。
そして、なぜか人形遣いが目立って見えました。黒子のはずなのに。
私は照明のせいなのかと思っていましたが、他にも理由がありそうですね。
心中場面もなんだか違和感がありました。それが何かがわからないので説明できないのですけれども。
あと、カーテンコールで黒子が出てくることと、杉本さんが挨拶されてそのままひっこんでしまったこと。ちょっと不思議でした。
ひとつのお芝居としてみればいいのかなとも思ったのですが、何だか消化不良な感じで終わってしまったのが残念でした。私の理解力がなかったのかもしれないのですが・・・。
こめんとありがとうございます
同じものを見ていたんですね。
たぶん、似たようなところが気になっていたみたいです。
同じように思った人がいて僕はすごくうれしいです。
文楽のすそ野を広げた公演としては成功だったのでしょう。
たくさん本物を見ていきたいですね
後先になりますが、今回の公演に意欲的に取り組まれた文楽の名人御方方には深く敬意を払うとともにお疲れ様と申し上げたいと存じます。