まだまだペンキぬりたて

ライトノベルの感想

エスケヱプ・スピヰド

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫)

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫)

ストーリー
戦争が終わって二十年、廃墟と化した町《尽天》で冷凍睡眠から目覚めた人々は、外部との連絡も取れぬまま、細々と暮らしていた。
ある日、探索作業中に、暴走した戦闘兵器に襲われた少女・叶葉は、棺で眠る不思議な少年を発見する。
叶葉との“主従の契約”によって目覚めた彼は、かつて軍最強と恐れられた兵器《鬼虫》の《蜂》九曜だった……。



第18回電撃小説大賞<大賞>受賞作品。面白かったです。
重厚な設定に裏打ちされたバトルアクションは熱いし、戦闘機械の少年と人間の少女との関わりを丁寧に描いていました。
基本的にシリアスだけれど重すぎず、どちらかというと明るいお話が好きな私も、終始楽しんで読みました。
全体的に気持ちの良い作品ですね。大きなテーマのようなものが、ずっと分かりやすく提示されているからなのかなあと思います。


周囲とのつながりを断たれた廃墟の町。戦争の生き残りとして目覚めた人々。
路地裏には戦争の置き土産・機械兵がうごめき、敵を失い狂った彼らは、動くもの全てを戦闘対象とみなして襲いかかる。戦争自体は終わったけれど、50人程度の生存者たちが生き抜くにはまだまだ厳しい状況。
そんな戦闘兵器たちのひとつに襲われてしまった元女中の少女・叶葉は、近くで眠っていた少年・九曜と契約を交わします。
圧倒的な戦闘力を見せる九曜が実に格好いい。《蜂》本体が故障しているため、まだまだ本領ではないのだけれど、人間にしか見えない彼が、機関砲をどかどか放ってくる大型戦闘機械をあっという間にいなしてしまう様に惚れ惚れ。
やはり「最強」は格が違うということを、登場早々まざまざと見せつけてくれました。


兵器であるがゆえに、戦闘任務を最優先として、それ以外に興味を示そうとしない九曜。
しかし、偶然とはいえそんな九曜の主人となってしまった叶葉と接するにつれ、次第に人間らしさと呼べるものを得ていきます。
極限状態にありながらも朗らかさを忘れない人々に囲まれて、包丁の使い方や挨拶の仕方などを次第に学んでいく九曜は、最強の兵器とはとても思えないほどに微笑ましい。
しかし、いざ戦いが始まったとき。自分の得た人間らしさは、兵器にとって邪魔なものではないのか。葛藤する九曜。
心を無くそうとする九曜を見て涙を流す叶葉の姿が痛ましい。こんないたいけな女の子に泣かれてしまったら、兵器とて心を動かさずにはいられないよね。
機械と人間とのはざまで、苦しみながらも自らの大切なものを見つけていく九曜の姿に、胸が温かくなります。


《鬼虫》の中でもさらに最強を誇る《蜻蛉》竜胆との壮絶な戦い。そして全ては終わり、次の物語へ。
叶葉と九曜、人と機械という違いはあれど、似た悩みを抱えていたふたり。
自分自身でそれを選びとることができた彼女たちの前に、先の見えない未来は続いていきます。
とても清々しく、元気の出る終わり方でした。いいお話だったなあ。“対になる二つの言葉”は、最後まで素晴らしいはたらきをしてくれましたね。
綺麗に終わっているので、この続きがあるのかどうかは分かりませんが、続きにせよ、作者の次回作にせよ、楽しみに待ちたいと思います。


イラストは吟さん。キャラもさることながら、《蜂》と《蜻蛉》のイラストが超格好いい。
表紙絵や直立する竜胆、九曜を見送る叶葉、最後の一枚など、要所要所でのイラストがそれぞれ印象的でした。


他の《鬼虫》たちの話も読んでみたいなあ。