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ラディカルな経済学(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-10-02

民主主義をあがめるな(サムナー)

悪徳や激怒が特定の階級だけのものだとか、自由とは貴族や聖職者から権力を奪い取って、それを職人や農夫に与えることのみにあるとか、職人や農夫なら権力を濫用することはないとか考えるのは、何という愚劣でしょう!

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ウィリアム・グラハム・サムナー「忘れられた人」(後藤昭次譯『アメリカ古典文庫18 社会進化論 』〔研究社、1975年〕所収)より。ノーベル賞の季節がやつてきた。10月7日に發表される平和賞は、中東各地で相次いだ民主化運動「アラブの春」に貢獻した關係者が有力視されてゐるといふ。長年續いた獨裁政治を一般市民が一氣に覆したのは歴史的事件であり、受賞候補となるのは當然だらう。

しかし手放しで喜ぶわけにはいかない。それは多くの論者が指摘するやうな、民主的な新體制への移行が圓滑に進まないのではないかとか、内戰状態が長引くのではないかといつた懸念からではない。民主主義を無條件に素晴しいものだとする現代の政治的信仰が、さらに強まりはしないかと恐れるからだ。

米國の社會學者、ウィリアム・グラハム・サムナーは1883年に行つた講演「忘れられた人」で、政治的に虐げられてきた人々に權力を與へれば、それで問題は改善するといふ樂觀的發想を批判した。「貪欲、利己心、嫉妬、悪意、欲望、復讐心は人間性につきものの悪」であり、「世界のいくつかの階級とか国民とか、特定の時代に限定できるものではありません」。だから職人や農夫のやうな、政治的に虐げられてきた人々といへども、いつたん權力を手にすれば「他の人たちとまったく同じように権力を濫用するでしょう」。

サムナーが指摘するとほり、虐げられてきた人々が權力を手にしたとたん、同じやうな殘虐さで他人を虐げるといふ皮肉な悲劇は歴史上數多い。最近の例の一つは、アパルトヘイト(人種隔離政策)廢止後の南アフリカだ。同國出身のイレーナ・マーサーによると、同國ではアパルトヘイト廢止後、白人を標的とする兇惡犯罪が頻發してをり、その背景には、過去に白人が犯した人種差別の罪を償はせるといふ考へがある。とりわけ農場主が殺される例が多いが、犯人が逮捕され、有罪判決を受けることはほとんどない。主が殺され不在となつた農場の大半は、荒れたまま放置されてゐるといふ。

アパルトヘイト廢止後、殺人事件の年間發生率は三・五倍になつた。強姦事件は年間五萬二千件以上にも達する。強姦被害者の十パーセントを子供が占めるが、これは處女との性行爲によつてエイズが治るといふ迷信の影響らしい。犯罪がすべて白人に對する報復とは限らないかもしれない。しかしマーサーの著書紹介した文章で、リバタリアンの經濟史家、トーマス・ディロレンゾが次のやうに強調するとき、それが正しいことは間違ひない。「生命、自由、財産の擁護を重視する文化がともなつてゐなければ、民主主義はまつたく好ましくない」

Into the Cannibal's Pot: Lessons for America from Post-Apartheid South Africa

サムナーも、人間の惡は「独裁政治にも、神権政治にも、貴族制にも、民主制にも、暴民政治にも同じようにあります」と喝破してゐる。だれが權力を握らうと、「権利がいっさいの濫用を避けられるという保障がないかぎり、市民的自由はどこにもありません」。民主主義は權力の保持者を決めるルールの一つにすぎず、神聖視するのは間違つてゐる。社會にとつて肝腎なのは、權力そのものを制限することだ。

原文

But what folly it is to think that vice and passion are limited by classes, that liberty consists only in taking power away from nobles and priests and giving it to artisans and peasants and that these latter will never abuse it!

<こちらもどうぞ>

引間清浩引間清浩 2011/10/02 16:20 ナチスも民主主義が生み出した悲劇と言えるでしょう。そのことを我々は忘れてはいけません。しかし、最近の「富裕層増税」の動きとその賛同者の多さを見る限り、「新しいヒトラー」の誕生は決して非現実的な話ではないでしょう。

梅澤梅澤 2011/10/02 16:40 奴隷は最初正義を求め最後には王国を求めるとカミュも云つてましたが、権力欲が「人間性につきものの悪」ならば安定的な無政府社会つてのは、やつぱり原理的に不可能なんぢやないですかね。
勿論だからつて国家の権力を無制限に認めるべきと云ふわけぢやないですが。

KnightLibertyKnightLiberty 2011/10/02 20:25 引間さん
收奪の對象が一部の金持ちだけだと思つて安心してゐるうちに、自分の首に繩がかかるのでせうね。桑原桑原。

梅澤さん
犯罪者の數を「安定的」にゼロにするのがおそらく不可能であるのと同じやうに、無政府社會が「安定的」に何百年も續くことはおそらくないでせうね。しかしそれが無政府資本主義者にとつてなにか大きな問題だとは、私は思ひません。

梅澤梅澤 2011/10/03 04:37 無政府社会が何百年も続かないだらう、と云ふ意味で「不可能」と云つたわけぢやないですよー。でも例へば一年しかもたないのなら「大きな問題」では?
仮に無政府社会が成立しても、生命や自由を保護する為の暴力装置が必要な以上、それが比較的短期間に「政府化」してしまふのではないか、といふ素朴な疑問です。

引間清浩引間清浩 2011/10/03 08:02 こういう人々がナチスやボルシェヴィキを支持し、さらなる悲劇を生み出すのでしょうね。
NYで金融界などに対するデモ、橋ふさぎ700人以上逮捕| Reuters http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-23442920111002

KnightLibertyKnightLiberty 2011/10/03 22:15 梅澤さん

「政府化」の議論は理解できますし、リバタリアンの間でも時々議論されます。ですが、さうした議論は別に無政府主義に限つた話ではないですからね。梅澤さんが適切と考へる「政府の規模」ですら、「安定的」に續かない恐れはあるわけです。だから「安定的」に續くかどうかが重大な話だと言はれると、今ひとつピンと來ないのです。とくに「大きな政府」がまかり通つてゐる現實を思ふと。

引間さん

ほぼ同感なのですが、あへて言ふと、ウォール街の大手投資銀行は政府と結託してゐるので、ある意味「同士討ち」ですね。いやもしかすると「八百長」だつたりして。

梅澤梅澤 2011/10/04 04:39 つまり「安定した無政府社会」はイデアみたいなもんで、無政府か否かより政府の相対的な規模が問題だと云ふことですね。成程わかりました。

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