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ラディカルな経済学(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-12

『資本論』は砂上の樓閣

日経BPクラシックス」から、マルクス資本論』が中山元氏の新譯で刊行され始めた。賣り物のひとつとなつてゐるのは、これまで「剰余価値」と譯されてゐた語を「増殖価値」と改めたことだ。「訳者あとがき」によると、「Mehrwert の Mehr は、たんなる剰余ではなく、増えた部分という意味だから」といふ。これに對し、かへつてよくわからないといふ意見もあるやうだ。私も剩餘價値のはうがわかりやすいと思ふので、ここではその言葉を使ふが、しかしまあはつきりいつて、譯語の問題などどうでもよい。ぜひ知つておかなければならないのは、次の二點だ。(1)剩餘價値とは現實にはありえないトンデモない概念であること(2)さういふありえない概念を土臺に据ゑた『資本論』は破綻してゐること――。以下説明しよう。

資本論 経済学批判 第1巻1 (日経BPクラシックス)

資本論』は全三卷(一卷分だけで文庫本數册にもなる)で構成されるが、1867年に出版した第一卷で、マルクスはかう述べた。商品の價値はすべて勞働によつて生み出される。そしてこの價値どほりに市場で交換(賣買)される。ところが資本家は商品を賣つて得た代金のうち、勞働者にはその一部を賃金として支拂ふだけで、原材料費などを除いた殘りは利潤として自分の懐に入れてしまふ。言ひ換へれば、勞働者が生み出した價値のうち一部には對價を拂ふが、殘りの價値(剩餘價値)には拂はない。これは實質的な不拂ひ勞働であり、不當な搾取である、と。

だが私たちがよく知つてゐるやうに、實際には、どれだけ大きな利潤を得ることができるかは勞働だけでは決まらない。他の要素としてもつとも重要なのは、機械や道具といつた生産設備だらう。生産設備は勞働者のものではない。資本家のものだ。さうだとすれば、賃金を拂つた殘りを資本家が取つても、搾取などと非難される筋合ひはないはずだ。

もちろんマルクスは、資本家を擁護するやうなそんな理屈は認めない。代はりにこんな主張をした。剩餘價値(利潤)を生み出すのは勞働だけだ。生産設備が剩餘價値(利潤)を生み出すことはない、と。

これには明らかに無理がある。もしマルクスの言ふとほりなら、大規模な設備を使ふ資本集約型産業より、サービス業など人手を要する勞働集約型産業のはうが利益率が高くなるはずだ。しかし實際にはそのやうなことはなく、長期ではあらゆる産業の利益率は均一化に向かふ。なぜならある産業の利益率が他より高ければ、その産業に參入する企業が増え、價格競爭が激しくなつて利益率が低下するからだ。

マルクス自身、『資本論』第一卷の中で、この矛盾を認めてゐた。そして矛盾の解決をあとで示すと約束した。だが第一卷を出版した後、續きをいつまでも出さないまま、十六年後の1883年に死んでしまつた。

資本論 4 (岩波文庫 白 125-4)

あとを引き繼いだのは盟友エンゲルスである。マルクスの遺した草稿をもとに、第二卷を1885年に出版した。しかしこの卷で矛盾の解決は示されなかつた。讀者が不審に思ふことを警戒してか、エンゲルスは序文(岩波文庫版第四分册に收録)で、解決は最後の第三卷で示されると豫告した。そして經濟學者たちにこんな「挑戰状」を叩きつけた。この矛盾をどう解決するかわかる者があつたら、第三卷が出版されるまでに見せてもらひたい、と。

さらに九年後の1894年、殘りの草稿やメモを取りまとめ、つひに第三卷が出版された。エンゲルスはまた序文(岩波文庫版第六分册に收録)を書き、前卷での「挑戰状」に應へて多數の論者が矛盾について論考を發表したが、どれも的外れだつたと勝ち誇つた。それではマルクス自身は、第一卷の刊行から三十年近くたつてやうやく出版された第三卷で、どのやうな解決を示したのか。驚くべきことに、何の解決も示さなかつたのである。

マルクスは第三卷で、みづからの論理的破綻をいさぎよく認めたわけではない。さも當然のやうに、商品はそれに投じられた勞働に比例した價格で賣買されるわけではないと述べてゐるだけだ。さうでなければ、各産業の利益率が均一化に向かふといふ現實を説明できないからだ、と。しかしこれは明らかに、第一卷で述べた剩餘價値説を抛棄したものだ。

オーストリアの自由主義的經濟學者、ベームバヴェルクは第三卷が出た二年後の1896年、『資本論』の論理的不整合を批判する『マルクス体系の終結』(木本幸造譯、未来社)を上梓し、「マルクスの第三巻は、その第一巻を否認している」(邦譯書60頁)と指摘した。當時マルクス主義を奉じてゐたゾンバルトでさへ、かう述べてゐる。「いま与えられている……《解決》を、たいていの人びとは、少しも《解決》とみなしたくないであろう」(同61頁)

これは小さな問題ではない。もし剩餘價値説が間違つてゐるのなら、それにもとづき展開された「資本家は勞働者を搾取してゐる」といふ主張も間違ひといふことになる。ベームバヴェルクは『資本論』のことを「カルタ札で組み立てられた家」(同199頁)、つまり砂上の樓閣と痛罵した。

オーストリア学派の経済学 : 体系的序説

マルクスが第二卷以降を生前出版しなかつたのは、この破綻が修復不能と氣づいたからだらうともいはれてゐる。だが人間とは論理明晰な讀みやすい本よりも、矛盾を晦澁な文章や思はせぶりな數式でとりつくろふ、一見壯大な砂上の樓閣にこそありがたみを感じるものなのかもしれない。「危機のたびに甦る この難解さ、この面白さ!」といふ新譯本の帶のキャッチコピーを眺めてゐると、そんな苦い思ひがこみ上げる。

參考文獻

(初出:「小さな政府」を語ろう

<こちらもどうぞ>

引間清浩引間清浩 2012/01/14 09:58 「資本家(金持ち)が搾取している。」この言葉が多くの人の琴線に触れたからこそ
社会主義が崩壊して20年になるのに、未だにマルクスが読まれる理由なのでしょうね。
これがハイエクの言う「部族社会の感情」と言うものでしょうか?

KnightLibertyKnightLiberty 2012/01/14 15:35 なにしろ社会主義の源流はモーゼにさかのぼるともいはれますからね。マルクスが何度でも甦るのなら、こちらも何度でも攻撃するまで!

近藤 成平近藤 成平 2012/01/20 01:39 初めてコメントを書かせて頂きます。
とあるお方の紹介で木村さんのブログを知りました。法学畑の私でも非常に理解し易く、市場経済の意義が分かるので助かります。

ところで木村さんはロバート・ノージックのメタ・ユートピ論をどう捉えているでしょうか?私は段階的に最小国家から無政府状態に移行すべきと考えているのですが、ノージックの議論によれば社会主義者は社会主義コミュニティへ、リバタリアンはリバタリアンなコミュニティをつくる事が可能となりますけど、経済学的に社会主義コミュニティによってリバタリアンのコミュニティが損害を受ける可能性はあるのでしょうか?素人の質問で申し訳ありません。

KnightLibertyKnightLiberty 2012/01/21 07:11 はじめまして近藤さん、どうもありがたうございます。恥づかしながら、私も法學部出身です。

社會主義コミュニティが他コミュニティとの交易を一切やらず自給自足に徹するのであれば、あまり長期の持續はできないでせう。一方、交易を部分的におこなふのであれば、かなりの期間持續する可能性はあります。ちやうどかつてのソ連、現在の北朝鮮やキューバのやうに。いづれにしてもリバタリアンな社會の枠組みの中で、部分的に社會主義コミュニティが成立することは可能です。

さてそのうへで、リバタリアンなコミュニティが社會主義コミュニティによつて損害を受けるかどうかですが、それはありません。もう一度國にたとへると、北朝鮮が社會主義體制をとつてゐるからといつて、日本が經濟的な損害をかうむつてゐるわけではありません。北朝鮮が資本主義體制をとり、自由に貿易できる場合に比べれば、日本が享受しうる利益は小さくなりますが、直接損害を受けるわけではありません。

ですのでついでにいへば、リバタリアンは北朝鮮が自由な經濟に移行することを期待しますが、軍事力によつて北朝鮮に無理やり「自由」をもたらさうと考へるべきではありません。それは自分が物理的被害を受けない限り、相手を攻撃してはならないといふリバタリアンの原則に反するからです。一方、日本政府が「經濟制裁」によつて北朝鮮との貿易を禁止することは經濟的自由の不當な抑壓となります。

なんだか脱線してしまひましたが、お答へになつてゐますでせうか。

近藤成平近藤成平 2012/01/21 10:51 非常に納得できる説明ありがとうございます。

私は共産主義・権威主義などの全体主義が大嫌いなのですが、彼らが別にコミュニティを作って、自由に生きる人々に迷惑をかけないようにする為にはどうする事が望ましいかを模索していました。

マルクスが嫌う資本主義によって社会主義が存続するとは何だか皮肉ですね。

bonntebonnte 2013/02/21 17:12 剩餘價値(利潤) 木村さんはどうも剰余価値と利潤を同一視しているようですが、明らかに違うものです。
剰余価値は可変資本の価値(労賃)を超えて生み出された利益。簡単に言えば資本家の利益であり、剰余価値率は 剰余価値(資本家の利益)/可変資本の価値(労賃)です。
それに対して利潤は生産に投下された総資本(機械や原材料、そして労賃)に比べてみた剰余価値(資本家の利益)であり、利潤率は剰余価値(資本家の利益)/総資本(機械や原材料、そして労賃)です。
この区別がはっきりしていないと第3巻の「剰余価値の利潤への転化
と剰余価値率の利潤率への転化」は理解できないと思います。
一度、生のマルクスに触れてみましょう。面白いですよ。

KnightLibertyKnightLiberty 2013/02/21 21:21 よくわかりませんが、剰余価値が利潤に「転化」するのであれば、結局両者は同じものといふことになり、「同一視」してもなんら問題はないやうに思へるのですが。マルクスはbonnteさんとはおそらく別の意味で私は面白いと思ってゐますので、これからも取り上げてゆくつもりです。どうぞよろしく。

bonntebonnte 2013/02/22 20:45 まずは経済学で言う価値について述べたいと重います。商品の価値はすべて労働によって生み出されます。
機械は誰が作ったのかー機械製作所の労働者です。材料の鉄は誰が作ったのかー製鉄所の労働者が鉄鉱石から作りました。鉄鉱石は誰が作ったのかー鉱山から労働者が掘り出しました。 すべて労働によって生み出されています。空気は私たちにとってなくてはならないものですので、使用価値は大いにありますが、経済学で言うところの価値はありません。タダです。最近、中国で空気の缶詰が販売されたそうですが、これは労働が加わっていますので価値があります。剰余価値も当然、労働によって生み出されます。しかし、生産性が低く、他よりも多くの時間をかけてからといって価値が大きいわけではありません。あくまでもその時の社会的平均労働で価値の大きさは決まります。

機械は価値を生み出せるか?いいえ機械は価値を生み出だしはしません。考えてみてください。まだ機械がなく、道具を使って1時間に10個の商品をつくる会社ばかりだと仮定します。そしてその1個の価格は1000円とします。次に新たに機械を導入して1時間に100個作る会社が1社だけ現れたとします。その会社は多分1000円よりもすこし安い価格で、たとえば800円で販売したとします。それでもこの会社は通常の利益のほかに莫大な利益を得ることができるでしょう。(この余分に得た剰余を特別剰余価値といいます)しかし、すべての会社で機械が導入されると価格はどんどん下がり1個100円になってしまうでしょう。道具のとき10個×1000円=10000円の価値 機械のとき100個×100円=10000円の価値 本来の労働の価値になってしまいます。この現象は今の電子機器の価格をみるとよくわかります。
機械はそれ自身の価値をその機械で生産した商品に移転します。会計に減価償却という考えがありますが、耐用年数10年で1000万円の機械は1年で100万円の価値を移転させます。

剰余価値と利潤
「大規模な設備を使ふ資本集約型産業より、サービス業など人手を要する勞働集約型産業のはうが利益率が高くなるはずだ。しかし實際にはそのやうなことはなく、長期ではあらゆる産業の利益率は均一化に向かふ。なぜならある産業の利益率が他より高ければ、その産業に參入する企業が増え、價格競爭が激しくなつて利益率が低下するからだ。」
資本家は投下した総資本に対してどれだけ利益が出るのかしか問題にしません。よって利潤率が重要です。利潤率は剰余価値(資本家の利益)/総資本(利潤率機械や原材料、そして労賃)
つまり競争によって資本構成が低く、労働力の比率の高い、剰余価値が大きい部門では本来の剰余価値率が引き下げられ、逆に資本構成が高く、労働力の比率の低い、剰余価値が小さい部門では本来の剰余価値率が引き上げされます。このようにして商品の本来の価値から背離した生産価格が形成されます。このことは剰余価値説が間違っているのではなく、剰余価値の理論を土台にして導きだされたものです。実際、全産業の剰余価値の総量と利潤の総量は同じになります。
以上、長々と書きましたが、自分でも不十分な説明だなと思うところは多々あります。しかし私の能力と時間的余裕からこれが精一杯です。本来、私のようなものがゴタゴタいうよりもじっくりマルクスの本を読み返していただいたほうがいいとは思いますが、こんな私の目から見てもあまりにも資本論の内容を誤解されていると思いましたので僭越ながらコメントさせていただきました。悪しからず。

KnightLibertyKnightLiberty 2013/02/23 00:37 いや、マルクスにそれだけ親しんでいらっしゃる方が、こんなにわけのわからないことしか書けないのを知って、私はますますマルクスへの不信感が募りました。

>機械は価値を生み出せるか?いいえ機械は価値を生み出だしはしません。

といふことは、工作機械や建設機械など、機械を作る会社の労働者は、なんら社会に貢献してゐないといふことですかね。マルクスはひどいことを言ふものです。

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