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ラディカルな経済学(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-02-18

私作る人、僕奪ふ人(F・オッペンハイマー)

人間が生きるために必要な富を手に入れ、欲望を滿足させるには、根本的に對立する二つの手段がある。それは勞働と掠奪である。つまり自分で骨を折つて働くか、それとも他人が働いて得た成果を力づくで奪ひ取るかだ。掠奪とか力づくで奪ひ取るとかいふと、犯罪や監獄に關係した言葉にしか聞こえないことだらう。いまは文明の發達した時代だし、とりわけその根柢には財産權を侵してはならないといふ考へがあるからだ。山賊や海賊が原始的な生活状況の下では戰爭稼業(永い間唯一の組織された大規模な掠奪だつた)と同じく、最も尊敬される職業だつたと言つて人々を説き伏せてみたところで、かうした印象はなかなかぬぐひ去れさうにない。この理由から、また今後の研究において簡單明瞭で明確に對立する用語を使ひ、非常に重要なこの對立をはつきりさせるため、以下の議論では、自分で勞働すること、ならびにそれを他人の同等の勞働と交換することを欲求滿足の「經濟的手段 economic means」と呼び、他人の勞働を無償で奪ふことを欲求滿足の「政治的手段 political means」と呼ぶことにする。

 

かうした考へ方はすこしも目新しいことではない。歴史哲學者たちは早くからこの對立に氣づき、それを定式化しようとこころみてきた。しかしどの定式も、議論の前提がどのやうな論理的結果に至るか突きつめてゐない。對立は消費の對象を手に入れるといふ同じ目的を達するための手段の違ひだけにあるといふことが、どこにも明確にされてゐない。だがこの點こそ議論にとつて肝要である。もし經濟的目的と經濟的手段とを嚴密に區別しなければどのやうな混亂を招くか、カール・マルクス一派の思想家をみればわかるだらう。さまざまな誤りによつてマルクスのすばらしい理論は結局眞理からかけ離れてしまつたのだが、誤りの原因は、經濟的な欲求滿足の手段と目的とを明確に區別しなかつたことにある。この區別をしなかつたために、マルクスは奴隸制を「經濟的範疇」だといい、暴力を一種の「經濟力」だといふのであるが、かうした半可通な眞理はまつたくの虚僞よりはるかに危險だ。なぜなら半可通な眞理は氣づきにくいし、そこからつねに誤つた結論を引き出すからである。

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フランツ・オッペンハイマー『國家論』より。オッペンハイマー(1864-1943)はドイツ出身の社會學者・政治經濟學者。左翼思想の呪縛が根強い日本の論壇では、資本家階級と勞働者階級が互ひに對立するといふマルクス主義の階級論を信じてゐる手合ひが今でも多く、うんざりする。しかし社會に階級やその對立といふものがまつたく存在しないかといふと、そんなことはない。互ひに對立する階級は確かに存在する。それを見分ける基準は、資本家とか勞働者とかではなく、オッペンハイマーが述べるやうに、經濟的に必要なものを自分の勞働で手に入れてゐるか、それとも他人から奪ひ取つてゐるかである。

前者は自分の勞働で物をつくりだすだけでなく、それを互ひの合意のもとに他人と交換することも含み、これを「經濟的手段」といふ。一方、後者はほしい物を暴力や詐欺によつて他人から一方的に奪ふことで、オッペンハイマーはこれを「政治的手段」と呼んだ。適切な命名といへる。なぜなら政治はつねに國民との合意でなく、暴力を後ろ盾とする權力によつてその財産を奪ふからだ。

したがつて社會は二つの階級に分けることができる。富をみづから生みだす階級と、それを奪ふ階級である。昔話題になつた即席ラーメンのコマーシャルをもぢつて言へば、「私作る人、僕奪ふ人」だ。後者の中には暴力團などの犯罪集團も含まれるが、それよりはるかに大きな規模で他人の財産を奪つてゐる集團が現代には存在する。それは政府(國家)である。オッペンハイマーは上記の文章に續けて、國家を「政治的手段の組織」とはつきり定義してゐる。

政府が國民から財産を奪ふ手段は課税だから、十九世紀米國の政治家、ジョン・カルフーンが指摘したやうに、社會は課税から利益を得てこれに寄生して生きる支配階級(純税消費者 net tax-consumers)と、納税する被支配階級(純納税者 net tax-payers)といふ二つの階級に分かれると表現することもできる(マレー・ロスバード『自由の倫理学』208頁)。

自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系

少なくとも政治家や政府官僚は明らかに純税消費者であり、財産を奪はれる純納税者とは異なる階級に屬し、對立してゐる。一年前の東日本大震災以來、日本人が「一丸となって」行動することを稱揚したり、「全ての日本人が力を合わせて」復興に取り組むことを奬勵したりする言論が勢ひを増してゐるが、これは日本社會に階級が存在し、純税消費者が純納税者を支配・搾取してきた事實から人々の目を逸らさうとするものだ。市場原理を無視した原發政策を税によつて推し進め、放射能汚染の原因をつくつたのは政治家や官僚、それと結託した一部企業人などの支配階級である。この眞實を情緒に流されず正しく把握しないかぎり、同じ過ちを繰り返すばかりで、眞の復興などありえないだらう。

  • オッペンハイマーの文章の飜譯は、廣島定吉譯『國家論』(改造文庫、昭和四年)を參考にした。
  • 飜譯元の英譯はこちら

Free Market Forum Japan でも公開)

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