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ラディカルな経済学(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-08-11

良い金持ち・惡い金持ち

「金持ちになるには二つの方法がある。富を創出する方法と、他人の富を奪う方法だ」。ノーベル賞受賞經濟學者で、すでに多くの著作が邦譯されてゐるジョセフ・スティグリッツは、最新刊『世界の99%を貧困にする経済』(楡井浩一・峯村利哉譯、徳間書店)の初めの部分(76頁)でかう指摘する。スティグリッツがこの二つを正確に區別して本書を書き上げれば、良い本になつたことだらう。

世界の99%を貧困にする経済

ところがせつかく言及された區別はすぐにあいまいになり、しまひには味噌糞一緒に、金持ちから一律財産を取り上げ、その金で貧困層を救へといふ、國家主義まるだしの提言に行き着く。これでは富を創出する金持ちまで虐げることになり、貧困層は救へない。

いまから九十年前、ドイツの社會學者フランツ・オッペンハイマーが、スティグリッツと同趣旨の指摘をしてゐる。「人間が生きるために必要な富を手に入れ、欲望を滿足させるには、根本的に對立する二つの手段がある。それは勞働と掠奪である。つまり自分で骨を折つて働くか、それとも他人が働いて得た成果を力づくで奪ひ取るかだ」

勞働は富を創り出し、社會を豐かにするが、掠奪は富を生み出さず、社會を豐かにしない。勞働は他人の權利を侵害せず、道徳的に不正なところはないが、掠奪は他人の權利を侵し、道徳的に正しくない。かつて掠奪の主役は山賊や海賊だつたが、現代ではもつと洗煉された方法でおこなはれる。政治力(究極的には物理的な暴力をともなふ)の利用である。

たとへばスティグリッツが嚴しく非難する米國の大銀行は、幹部が政府高官として指名されることも多く、政治ときはめて密接である。實際、サブプライムローン危機後、税金で損失を肩代はりしてもらつたり、聯邦準備銀行からほぼゼロ金利で融資を受けたりした。「大銀行が繁栄を謳歌できるのは……納税者から事実上の補助金をもらっているから」(358頁)といふスティグリッツの指摘は正しい。

さらにスティグリッツは、監督役である聯邦準備銀行と銀行業界の關係について「(連銀の統制下にあるはずの)銀行の影響力があまりにも大きすぎる」(365頁)と批判する。また中央銀行の透明性の意義を強調してゐた聯邦準備理事會議長ベン・バーナンキが、銀行救濟についてマスコミから情報公開を求められたとたん、祕密主義に走つたことを糺彈する。これらも的を射た批判といへよう。

しかし殘念ながら、評價できるのはここまでである。その他の主張には問題がありすぎる。三點だけ舉げよう。

第一に、政府と結託した銀行や企業は激しく非難するのに、政府そのものはほとんど批判しないか、むしろ辯護に囘る。たとへばサブプライム危機の一因は、政府が貧困層の住宅保有を促進したことにあると言はれるが、スティグリッツは保守派經濟學者の「解釈」にすぎないと切り捨てる(237頁)。政府を批判する場合は、規制が不十分といふ理由であり、政府が市場に介入する權限を縮小せよとは決して言はない。

第二に、政治力に頼らず、自力で稼ぐ企業や個人まで惡者扱ひする。スティグリッツがとくに非難するのは、獨占である。その一例として名指しされてゐるのが、石油王と呼ばれたジョン・D・ロックフェラーだ(89頁)。ロックフェラーが興したスタンダード石油は政府から反トラスト法(獨禁法)違反で提訴され、解體に追ひ込まれてゐる。

しかしリバタリアンの經濟學者、ドミニク・アーメンターノによれば、スタンダード石油が握るシェアは國内精製事業に限つても1907年時點で六四パーセントにすぎず、競合他社は解體命令の下つた1911年時點で少なくとも百三十七社あつた。それ以上に重要なのは、スタンダード石油による獨占化が進んだとされる時期に、實際には石油價格が低下してゐた事實(1869年の一ガロンあたり三十セントから1910年頃には約六セント)である。これでは獨占で消費者の利益が損なはれたのかどうか、そもそも疑はしい。むしろスタンダード石油は、消費者の利益を高めたといふ見方すらできよう。實際、聯邦最高裁が解體を命じた根據は、消費者の利益侵害ではなく、多くの企業買收の背後に獨占の「意圖」(intent)があるからといふ、はなはだあいまいなものだつた。

このことからもわかるやうに、政府が獨占を認定する基準はしばしば恣意的である。だからスティグリッツのやうに、政治力によらない獨占まで惡として攻撃するのは、消費者の利益を守るうへでむしろ危險なのだ。ある企業が自力で百パーセントのシェアを握つたとしても、それは消費者に支持された結果であり、惡とみなす理由はない。

ついでに言へば、民間企業同士がカルテルなどで競爭の制限を狙つても、政府の力を借りない限り、カルテル破りや他社の參入を長期間妨げることはできないから、わざわざ多くの官僚を雇つて企業を監視したり罰したりする必要などないのである。

第三に、スティグリッツは結局、勞働で稼ぐ「良い金持ち」と掠奪で稼ぐ「惡い金持ち」を一緒くたにして、とにかく金持ちには増税せよと主張する(394頁)。これはひどい。いま述べたやうに、政治力を使はない企業や個人まで「惡い金持ち」に入れるのは間違つてゐるが、百歩讓つて、かりに自力で稼いだ金持ちの一部が「惡い金持ち」だとしても、それ以外は「良い金持ち」のはずである。「良い金持ち」は、スティグリッツ自身が指摘したとほり、富を創出するのだから、そこに重税をかければ、生産性が低下し、社會全體が物質的に貧しくなる。そのしわ寄せを一番大きく受けるのは、スティグリッツが助けたいはずの貧困層なのである。

(「『小さな政府』を語ろう」でも公開)

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西川昌宏西川昌宏 2012/08/17 15:52 スティグリッツに限らず、私の周囲でも政府の存在および経済への介入は当然であると考える人が大半ですね。
民間企業の人間は、結構オーストリア学派の理論に納得できるようですが、やはり「無政府主義」という言葉にはビックリ仰天するらしいので、最近は「完全民営化主義」と言うようにしています。
ちなみに、国交省から出向してきたお役人さんは、完全にドマクロ人間でして議論自体が成立しません。
このお役人さんが、本当に藤井聡や三橋貴明から影響を受けているのには驚きました。
こういうお役人さんが、公共事業を請け負う一部の民間業者に持ち上げられているのが現実です。
※「本当に〜影響を受けている」というのは、所属する役所の利益やら本人の私的利益から彼らを支持しているという意味ではなく、盲目的に本気で信奉しているという意味です。

木村 貴木村 貴 2012/08/18 22:48 「完全民營化主義」は惡くないですね。私はかういふ場では、むしろ人をビックリ仰天させたいので、なるべく無政府と言ひますが、初めて聞く人にはさすがに刺戟が強いでせう。

お役人、それも國交省だと無理ないですね。藤井聡と言へば、昨日本屋に行つたら、文春新書から中野剛志センセイとの對談本が出てゐました。ある意味最強のコンビです。いつか筆誅を加へなければ……

西川昌宏西川昌宏 2012/08/19 08:26 「無政府」という言葉にビックリ仰天する人というのは、その理由を聞いてみると「国家」と「社会」を混同している人が多いですね。
だから無政府主義がそのまま社会崩壊(=無秩序)のイメージに繋がってしまうようです。

かつて中野剛志が京都大学で藤井聡と共同研究をしていた際に、そのHPに彼らの研究対象が載っていました。
記憶が定かではありませんが、その研究対象はリスト、ケインズ、ポール・サミュエルソン、カール・ポランニー、クルーグマンといった面々だったと思います。
申し訳程度にハイエクの名もあったと思います。

首相経験者(麻生太郎)が三橋貴明の経済談義に共感を寄せ、文藝春秋に日本経済再生の論文を掲載したり、自民党が藤井聡の国土強靭化計画を、経済政策として採用するご時勢なので困ったものです。
個人的には、政治家は勉強不足と利権維持、官僚は既得権維持・権限拡大からこれらの主張を支持しているのでしょう。

また、政府の非効率と無能を認めながら、最終的な解決策を政府の経済政策に求めるエコノミストが多いですね。
首尾一貫した経済理論が無く、場当たり的な分析・対策を言い散らかしているだけなのでしょう。

話は変わりますが、ミーゼス読書会に参加されるのですか?
私も西弘次さんから招待をいただきましたが、残念ながらスケジュールの関係で出席できません。
代わりに、自衛官の若い友人である近藤君が参加します。
彼は、陸上自衛隊に属しながら大学で法律を学んでおります。
自衛官ですが無政府資本主義者であり、尊敬する法律家はライサンダー・スプーナーです。
もしお会いすることがありましたら、よろしくお願い致します。

※近藤君にはロスバードの『自由の倫理学』におけるミーゼス批判を読んでおくように言っておきましたが、読書会で話し合われるのかどうか。
とにかく、読書会後の近藤君からの報告が楽しみです。

西川昌宏西川昌宏 2012/08/19 09:01 訂正:論文を掲載⇒論文を寄稿(インタビューだったかもしれません)

先日、何の雑誌かは忘れましたが、対談で中野剛志が「グローバル化はイデオロギーに過ぎない」というようなイデオロギーとしか思えない発言をしておりまして、対談相手にやんわりと「グローバル化は現実」と窘められておりました。
経済誌・経営誌などを読むと、企業経営者・関係者は中野剛志の主張は相手にしていませんが、経済リテラシーが低い人間は中野の主張に捕まるようです。

木村 貴木村 貴 2012/08/19 12:30 政治家は自分の役に立つなら經濟學の理屈なんてどうでもいいんでせうからね。一つだけ言へるのは、ケインジアンやマネタリストの意見が政治家から喜ばれることはあつても、アナルコキャピタリストについては金輪際ないといふことです。

殘念ながら讀書會は缺席します。しかし自衞官のアナルコキャピタリストとはユニークですね。一度お話ししてみたいものです。西川さんとも。お二人は東京近邊にお住まひですか?

西川昌宏西川昌宏 2012/08/19 15:58 早い話が「お前らの仕事は必要が無い」と言ってるわけなので受け入れられないでしょうね。

勿論、近藤君はアナルコ・キャピタリストなのに自衛隊へ就職したわけではなく、自衛隊に就職してからリバタリアニズムに興味を持ちアナルコ・キャピタリストになりました。
先ほど、読書会の感想を少し聞きましたところ、蔵さんの話が印象的だったようです。
なお、出席者にアナルコ・キャピタリストはほとんどいなかったそうです。

私は転勤族でしたが、現在は函館在住で、近藤君は福島駐屯地勤務です。

木村 貴木村 貴 2012/08/19 16:06 蔵さんの話は聽きたかつたですね。

私は横濱なので、凾館と福島だとすぐにはむづかしいかもしれませんが、いつかお會ひできたらいいですね。

西川昌宏西川昌宏 2012/08/19 17:04 蔵さんは、「あいつら(三橋&中野)は国家に魂を売った!」と発言したらしく、近藤君が非常に感激しておりました。

そうですね。お会いできる日を楽しみにしております。

anti-libertariananti-libertarian 2012/09/03 20:36 収穫逓増と自由放任は、寡占による生産性低下を生む。
この認識があれば、「金持ちに重税をかければ生産性が低下する」という主張には、かなり慎重にならざるを得ない。

スティグリッツが繰り返し指摘するように、過去100年のうちでより大きな成長を伴った時期は、より格差が縮小した時代でもあるという事実もある。

木村 貴木村 貴 2012/09/04 20:11 本文の繰り返しになりますが、スティグリッツが指摘するやうに、「良い金持ち」は富を創造するのですから、彼らに重税をかければ必然的に生産性は低下するとしか考へられません。

成長率と格差に相關關係があるとしても、その間の因果關係が明らかでなければ、「格差を縮めれば成長率が高まる」とは言へません。むしろ逆になる可能性もあります(たとへば「良い金持ち」に課税して無理やり格差を縮めた場合)。

最後に、たとへ成長率が高まるとしても、たんに金持ちだといふ理由だけで重税を課すのは、正義に反するので、反對です。

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