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ラディカルな経済学(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-07-27

大きな政府の幻想

市場に積極的に介入する「大きな政府」は、經濟の繁榮を妨げる。大きな政府の極致である社會主義は、ソビエト聯邦や舊東歐諸國の崩潰後、さすがにほとんど支持されなくなつたが、「ほどほど」の大きな政府である福祉國家(現在の日本、米國、多くの歐州諸國)については、政治信條の左右を問はず、いまだに信奉者が多い。しかし、たとへほどほどであつても、市場への介入が經濟の足を引つ張ることに變はりはない。それどころか、福祉國家は本質的に、政府の統制がしだいに強化され、結局は社會主義に行き着く危險をはらんでゐる。

ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス: 生涯とその思想

社會主義、福祉國家といふ二つの大きな政府を早くから徹底的に批判したのが、オーストリア出身の經濟學者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス(1881-1973)である。最近邦譯が出版された、弟子のイスラエル・カーズナーによる『ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス――生涯とその思想』(尾近裕幸譯、春秋社)で、その主張が手際よく紹介されてゐる。

社會主義

まづ社會主義である。ミーゼスは1920年、社會主義の計劃經濟を批判する論文「社会主義共同体における経済計算」を發表した。1920年といへば、ロシア革命で史上初の社會主義政權が樹立されてまだ三年しかたつてゐない。この早い時期にミーゼスは、社會主義者が主張する合理的な經濟計劃は不可能であると斷じた。

その根據はかうだ。合理的な經濟計劃を行ふには、事業の健全性を判斷する損得の計算が必要である。そのためには、さまざまな經營資源(土地、原材料、機械、勞働力など)に市場價格がなければならない。ところが社會主義では、定義上、これらの資源は國有化されてゐるから、市場價格が存在しない。經營資源に市場價格がなければ、どれほど勤勉で獻身的な中央計劃者でも、自分の判斷が合理的かどうかを知ることができない。

社會主義經濟は努力や工夫をすればなんとかなるものではなく、まさにその原理上、合理的に行ふことは不可能であるといふ根源的な批判をミーゼスは突きつけたのだ。しかもこれは現在主流の經濟學とは異なり、經濟統計を實證的に「分析」した結果ではなく、純粹な論理から導かれたものである。カーズナーは、ミーゼスの根本的な社會主義批判を「幻想を粉砕した」(186頁)と表現する。

福祉國家(介入主義)

次に福祉國家である。福祉國家にみられる「ほどほど」の大きな政府の政策を、ミーゼスは介入主義と呼ぶ。とくに1930年代の大恐慌後、西側の資本主義世界では、自由放任主義の「危險」や「行き過ぎ」に齒止めをかけると稱して、政府の市場介入が聲高に唱へられるやうになつた(實際には大恐慌の原因は自由放任經濟ではなく、政府の市場介入だつた)。しかしミーゼスはそれに異を唱へた。

資本主義と社會主義を組み合はせた混合經濟が實行可能な「第三の道」だといふ考へは神話にすぎない、とミーゼスは信じてゐた。介入主義政策は「消費者の選好を無視し、そのために消費者の目的を実現できないために失敗する羽目になるか、あるいは、政策立案者自身がまったく意図しない困った結果をもたらす」(189頁)。たとへば、最低賃金法や、勞働市場に介入する勞働組合びいきの法律は、失業を生み出す。擴張的な金融政策は不況を引き起こし、貧困層はもちろん、貯蓄や他の資産を保有する人々を苦しめる。ケインズ的完全雇傭政策は、結局、人々を不幸にする物價騰貴を引き起こす。

だが介入主義がもたらす最惡の事態は、他にある。政府による經濟の統制が不可避的にどんどん強化されることだ。たとへば、ある商品市場の價格が「高すぎる」と感じた政府は、價格の上限を設定する。これは經濟學の初歩で學ぶとほり、その商品の不足を引き起こす。するとこの不足に對處するため、政府は配給を始めたり、商品の原材料市場にまで價格統制を擴大したりすることになる。同種の統制がさらに廣がれば、介入主義體制は社會主義に變貌する。「福祉国家というのは、市場経済を着実に社会主義へと転換するものに過ぎない」(192頁)とミーゼスは臆せず述べた。

ドイツ型社會主義(ファシズム)

ただしこの場合の社會主義は、ミーゼスの主著『ヒューマン・アクション』(村田稔雄譯、春秋社)での分類にしたがへば、「ロシア型社會主義」ではなく、「ドイツ型社會主義」である。ロシア型社會主義が「全く官僚主義的で……すべての工場・商店および農場は、形式上国有化されて」ゐるのに對し、ドイツ型社會主義は「生産手段の私有を名目上表面的に保持して」ゐるものの、「もはや企業家は存在せず、企業経営責任者(ナチの用語でBetriebsführer)のみが存在している。これらの企業経営責任者は……すべて政府の生産管理最高官庁が出す命令に、無条件で服従しなければならない」(同書、760頁)。

日本人の多くは、ソ聯や舊東歐、北朝鮮などの失敗が明らかになつた現在、先進國が社會主義に逆戻りすることなどありえないと信じてゐる。しかしそれはロシア型社會主義の話であつて、福祉國家からドイツ型社會主義への距離はそれほど遠くない。

最近米國では企業救濟や國民皆保險を推し進めるオバマ大統領が保守派から「社會主義者」と非難され、これにリバタリアンの經濟學者トーマス・ソーウェルが「社會主義者ではなくファシスト」と異論を挾んでゐるが、これは定義の問題にすぎない。ソーウェルがもとづく標準的な定義によれば、ファシズムとは生産手段(經營資源)の私有を名目上のみ認める體制で、ミーゼスのいふドイツ型社會主義と同じだ(ナチスの正式名稱は「國家社會主義ドイツ勞働者黨」)。米國同樣、介入主義にのめり込む日本や歐州も、社會主義(ファシズム)への危險な道を突き進んでゐると言はなければならない。

サミュエルソンの豫測

さて、ここで注意すべきは、社會主義に合理的な計劃は不可能だと斷言したミーゼスも、「社会主義経済が、たとえ数十年間であっても存在できない、といったわけではない」(185頁)ことである。意思決定が合理的でなくても、「存在」し續ける程度のことはできる。だからソ聯が長期にわたつて存在しても「ミーゼスはまったく動揺しなかった」(185頁)。それでも結局、合理的でない判斷を重ねたソ聯經濟はその非效率から成長が阻害され、國民を貧困で苦しめ、最後は崩潰して七十年の歴史に幕を閉ぢた。

一方、實證主義的な主流派經濟學を代表する米國のポール・サミュエルソンは、ソ聯經濟にきはめて樂觀的だつた。岩波書店から邦譯も出てゐた有名な經濟學教科書の1961年版で、ソ聯のGNP(國民總生産)は1984年から1997年の間に米國を追ひ拔くだらうと豫測した。サミュエルソンは版を改めるたびに繰り返し同樣の分析を載せたが、米ソ逆轉の時期だけがいつも先に延ばされ、1980年版ではたうとう2002年から2012年の間になつてしまつた。

アレックス・タバロックによると、「その後の版でサミュエルソンは豫測を外したことを認めず、ソ聯經濟は『天候不順』("bad weather")だと述べる以外、ほとんど言及しなかつた」。數少ないコメントの一つが、ソ聯經濟が崩潰しかけてゐた1989年の版で平然とかう記したことだ。「多くの懐疑論者が信じてゐたのとは逆に、ソビエト經濟をみれば、社會主義の計劃經濟が機能し、成長もできる(can function and even thrive)ことは明らかである」

このあまり名譽といへないエピソードで思ひ出すのは、歐州經濟危機が今ほど深刻でなかつた2010年春、日本のある經濟評論家が出版した本で、わづか三十年のデータをもとに、政府の財政擴大は經濟成長を妨げず、むしろ促すと主張したことだ。財政赤字を二十年以上續けても立派に經濟成長を遂げてゐる例として舉げた國のうち、堂々の成長率トップはギリシャ。その他、上位にはポルトガル、スペイン、キプロスなどが名を連ねた。ある意味、なんとも興味深い實證分析の成果である。

GDPのバイアス

政府が介入主義を續けても、すぐにGDP(國内總生産)の減少につながるとは限らない。もともと介入主義のバイアスがかかつたGDPは定義上、政府支出を増加要因としてカウントする仕組みになつてゐるからだ。上述のやうに、社會主義のソ聯ですら、一時は米國を追ひかけて經濟成長したのである。だがその陰では、市民が劣惡な生活を強ひられ、最後はミーゼスの理論どほり、經濟全體が潰滅した。日米歐の介入主義經濟は、資本主義の部分がまだ殘つてゐるものの、放置すれば、ミーゼスの警告どほり社會主義(ファシズム)が到來する可能性は否定できない。

大きな政府は社會を豐かにせず、むしろ貧しくする。それは社會主義だらうと福祉國家だらうと、違ひはないのだ。私たちは、大きな政府が繁榮をもたらすといふ幻想から、完全に目覺めなければならない。

(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」に轉載)

関連エントリ

筆者の本

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 自由叢書

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 自由叢書

小さな政府は幻想小さな政府は幻想 2013/07/28 09:08 >大きな政府は社會を豐かにせず、むしろ貧しくする。それは社會主義だらうと福祉國家だらうと、違ひはないのだ。私たちは、大きな政府が繁榮をもたらすといふ幻想から、完全に目覺めなければならない。

事実ではありませんので、騙されてはいけません。

福祉国家思想の国家(アメリカでさえ、社会保障費は増大の一途)は、戦後、経済成長をしました。

皆、豊かになったのです。

「大きな政府は社會を豐かにせず、むしろ貧しくする。」

「大きな政府は社会を豊かにし、むしろ繁栄させた」

が正解です。

ただし、大きな政府が良いとか、悪いとか、当為の問題を論じることはできませんので、あしからず。

KnightLibertyKnightLiberty 2013/07/28 10:11 >福祉国家思想の国家(アメリカでさえ、社会保障費は増大の一途)は、戦後、経済成長をしました。

これについては、幻想先生とやりとりを始めた一番最初に、私はかう書きました。

KnightLiberty 2013/07/15 10:21
相関関係と因果関係を混同してゐます。政府支出の拡大と経済成長が同時に起こったからといって、前者が後者の原因だとはいへません。経済学の原理から考へれば、政府支出を増やしたから成長したのではなく、政府支出を増やしたにもかかはらず成長したとみなければなりません。もし政府支出が大きいほど成長できるのなら、社会主義国のほうが繁栄するはずです。

他の方も同様のことをこのコメント欄で指摘されてゐますが、幻想先生はさっぱり理解できないやうです。統計学のイロハも知らないで、実証分析とは恐れ入ります(もっとも、現在の主流派経済学者の大半は同じ過ちを犯してゐるので、それを盲信してゐる幻想先生だけを責めることはできませんが)。

こちらの指摘をまったく理解できないし、理解しようともしないばかりか、しばしばチンピラみたいな言葉遣ひ(「よく読めよ。法律用語でいえば、努力義務だろうが」「もう一度、事実で答えろよ」)で相手を恫喝する幻想先生(リアルの先生だとしたら、いろいろな意味で驚きです)とは、やり取りする気にならないので、先日も宣言したとほり、無視します。腹に据ゑかねたら今回のやうに、ブログで書きます。私は怒ると筆が進むタイプなので、このモチベーションを生かして、小さな政府・無政府のすばらしさをさらに訴へてゆきます。お互ひがんばりませうや、幻想先生。

小さな政府は幻想小さな政府は幻想 2013/07/28 20:54 >相関関係と因果関係を混同してゐます。政府支出の拡大と経済成長が同時に起こったからといって、前者が後者の原因だとはいへません。経済学の原理から考へれば、政府支出を増やしたから成長したのではなく、政府支出を増やしたにもかかはらず成長したとみなければなりません。もし政府支出が大きいほど成長できるのなら、社会主義国のほうが繁栄するはずです。


あのなあ、どこに因果関係を書いた?勝手に相関関係を、因果関係にするなよなあ。

人の言うこと、曲解したり、捻じ曲げたり、むちゃくちゃだなあ。

大きな政府でも、成長したの。

小さな政府で、繁栄したところなんて、ないの。

これが、戦後の事実。

共産主義なんて、誰も語っていないから。

あのねえ、あなたの空想とか、あなたの妄想とか、あなたの理想とか、どうでもいいの。

実証が全てなの。分かる??わかんないだろうなあ。

小さな集落は、「引っ越せ」だもんなあ。小さな政府主義者は。これ、あなたの発言だからね。

結局、「弱いものは死ね」っていうことに繋がるんでしょ?(また、こんなことは言ってないと逃げるんだろうけど)

まあ、頑張ってね。小さな政府論なんて、クズ論で、一生、日の目をみないでしょうけど・・

kenderkender 2013/07/29 02:01 大きな政府の最たる形態の1つである社会主義、共産主義が失敗に終わったのもまた幻想さんのおっしゃる"戦後の事実"であり、今回の記事のテーマでもあると思われますが、そのことを無視して大きな・小さな政府論を語るのはひどい確証バイアスなのではないでしょうか。

小さな政府は幻想小さな政府は幻想 2013/07/29 06:28 >大きな政府の最たる形態の1つである社会主義、共産主義が失敗に終わったのもまた幻想さんのおっしゃる"戦後の事実"であり、今回の記事のテーマでもあると思われますが、そのことを無視して大きな・小さな政府論を語るのはひどい確証バイアスなのではないでしょうか。

はあ?何言ってんの?

この、KnightLibertyこと、木村さん、近藤さんの定義は

>定義は目的によって、定量的なものと、定性的なものがあります。今回私の主張を裏づけるためには、定性的な定義で十分です。以下のとほりです。

>大きな政府:市場経済に積極介入する政府
>小さな政府:市場経済に極力介入しない政府

ほう、いつ、社会主義・共産主義に「市場経済」が??????????

なるほど、社旗主義・共産主義は、「市場経済」なるものに、積極的に介入したんだ。へえー。

新理論ですね。本書けそうですよ。

小さな政府は幻想小さな政府は幻想 2013/07/29 08:03 >定義は目的によって、定量的なものと、定性的なものがあります。今回私の主張を裏づけるためには、定性的な定義で十分です。以下のとほりです。

>大きな政府:市場経済に積極介入する政府
>小さな政府:市場経済に極力介入しない政府


>市場に積極的に介入する「大きな政府」は、經濟の繁榮を妨げる。大きな政府の極致である社會主義は、ソビエト聯邦や舊東歐諸國の崩潰後、さすがにほとんど支持されなくなつた

この、KnightLibertyこと、木村さん、近藤さんは「おかしい」ことが分かりませんか?

自分で言ってて、何言ってるか、全然理解できないようです。

ご自分が、いかれていることを、認めたらいかがですか?

絶対に認めないでしょうけど(笑)

もう、ほとんど、「可哀想」というレベルです。

頑張ってね、KnightLibertyこと、木村さん、近藤さん

近藤近藤 2013/07/29 23:12 まだ、やつてるの?
議論したけりゃ高校生でも相手にしてな。

正直、ファンタジーさんとの議論は時間の無駄。大きな政府支持してる人とよく議論するけどさ、あなたは基本的に議論以前に人格に障碍でも患ってるんじゃないの?パーソナリティー人格障碍って聞いた事ある?あなたは真剣に精神科行った方が良いよ。

小さな政府は幻想小さな政府は幻想 2013/07/30 07:18 >まだ、やつてるの?
議論したけりゃ高校生でも相手にしてな。

出た、「knightLibertyこと、木村さん、近藤さん」

そもそも、根本がむちゃくちゃなので、「議論」にすらならない。

かわいそう。

本人だから。

小さな背府は幻想小さな背府は幻想 2013/07/30 07:26 >小さな集落は、「引っ越せ」だもんなあ。小さな政府主義者は。これ、あなたの発言だからね。

せっこーい!!せこすぎる「knightLibertyこと、木村さん、近藤さん」

上記の発言「市場と國家]無政府社會は可能だ」から削除。

自分の不都合な発言は削除するんだ!

田舎では、セコムなんて商売できないと話した内容、全部削除。

最低。

あのさああのさあ 2013/07/31 00:47 >田舎では、セコムなんて商売できないと話した内容、全部削除。
うそつくな、ちんかす。自分がどこの記事にコメントしたかぐらい覚えとけ。

ちんかすちんかす 2013/07/31 03:58 >田舎では、セコムなんて商売できないと話した内容、全部削除。
うそつくな、ちんかす。自分がどこの記事にコメントしたかぐらい覚えとけ。

[政府に治安を任せるな]ですな。

志保パパ志保パパ 2013/07/31 12:21 ウィキペディアで「完全競争」を調べたら、
原子性、

志保パパ志保パパ 2013/07/31 12:29 タイプミスでおかしくなってしまいました。ウィキペディアで「完全競争」を調べたら
原子性、均一性、完全情報、平等なアクセス、自由な参入の5つが成立していないといけない
とありました。
よく考えてみると、当ブログは、レスに対して完全競争が成立していないように
思えますが、いかがでしょうか。

大きな政府のアナロジーで「大きなブログ」を「書き込みに積極的に介入するブログ」と定義すると
当ブログは大きなブログによくあてはまります。

 で、むしろその方が盛り上がってる気もします。つまり大きなブログはレスが良くつく。
逆のアナロジーで行くと、大きな政府は経済成長するともいえそうな気がします。

志保パパ志保パパ 2013/08/02 22:47  ふと、思いましたが、
ミーゼス先生は、ロシア革命の原因をなんだと考えていたのでしょう。

ロシアは福祉国家から社会主義国に移行したわけではない。
革命があったわけです。革命前のロシアは、王政でしたが
経済的にはどういう状態だったのでしょう?

志保パパ志保パパ 2013/08/14 00:08  ソ連は崩壊してロシアになりましたが、
中央銀行もあるし、医療保険も公的年金もある。

つまり、社会主義国と大きな政府とは別物と考えるのが
妥当でしょう。

小さな政府がうまくいくというのも幻想でしょう。

現代社会はいろんな人間がいて複雑です。
やくざの親分の仲裁で平和に解決することを
前提としている考え方はやはり幻想なんでしょう。

HH 2013/08/18 17:57 >まだ、やつてるの?
>議論したけりゃ高校生でも相手にしてな。

まあ実際はしがない高校教師にすぎませんから。幻想さんは。本名で書き込まずにコメント欄やツイッターで著名人に絡んでうさを晴らすというww

ダンダン 2013/08/31 10:19 ええと・・・前にもコメントした事あったけど、ハンドルネーム忘れてしまった。
申し訳ない。

http://toyokeizai.net/articles/-/18540
http://www.news-postseven.com/archives/20120118_80882.html
http://allabout.co.jp/gm/gc/324973/

リバタリアン的には、やっぱ破綻しても増税が無い方がいいのですか?

KnightLibertyKnightLiberty 2013/08/31 16:05 はい。国債を買った人は損をしますが、それによって自己責任を学ぶでせう。社会福祉は存続できなくなるでせうが、貯蓄や民間の年金保険、慈善資金などで代替できます。誰も日本国債を信用せず買わなくなれば、政府が無茶な戦争をやることもなくなるでせう。

ダンダン 2013/08/31 23:10 リバタリアンの自立志向は驚きです。
とにかく税金にたかろうとする、昨今の世の中のありようはうんざりしています。
いくら税金取られても足りはしない。
税金ばっかり取るから、多様な生き方が出来ないと考えるようになりました。
何かと言ったら政府に要求して、結局取られる税金が増えています。

日本国債を買わなければ戦争にならないというのは驚きました。
しかし外敵はどう排除するのでしょう?

マドモアゼル=タキレンタローマドモアゼル=タキレンタロー 2013/10/04 22:52 >ダン

民間企業で社員達が競ってる業績って、つまり自社への献上金のことでしょ?
何十億、何百億という利益を産むヒット商品の話は、民間企業においては時々あることです。
しかし、そのプロジェクトに関わった社員が、自社に対して
「俺達の稼いだ金が会社の資産になるのは許さん、会社に所有権がある設備に使われるのも嫌だ」と言い出して、
それが実現された話はどれほどあるか?
企業内では、自社という組織に献上金を払えない者は無能として扱われ、切り捨てられるのです。
自分以外の社員に対する福利厚生や、会社に所有権のある設備のために、多く稼いで献上する者が優秀なんです。

民 間 企 業 を 見 習 え ば

稼ぐ能力のある国民が、国の財政のために、そして国民全体の福祉のために、多く納税するのが必然です。

KnightLibertyKnightLiberty 2013/10/05 01:41 >日本国債を買わなければ戦争にならない

とは言ってゐません。「無茶な戦争」をやらなくなるだらうと書きました。なぜなら、借金ができなければ、その分、戦争に使へるお金が限られるからです。防衛は、民間で可能です。

志保パパ志保パパ 2013/10/10 18:31 よく、防衛は民間で可能、と書かれてますが、
どのような根拠、推論に基づいているのかご教示願えませんか?
天下り式に可能といわれても、なかなか理解できません。

ダンダン 2013/10/12 21:05 >マドモアゼル=タキレンタロー

会社と企業とは違います。
それこそ役に立たないなら、国家の方もリストラされるべきです。
複式簿記にしてから言って下さい。

マドモアゼル=タキレンタローマドモアゼル=タキレンタロー 2013/10/13 09:50 >ダン

日本人なら誰でも知っているような大企業でも、労働分配率が40±5%で推移している以上、稼いだ金を総取りできなくても競争は成立しているという現実があるわけです。
一般的には、自身の雇用されるために必要な(給与を含む)人件費の0.5倍くらいは会社に献上しないと、解雇要員になってしまいます。
労働分配率が40%の企業なら、自身の人件費+人件費の1.5倍を稼ぎ続ける必要があるし、それでも競争は成立しているし、その分配率でやる気をなくしていれば競争に参加できないから頑張っている。
そんなサラリーマンが何千万人と、この日本にはいるんです。
属している集団の存続ありきなんですよ、個人で国家を建ち上げるのでなければ、ね。

ダンダン 2013/10/13 13:39 >マドモアゼル=タキレンタロー
>属している集団の存続ありきなんですよ、個人で国家を建ち上げるのでなければ、ね。

それと複式簿記の導入と関係ありませんね。
会社というのは規模やオーナーの考えによって従業員も雇わない事も出来ます。
従業員を雇うならそうでしょうけど、ただサラリーマンが何千万といようと、そんなの関係ありません。

労働分配率も年次収益や収益構造から個別の企業で勘案すればよろしいのでは?
それより国家の方は収益上げるより浪費する方が多いのですが。
あなたのいう通りパフォーマンス良くないなら即刻リストラですね公務員も。
税金ばっかり取るより成果主義も厳格導入しましょう、国家も財政的に存続しやすくなるでしょう。

http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPTYE99203I20131003

ロイターの記事に出てた通り財政規律が必要であると思います。
会計の明確化の為に複式簿記も導入すべきですね。
またどこまで国家が国民に干渉するかは社会契約からやり直すのもよいかと。
それこそ国民の為にならない国家はリストラされるべきです。

人間は「集団の存続」の為に生きてる訳ではありませんよ。
それについて違う考えを持ってる人がいたところで、個人で国家を建ちあげる必要もないですし。

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