國家といふ常識を疑へば、政治經濟の本質が見えてくる。
はてなダイアリー市民「金融危機は市場の失敗」「自由放任主義が貧困を生んだ」「グローバル資本主義は文化を破壞する」――。あちこちでこんな聲が勢ひづいてゐる。すべてウソだ。金融危機も貧困も文化の衰頽も市場經濟のせゐではなく、政府の有害無益な政策こそ原因だ。もつとはつきり言へば、政府といふ存在そのものが人々を不幸にしてゐるのだ。それなのに、何か問題が起きると誰もがすぐに政府に頼る。政府に何とかしろと迫る。いい加減に目を覺ませ。問題を生み出した張本人に、問題を解決できるはずがない。
このブログでは、政府・國家が面倒を見なければ人間は幸福に生きられないといふ廣く流布した見解が神話にすぎないことを明らかにしてゆく。時には政治經濟の一般的な智識から餘りにもかけ離れてゐる主張に、當惑する讀者も少なくないだらう。「市場原理主義」と反撥する向きもあるだらう。だが政府公認の「常識」にとらはれてゐては、身の周りや世界で起きてゐることの本當の意味はわからない。筆者は自分の人格はともかく、論理展開は至極全うなつもりだ。頭からトンデモと決めつけず、じつくり考へてみてほしい。きつとこれまで見えなかつたものが見えてくるはずだ。
市場を愛し權力を憎むリバタリアン。
自由と市場を愛し強制と權力を憎むリバタリアン。晝間はサラリーマンだが、夜は自由の騎士として、世間にはびこる國家主義、反自由主義、反資本主義の謬論を斬る。思考の土臺はオーストリア學派經濟學と無政府資本主義。横濱市在住。四十代、家族あり。面倒なとき以外、政府の國語改革で否定された正漢字・正假名遣で書く。世を忍ぶ假の本名である木村貴のほか、KnightLiberty(knightliberty)とも名のる。アイコンの鳩は十六世紀フィレンツェの印章で、自由の擁護と平和を象徴。