狐の王国

2014-07-04

ジョブズは間違ってる、iPhone は裸で使うべきではない

Apple 創業者スティーブ・ジョブズiPod を裸で使えと言った逸話はたいへん有名であると思う。孫引きになるが以下のようなものだ。

スティーブ・ジョブズは、 iPod の外見を損ねるものには、カバーであれ何であれ、非常に敏感に反応するのだ。

私は彼とのインタビューを録音する際に、外付けマイクと iPod を持っていったことがある。

「iSkin」という透明プラスチックのカバーをつけた iPod を鞄から取り出した途端、彼は私に名画「モナリザ」に牛の糞をなすりつけた犯罪者を見るような目を向けたものだ。

もちろん私は、繊細なiPodに傷や汚れをつけたくないのだと言い訳したが、彼は聞き入れようとしなかった。

「僕は、擦り傷のついたステンレスを美しいと思うけどね。僕たちだって似たようなもんだろう?僕は来年には五十歳だ。傷だらけの iPod と同じだよ」

スティーブン・レヴィ『iPod は何を変えたのか』(142ページ)

http://www.cyber-life.info/articles/17674.html

ご存知の通り、iPhone もまた iPod の一つだ。だから俺は2007年に iPod touch を買った時も、2008年に日本で初めて iPhone 3G が出た時も、タイで iPhone 4 を買った時も、そして今年のはじめにやはりタイで iPhone 5s を買った時もずっと裸で使ってきた。

ところがである。どうもそういった傷や汚れが「保証対象外」になると言われてしまったのである。

f:id:KoshianX:20140526175354j:image

上記の写真は俺の iPhone 5s についた小さなキズである。若干パネルの上部が欠けている。よく見ないとわからないようなものだ。スティーブ・ジョブズの言うとおり、これくらいは「擦り傷のついたステンレス」であり、美しさの一部だ。俺にとってはかすかな思い出でしかない。ポケットに入れようとした時にすべって地面にまっすぐ落ちた時についた傷だ。

修理を依頼したのはホームボタンが効かなくなったことだ。Touch ID も動かない。5s の意味もない残念な状態で、これはたいへんユーザー体験を損なうものだ。ところが、Apple の見解としては「保証対象外」とのことだった。この傷が理由だ。

タイの TrueMove の独自見解かと思って日本の Apple Storeジーニアスバーでも聞いてみたのだが、やはり保証対象外、有償での本体交換ということだった。ボタンのみの修理は受け付けてないらしい。

今までの iPhone は何度も落としてきたがこんなことはなかった。iPhone 4 は金属部品が周囲を覆っていたので、これくらいのことでパネルが欠けることもなかった。

だが iPhone 5s は金属部分が細くなり、パネル部分が露出している。この程度でも欠けてしまうのである。

どんなに「擦り傷のついたステンレス」が美しかろうが、保証期間内のものが保証対象外になってしまうのでは美しいもへったくれもない。

特にホームボタンが動かず Touch ID も動かない iPhone 5s になんの意味があるのか。購入後わずか5ヶ月で期待した機能が動かなくなる製品になんの意味があるのか。

そういうわけで、スティーブ・ジョブズの戯言を真に受けず、みんな iPhone を使うときにはケースに入れて使わなくてはならない。ケースに入れてなかったがために保証対象外になるなんて事態、本来あってはならないことだ。

正直今回の Apple の対応には腹がたってるし、ボタンの修理くらいどうにかしてもらいたい。傷は思い出にできるけど、ボタンは機能しないと始まらないのである。

2014-06-22

Twitterコナミコマンドの発見の経緯がそこはかとなくおもしろい

どうやらTwitterに隠しコマンドが発見された様子。「上上下下左右左右BA」といえば有名なコナミコマンドなわけだけれども、それをTwitterの検索窓に入力するとくるりと鳥のアイコンが回転する。

UNIX板にスレが立ってることでも有名なやす師匠に教わったところ、どうも発見者はこちらの方らしい。

Twitterのソースコードを読んでて konami_watcher という文字列を見つけて「おや?」と思ったようだ。この時点では「何に使われてるんだろう」という段階だった様子。

define("app/ui/konami_watcher",["module","require","exports","core/component"],function(module, require, exports) {

function konamiWatcher(){this.defaultAttrs({logoSelector:".topbar .Icon--bird",konami:"38,38,40,40,37,39,37,39,66,65"}),this.handleCodeEntered=function(){var a=this.select("logoSelector");a.css("transition","all 1s ease"),a.css("transform","rotate(360deg)"),setTimeout(this.undoCSS.bind(this),1050)},this.undoCSS=function(){var a=this.select("logoSelector");a.css({transition:"all 0s ease",transform:""}),setTimeout(function(){this.select("logoSelector").css("transition","")}.bind(this),0)},this.logKeystroke=function(a,b){this.keys.push(a.keyCode),this.keys.toString().indexOf(this.attr.konami)>=0?(this.keys=[],this.handleCodeEntered()):this.attr.konami.indexOf(a.keyCode)<0&&(this.keys=)},this.after("initialize",function(){this.keys=,this.on(document,"keydown",this.logKeystroke)})}var defineComponent=require("core/component"),KonamiWatcher=defineComponent(konamiWatcher);module.exports=KonamiWatcher

});

https://abs.twimg.com/c/swift/en/init.4021dcf7dc0cba9d1a50bec60c67dbcd18a4be76.js

確かにこんなコードが書かれている。

「38,38,40,40,37,39,37,39,66,65」という数字を見てパッと「上上下下左右左右BA」とわかるのもすごいなと思うが、キーコードというやつである。各ブラウザのキーコード表というページの表と見比べてみると確かにコナミコマンドであることがわかる。

そうしてコナミコマンドを実際に入力してみる人が出てきて、発見となったようだ。

公開されてるコードを読んでみるのはプログラミングの勉強にたいへんよいことで、書いた量より読んだ量のほうが多いくらいでないとなかなかよいコードというのは書けるものではない。こんな発見の楽しみもあるかもしれないので、ぜひぜひいろんなサイトのソースコードを読んでみたいところである。

とはいえ Twitter の js は minify されてるのでこれを戻さないと読めたものではないけれど。

2014-06-17

日本のアニメはとっても男女平等

映画に登場する女性の「扱われ方」を重要視するその理由という記事に、「ベクデルテスト」という物語が性差別的かどうかをチェックするテストが掲載されている。

  1. ふたり以上の名前のついた女性が登場するか 
  2. 女性同士が直接会話をするか 
  3. その会話の内容が男性以外のことであるか

バカバカしいことに、日本のアニメはほとんどこれをクリアしている。萌えアニメはほぼすべてクリアしてると言っていいだろう、そもそも男性が出てこないんだから。

よくよく考えてみると、日曜朝にやってる戦隊物もだいぶ前から女性2人男性3人構成の戦隊が増えてたように思う。あんなコテコテの男児向けの作品ですら、ベクデルテストはクリアしているシリーズが増えてるわけだ。

何度か書いてるが、例えば70年代の作品である「機動戦士ガンダム」にしても女性が戦争の前線に出て戦って死ぬような作品であるし、もちろんこのベクデルテストもクリアしている。

大昔のヒーローものだと紅一点という描かれ方は確かにあったけれども、今はそういう描かれ方もすっかり少なくなった。昔から日本のアニメは女性が活躍する作品が多い。

思うに、これは日本で作られてきた物語がそれなりに高度だからではないだろうか。勧善懲悪ロボットものにはガンダムが終止符を打ったし、キューティーハニーの時代から女性の戦う物語は数多く作られてきた。リメイクが近々公開されるセーラームーンも女性が戦う作品の代表格だろう。

多くの物語が作られたがゆえに、そして見る側の目が肥えてるがゆえに、男ばかりでヒロインが補佐役みたいなパターンは飽きられてるんじゃないか。

むしろアメリカにおいてベクデルテストが「厳しい基準」と認識される程度には、アメリカで作られる物語が「男ばかりでヒロインが補佐役」に偏ってきたということなのだろう。そういえばあれほど日本の影響が濃い「パシフィック・リム」にしても、名前のある女性キャラクターというとマコだけだった気がする。

物語多様性という側面において、日本はアメリカのはるか先を行っているわけだ。

実際日本のアニメでは、女性が重役についてる作品はとても多い。今世紀のガンダム・シリーズでは女性の艦長が多かったし、去年の「革命機ヴァルヴレイヴ」は女性が大統領になるし戦闘メカに乗り込む5人のうち2人は女性だ。80年代の「機動警察パトレイバー」でも主役、指導役、隊長などに女性が配置されていた。かの有名な「新世紀エヴァンゲリオン」でも主役級パイロット3人のうち2人が女性、研究開発担当者も指揮官も女性だった。アニメにおける女性の社会進出は、現実よりもはるかに進んでいる*1

こうした物語で育った日本の子供たちが、家庭や地域に関わらない男性や、家事と子育て以外しない女性をどう見るのか、少し想像を巡らせてみるとおもしろいかもしれない。

*1:とはいえ出産・育児休暇・復帰まで描かれるような作品はなかなか無いのでこういうのも普通の情景として描いてくれるとうれしいなと思う。男性の育児休暇もね

2014-06-06

武家由来の文化と農村由来の文化がせめぎ合ってるように見える

なんとなく日本の社会構造を時系列で観察していると、大衆文化とエリート文化で大きな乖離があることに思い至った。

だいぶ薄れてきはしたが、日本のエリート文化が武家社会の継承者であることは、現在の政治家たちの苗字を見てもわかるだろう。対して日本の大衆文化はアジア全域にある農村モデルのそれであり、おおむね女性上位だった。

実際のところ今現在「伝統的日本」とやらが指し示す戦後サラリーマン文化を思い起こしても、たいていの家庭は妻が家計を牛耳り、夫は自分の稼いできたサラリーを妻にすべて渡してそこから「小遣い」をもらう、というのが一般的であった。俗に言う「かかあ天下」というのがアジアの農村スタイルといえよう。

もちろん明治維新に伴う戸籍制度の徹底など、武家社会の常識が大衆になだれ込んだところは否めない。よく言われる「男を立てる」といった風習も、家庭内では農村的かかあ天下であっても外では武士のような男性優位に見せかけるための見栄だったのではあるまいか。

こうした大衆社会において、男性の役割というのはおおむね「働き蟻」であり、女王たる妻に貢ぐための存在である。代わりに大黒柱であるとか主人であるとかいった名誉をいただく。これによるストレスは「酒を飲んでくだを巻く」ことで発散するのが良いとされていた。

とはいえどうもエリート文化においては、武家的な男尊女卑社会が未だ蔓延してるようである。実際のところ社会の壁にぶつかってフェミニズムに走るような女性というのはそういったエリート文化に飛び込んでいった人が多いように見受けられる。

男女平等の御旗のもと、男性は子供の頃から家事や育児もちゃんとできるようになろうと言われてきたが、その結果として特に結婚などしなくても不自由なく暮らせるスキルが身についてきた。男女平等を盾に「女性を守る」「男らしくある」といった抑圧からも解放されてきた。昔は男が趣味を持つだけで男らしくないと言われたものだが、今やもっとも男らしくない趣味であるオタク趣味ですら「クールジャパン」などと言われ始めるようになった。

対して女性はどうだろうか。子供の頃から「男と同じように働く」ことを言って聞かされたろうか。女性らしさや男性に守られることをよしとする抑圧から解放されてきたろうか。どうもそうは見えない。

女子をこじらせて

女子をこじらせて

近年流行った「こじらせ女子」なるワードも、こうした抑圧と現実の乖離に巻き込まれて自意識がねじれてきた現象の一つなのではないだろうか。

解放された男性とは違い、女性は解放されず、そしてあらたなミスマッチと不幸が表面化しつつあるようにも見える。

もっとも、こうした状況もどんどん変化してはいるのだろうけれども。

とみに現代日本はエリート文化と大衆文化のグレーゾーンが大きく広がり、パッと見区別できるかと言われるとたいへん自信がない。おおむね趣味もメインカルチャーだしエリートっぽいなあと思えばたいへんな漫画好きであることが発覚した人物も珍しくない。

またエリート文化もおそらくだが学術系と政治系と実業系ではまったく別のカルチャーが存在してるであろう。武家社会を色濃く残すのはおそらく政治系や実業系ではないだろうか。

武家由来の文化と、農村由来の文化とが、せめぎあい交じり合ってるまっただ中に、我々はいるのかもしれない*1

また変化の進行度もそれぞれまったく違っていたろう。

そんな中で生まれ育った文化がどちらをより多く受け継いでいるかを自覚せず、なんとなく別の文化に飛び込んでしまうという「事故」もまたたくさん発生したのではないだろうか。

……というようなことが夜中にもぞもぞと脳味噌から湧き出てきたので書いてみたのだが、さてどうだろうか。意外といい線いってるんじゃないかなーと思ったりするのだが。

*1:特にオタクカルチャーに関していえば、これは江戸町人文化の部分的継承者であることは浮世絵との類似性から確度が高いと見られる。多数の農村から次男坊三男坊が集まり住人の7割が男性だったと言われる江戸だが、性的にも寛容で自由な世界だったようだ。こうした文化が潜伏しつつ、戦後に文学少女の派生と見られる漫画アニメ二次創作を中心とした文化と合流し、現在のオタクカルチャーへと成長してきたのではないか。

2014-06-03

Appleが世界の家電業界を支配する日

昨夜、Apple の開発者向けイベント WWDC で発表された HomeKit に衝撃を受けた人はあまり多くないようだ。もちろん俺はプログラマだし、一番注目したのは新言語 Swift であることには変わらないのだが、 HomeKit のインパクトは小さくないだろうなと考えている。

「そんなに目新しいか?」と思われる方もいらっしゃるだろう。実際、こういうのは長年日本企業も研究してきてたし、Windows Embeded などを利用した実験住宅などもたくさんあった。

だがきちんと製品化できたところはどれだけあったろうか。

スマートフォンを用いた家電コントロールは、つい最近もある日本企業がリリースしていた。しかしそれはあくまで「自社製品」をコントロールできるスマホアプリを作ったという形のもの。プラットホームとして展開されてるものではなかった。

HomeKit はプラットホームだ。操作端末として iOS デバイスを用い、対応してる家電を操作できる。対応するメーカーも10社以上ロゴが貼りだされていた。

どうしてこのような違いが出てきたのか。日本企業の囲い込み戦略と、Apple の囲い込み戦略の何が違うのか。

Apple の囲い込みは、囲い込まれることが事前に予測できないからである。

例えば以下は俺が実際に経験したことである。

iPod touch がおもしろそうだったので買ってみた。ところが Debian ではうまく同期できないので、 Windows を使っていた。iTunes がだいぶ使いにくい。Mac では割と普通に使えるらしい。別に Windows や他の OS も動くし、ラップトップだけ Mac にしてもいいかな。

MacBook を買うと、音楽はスムーズに同期できるようになった。写真は iPhoto で管理される。ちょっと抵抗があったが、実体のファイルはあるようだし特に不便は感じない。そのうちケータイとの二台持ちがめんどくさくなり、電話も iPhone になった。カメラがついてるので写真を撮るのだが、同期するときにスムーズに iPhoto に取り込まれて日付で分類分けされる。イベント名を書く欄があり、気がつくと「運動会2009」なんて書いてたりする。

そのうちルータを買い換える必要が出てきて、Apple の AirPort Extreme が目に入った。どうやらこれに外付けHDDをつけると TimeMachine という Mac のバックアップ先として使えるらしい。それは便利だなあと買ってしまう。そして AirPort Extreme の設定があまりに簡単すぎて拍子抜けする。今まで苦労してセッティングしてたのは何だったんだ。細かいところがいじれないけど、確かに不便もしていない。

気がつけば、保有してるガジェットが Apple 製品だらけになっていた。あれほど囲い込まれないように気をつけていたのに。

そう、お気づきだろうか。Apple は事前に「おまえを囲い込むよ」というメッセージはほとんど発してない。ユーザーが自分の選択として選んだように感じさせるのである。

おそらく HomeKit もそうなるだろう。気がつけば HomeKit に対応してるかどうかで家電を選ぶようになる。うっかり iPhone 1台を買ってしまったがために。

他メーカーの囲い込み戦略は、事前にユーザーから囲い込むことを予告している。その会社の製品でなければ動かないんでしょ? オープンだとかいっても他の会社は出さないじゃない?

Apple は囲い込まないふりをする。だから十数社もパートナーを揃えてから発表する。HomeKit 対応製品を買ったからって、Apple 製品を買い続けないといけない理由はないですよ、というスタンスを貫く。

しかし実際に買ってしまうと、Apple が「うちのこっちの製品も買うとこんなに便利だよ」とホレホレしにくる。そして実際便利だから買ってしまう。実際にはライセンス特許で自社製品以外では同じだけの便利さを作れないようにしておいてるんだろうけれども、ともかく「ユーザー自身の選択として実利を取った」ことの結果として自分たちの製品を買わせるのである。

もちろん実際に便利さや快適さを提供してるからこそできるのだが、本当に上手だなと思う。

いろんな企業が囲い込みをしようとしてうまくいかなかったスマートホーム戦略を、こうして Apple がさくっと持って行ってしまうのだろうなというのを見てると、実になんともいえない気分である。

もちろん結果はまだどうなるかわからないのではあるが、HomeKit が家電業界に与えていくインパクトは決して小さくないだろう。なにせ Apple の思い通りに行ってしまえば、 HomeKit 未対応の製品はほとんど売れなくなってしまうのだから。

本気でこれに対抗するなら、国内のみならずあちこちの家電メーカーと協力して iOS 非依存の HomeKit 対抗プラットフォームを作るしかないだろう。しかしそれをやったとしても、メーカーたちが協議してる間に、HomeKit は世に出て巻き返しの難しいところまで普及してしまうのではないだろうか。

一度はプライドを捨てて Apple の軍門に下れるかどうか。その間に Apple の手が回らないところで力を付けられるかどうか。まさに7年前ソフトバンクがやったようなことができるかどうか。

いま家電メーカーにはそんなものが突きつけられてしまっているように、俺には見えるのである。