2012-02-21 今のソーシャルゲーム業界に違和感を覚える3つの理由
今のソーシャルゲーム業界に違和感を覚える3つの理由
ゲーム産業 | |
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大手ゲームメーカーの経営基盤がソーシャルゲームに依存し始めている今、
ゲーム業界のソーシャルゲーム化への流れはとどまるところを知らない勢いで進んでいる。
マネタイジング戦略に対する違和感、広告戦略に対する違和感、制作スタイルに対する違和感からである。
ソーシャルゲームビジネスは従来のゲーム制作を大きく変えた。それは数週間で数人のチームで
作ったものが、何年もの間膨大な課金アイテムの売り上げを計上し続けるビジネスだからだ。
基本機能は無料で提供し、拡張機能を有償で提供するこの課金スタイルはフリーミアムと呼ばれる
モデルであるが、実はアダルト動画サイトの課金モデルそのものである。
プレイヤーの一部はゲームソフトを一本買う以上の支出を、一作のゲームに対して行う。
私はこの仕組みでは、親の財布でゲームをしている子供によって家計が危機に瀕してしまう危険性が
あるような気がする。
そしてまた、ゲーム業界には意外なことにBtoCのサービス業であれば当たり前のはずの
顧客満足度という観点がない。KPI(重要業績評価指標)を分析し、ユーザのアクティヴ度合、
リピータ層、課金ユーザ数などの推移を調査し、顧客からの問い合わせに対して対応を行ったりは
するものの、顧客が満足しているかどうかを直接気にしているわけではない。
むしろ、いかにして無課金ユーザを課金ユーザに変えられるかというテクニックの洗練に異様なほど
工夫が凝らされているのが現実だ。つまりプレイヤーを抜けられなくさせるためにソーシャルの
人脈の中に取り込み、ゲームから降りられなくなった時点で競争に入らせて、課金しなければ
ソーシャル上の仲間たちとの関係性に支障をきたすような仕掛けを次々と実装していくのだ。
顧客満足度度外視と、マネタイジング戦略の全面化は、ソーシャルゲーム業界を悪徳商法に近づけて
ゲーム業界は、バイラルマーケティングに早くから目をつけている。
影響力のあるブログやゲーマーを買収して、自社の製品を宣伝させるステルスマーケティングが
行われたり、twitterやブログを1プレイヤーであるような形で立ち上げたりといった宣伝が
行われた結果、不自然なブログが大量に立ち上がり、ほとんど同じ内容が書き込まれている。
それに加えて、GREEなどでもわかるように、有名タレントを起用した派手なCMが
TVなどだけでなく街中のポスターで行われている。その宣伝ではまるでそのゲームタイトルが
映画のような派手な作品であるかのようにうたわれているが、実際にプレイしてみればわかるように
実際はただのケータイWEBの延長上の技術で作られたみせかけのエンターテイメントであったりする。
そしてまた、政府から指摘があったように、”無料です”という言葉は基本的には
課金アイテムでのビジネスモデルから考えると、視聴者を欺いている。
ソーシャルゲームは従来のゲームとは根本的に違う発想のビジネスである。
従来、ゲーム開発は先にコアとなるエンジン部分の研究開発からはじまり、技術主導で行われる。
ところがソーシャルゲーム業界はWEBデザイン業界の発想で制作を行うため、
コアとなる技術の有無よりも、見た目のカッコよさだけを重視するのだ。
見た目で人がくる、宣伝で大勢あつめてしまえば、その中でソーシャルな関係性が築かれて
抜けられなくなり、その一部が課金アイテムに財布のひもを緩めるだろう…というわけだ。
したがってゲームとしての面白さよりも、人を集められる見た目だけを重視するため、
面白いもの、他にないものを作ろうという今までのゲームデベロッパの発想はない。
むしろ逆で、カードゲームがヒットしている、となれば全力でまったく同じシステムをマネて作り、
見た目を他社よりもカッコ良くすることだけで差別化をはかるのがソーシャルゲーム業界なのだ。
そうなってしまう理由は、ゲームとは言っても根本的な技術はWEB技術であり、
ケータイでアクセスするWEBサイト上でケータイ用のflashで演出されたただのジャンケンに
近いルールで戦うシステムをゲームとして見せなければならないという制約にあるのかもしれない。
私はこれら3点の理由で今のソーシャルゲーム業界に違和感を感じている。
しかし、スマートフォンの高機能化や、Unityなどの3D技術の導入などによって
今までのようなカードゲーム的なゲームは駆逐され、PCのオンラインゲームに今後
ソーシャルゲームは否応なく近づいていくことになると思う。
もちろん、カードゲーム的なものが好きなプレイヤー層はハードコアな
ゲームをやらない新しいゲーマー層であることは間違いないので、そうした層のニーズによって今までの
ソーシャルゲームと、新しい技術によって作られるPCのオンラインゲームに近い
本当に面白い中身のあるゲームを作らなければ、安い原価で作ったソーシャルゲームは安い収益しか
上げられないという当たり前の時代が来ることは間違いないだろう。
そうなったときに生き残るのは、マネタイジングに狂う会社でも、誇大広告に走る会社でも、見た目だけの
ハッタリゲームを作る会社でもなく、もともとゲーム業界がいかにして面白いものを
作ってきたかを知る、面白くなければ一円も入らないコンシューマ機での開発に実績のある会社
だと私は確信している。




