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2018-04-08 徐に始まる何か このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

男1は言った。

ハラスメント問題を、如何に考えるかね」

ふむ、と目を泳がせながら、女1が応じる。

「それは、性格問題だと思う。……人格障害の」

なるほど、と男1は呟いた。彼はコーヒーを口に含み、だが何か違う事を考え始めたような様子を見せる。彼は何かを考えているが、それを一言で表す良い言葉が見つからない、と言った風に、こう話し始めた。

「ここに、ある学校があるとしようではないか。そこにはたった一つのクラスがあり、何のためなのか、まったく異なるタイプの児童たちが、たまたまみな地理的に近い場所に住んでいるというだけで、寄せ集められて押し込められている。……趣味も、性格も、体格も、場合によっては人種宗教など、ありとあらゆるものが異なっている」

「ほう」

「だが、児童らは適応する必要がある。その場所にいつづけることから逃れることは難しい」

「ほうかね、登校拒否という選択肢はあるではないか

「それはそうかもしれない。だが、行きたくなくても、行かざるを得ないと皆、信じさせられている」

「信じさせられている?」

「うむ、ややこしくならないよう今はとりあえずはそういうことにしておこう」

「わかった、とりあえず今だけはそういうことにしておいてやろう」

「彼らは、場合によっては、自分学校は選ぶことができたかもしれないが、実際にクラスに集まってくる同窓生を選ぶことはできない。だから、気の合わない子もいれば、理解し合えない子もいる。優越感を感じる相手もいれば、劣等感を感じる相手もいる。……そしてそんな場所にいることから、逃れることはできないことも、自ら感じている。そうするとどうなるか?」

「うまくやっていけるように、ガマンするしかないだろう」

「そう、ガマンする。あるいは、自分を理性で変えようとしたり、理解し合えない相手理解しあえるように努力したりするかもしれない。だが、よくよく考えてみたまえ、その努力は自ら望んでやっているわけではないし、その人間関係でさえ、自分から選んだものというよりは、偶然に与えられたものだっただろう。仕方なく続ける努力など、いつまでも続けられるだろうか……?」

「……きみは一体、何を言っているんだね」


「まあ聞いてくれたまえ、つまりそのクラス最初はうまくいっているように見えるが、徐々に分裂していくだろう。それはエントロピーが増大するのと同じように当然の現象だ。クラスは次第に気の合う無数のクラスタへと分解されていく。運動部運動部オタクオタク優等生優等生、という風に、次第に仲間でだけ固まっていく。そんな中で、どのような仲間にも入れない、かなり個性的な子がいたら、どうなるだろう」

「その子は、ボッチになるだろう」

「うむ。そして教師は、クラスがそのように分断していることに気がつかずに、そのボッチを別のグループの子の中に押し込もうとする」

「なるほど」

「押し込まれたグループの中では、その子に対する拒絶反応が起きる。だが、その子はその場を降りることを自発的選択できない」

「なぜ?」

クラスでの居場所が、なくなってしまうからだ。辛くても、苦しくても、その子毎日学校に行く。するとグループのメンバーは、拒絶反応を繰り返す。ボッチの子は、いじめられても、笑っている。泣いたり怒ったりすれば、もっとひどい目にあわされるだけだと知っている。彼を心配した大人が声をかけても、彼は幸せだ、自分幸せだと笑う」


 女1は、沈黙した。

 男1は、タバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込んだ。そして口に含んだ煙をプカリと吐き出してみせる。それは何か、女1を不快気持ちにさせる態度だった。

個性的なボッチであったその子は、運動部のグループに押し込められて、絶え間なく仲間外れにされた結果、もう学校をやめざるを得ない自分に気がついた。だが、いじめられて学校をやめなければならないという事が納得できず、父親の猟銃を手に取って登校したのだった。彼はクラス中の生徒に銃弾を浴びせ、自らは返り血を浴び続けながら、やっとすべてが終わった事を感じて、平和な笑みを浮かべた。彼が恨んでいたのは、運動部でもなく、教師でもない。なぜなら別の部であれ、別の教師であれ、どんな別の組み合わせの中に放り込まれたとしても、やはり同じ事が起きていただろうから。彼はそのまま警察自首する。わるいのは自分なんだ、すべてが自分のせいなんだと説明する。そして服役する。そしてその刑務所には同じように社会から排斥された個性が集まっていた」

「それで……それで彼は満足したのかね」

「どうだろうね。そこで何が待っているか、私は知らない」

 長い沈黙が、世界をふっと塞いでいった。


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2018-01-07 心配ごと このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 あれからずいぶんと生活は楽になった。

 一日三食食べるようになったし、部屋には加湿器がある。汚れたヘッドホンではなく音のよいスピーカーも。ゴミ袋ではなくフタつきのオシャレなゴミ箱も。机の上には大量のお菓子。空き缶で吸っていたタバコは、今はフタのある吸い殻入れに捨てる。そして彼女さんの電子ケトル。寝具は一新して、お互いの衣類もプレゼントし合ったものだ。持て余していた車は、冬場出かけるには重宝している。食器類や、調理器具炊飯器は息を吹き返し、また新しい仲間たちの中で輝きはじめている。トイレには消臭剤風呂入浴剤をいれて入るようになった。なにか、自分の中で意味を失っていた、「生活」という営みが意味を取り戻していったように思える。


 そうなる前までは、ずっと餓えたように、自分自身人生を逆転させるための様々な野心に悩まされていた。


 だが彼女さんと出会って以来、そういう事は何も考えずに済む日々が続いていたと思う。今の自分は、そういうあの頃のような野心の悩みではなく、この生活いつまでも続けられるのだろうかという心配であったり、自分に尽くしてくれたり合わせてくれたりしながら彼女さんの体調が悪くなっていきているような気がするという心配であったり、自分地元に残してきた両親も互いに歳を重ねていることへの心配であったり。そういう事をふと思い立って、漠然としたはかない何か、喪失感の予期のようなものが、ぼんやりと心を霧のように包んでいくのを、感じて不安になることがあるのだった。


 自分の何かが、彼女の体を傷つけていて、彼女はそれを知りながら耐えつづけているのではないかと、思う時もあるのだった。何もかもが上手くいきそうに思える時、いつもそうであったように思える。砂のお城が崩れるように、すべては小さな何かで、崩壊していくことがあるように思える。そうなることを感じたとしても、自分たちにできることは、何も変わらない。

2017-08-14 文藝春秋を立ち読み 沼田真佑「影裏」

言いたいことが何もない文章を書く

10:03 | 言いたいことが何もない文章を書く - AFTER★SE7EN を含むブックマーク 言いたいことが何もない文章を書く - AFTER★SE7EN のブックマークコメント


 言いたいことが何もない文章とは、一体なんなのだろうと私は思い、そしてセブンイレブンで買い足した紙パックのコーヒーをパックのまま飲む。

賞味期限は11月18日とある。アラビカ豆は100%使用だそうだ。ひどく苦い。無糖、と書いてある。私はコーヒーという飲み物がまったく好きではない。

好きでもないものがどんな味をしていようが構わないというだけの理由で、無糖のものを選んでいる。苦みが好きだとかそういうことはない。そういえば

ゲリラコーヒーだかゴリラコーヒーだとかいう店について、昔、ある女性が語っていたが、今時のコーヒーは酸味が大事なのだという。酸味とはどういう

つもりなのだろう。コーヒーにそもそも酸味などという味があったろうか。出まかせを食わされただけなのだろうと思って後で調べてみたら、確かに

最近はコーヒーの酸味が話題なのだそうだ。ただいずれにしても、このイレブンの無糖コーヒーにはそんなものはない。残念な苦々しさが舌の上に

いつまでも残留するだけだ。それは何かしら、敗北した球団が球場の砂を握って泣いている姿を思い出させるような種類の苦みだ。もし仮に、

コーヒーではない何かの食品を口にして、こんな苦々しい味がしたら、どうするだろうか。私はパンの焦げ目でも食わされたと思って、吐き捨てることだろう。

そしておや、と思う。何も書くことがないと思って書き始めると、文章は逆に極めて密度が上がってくることに気がついた。苦々しいコーヒーは今や

テーブルに置かれたヘッドホンの両耳の間の辺りに置かれている。そのヘッドホンは、謎の汚れで灰色がかっている。極めて粒度の高いなんらかのホコリが

耳当てをほとんど埋め尽くしているかのようだ。こんな汚いヘッドホンは、この世に二つとないように思える。こんなものから音がなるとは信じられないことだ。

するとその隣に、ノートパソコンがあるのだった。ごくたまに、ほとんどラジオ代わりに音楽を流す為だけのノートパソコン。

まりヘッドホンを使いたくない場合に、直接音をだすためだけに存在しているとでもいうかのようなノートパソコンであるが、かつては彼にも仰々しい使命とやらが

存在をしていたものだった。だがそれについては、イチイチ語ることでもなかろうと思う。今や彼も、うすぼけた本の下敷きのような立場に身をやつしている。

それは、西研氏による哲学的思考 - フッサール現象学の核心 - と題された書だ。風呂トイレで、飽きもせず何度も読み返したその本は、つややかな新書であった

時期が遠い日の思い出になってしまった。今や茶色味のあるふやけた、古本屋から現れたとしか思われない姿をしている。

 その書は、冒頭から極めて熱い言葉が記されていた。いや、普通意味ではそれはむしろ静かで淡々とした文章だと理解されるであろうが、その言葉の裏側に

脈々と流れる確信のようなものが、私にとっては高熱のようなエネルギーを放って放射線のように強い影響をこちらに及ぼしているのを感じたというだけのことだ。

「人それぞれですね」と言って、対話を止めてしまう、若者たちがそれでは残念だ、と著者は書いている。どのようにして、互いの考えを共有し合うか

あらゆる枠組みも真理もズタズタに切り刻んで解体してしまう哲学という分野から、著者は実は、コミュニケーションという営みを論じようとしているのだということが

冒頭から明らかにされる。人と人とが互いをより深く理解しともに考え合うということについて、歴代の哲学者たちがどう取り組んできたのかを、微細に語り明かそう

というのである。本当にそうしたことが可能なのかどうかを、私は何度も何度も考え、そしてそのたびにこの書物に立ち戻る。p.22を開くと、レヴィ=ストロースについて

少し触れられている。彼は異文化に対してヨーロッパ近代のモノサシを持ち込み裁断することを禁止し、あくまでも当の文化の内側に入り込んで、その文化を

内在的に理解することを提案した。この文化相対主義の前には、彼等は西欧以外の文化を、西欧よりも遅れた文化として、ただ足りない部分だけを評価していたのかもしれない。

中に入り込んで内側から内観すると、むしろそれが西欧文化と同じだけの歴史を持った、別の可能性であることがはじめて評価できるようになる。この文化相対主義は

相対主義とついている。その時代には色々な学問分野が同時に相対主義の構造を取るようになっているように思える。ある価値観を絶対的な普遍的視座として前提し、

そこから展望した客観的な全体性、というものを想定することで成り立っていた様々な学問分野は、そのような普遍的な視座というものには原理的に到達できないという

構図への気づきによって急に呼応するように相対性を取り入れるようになったのだろうか。ただ、それだけでは本書の冒頭にある「人それぞれですね」といって

対話を終えてしまうような互いに相いれない相対主義に終わってしまうだろう。これをどのようにして乗り越えていく事ができるのかということを、今もう一度

考えてみる必要があるのかもしれないなと思う。おや? 言いたいことが何もないはずの文章が、何か言いたげな文章になっていった。不思議なことである

2017-08-12 最高の幸せとは何だろうか このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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 最高に幸せなことがあった。

 

 この世で最も愛する人のお部屋で、ワインを飲んで、正しいハミガキの仕方を教えてもらい、色々なことを語り合って、そして蛍光灯の交換をした。

私たちは厳密に言えば、まだ、おちんぽがおまんこの中で爆発四散するような肉体関係には至っていないが、

それ以外に関して、もっと誰も信じられないほどのハレンチな関係にあるのだった。


 何十時間でも、抱き合い転げ合いながら、いやらしく音が立つようなベロチューをしたり、耳の穴に舌を差し合ったり、互いを焦らし合ったり、

ジッと抱き合って温もりにまどろみあったりし続けられる。


 また三冊、新しい本を借りた。次に遊びにいく時までに、読み終えるだろう。

こんなことが、自分人生に、訪れる可能性を、信じられなかった。だが、これからはもう、もっと先の問題を考えなければならない時期に来たのだ。

しかし、それについては、私はどうでもいいと思う。ただひたすら、溺れるように、この幸せの余韻をおしゃぶりのようにしゃぶりつくしたい。

 それはあまりにも背徳的で、甘美で、私はこのようなことがいつまでも許されるのか不安に思えるほどだった......。


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2017-06-10 スチリフに眠る脅威再び(インテルンの標で撤退)

そんな悩みは誰でもあるのであって、そこには何の個性もない

22:52 | そんな悩みは誰でもあるのであって、そこには何の個性もない - AFTER★SE7EN を含むブックマーク そんな悩みは誰でもあるのであって、そこには何の個性もない - AFTER★SE7EN のブックマークコメント


誰でも似たような苦悩は抱えていて

ついでにそれを乗り越えて大人になっているというのに。


なぜいつまでたっても何も乗り越えられず

いつまでも似たような苦悩にひっかかって窒息しそうになっているのか。

みんな乗り越えて、克服して、その上で活躍している中で

自分ゴミ虫のようだ。


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