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2017-11-03 彼女と祭りに行った。 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 彼女が生まれ育った町のお祭りに行った。

 三連休初日である今日は、圏央道がかなり混雑しており渋滞に巻き込まれた。彼女は「意識が飛びそう」なほど眠かったそうだ。1980年代90年代00年代懐メロラジオから流れ、そして我々は彼女が十代の半ばまですごした町にたどり着いた。そこは何か、自分が生まれ育った街並みにもどこかしら似た雰囲気があった。山が、河が、そして団地。遮るものが何もない広い空。静けさ。彼女が幼いころから馴染みであったラーメン屋さんに入ると、お店のご主人夫婦は「あっ」と言った。二人は彼女の事を一瞬で思い出し、満面の笑みになる。僕は驚いた。十数年も会っていなくても、彼女のことは街の誰もが覚えている。お店の他のお客さんも。自分はその場の中でひとりだけポツンと浮いている気がした。だが自分も、彼女らのそのいい雰囲気を壊さないようにしなければならないようでもあった。彼女がヘンな男を連れてきた、という印象を与えては、心配をかけてしまうだろう……。炒飯がおいしかった。彼女が幼いころずっと食べていたという味であった。店は記憶の当時とは変わっているところもあるのだそうだが、それはとても大切な思い出の場所であるだろう。自分には、思い出はあっても、自分のことをそんな風に覚えてくれている人々は、いただろうか……と思う。少し寂しさを感じた。彼女が遠い存在でもあることを、少し感じた。いや、そんなはずはないのだ……とも思うけれど……。そして彼女の生まれ育った町の祭りに行った。1000年近い伝統があるその神社お祭りは、近隣の駐車場を埋め尽くすほどごった返していた。そして、露店の人並みをかき分けながら私たち流鏑馬を見た。大きな馬。背中の高さが、人間の頭上を越えるほどの大きな馬に、若者がまたがる。そして馬は走り出す。人々はおっと歓声。人並みの向こうで、弓が射られ、的に当たる気配がする。我々はどんどん時代を遡っていった。そして帰り道、ラジオではAIについての、公開授業のようなものを聞いた。そこでは哲学も、創造力も、そしてAIと文学についても語られた。学生たちが、みずみずしい感性意見を先輩たちにぶつける。我々は過去の中からつのまにか飛び出して、未来に連れられて行く……。未来には何が待っているのだろう。数日前、ヤフーニュースではほんの少し前までは実は北朝鮮人工知能大国だったという事が書かれていた。日曜日にはトランプ大統領来日して総理ゴルフをするらしい。そのために交通規制も敷かれているという。言葉とはなんなのだろう。言葉意味とはなんなのかを、人工知能人間に教えてくれる日が来るのだろうか。知能を作れるのだとしたら、それは心を作れるのだということを、意味するのだろうか。人に愛され、親切にされるような心を持った主体を……。などと考えて、少しふてくされている。なぜ自分がむくれているのか、自分言葉説明することは難しい。僕には人工知能どころか、自分の心さえも、分からないのだった。

2011-08-23 軍事力と現代外交 歴史と理論で学ぶ平和の条件

市民社会の自由と安全 各国のテロ対策法制

| 15:30 | 市民社会の自由と安全 各国のテロ対策法制 - AFTER★SE7EN を含むブックマーク 市民社会の自由と安全 各国のテロ対策法制 - AFTER★SE7EN のブックマークコメント

市民生活の自由と安全―各国のテロ対策法制

市民生活の自由と安全―各国のテロ対策法制

危機管理安全保障の問題は、かつて国家間の外交軍事の問題だった。

しかし対国家よりも対テロが問題になった今日においては、

対テロ戦争が、ブラックウォーターUSA社のような民間軍事会社(PMC)を成長させたように民間の問題でもある。

それはさておき軍事外交による安全保障から民間人監視・統制へと危機管理の主軸が移った今日

安全保障の下、アメリカイギリスドイツフランススイス、EU、韓国日本において

導入されてきた対テロ法制や民間人監視するためのIT技術導入について論じているのが本書である

100人以上の死傷者を出したオクラホマ・シティ連邦ビル爆破事件を契機に、

クリントン政権1995年には

大統領決定指令39-反テロ対策に関する合衆国の政策(Presidential Decision Directives 39, United States Policy on Counterterrorism)」

を発し、1996年には「大量破壊兵器防衛法(Defense Against Weapons of Mass Destruction Act of 1996)」

などを制定している。

そして9.11テロ事件の一ヵ月後にブッシュ政権下で成立した愛国者法などの法制度や、

空港における出入国時に指紋などのバイオメトリクスデータを採取してデジタルデータデータベース化して監視する

US-VISITなどの入出国管理システム外国人学生の入国・就学状況・滞在・出国にかかわる情報管理する

「SEVIS(Student and Exchange Visitor Information System)の整備など、

法とシステムによって市民生活を監視することによってテロを抑止する体制が進んだ。

日本においても、地下鉄サリン事件の4年9ヵ月後に成立した

無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」や、

警察庁が平成16年8月に発表している「テロ対策推進要領」などがあり、

システムとしては平成17年1月に導入された警察税関、入国管理局の保有する要注意人物リストとの照合

自動的に行う事前旅客情報システム(Advance Passenger Information System: APIS)や、

1980年代後半から導入されている自動車ナンバー自動読取装置(Nシステム)、街頭監視カメラ

平成12年より施行された盗聴法によって傍受されるようになった通信情報などを膨大なデータベースに収集・蓄積

しながら、法律システムによって安全保障危機管理を行うようになっている。

かつて安全保障危機管理軍事外交の問題であったが、対テロ時代においては相手は国家ではない。

敵国を監視するのではなく、世界中市民生活を監視することで、テロを察知/抑止する安全保障危機管理が行われている。

2009-12-05 Re:IPCCの「データ捏造」疑惑 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

池田信夫 blog : IPCCの「データ捏造」疑惑

気候変動データについてIPCCの科学者が議論したEメールが、イギリスの大学のサーバへのハッカーの攻撃によって外部に持ち出され、Google documentとして公開された。NYタイムズなど主要紙もこれを報じ、大学もEメールが本物だと確認している。内容は1999年から現在に至るまでの膨大なものだが、温暖化懐疑派のサイトの分析によれば、その中にはIPCCの中立性を疑わせるものがある:


なんとも衝撃的なニュースだ。


これはホッケースティック曲線として知られる、20世紀になって急速に地表の平均気温が上がったとするデータについての議論である。文中の"Mike's Nature trick"とは、Michael Mannが科学雑誌"Nature"に発表したホッケースティックについての論文で、「80年代以降の気温上昇を過大に見せ、60年代からの下降を隠す」工作を行なったとのべている。ホッケースティックのデータが捏造されたのではないかという疑惑については、全米科学アカデミーが調査し、IPCCの第4次評価報告書からは削除された。このEメールは、捏造疑惑を裏づけるものといえよう。


何も地球温暖化がおきていないというレベルではないにせよ、気温上昇のデータは誇張されていたというのだ。

生のデータをそのままだすと、地球温暖化の従来の説明とつじつまが合わない部分が生じてしまうのを

隠そうとしたのではないかと想像されるわけだけれども、どうなのだろう。

おそらく地球温暖化には今言われているような原因意外にも本当は別の原因があり、それを見落としている限りは

本当の気象変化のつじつまのあう説明はできないということなのではないのかと。

地球はもともと、ほっといても氷づけの氷河期だったこともあれば、誕生直後は全体がマグマの海に覆われていた時期もあった。

工業化/産業化による温室効果ガスうんぬん以前に、地球そのものが自然に熱したり冷めたりのサイクルを繰り返しているような気がするけど、

そういう超長期的変化もある程度今の説にダブらせて検証しないといけなかったりはしないのだろうか。余計なお世話か。

2006-02-08 Electric Buzz Makes Me Mad !!

Kow2006-02-08

シブい

22:12 | シブい - AFTER★SE7EN を含むブックマーク シブい - AFTER★SE7EN のブックマークコメント



 フロリダ州ウインターヘイブン発――行く必要はなかったし、それが仕事というわけでもなかった。誰かに報酬をもらえるわけでもなかった。それでもイラクに行ったのは、戦地で何が起こっているか自分の目で確かめたかったからだと、マイケル・ヨン氏(41歳)は言う。

 米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の元隊員で著述家でもあるヨン氏は昨年、フリーのジャーナリストとして従軍し、インターネットのブログを使って自動車爆弾や銃撃戦、兵士たちの死についてレポートした。またその一方で、同情の念に駆られた行動や英雄的行為、進まないイラク民主主義化に見る小さな希望、あるいは軍内部の厳しい現実といったこともブログに綴った。

 ヨン氏の特報は勇敢で真実を伝えるレポートとして、読者から高い評価を受けている。ヨン氏のブログは有力紙やテレビの大手ニュースネットワークでも取り上げられ、ヨン氏のことを、第二次世界大戦の従軍記者として兵士と塹壕をともにし、ピューリッツァー賞を受賞したアーニー・パイルになぞらえる声もあるほどだ。

 ヨン氏は、陸軍の第24歩兵連隊第1大隊に同行し、イラク北部の都市モスルでの武装勢力との戦闘を取材した。ワシントン州フォートルイス基地を本拠地とするこの部隊は、「デュース・フォー」と呼ばれている。

 「デュース・フォーは非常に攻撃的で実戦的な部隊で、最善の防御策は敵の命を奪うことだと考えている」と、ヨン氏はある日の特報で記した。「彼らは常に、敵を殺害または捕虜にするための画期的で独特で効果的な方法を編み出している。何かことが起こってそれに対応するのでなく、ことが起こる前に自分たちから行動を起こすのだ」

 昨年5月、自動車爆弾で死にかけたイラク人少女を抱きかかえる兵士の痛ましい写真を撮影したことで、戦争の現実を世界に伝えるというヨン氏の使命はさらに注目を集めるようになった。

 ヨン氏はあるとき、戦争の観察者と当事者の間にある一線を越えた。昨年8月のモスル市街地の銃撃戦で、2人の指揮官が負傷して近くに倒れていたとき、ヨン氏は『M4』ライフル銃を手に取り、弾丸を再装填し、武装勢力に向かって3回発砲したことを、ヨン氏自身と目撃者たちが明らかにしている。ヨン氏の行動は軍から厳しい叱責を受けた。

 ヨン氏のブログは一貫して軍支持の姿勢を崩さないが、イラク発のニュースの扱い方については、軍の広報官をしばしば批判している。ヨン氏は戦争の恐ろしさを伝えることをいとわず、イラク人のタクシー運転手が銃撃戦に巻き込まれ、米軍の部隊に殺害されたことをブログで報じたこともある。

 「米軍は、私が軍の方針に従わないことを知っている」とヨン氏は穏やかな口調で語る。肩幅の広いがっちりした体格は、ヨン氏を約168センチという実際の身長より大きく見せている。「米軍の兵士が殺されたときと同じように、私はそれについて書く。起こったことをありのままに。それはときにひどく生々しいものだ」

 モスル市街地の銃撃戦で負傷したデュース・フォーの指揮官の1人、エリック・キュリラ中佐は、従軍記者としては破格に長い期間、部隊と行動を共にしたヨン氏に感銘を受けたという。

 「われわれと5ヵ月間を過ごしたことで、ヨン氏はこの部隊のこと、その特異性、長所短所、そしてわれわれがいかにして決定を下すかを理解した。そうしたことは2、3日行動を共にしただけではわからない」とキュリラ中佐は述べた。

 フロリダ州中部ウインターヘイブン出身のヨン氏は、ちょっとしたプロの冒険家だ。ヨン氏の書く題材は、ポーランドでの自動販売機ビジネス立ち上げから、現代の食人者を追ってのインド行まで幅広いが、それ以前の1980年代には陸軍で5年間を過ごした。2000年には回想録『差し迫る危険』 (Danger Close)を自費出版している。

 ヨン氏は1年前にイラクへ赴き、数週間後にブログを始め、数ヵ月も経たないうちにインターネットで大きな反響を得るようになった。2005年最後の4ヵ月間に、同サイトはおよそ150万のヒット数を記録している。

 職業的なジャーナリストではないため、イラクに行った当初は、爆発や銃撃戦が始まったときに客観的な観察者でいることが難しかったとヨン氏は話す。

 「最初は人を助けてばかりいて、写真の1枚も撮れなかった。しかし、自分の手を動かすより、カメラやペンを使ったほうが、はるかに多くのことができると気づいた。そこで、どうしても自分の助けが必要なとき以外は、傍観者に徹して写真を撮るよう自らを訓練した」とヨン氏。

 モスル市街地での戦闘のさいも、ヨン氏はその鉄則に従った。ライフルを手に取る前、ヨン氏は武装勢力の1人が発射した銃弾に両脚と片腕を貫かれ、地面に崩れ落ちるキュリラ中佐の姿をカメラに収めた。

 キュリラ中佐も他のデュース・フォーの兵士たちも、すでに本国に帰還している。兵士たちには多くのパープル・ハート勲章[戦闘で受けた名誉の負傷に対して与えられる]が授けられた。ヨン氏はデュース・フォーとモスルでの戦闘のことを本にまとめるため、同部隊の兵士たちにインタビューを行なっている。

 ヨン氏は先日、新しい防弾チョッキを購入した。計画通りに行けば、今年またイラクに戻る予定だ。

 「イラクは非常に複雑な世界で、ただ座ってイラクについて書かれたものを読んでいるだけでは理解できない。少なくとも、それは私が望んでいる理解の仕方ではない」とヨン氏は語った。

まるでフィクションの世界から抜け出たようなクールでタフでワイルドな話だ。

フロントミッションのフレデリック・ランカスターみてーだぜ〜YEAH。

Ghost-QGhost-Q 2006/02/08 23:36 Windowsが下位互換性を捨てるって事か。
それは吉と出るか凶と出るか。



凶と出ろ!!!!

KowKow 2006/02/08 23:57 どうなるの?いまあるWin用ソフトは動かないってんじゃ困る。

nakagawa_rionakagawa_rio 2006/02/09 22:42 Come to Daddyテラカッコヨス。もうこれ無茶苦茶好きだわどうしよう。
どうもお久しぶりです。交流なんか全然無いのに勝手にコメント書きますよ。

Ghost-QGhost-Q 2006/02/09 23:48 いや、WinFXで作ったアプリがXPとかで動かないって話。
それが下位互換性。
ユーザーをナメすぎだろ・・・

KowKow 2006/02/10 05:01 >nagakawa_rio

Come to Daddy好きとはテラヤバス。もうスゴイですよ。

>Ghost-Q

たしかにね。下位互換性はどーにかしてもらえんかね。

2006-01-26 ウェストバージニア州にあふれる豊満な肉体 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

エラー403- ABC振興会


アメリカでもDDRの名称で親しまれるビデオゲーム「ダンスダンスレボリューション」が、米国ウェストバージニア州の公立学校で肥満児童対策として全面的に採用されることになった。

ウェストバージニア州は全765の公立学校で、コナミ社の音楽シュミレーションゲーム「ダンスダンスレボリューション」を採用するが、公式に州で全校に導入するのは全米で初めて。

マイクロソフト社のXbox 360を使用してDDRを体育授業のカリキュラムや放課後の活動のために導入することで、子どもたちに運動させるやる気をおこさせ、問題になっている低年齢層の肥満予防に役立てようとしている。もちろん、学校での利用となるために、成人の指導の下行われ、ハッキングや予想外の体調不良を防ぐ対策もする。

ゲーム本体のほかにもTV/Xboxが必要になるが全校で1セットずつ用意したとしても、1セットあたり740ドル(8万円)で総額費用は55万ドル(6千万円)になるとみられている。まず103の中学校で、数週間以内に導入が開始され、06-07年度中に残りの公立学校にも導入される。

DDRは2001年に米国で発売されてから、300万セットを売り上げる大ヒット商品になっている。

米国での小児肥満は25年前から増加し続け、80年代には15%だったが、現在では30%にのぼり、特にウェストバージニア州では深刻で、3人に2人のこどもが理想体重より多いか肥満傾向にあるという。


学校でDDRできるなんてさすがアメリカはチガウぜ。

うらやましいのか馬鹿馬鹿しいのかわからん。

ddk50ddk50 2006/01/26 21:40 こちらからLinkはっていいっすか?

KowKow 2006/01/26 22:06 もちろんどうぞ。