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くまひげ君、がんばる

2017-04-27 過去の記事を、一部訂正しました。

 お久しぶりです、皆さん。

 さて、表題の通り、記事の中で明らかな誤字を訂正しました。

 また、「ブラック企業」という表記を、全て「悪徳企業」に訂正致しました。

 東京新聞読者投稿欄に、「ブラック企業」という表記は、人種差別と受け取られる場合もあるという意見掲載されていたのを、たまたま目にとまったため、全く気付かなかった差別意識愕然とし、ようやく訂正させていただきました。

 気付かなかったとは言え、不快な思いをさせてしまっている方々には、深くお詫びを致します。もちろん、どの部分を訂正したかが明確に判るよう、この部分に関しては敢えて以前の表記を残してありますが、タイトル部分については、訂正線が入れられないために、削除した上で訂正しております。ご了承ください。

 以上です。

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2016-02-20 援助職の援助

 実に久しぶりにこの時間帯に記事を書く。

 今朝(2016/02/20)の東京新聞朝刊、社説に見過ごせない一言があった。「介護施設虐待 職員の数と質の担保を」というタイトル。私はこのタイトルからして既に気分が悪い。しかも、虐待が生じた理由分析の中で、「虐待した職員は三十代以下が四割を超え、若い世代ほど多い傾向にある。経験不足も背景にあるだろう」と書かれている。もしも経験不足が虐待に結びつくのであれば、経験豊富になるまでに虐待を行う時期が誰にでもあると言うことだ。そういう揶揄は置くとしても、十分に指導できる人材があれば、経験不足による問題は事前に回避できるのは想像に難くない。しかし、「過酷労働なのに賃金が低い」。具体的には「(二〇)十四年」のデータでは、「平均月収は、全産業平均を十一万円下回る約二十二万円」。当然ながら「離職率は16%を越える」。そういう現状を知っているはずの政府は、昨年、介護関連業者が儲けを得ているという理由で、「介護報酬過去最大に近い2.27%引き下げた」。また、次年度からだろうか、要介護1、要介護2の判定を受けた人には介護保険の利用を認めない方針を打ち出している。医療費の削減を目的に儲けられた介護保険ですら、政府は削減を始めるというのだ。高齢者という弱者に対する社会保障も「削減」するつもりだ。

 そして何より見過ごせないのは、既に述べたが「若い世代」に対する偏見だ。記事にもあるように、離職率が高い以上、若い世代以外にも「経験不足」の職員は多数入職している。実際の統計を出せるわけではないが、四十代以上の「若くない」世代で「経験不足」な職員も少なくない印象が強い。数字にだけ踊らされるのではなく、その数字に隠されているものを読み取る必要がある、というのは統計学重要目的だと思うが、その点は全く考慮されていない。いかなる統計も、その問題意識の持ち方によって設問が異なってくるから結論も異なる。離職率が高いことが分かっているのだから、入職してからの年数も考慮すべきだが、記事が参照している統計でその点が触れられているかどうかは分からない。しかし、「記事しかも「社説」という文章になっていれば、読む側はそれだけ信憑性のある内容だと信じて疑わないであろう。

 政府広報誌と見紛うようなマスコミが多い中で、東京新聞独自意見を書き、私は一定以上の評価をしている。父の代から長年読み続けてきた大手新聞を、数年前に東京新聞に変更したのはそういう理由があってのことだ。だからこそ、十分に考察して記事を作って頂きたいと思う。

 話が逸れた。

 「若い」がそのまま「経験不足」と同等に扱われていることに大いに不満を感じる。年功序列制度存在していた頃は確かにそうだったかもしれない。しかし、今は転職を重ねることが珍しくなくなっている。何度も述べるが、中年以降でも転職の末に介護士になる人が少なくない。とすれば経験不足な中年経験不足な高齢者も確実に居るはずだ。記事にあるようなステレオタイプ見方をすれば、年齢を重ねるに従って「ずる賢く」なり、虐待をしても発覚しにくい方法を身につけていると考えれば、氷山の一角しかない高齢者虐待する人物像を短絡的に決めつけにくくなるはずだ。

 一般に援助職は疲弊やすい。その疲弊やすさは確かに経験不足と関連するであろう。身近で言えば、米国医師会雑誌(JAMA)の2015年12月8日号には、研修医の3割にうつ病の傾向があり、年々増加しているという。短絡的に判断できないとしても、経験不足の状態が、判断能力に影響を及ぼすうつ病と関連していると思わせる記事だ。しかし、米国心臓協会学術集会(AHA2015)では、日本脳卒中診療医の約40%が「燃え尽き状態」という報告もあるし、最近見た記事(元記事を探せなかったが)では、精神科医の40%が燃え尽きているという記事もあった。援助職を長く続けている方がストレスが高まってくるのだと言って良いだろう。だから経験不足が虐待に繋がるとは言い切れないのだ。では医師介護士の違いは何だろうか。

 まずは報酬給与が違うだろう。先日見記事では、開業医年収が数千万円だというが、医師限定SNSでの反応は全く異なっている。年収で1000万円以上得ていることに驚く発言が少なくない。言っておくが、残業代は一切支払われないのが慣例だから、当直を何度しても報酬はごく僅かしか増えない。しか日中以上に忙しく働いたとしても、当直の翌日は通常勤務だし、もちろん、代休は得られないことが多い。有給休暇も取ることが難しい。先に出てきた社説にある、「全産業平均」の月収を算出すると、年収で約400万円のようだ。勤務時間の長さと、責任の重さに見合っただけの報酬があるとは言い切れない。ちなみに米国では、2010年総合診療医の収入は16万1000ドルだという(前述のSNS記事を参照)。単純に1ドルを100円だとしても、1600万円の年収があるようだ。米国医師からは、日本医師格安給料奴隷のように働かされていると揶揄されている。

 それはさておき、他には社会的地位の違いがあろう。これは異論がないと思う。

 同時に、利用者から感謝されるかどうかも違うのかもしれない。介護に携わればわかると思うが、利用者からは必ずしも感謝されるばかりではない。これは精神科医も同じだが。

 こういう点を考えれば、今日社説が「若者たたき」でしかないことがお分かりになるだろう。むしろ問題なのは、援助職に対する「援助」だと言える。看護師に対する「援助」の記事が、この数日の東京新聞には見られたが、まさにその通りだと思う。自分自身に余裕や余力がなければ、他人を支えることは決してできない。「苦しい中でも相手を思いやる」というのは確かに理想だが、多くの人にできることではない。同じ事は保育士教員にも言える。

 自分要求のみを押し通し、相手のことを考えない人が増えたように思う。それは日本人劣化したのではなく、日本劣化したのだと思う。国の政策改善以外にそれを修正することはできないだろうが、それこそ期待できないというのが実情だ。

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2016-02-14 次のステージへ。(1)

 今はこういう話を書いている場合ではないのだが、考えをまとめるためにも書く必要がありそうなので、備忘録的に。

 この2月10日に公開された診療報酬改定の中身について検討する。

 精神利用についての問題はいくつもある。

 まずは「向精神薬の適切な処方の促進」という、226〜230ページの内容。

 問題点としては、「一回に処方できる向精神薬の種類が更に狭められたこと」に尽きる。前回の診療報酬改定で、同時に処方する向精神薬の数(種類)が一定以上になると、処方料、処方せん料、薬剤料が減点される制度が導入された。多剤併用の問題点が指摘されて久しく、7種類以上の内服薬を処方した場合に「減点」されるという意味不明制度最初に導入されたが、これに続く対策であろう。これは全く根拠のない数値で一律に「減点」をするのだから医療者側も治療を受ける側も不利益が大きい。健康診断などで「病気」を見つけ出しておきながら、その「病気」の治療が一カ所の診療科目では完結しないような制限を設けるのだ。医者資格があれば、自分の専門科目や得意科目以外の分野でも、治療や処方が許されているから、例えば精神科医の私でも、整形外科領域の内服薬、例えば腰痛のための鎮痛剤を処方できる。しかし、「損はしたくない」という人間として当然の欲求に従えば、6種類までの処方に納めたくなるのは当たり前だ。だから「うちでは処方できません」とお断りしなければいけないケースもあろう。しかし、腰痛がひどければ、その方は当然整形外科受診して鎮痛剤を処方してもらう必要があるから、余計に診察を受けなければいけない。もちろん、私が誤診している可能性もあるから、専門の医師に診察を受けていただくことに異議はない。しかし、既に診断と治療が決まっていて、経過を見ながら同じ処方を続けていく場合は非常に多い。高血圧や脂質代謝異常などはその格好の例であるが、その場合はわざわざ専門の医師を訪ねる必要もない。けれど診察を受けるとなれば、診察料や処方せん発行の料金、そして医者と患者さん双方の時間が消費されていく。国を挙げて「総合診療科」や「かかりつけ医」を推進しておきながら、結局は医療機関収入面でその制度の足を引っ張っていることに、お役人達は全く気づいていないようだ。第一、受診する医療機関複数になれば、患者さんの服用する薬を把握できなくなるから、重複した内容の処方も増える。それを防ぐために「かかりつけ薬局」を推進しているのだとすれば、全くのナンセンスだ。医療費を余計に増やしているのは国の政策だと言い切って差し支えないだろう。確かに一人の医者が多くの分野に精通するのは困難だろうが、「かかりつけ医」を推進するなら、処方する内容について国が口出しすべきではない。患者さんにしても、あちこちの「かかりつけ医」を掛け持ちするくらいなら、一カ所でまとめで受診できる大きな病院を選択するに決まっている。小売店を駆け巡るよりも、大型店舗が好まれるのと同じ原理だ。

 だから病院患者さんが集中していくのは当然なのだが、国はそれも認めない方向だ。「紹介状なしの大病院受診時の定額負担の導入」、160〜161ページをみると、これまでのように「紹介状無しに大病院受診」したら、初診料に「定額負担」として5000円以上を請求される上に、今後は二度目以降の受診でも、毎回2500円以上を請求されるというのだ。「かかりつけ医」が7種類以上の処方をしない場合に限らないが、大病院の方が診断や治療に適している場合も当然ある。しかし、一旦、「小さな」規模の病医院を経由しなければ大病院受診できなくなった。「小さな医療機関が、「自分たちは大病院の窓口でもある」という認識を強く持っていれば良いだろうが、下手をするとただの「窓口」に成り下がる可能性が十分にあるから、「紹介」を快く思わない医者も出てくるだろう。先の小売店のたとえでいえば、「うちでは商品を一度に売れないので、大型店舗をご案内」するのだ。小売店のお得意様であればそういう対応は以前からしてきているだろうが、一見さんに対して同じ対応をとると、「あそこでは十分な対応をしてくれない」といわれるリスクも含むから嫌がられて当然であろう。もちろん、「命」を扱う医療機関を「商品」を扱う小売店と同列に論じることはできないが、しかし、どちらも収入を得るための仕事である以上、収入減に繋がる行為差し控えたいはずだ。こう書くと「医者高額所得者なのに何を言ってるんだ!」と怒られるのだろうが、開業医個人事業主だという視点で見ればいかがだろうか。収入を得るための職業でもあるし、医者とは言え家族も居る。当然、子ども高齢者も養わなければいけない。自分も納得のいかない生活をしてまで、社会貢献するのは一般には難しいのではないのか。そう考えると、開業医年収3000万円というのは確かに高額所得かもしれないが、個人事業主にはさら高額所得者が少なくない。医者けが批判されるのは、ある意味情報操作だとしか思えないが、いかがだろうか。第一、その「高額所得」には、経費として申告できないような、新たな医学知識を仕入れるための自己投資を含んでいるから、決して「裕福」ではないのだ。患者さんの治療を十分にしている限り、医者が儲けを追求しても、追求しなくても、それは医療とは関係ない部分でしかない。

 話が逸れた。

 私の専門分野である子ども精神科についても、「改悪」が為されている。「専門的な児童思春期精神科外来医療評価」、231〜232ページ。

 「児童思春期患者に専門的な精神科医療を提供している保険医療機関評価する」という基本理念は素晴らしい。しかし、「評価」されるのは「特定機能病院児童思春期精神科の専門的な外来診療提供している保険医療機関」、つまり大雑把に言えば、前者は「大病院」であり、後者は「児童思春期専門医療機関であるしかも「評価」される施設の基本条件が、「精神保健指定医指定されてから5年以上主として児童思春期患者精神医療従事した経験を有する専任常勤医師及び児童思春期患者精神医療従事した経験1年以上を含む精神科経験3年以上の専任常勤医師が、それぞれ1名以上勤務」している医療機関だけだ。少なくとも児童思春期専属担当する医師が2人以上居る医療機関日本にどれほどあるだろうか。さらに条件は続き、児童思春期精神科専任精神保健福祉士、同じく臨床心理技術者心理士)が各1名以上いなければいけないという。これは相当に大規模な医療機関しかできない配置だ。その上、最近半年間にカウンセリングを行った16歳未満の患者さんが平均で月に40人以上いること、診療所では若干内容が異なり、最近半年カウンセリングを行った患者さんが全体の半数以上であること、と決められてしまった。「カウンセリング(本文には精神療法と記載してある)」をどういう内容と規定するかによるが、16歳未満の患者さんでは、大人の患者さんとは違い、保護者の話や、児童生徒であれば教育機関担当者の話も聞く必要が出てくる。保護者の話は「家族精神療法」という概念があるのでカウンセリングに含めることもあるかもしれないが、教育機関担当者との話は、普通カウンセリングではない。医者教師も忙しいから大抵は電話連絡で済ませるが、時には相手の勤務先に出向いて面と向かって相談する必要もある。しかしこれは全く「条件」に含まれていない。あくまでも医者が病医院で行った行為についてのみが、「評価」を受ける条件である現場を知っている者としては、「ふざけるな!」といいたいところだ。第一、スタッフが沢山いれば、医者一人の労力は少なくても済むが、診療所では基本的医者が全てを担当するから、数倍以上の労力が必要だ。しかし人手が不足していることを理由に「評価」されない。私のように細々と子ども診療を続けているのは、採算という面でいえば、全く評価されないどころか、大赤字覚悟しなければやっていけないのだ。それでも私は続けるだろうが、「続けない」という選択をする医師も出てくるだろう。Facebookにしたって、「いいね」が全く押されなければ退会したくもなる。ましてや、収入に直結する問題だ。これも結局は「大病院志向」を後押しする内容になっているのは、もう呆れるしかない。

 診療報酬改定の度につぶやく、お決まりの内容になってしまったが、まずは半分程度吐き出せたかもしれないので、一旦、中断します。

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2016-01-17 リアルでのコミュニケーションと、ネットでのそれの混同

 SNSをはじめとするネット上の対人関係への否定的意見が目立つようになって久しい。

 昨日(2016/01/16)の東京新聞にも、日本エレキテル連合中野聡子さんの記事があった。タイトルは「SNSをやめてみた」。そこには匿名での言葉暴力でとても嫌な思いをしたが、握手会等で実際に合う人からはそういう嫌な思いをしたことがない。「生身の人々の優しさはプラスエネルギーに変換できたのに、SNSで受けた汚い言葉には彼ら同様に汚い言葉で返すことしか出来」ず、自分自身匿名存在になってしまった。相方は冷静に賢くSNSとつき合っているが、自分SNSの利用をやめた、とある

 香山リカ著の「ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか (朝日新書)」を以前に斜め読みしたときも感じたことだが、少なくともお二人はSNSソーシャルメディアあるいはインターネットでのコミュニケーションを誤認している。あるいは誰もがネットでは匿名無責任発言が出来るのが問題根底にあると言うが、匿名での発言マスコミとて同じである。今でこそ新聞記事には記者名が添えられているが、その他のテレビを含めたメディアでは、配信する内容の責任者名前は一切出てこない。「●●新聞社」とか「なんとかテレビ局」というインフラは明確だが、その中身は全て匿名世界だ。せいぜいタレントという職種の人たちだけが芸名」を出している程度。だから少なくとも日本メディアは、基本的匿名コミュニケーションを基本にしている。

 では、何がネットとそれ以外のメディアで異なるのか。それは発言の容易さでしかない。後者一定団体所属しない限りコンテンツ提供する側になれないが、前者は環境さえ整えれば誰でも発言が可能になる。それを気軽さというか安易というか無責任というかは、その発言内容によるしかない。

 同じく昨日(2016/01/16)の東京新聞には、ネット炎上する利用を分析したコラムがある。ちなみに「ネットで何が・・・」と言うタイトルコラムには「ニュースサイト編集者中川淳一郎」と署名が入っている。さて、タイトルとは違って、コラムの冒頭はテレビ番組での学者一言批判が集まっていることから始まる。テレビ番組に対する意見は、従来は電話ファックス葉書しか寄せることが出来なかったが、今は専らネットが利用されているから、実に反応が早い。なぜ炎上したのかについては、「生まれ持っての特性についてネットでやゆするようなことをしてはいけない」という、ジャーナリスト中川氏がテレビ系のネット放送での対談中の結論引用しているが、これは何もネットに限ったことではない。リアル世界でのモラルでもある。

 では、リアル世界ではモラルが保たれていて、ネットでは保たれていないからSNSなどが乱れ、あるいは炎上が起こるのか。そうではない。

 2016/01/14の東京新聞、読者からの投書を掲載する頁のコラムに「応答室だより」がある。これも石川徹也氏の署名がある。この日は2016/01/05の「子育てしずらい世の中」という記事への反響の大きさを扱っている。元記事には「混雑したバスの中で泣き出してしまった5歳の子どもに対して、同乗していた高齢者や30歳前後男性が『うるさい』と怒鳴った」という内容だそうだ。元記事の筆者は「公共の場でのルールを守れずに申し訳なかった」と書く一方で「かなりのショック」を受けている。石川氏は、元記事への賛否両論引用しつつ「公共の場では、相手立場に立った思いやりが一番重要だと感じています」と結ぶ。言い換えれば、モラル重要性を再認識しなければいけないと喚起したのだと思う。子どもの泣き声に対する感じ方は様々であろう。しかし5歳とはいえ、既に自分意思を持って生きているのだし、母親一人だけで子どもに対するしつけが完結するものではないのは了解頂けると思うが、それでも事に付け、子どもに対する責任保護者特に母親に押しつけられてしまう。2015/09/28福山雅治さんが結婚したとき菅義偉官房長官は2015/09/29のフジテレビ番組で、「この結婚を機に、ママさんたちがいっしょに子供を産みたいという形で国家に貢献してくれればいいなと思っている」と述べた。菅氏はその後の記者会見で「結婚出産が前提だと取られかねない」との質問を受け「国民から変人気の高いカップルで、世の中が明るくなり、幸せな気分になってくれればいいなと思った中での発言だ」と釈明した(産経ニュース http://www.sankei.com/politics/news/150929/plt1509290016-n1.html より引用)。大量の人間メッセージを届けられるメディアで、国家の中枢部分にいる人間がこのように発言するのだから国民意識はその方向に操作される可能性が大きい。その上、家にいる女性を「活用」する場は社会だとして、女性社会進出を後押しする政策を立てているのもこの政権であるが、そのための保育所の整備は杜撰である保育士が不足しているという認識で、准保育士なるものを作ろうとしたが、保育士資格を持った人は決して少なくない。現場にいられないのは保育士自身子育てに手を取られてしまうこと、そして保育で得られる収入の少なさが大きな理由であろう。父親育児休暇取得率は、1%にすら届かない状態だ。こういった国の制度を見ても、結局、子育て女性の手で完結させようという下心が見え見えである。その中に「モラル」を気にかける素地が生まれるであろうか。

 リアルにおける対人関係悪化が、ネットに波及しているだけであるのに、それをネットの「何か」の責任転嫁するのは、いい加減もうやめた方が良い。

 中野聡子さんの話にもどすが、第一、タレント握手会に足を運ぶのは、そのタレント行為や興味を持っている人間だけであるから、そもそもが好意的雰囲気しか生まれないはずだ。しかし、ネットでは中野さんも「匿名」もしくはそれに近い存在であり、また、わざわざ足を運ばなくても容易に発言を届けられる以上、中野さんに好意的じゃない人から発言も届く。言ってみれば、中野さんが言うリアル世界同好の士が集まる場で、ネット世界は開かれた場である。悪く言えば、世間の冷たい風に晒されるのは耐えられないので、ぬくぬくとした温室内でコミュニケーションだけを求めて社会から閉じこもったのだと言える。

 ネットを利用すれば遠方の相手とも瞬時に容易にコミュニケーションが取れるので、リアルコミュニケーションより優れている、あるいは「上」の手段に見えるようだが、結局は周囲の影響を遮断した世界でのコミュニケーションしかない。だが、それはメールに限ったことだ。

 SNSは全く違う。それぞれが同じ立場平等発言できる以上、周囲からの予想外の反応を覚悟しなければいけない。それは実はリアル世界で言えば、公の場でのコミュニケーションに相当するだろう。そういった意味ではSNSを毛嫌いするのは、今後のコミュニケーション能力を考える上でマイナスにしかならないようにもうが、いかがだろうか。

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2015-11-08 2016年 診療報酬改正 中間報告? への感傷

 次年度の医療費改定に向けた厚労省会議が進行中だが、その中間報告のようなものが先日、公表された。その中で精神医療に関する部分が以下だ。http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000102476.pdf

 その見出し掲載すると、

 1.長期入院患者地域移行等について

 2.身体合併症について

 3.児童思春期精神医療について

 4.薬物依存症について

 5.認知症対策について

 6.抗精神病薬の減薬にかかる取組について

 7.精神科デイ・ケア等について

の7つ。順次見ていく。

1. 長期入院患者地域移行等について

  厚労省資料に依れば、

  a)入院期間が1年以上の患者は減っているが、65歳以上の高齢者に限るとその数は増加している。

  b)入院期間が1年以上の患者退院のうち、死亡退院の数は増加している。

 ということですが、補足として、入院者数と入院期間のグラフからH12年度H24年を比較すると、

  c)入院期間1年未満は約7千人増加して105,074人になっている。

 H24年6月30日時点でのデータでは

  d)入院1年以上の人数は依然として20万人を超えている(H12年は23.4万人)。

 ふたたび厚労省資料に依れば、

  e)入院1年以上の方の退院のうち、約2.8万人(約62%)が死亡退院または転科・転院。

  こういう現状を踏まえて、H26年春に入院患者地域移行する(退院)ための指針が出されたが、要するに「企業努力を行え」、「努力評価する(医療収入につなげる)」という内容。そもそも医療機関自体が、これまで公共性を持つものとして採算性を強調されてきていないため、いきなりの「企業努力」は難しい上、性急な措置である。もちろん、これまでてこ入れをしてこなかった厚労省の怠慢と、私企業として利益を優先する面を省みなかった医療機関にも重大なもんだがあるのはいわずもがな。元はといえば、精神病院法で私企業の参入を大きく打ち出した国の政策ミスがそこにある。「手薄な分野は民間に任せる」という常套手段が今の精神医療の間違いの基礎を生んでいる。

  厚労省資料に依れば、「企業努力」の内容としては、「精神科救急等に人員治療機能を集約することが原則」という。それゆえ、最近は「精神科スーパー救急」なる名称が大流行している。これが実際にどう機能しているのか、つまり、救急対応のみで回復できているのか、あるいは結局は窓口が変わっただけで、入院に繋がる対応に終わっているのかの評価必要だろう。

  また、資料の中には、相変わらず「地域移行の体制が整わないので退院できない」という、重症ではないケースが入院者数の40%にのぼっていることも、アンケートナンだろうか?)によって調査されている。これは40年前にヴァザーリア法を制定して精神病院をほぼなくしてしまったイタリア関係者の言によれば、精神障害者地域生活するということは、「哲学」がなければ実現しないという。けだし名言である精神障害者であったも、人間らしい生活を営む権利があるというヴァザーリアの「哲学」が、果たして日本存在するのだろうか?

2.身体合併症について

 このところの傾向としては、総合病院にあった精神科病棟が急速に消滅して、外来だけになっていることが目立つ。つまり、総合病院とは言え、精神科に限れば診療所並みの対応しか出来ない状態

 では、精神病院では身体疾患を診れるのかと言えば、大雑把に言えばNOである身体科の医師精神疾患は「専門外だから診られない」のと同様に、精神科医も「身体疾患は専門外」なので「診ることはできない」。だからこそ総合病院にある精神科病棟重要だったのだが、結局は、採算が取れない、手間がかかるなどの理由廃止されていった。身体疾患と違い、血液検査画像検査で参考資料が得られるわけではないため、職人技と言っていいほどの熟練した診察技術必要なのに、診療報酬検査をどれほど行ったか処置をどれだけ行ったか、などで計算されてしまうので、精神科では収入を得る手段がない。辛うじて導入された「通院・入院精神療法」も、一定時間報酬の値段が変わり、昨年から指定医指定医以外の医師報酬に差がつき始めた。

 指定医はそもそも強制的に行動を拘束しての治療必要か否かを判断するだけのための資格であったが、いつの間にか診療技術担保にされている。とはいえ、診療技術についての実技試験は全くなく、どのような患者を診たのか治療したのかというレポートと、筆記試験資格取得の可否が決められている。厳密に運用されれば取得は困難だろうが、この春発覚した聖マリアンナ医科大精神科のように、レポートコピペ日常茶飯事ではないかと思われる。私自身は指定医取得に興味が一切ないので、そのプロセスに関わったことがないので、あくまでも「印象」程度の意見だが。

 いずれにしても、先達がようやくのことで確保した総合病院精神科病棟報酬を出さないことで簡単消滅させておいて、今さらお金を出すから再開を、なんて虫が良すぎる話である

 参考までに精神科病院に勤務する身体科の医師割合が、先のPDF資料の34頁に掲載されている。あまりにバカバカしい比較なのでここでは数字を出さないが、精神科入院したら、身体疾患の治療はまず諦めなければいけないほどの数値である。なお、36頁には「精神疾患を有する救急患者の受け入れを断る理由」の72.8%が、「専門外で対応が難しい」である身体疾患をこういう理由で受け入れできないとしたら、救急病院としての機能は果たさないはずだが、精神疾患では許されてきている。要するに精神疾患だと診断されたら、救急病院へは受診できないと覚悟するしかない状態だ。

 その後、自殺企図者の対策も揚げているが、はっきり言って、生きていたいと思えるような世の中にしてくれなければ、自殺企図者は絶対に減らない。最近ブラック悪徳企業による超過勤務での「うつ」が、受診者の中に非常に多くなっている。そうじゃなくても経済成長が見込めない世の中で、若者は働く意欲どころか、生きていく意欲も持てない状態だ。更にセーフティーネットとしての老齢年金崩壊寸前なのに年金の支払いを求めてくるし、生活保護は壊滅状態貧困対策も十分に打ち出すことなく、国民から寄付を呼びかける始末。貧困状態にある国民が、何を寄付すれば良いのだろうか。その上、H28年には、更に企業への税金を減額するという。これまでの経緯から言えば、企業利益労働者還元されたことはなく、一部の高額所得者がより高額所得者になっていくばかりなのは、容易に想像が付く。今年流行したピケティ教授理論に反する動きばかりだ。これでは世をはかなんで死にたくなってもおかしくない。そうじゃなくても「うつ病」の発症要因が蔓延している。原因対策を施さずに、対症療法だけを頑張れというのはおかしな話しでしかない。

3.児童思春期精神医療について

 資料68頁に依れば、「児童思春期患者への専門的な外来診療提供体制を確保する観点から児童思春期精神科の入 院医療体制にかかわらず、専門的な医療機関における精神療法について評価することとしてはどうか。」とある。要するに、15歳未満の患者が50%を越える、「児童思春期専門」の医療機関に対しては、入院施設の有無を問わず報酬を増額することを検討しているように見える。これは一方では、それ以外の医療機関への報酬は減額することを意味する。なぜなら、医療費削減を強く打ち出している以上、増額分を減額分と最低限相殺しなければいけないからだ。資料の65,66頁を見れば一目瞭然だが、「専門」医療機関は全国で140施設で、資料には月に20人未満の児童思春期患者を診察している施設は含まれていないが、それでも「専門」以外の施設は600を越えている。資料にも指摘されているが、児童思春期の診察は1人当たり1回に1時間程度はかかる。現状では、収入となる額で言えば3500円の増額があるが、その程度の報酬であれば、成人の患者は1時間に最低数人診察できるから比較で言えばひどい赤字になっている。それを増額分を0にするなら、経営上成り立たない施設も出てくるであろう。医療従事者といえども生きていく為には収入必要である。当然、「専門」施設へどうぞ、と誘導することになるから、おそらく、「専門」施設の激務たるや今以上になるであろう。果たしてそこ激務に耐えられる人間がこの世にいるのだろうか・・・。早晩、今の「大病院から診療所へ」という方向性を打ち出すことになり、例えば「児童思春期専門」施設の敷居が高くなるだけであり、当然、収入が増えないのに「専門」外の施設で診察することが強要され、治療の質は大きく落ちることになるはずだ。そんなことも分からないようでは、医療政策を立てる立場にいて欲しくないのだが。

4.薬物依存症について

 「薬物依存」の診断そのもの異論があるので、ここはパス

5.認知症対策について

 精神科が扱っている疾患のほぼ全ては、「身体的変化が明らかではない」疾患であるが、認知症についてはそうは言えない。精神科で関わることによって、認知症への偏見が強まる恐れが強いので、新オレンジプランへは賛同できない。結局、患者地域へ戻して、ガラガラになった病棟認知症患者誘導するというだけの方策に過ぎない。資料では診断を十分の正確に下す重要性を述べているが、認知症の診断のためには画像診断と神経学的診察が必須である以上、精神科医には実行不可能だと思われるが、いかがなものか。

6.抗精神病薬の減薬にかかる取組について

 ここも大いに異論がある。

 「依存」ばかりが重要視されたために、抗不安薬(いわゆる安定剤)を十分に使わず安易抗精神病薬に切り替える精神科医が多すぎる。いかに小児といえども、体重が30kgの男児不安ブロマゼパムを1日3mgだけ処方し、それで不安収束しない場合新世代の抗精神病薬に切り替えるなどのケースが散見されるが、30kgの人間に処方できるブロマゼパムは10mgを越えるはずだ。十分量処方しなければ効果は全く出ない。不十分に投与された抗生物質が役に立たないのと同様だ。患者・患児は「薬は効かないものだ」ということを学習させられるだけで、百害あって一利もない。こういう処方をし続ければ、いずれ抗不安薬は「淘汰」できるだろうが、薬物が「効かない」患者も増え、結局は医療崩壊に至るだけだ。今の世界常識が、未来常識であるという保証はどこにもない。そこを明確にしなければ、抗精神病薬の代わりに、他の治療法で患者を縛り付けることになるだけだろう。

7.精神科デイ・ケア等について

 薬物治療に変わるものとして期待されていたものが、あっさり潰されていくのだ。曰く「1年以上行っても効果がない」。果たしてそうなのだろうか?。効果がないのは方法が間違っているからではないのか?。そういう修正を重ねて、適切な治療法が生まれるはずなのに、医療費削減の旗印の下、全てが削られてくのだ。

 なんだか書いているうちに感傷的になってしまい、論理的批判が出来なくなってしまったが、本当にお粗末な診療報酬改正になりそうなのは間違いがない。今後、一時期は高齢者が増え、認知症治療重要性を帯びるが、その時期に、十分な対処が出来る技量を持った精神科医師が増えるような魅力的な診療報酬改正を、今、行っておかなければ、間に合わないのは目に見えているし、その後は、ふたたび若者割合が増えるわけだから、その時代も見越して、医師養成しなければいけない。しかし、相変わらずその場しのぎの診療報酬改正だし、医療機関も目先の改正右往左往するだけで、その先のビジョンを持っているところが実に少ない。国民健康をになうという重要任務がある以上、目先の利益追求だけではいけないと思うのは、私だけなのだろうか。

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