第4章 賞賛だけがほしい人々――自己愛性パーソナリティ障害

特徴と背景

自分は特別な存在

自己愛性パーソナリティ障害

誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

  1. 自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
  2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている
  3. 自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人たちに(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている
  4. 過剰な賞賛を求める
  5. 特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する
  6. 対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する
  7. 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない
  8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む
  9. 尊大で傲慢な行動、または態度

自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分は特別な存在だと思っており、それにふさわしい華やかな成功を、いつも夢見ている。特別な存在である自分に、他人は便宜を図ったり、賞賛し、特別扱いするのが当然だと考える。見た目に華があり、注目を引く洋服を格好よく着こなしている。もったいぶった口調や自分の重要人物ぶりを仄めかすような言動も、よく見られる。

自分が特別であることを裏付けるために、有名人との関係を、さも親友のように話したりする。、ステータスや社会的地位の高い者に、自分から進んで接近しようとする。

自己愛性パーソナリティ障害の人にとっては、自分の身に受ける苦痛に対しては、どんな些細なことも我慢できない。例えば、痒みとか空腹さえ、激しい不機嫌の原因となる。

このタイプのひは、実際、人並みより優れた才能や能力を有しているのが普通である。だが、時には、それが親譲りのプライドだけだったり、誇れるべきものが古い家柄だけだったりということもある。いずれにしろ、彼らが内心に抱いている、途方もない特権意識は、およそ現実とは釣り合わないほどに肥大しているので、さまざまな支障を生じてしまうのだ。

自己愛性パーソナリティ障害の人は、「天才」や「一流」という言葉が好きである。また自分の自慢話が好きである。それも、さりげなく溜め息の出るような話をしたがる。自分は特別なのだという意識が、言葉からも、物腰からもぷんぷんと漂ってくる。自分は特別な存在であるという意識は、侵すべからざるものであり、そうでない存在に、どこか蔑みの目を注いでいるのである。

自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分を賞賛してくれる取り巻きを求める。なぜなら、賞賛こそ彼のパンであり、活力源なのだ。そうした性向をうまく活用すれば人気者として成功できるが、自慢話や自己陶酔に耽りすぎると、次のケースのようにいささか滑稽なことになる。

予備校で教える三十代後半の講師である。大学院を出て、国語を教えている。話は面白く、生徒にも人気がある。予備校講師をする傍ら、脚本を書いていて、劇作家になることを夢見ている。まだ、一作も活字になったことも、上演されたこともないが、劇作家用の名刺を、いつも携えていて、誰かれとなく渡して、自分の成功を確信している様子で抱負を語る。「本当は、僕はこんなところにいるべき人間じゃないんです」と真顔で付け加える。有名な劇作家のような口調で、女優作家名前を挙げ、さも親しい付き合いをしているかのように話す。

態度はやや強引で、相手が応じるのが当然のように、唐突な頼み事をする。普段は、穏やかで、ユーモアもあるが、些細なことであれ、自分のやり方に注文をつけたりすると、相手が誰であろうとも、激しく反撃に出る。大学研究を続けられなくなったのも、教授と折り合わなかったためである。力量を認められ、予備校仕事は順調だったが、事務局長に、生徒が減ったといわれた一言で、プイとやめてしまった。

非常に弱い。時には、引きこもり

自己愛性パーソナリティ障害の人は非常に弱い。あるいは、非難を全く受けつけない。ごく小さな過ちであれ、欠点を指摘されることは、彼にとっては、すべてを否定されるように思えるのだ。このタイプの人は、脅迫性パーソナリティ障害の人と同様、完璧主義者なのである。したがって、自己愛性パーソナリティ障害の人は、非難されると耳を貸さずに怒り出す。なかなか自分の非を受け入れようとはしない。

だが、それが逃れられないものだと悟った瞬間に、彼はすべてが台無しになったような思いに駆られ、ひどく落ち込む。

したがって、自己愛性パーソナリティ障害の人は、人に教えられるのが苦手である。彼は余りにも自分は特別な存在だと思っているので、自分を教えることができる存在など、そもそも存在しないと思っている。ましてや、他人に、新米扱いされたり、叱られることは、彼の尊大プライドが許さないのである。

華々しい成功を収めていても、少し悪評を耳にしただけで、彼はひどく傷つく。成功の頂点にいても、わずかの躓きで絶望し、自殺してしまうことさえある。自信家に見えるが、非常に脆い一面も持つのである。

過剰な自信とプライドとは裏腹に、現実生活において子供のように無能で、依存的であるのも、自己愛性パーソナリティ障害の特徴である。そのどちらもが、しばしば社会生活に不適応を起こす原因となる。

時には、批難によって不完全性、欠点が暴露されることを恐れて、社会引きこもりが見られることもある。自らを「不遇の天才」と考え、彼にかしずく者(たいていは親か配偶者)にだけ王のように君臨して、顎でこき使うのである。次のケースにも、その徴候が認められる。

一流企業に勤める四十代初めのサラリーマンである。三十代まではすべて順風満帆であった。彼は何をやっても成功する自信に溢れて、仕事に取り組んでいた。ところが、新しい部署に移ったところから、雲行きがおかしくなった。彼が成功を確信するプロジェクトに、リスクを嫌う上司が待ったをかけたのだ。彼には上司の非難は全く不当で、自らの保身のために安全策をとったとしか思えなかった。

以来、その上司との人間関係がぎくしゃくしてしまった。彼は、仕事に対して以前のような情熱を感じられなくなっていた。彼は自分の人生がやる気のない上司によってダメにされたと感じた。気がつくと、どんどん酒量が増えていた。気分も重く、会社も遅刻したり、休むことが目立つようになった。会社の検診で、肝障害を指摘され、禁酒するようにいわれたが、やめようとはしなかった。

会社は休みがちであるが、短編小説書いていて、それで賞を取って、作家として身を立てる夢見たり、インターネットで商売をして、大もうけしようと考えている。だが、目の前の仕事には、意欲が湧かない。それは、本当の自分の仕事ではないという思いばかりが募る。

献身的な妻に支えられて何とか生活しているが、もっと素敵な女性が自分にはふさわしいのではないかと思ったりする。飲み屋の女性と肉体関係を持ち、金銭を要求されるが、その交渉は妻にやらせている。

優雅なる冷酷

自己愛性パーソナリティ障害の人は、第一印象では、非常に魅力的で、好感を持たれることが多い。しかし、付き合いが深まるにつれて、身勝手で、粗野な部分が露呈し、驚かされたり、がっかりさせられることも少なくない。

このタイプの人は、対人関係において、賞賛だけを捧げてくれればいい大多数の者と、しばしば現実面では無能力な本人の世話をし、さまざまな現実問題の処理を代行してくれる依存対象の二種類を求める。前者であるうちは、お客さんとして魅了させられることになるが、後者の存在に代わった途端、召使やお手伝いさんの扱いに変わってしまうのである。だが、そのどちらかであるうちは、まだ存在価値を認められるが、どちらでもなくなると、使い終わったティッシュでも捨てるように、容赦なく排除されるのである。自己愛性パーソナリティ障害の人にとって他者は、特別な存在である自分のために、何らかの奉仕をする人たちなのである。

他者の内面や存在の尊厳が省みられることは、ほとんどない。自己愛性パーソナリティ障害の人にとっては、余りにも自分が重要なので、他人のことや問題は、いわばどうでもいいのだ。ある意味で、他人は自分の都合や利益のために利用するものでしかない。利用価値がなくなったものは、思い通りに動いてくれなくなれば、その関係は終わりを告げる。利用価値がなくなったものは、無価値でつまらないものとして否定される。

非常に冷酷で搾取的な構造が、そこに認められる。

他者に対して搾取的な、もう一つのパーソナリティ障害である反社会パーソナリティ障害とは違って、露骨な搾取ではなく、一見優雅ですらあるが、心の底では、他人の気持ちに無関心で、乏しい共感性しか持たない点では、通じ合う一面を持っている。自己愛性パーソナリティ障害の人が、何かの弾みで、犯罪行為に走ってしまったり、挫折体験を機に、帆社会パーソナリティに変貌してしまうことがあるのは、そうした他者に対する共感性の乏しさが一因していると思う。

肥大した自己愛性

それでは、誇大な自己愛を特徴とする、自己愛性パーソナリティ障害は、どのようにして培われるのだろうか。いくつかのケースを見ながら、その成立の秘密を考えていきたい。

先に述べたように、コフートは、未分化な「自体愛」から発達したばかりの、幼く万能感に満ちた「誇大自己」や「親の理想像(イマーゴ)」が、その時期に、親によって適切に満たされなかったために、それが残存して歪な発達を遂げたと考えた。

また、マスターソンは、境界性パーソナリティ障害と対比して、自己愛性パーソナリティ障害は、自己否定による落ち込みを避けるために、誇大とも自信を振りかざす「自己愛型防衛」によって、自分を守っているとした。

同じ自己愛の障害を抱えていても、自己愛性パーソナリティ障害は、前出の境界性パーソナリティ障害と、ちょうど正反対の感がある。境界性パーソナリティ障害のほうは、自己否定の泥沼でのた打ち回っているのに対して、自己愛性パーソナリティ障害のほうは、自信に溢れ、誇大ともいえる成功を夢見ている。

だが、いずれも、その根底には、自己愛の傷つきがあるのだ。先のサラリーマンのケースのように、自信に満ちて成功を収めていても、一度自信という鎧が、突き破られるような体験をすると、自己愛性パーソナリティ障害の人は、意外な脆さを見せるのである。

境界性パーソナリティ障害が女性に多いのに対して、自己愛性パーソナリティ障害はやや男性に多い。そこには、ジェンダーの特性の違いが反映されているだろう。

二人のサルバドール・ダリ

歪に肥大した自己愛性の成立を考えるとき、サルバドール・ダリの生い立ちは、その極端さゆえに、示唆に富んだ例を与えてくれる。

シュールレアリズム画家サルバドール・ダリはさまざまな奇行で知られるが、晩年は取り巻きから神の使いと奉られて、奇矯なコスチュームをまとい、ポルト・リガードの神殿のような建物で暮していた。歪に肥大した自己顕示性と万能感に満ちた誇大な思い込みは、病的なナルシシズムの一つの典型を示している。

彼は、スペインのカタルーニャ地方にある小都市フィゲラスの裕福な公証人の家に生まれた。だが、サルバドール・ダリという同じ名前の兄が、わずか九ヶ月前に、二年の短い生を終えていたのである。両親は、亡くなった我が息子を悼んで、あるいは、その再生を願うように、生まれてきた子に、同じ名前をつけた。サルバドール・ダリは、両親にとって、亡き息子の生まれ代わりであった。

幼いダリは、両親の寝室に飾られていた、もう一人のサルバドール・ダリの写真を見るのを、恐れていた。それは、彼に自分自身の死のイメージを激しく掻き立てた。父の目が、自分を見詰めるとき、同時にもう一人のダリが、そこには映し出されていることを、人一倍繊細な彼は、子供心に感じていた。

「無神経な父は、私の苦しみも知らず、死んだ息子に不毛な愛情を注ぐことで傷をえぐりつづけたのだ」とダリは後年綴った。

母親も、亡き息子の幻影に囚われていた点では、同じであった。母親は、亡くなったサルバドール・ダリは天才だったと語り、自分と同じ名前が刻まれた墓場にダリを連れていった。家中には、兄が使った玩具までもが、そのまま残されていたという。

幼いダリの存在が、もう一人の幻のサルバドール・ダリによって、どれほど脅かされていたかが想像できる。ダリが生涯にわたって、いささか滑稽ともいえる自己宣伝の衝動に囚われ続けた理由がわかる気がする。

ダリ自身、こう記している。

「私の奇矯な振るまいや支離滅裂な発言は、こんな生い立ちと悲劇的に結びついている。私は自分自身に証明したいのだ。私は死んだ兄ではない。生きているのは私だ、と」

その一方で、母親はダリを甘やかした。どんなに悪戯をしても叱ることはなかったという。ダリは癇癪持ちで、八歳までオネショがやまなかった。幼いダリが、アンバランス愛情環境に置かれていたことが推し量られる。

自己愛性パーソナリティ障害の成立の背景に、必ず見出されるのは、こうした愛情の歪さ、アンバランスさである。一方の溺愛と、一方の愛情不足。そうしたバランスの悪さが、背景に浮かび上がる。

コフートが、自己愛性パーソナリティ障害の人が、大人になっても幼い誇大自己を抱え続けていることについて、本来満たされるべき時期に、自己愛的な顕示欲求が、母親によって満たされなかったためだとした説明は、ダリの場合もよく当てはまるだろう。

無論、サルバドール・ダリの病跡学的診断が、自己愛性パーソナリティ障害だけであると、述べるつもりはない。露出症、服飾倒錯なども結びついた演技性パーソナリティ障害の合併も認められるであろうし、強迫性、依存性、回避性、失調型パーソナリティ障害の要素も認められるであろう。あらゆる自己愛の病理を抱えていた彼は、もっとも本来的な意味で、ナルシストであったといえるだろう。

愛情剥奪体験と傲慢さという鎧

自己愛性パーソナリティの人で、もう一つ、よく出会うパターンは、幼い頃、可愛がられて育ったが、途中で養育者がなくなってしまったり、生き別れするといった愛情剥奪体験をしていることである。また貧しく恵まれない、本人が恥辱に感じている出生と本人の才能や能力のギャップが大きい状況もよく見出される。蒙(こうむ)った寂しさや傷を、味わった屈辱的体験を、自己愛性パーソナリティの人は、他の者から賞賛を得ることで補おうとしてきた。あるいは、傲慢さという鎧をまとい、自分を特別で、優位な存在だと思うことで、守ってきたのである。

愛情喪失体験というダメージや屈辱的体験を撥ねのけ、力強く育っていくためには、ある程度、しっかりしたベースの上に試練が与えられなければならないのだろう。自己愛性パーソナリティを示す人は、人生早期に蒙った試練を跳ね除けるだけの、天与の力強さを持っているように思う。

自己愛性パーソナリティの人が示す、傲慢さ、尊大さ、妥協を許さない心は、創造的な営みにおいては、非常に大切なものである。誇大ともいえる自信があるからこそ、誰にもなしえない成功ももたらされるのである。

アーティスト芸術家にとって、こうした特性は不可欠だと思う。周囲の意見を気にして妥協したり、作り手がぐらついていては、絶対、本物は生まれないのである。

逆にいえば、優れた作り手というのは、心の中に癒されない「孤独」を抱えている。

多くのアーティストは、愛情面での傷つきを持ち、それによって、極度に繊細な完成と表現力を獲得している。彼らが、単に満ち溢れる愛情の中で育っていれば、一流のアーティストになることはなかっただろう。

優れたアーティストになるためには、自己愛の傷つきは、それを補償するだけの十分な才能とともに、必要条件だともいえる。

獅子座の女シャネル

ココ・シャネルの、心を揺さぶる口述メモワール『獅子座の女シャネル』の中で、彼女は自らの物語を、孤独で傲慢だった少女ココについて語ることから始めている。孤独と傲慢。彼女自身が率直に語っているように、この二つの言葉は、彼女の人生を言い表すキーワードであるとともに、両者は、彼女の生い立ちと密接に結びついていた。

「六つで、もう一人ぼっちでした。母は死んだばかり……父は伯母たちの家に、まるで荷物のように、私を置き去りにすると、アメリカに旅立ち、それっきり帰ってきませんでした」

彼女は、最初に伯母のうちに連れてこられた夜のエピソードをなまなましく語っている。伯母たちは、遠方からやってきたお腹をすかした姪に、半熟卵を作ってくれた。だが、ココは、「卵なんて、大嫌い!」と叫んで、食べようとしなかった。本当は、卵は大好きだったのだが、伯母たちの態度に、繊細なココは、意地悪で煩わしげな空気を感じ取り、傷ついたのだ。

「この陰気な最初の夜の出だしから、なにかにつけて、拒否し、みんながくれるものを、かたくなに断ったり、新しい生活に対して、拒否しこばみつづけることが不可欠となってしまった。(中略)私はなんにでも、ノンと言った。それは、ひたすら、愛されたいという、激しい生命の欲求からほとばしり出る結果だったのである」

真の愛を求めるがゆえに、妥協せずに、拒み続けることは、少女ココを、反抗的で、気位の高い、強烈なキャラクターに育て上げていく。彼女の「傲慢さ」は、自らを守るために必要な鎧だったのである。それは、まさに自己愛性パーソナリティの人が、己を守るやり方なのである。

ココは、自らの「傲慢さ」について、こう語る。

「そう、あたしは、いつも、とっても、傲慢だった。頭を下げたり、ペコペコしたり、卑下したり、自分の考えを押しまげたり、命令に従うのは、大嫌いだった。とにかく、ひとに、頭を下げるのは、真っ平だった。昔と変わりなく、いまでも、この傲慢さは、仕事、しぐさ、声の調子、視線、表情――あたしの人となりのすべてに、はっきりとあらわれている。(中略)傲慢さは、あたしの性格のすべてのかぎともなったかわりに、独立心となり、また非社交性ともなった。それは同時に、あたしの力や成功の秘密にもなっていったのである」

自らの「傲慢さ」に、このように肯定的な見方を下せることこそ、ココ・シャネルの真骨頂といえるかもしれないが、彼女にとって、傲慢さは、欠点であると同時に、偉大な成功の原動力となったのは間違いない。それは、生涯にわたる「孤独」という代償の上に購(あがな)われたものでもあった。

肥大した理想と釣り合わない外界

自己愛性パーソナリティ障害は、傲慢で、誇大な成功を夢見たり、特権意識をかさにきた、人を人とも思わない態度をとっているとは限らない。自己愛性パーソナリティ障害は、一見、そうした自信たっぷりな様子とは正反対な、引きこもりや、うつ状態、対人恐怖、心気症などの陰に隠れて存在していることが少なくない。

自己愛性パーソナリティ障害が、医療の対象になる場合、もっとも多いのはうつ状態である。最近の研究では、本来の「うつ病」である大うつ病の二割近くに自己愛性パーソナリティ障害が認められている。これは、強迫性などに次ぐ高い比率である。

引きこもりは、自己愛性パーソナリティ障害の随伴症状としても、重要である。自己愛性パーソナリティ障害に見られる引きこもりは、一つは肥大した自己愛的理想と、現実の自分の間に、大きなギャップが生じることから起こる。自分が抱いている偉大な成功と、卑小な現実が釣り合わなくなったとき、ナルシストは、自分の小さな世界に閉じこもることによって、失望したり、傷つくことから身を守るのである。また、自己愛性パーソナリティ障害の人は、周囲の人と摩擦が多くなり、あるいは、自分のプライドを守るために、身構え、神経をすり減らすため、知らず知らず対人関係を避けてしまうのだ。

薬物乱用もしばしば見られ、それが治療のきっかけとなることもある。また、挫折体験に際して、自分の才能や能力が他人に妬まれて、迫害を受けているという被害妄想を抱きやすい。

非行、犯罪の世界に目を転じると、共感性の乏しさや搾取的な態度から、しばしば虐待や攻撃に手を染める。反撃されにくい弱者に対するのが特徴で、強制わいせつやセクシャル・ハラスメント、ストーキング、DV(家庭内暴力)のオフェンダーには、自己愛性パーソナリティ障害が多い。ここ数年、児童に対する強制わいせつ等の性犯罪の増加が問題になっているが、自己愛性パーソナリティ障害が一般人の間に広がっていることの表れだと考えられる。

小学生に対する強制わいせつを繰り返していた十八歳の少年は、知能指数百三十の優秀な頭脳の持ち主でもあった。小学、中学時代は、成績も良く、運動系クラブ活動のキャプテンを務めるなどリーダー的存在だった。高校に入って、成績が下降するとともに、引きこもりがちとなる。留年するかもしれないと不安を抱いていた矢先、最初の犯行に及んでいる。それから、ムシャクシャすると、「気分転換に」犯行を繰り返すようになる。

考え出すと、どんなことをしてもやり遂げてやろうと思うという。「やろうと思えば、自分には何でもできる」との思い込みもある。幼い子を対象に選ぶのは、「思い通りに繰れるから」だという。被害者に対して、「何も感じない」といい、「自分には、もう関係のないことにしか思えない」という。集団生活も、大した問題もなく過ごすが、他の少年に対しては、見下したような冷ややかな態度をとる。一緒に力を合わせてやることには無関心だが、競争するのは好きで、勝ち負けにこだわる。

自己愛性パーソナリティ障害がある場合、他者に対する共感性が乏しいと同時に、防御による自己正当化が強力なため、本当の反省の念を抱きにくい。この少年も、そうした点で進歩が見られるのに時間を要したケースである。

接し方のコツ

もしも自己愛者が上司や同僚だったら

自己愛性パーソナリティの日とが、上司や同僚である場合、部下や周囲の者は何かと苦労することになる。自己愛性パーソナリティの人は、仕事の中身よりも、それが個人の手柄として、どう評価されるかばかりを気にしているので、本当に改善を図っていこうと努力している人とは、ギャップが生じてしまう。自己愛性パーソナリティの人は、自分の手柄にならないことには、無関心だし、得点にならない雑用は、できるだけ他人に押しつけて知らん顔をしている。おいしいところだけを取って、面倒な仕事や特にならない仕事には近づこうともしない。

自己愛性パーソナリティの人は、気まぐれで、気分がよりと、べらべらと調子のいい長広舌を振るうが、機嫌が悪いと、些細なことでも、ヒステリックに怒鳴り声を上げ、耳を疑うような言葉で罵ったり、見当はずれな説教をしたりするのである。

自己愛性パーソナリティの人にとっては、自分の都合が何よりも優先されて当然だと思っているので、周りの者の迷惑などお構いなしに、列に割り込もうとしたり、順番が待てずに、自分を特別扱いするように要求したり、約束を一方的に変更したりしても、当然だと思っている。あいたがミスや過ちを犯したりしれば、大騒ぎをして糾弾するのに、自分がミスをしても、何とも思わない。セクハラやDVが多いのも、自分は偉く、自分のすることは、どんなことでも特別に許されるという思い込みがあるためだ。

自己愛性パーソナリティの人が、権力や地位を得ると、周囲は散々な思いをする。権限をかさにいうことを聞くように迫られたり、子供のような真似を、権力のもとに行うのである。

自己愛性パーソナリティの人は、自分はあくまでも正しいと思っているので、自分を省みるということが非常に難しい。明らかに過ちを犯したときでも、謝罪は口先だけのもので、心の中では、自分が正しいと思っている。

したがって、気分を害さないように忠告するのは、至難の業である。本人のためを思って欠点を指摘する場合も、たとえ表面は平静を装っていても、心の中では憤っていて、何かの拍子にいわれたことに対する怒りが、噴出してくる。

ナルシストにとって、他者は自らを賛美し、利用するものでしかない。少しでも賛美の仕方が足りなかったりすれば、彼は激しい憤慨を覚える。ましてや、批判したり、欠点でも指摘しようものなら、あなたは、彼から全存在を否定されるだろう。欠点を述べるときは、まさに絶交覚悟でなけらばならい。

こうした特性のため、自己愛性パーソナリティの人と、うまくやっていくのは大変である。ただし、自己愛性パーソナリティの人には、二面性があり、日向と日陰の部分で、全く態度が違う。うまくやっていく秘訣の一つは、その人の日向側に身を置くということである。それは、つまり、相手の厭な側面のことは、いったん問題にせず、賞賛する側に回るということである。相手を、本人が望んでいるように、帝王か、不世出の天才のように扱うほうに徹するということである。

そうすると、彼は自分の中の、すばらしい部分を、あなたのも投影して、自分のすばらしさがわかる人物として、あなたも、その二段階下くらいには、列せられるだろう。

こうして、あなたが、すばらさいい自分を映し出す、賞賛の鏡のような存在になると、あなたの言葉は、次第に特別な重みを持つようになる。あなたが、たまに彼の意思とは、多少異なる進言を付け加えても、彼は反発せずに耳を貸すだろう。ただ常に当人の偉大さを傷つけないように、言葉と態度を用いる必要がある。

自己愛性パーソナリティの人を動かす有効な方法は、義務や道理を説くより、不安や嫉妬心、功名心を刺激することである。自己愛性パーソナリティの人は、基本的に小心で、嫉妬深く、負けん気が強いので、さりげなく行動しなかった場合に生じる、不利益な事態について触れたり、競争心をつつくだけで、有効な動機づけとなるのである。

現実能力を補う

ダリの場合は、やや極端なケースであったが、自己愛性パーソナリティ障害の人は、自信に満ちた自己アピールの一方で、現実的な問題処理能力の乏しさ、脆さを抱えていることが多い。自己愛性パーソナリティ障害が、どういうふうに醸成されるかを考えれば、それは必然の結果であろう。従って、自己愛性パーソナリティ障害の人は、現実的な問題処理を、身近で肩代わりしてくれる人が必要である。

優秀なマネージャー的存在をパートナーに得ると、自己愛性パーソナリティ障害の人は、非常に能力を発揮する。大きな成功を成し遂げた自己愛性パーソナリティの人は、たいていそうしたマネージャー役の人物が、バックアップしてくれているものだ。

ところが、パートナーを選び間違えると、衝突とすれ違いばかりが起こったり、現実的な些事で本人を疲弊させ、伸び伸びとした能力の発現が抑えられてしまうことになる。

にもかかわらず、自己愛性パーソナリティの人がしばしば犯す失敗は、自分と同じような自己愛的人物をパートナーに選ぶということだ。容姿、知性、ステータスのあらゆる点で完璧なパートナーが、自分ににはふさわしいと考えるからだ。ところが、いかにも人が羨みそうなお相手は、当人と同じくらい、自分のことに熱心で、彼のアシスタントマネージャー役など、真っ平御免だろう。結局、互いの関係は、飾り物程度の意味しかないといことになり、些細なことで破綻しやすい。

互いがパートナーというより、いつのまにかライバルになってしまうこともある。そうなると、パートナーの成功が、関係を冷却させることもある。自己愛性パーソナリティの人にとって、パートナーといえども、自分より成功することは許せないのである。

こうした不幸な関係にならないためにも、ライバルとなる相手をパートナーに選ぶことは、避けたほうがいいだろう。

ロダンカミーユ・クローデルの不幸な関係

オーギュスト・ロダンと彼の愛人だったカミーユ・クローデルの関係は、その意味で、不幸な汲み合わせだったといえる。二人の天才的な芸術家は、本来の性質において、自己愛的であった。だが、叩き上げの職人から、創作芸術に転向して名声を勝ち取ったロダンは、世間知らずのカミーユとは違い、したたかな現実対処能力を備えてもいた。

若く美しいカミーユは、中年を迎えていたロダンにとって、単に性欲の対象というより、自己の芸術への格好の刺激剤として重要だった。ロダンは、無論その機会を逃さなかった。ロダンは、まず、カミーユの才能よりも、その美しく官能的な肉体を、モデルとして求めたのである。カミーユは、ロダンのために何時間もモデルを務めた。同時に、早熟な才能の片鱗を見せていたカミーユは、ロダンの愛弟子として、作品の制作に協力する。ロダンとは異なる輝きをハタっていたカミーユ芸術は、結果的にロダンの作品への組み込まれ、カミーユの独自性は損なわれていく。

一方、カミーユは世間知らずなお嬢さんで、ロダンよりその内部に不安定な要素を抱えていた。

カミーユ・クローデルの養育環境について、弟であり作家でもあるポール・クローデルによると、二人の母親ルイーズは、自身が母親を早く失い、母親の情愛を知れずに育ったということもあってか、子供にほとんど無関心で、一度も子供を抱擁したことがなかったという。しかも、最初の息子アンリは、生まれて間もなく夭折し、その翌年に生まれたのがカミーユだった。息子を期待していた母親は、失意も露に落胆し、カミーユに対しては生涯冷淡だった。この 天賦の美貌と才能に恵まれた女性も、母親愛情だけは恵まれなかったのである。

その生い立ちが背負わされた悲劇は、奇妙なほどに、サルバドール・ダリのそれに似ている。カミーユ・クローデルの自己愛性の源が、自分自身の存在を認めてもらいたいという必死の思いにあったことは、想像に難くない。だが、愛情飢餓をうちに抱えたカミーユは、同時に脆さも抱えていた。

カミーユ・クローデルにとって、ロダンは師であり、恋人であったが、カミーユが本当に望んだのは、ロダンが人生の伴侶となってくれることだった。

だが、カミーユロダンの子を身ごもったとき、ロダン出産を望まなかった。ロダンの本心を察したカミーユは、片田舎の医院で、一人屈辱的な堕胎手術を受ける。カミーユロダンから自立を図ろうとするが、もはや時すでに遅しであった。カミーユ芸術は、ロダンの影響力を離れて、政党に評価されることはなかったのである。カミーユの精神は次第に変調をきたしていく……。

結果的に、ロダンは狡く立ち回ったことになる。ロダンは、意図的にそうしたのではないにしろ、カミーユの若さと美しさと芸術的な才能を、都合よく収奪したのである。容貌も若さも衰えたカミーユは、ロダン子供を持つことさえ許されず、立ち去っていくより他なかった。新券に愛情を求めようとしたカミーユのほうが、より大きな傷を受けたのである。

同じ自己愛性パーソナリティでも、ロダンのほうはしたたかで、頑丈なナルシストであり、カミーユは愛に飢え、傷つきやすいボーダーライン的なナルシストだったといえる。二人が愛を貪りあった後に、起こることは目に見えていた。

自己愛性パーソナリティ同士が互いを求め合ったとき、どちらかが、自己愛の追求を断念して献身する側に回るか、断念できない場合は、どちらかが潰されてしまうのである。そうならないうちに、早めに別々の道を歩んだほうが無難なのである。

その点、ダリと、その妻ガラの関係は、正反対の関係にあった。ダリは、非常に脆く不安定な要素を抱えたナルシストだった。一方、十歳年上の妻、ガラは、平凡な人生では収まりがつかないものを抱えていたが、世間の風当たりなどどこ吹く風の、極めてタフでしたたかな女性だった。虚言癖のあったガラは、明らかに演技性パーソナリティの特徴を示していたが、不安定で脆いダリに比べたら、ずっと頑健な自我と現実能力を持っていた。目くるめく才能を持つダリと、ガラの母性的保護能力は、補完し合うものであったといえる。

二人の関係が極めて幸福なものだったとは言い難いが、少なくとも五十年の長きにわたって維持されたのである。

克服のポイント

自分を狭めず、他人から学べ

自己愛性パーソナリティ障害の人がもっとも苦手なことは、謙虚に他人の言葉や教えを聞くということである。だが、もしそうすることができるようになれば、自己愛性パーソナリティ障害の人は、本来持っている能力を活かして、現実の中で成功を手にすることができる。あるいは、破綻から身を守ることだできる。

耳の痛いことをいってくれる人を大切にすることが、自己愛性パーソナリティ障害の人が欠点を克服し、大成することにつながるのだ。

自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分を絶対視する余り、つい世界や視野が狭くなりがちである。それは、せっかくの能力や才能を、埋もれされたり、使われないままに錆びつかせてしまう原因となる。このパーソナリティの人が、大きく育つためには、人や他の世界から貪欲に学び続けることである。

つまらないと思っていることにも、実は学ぶべきことがたくさん秘められているということを、忘れてはならない。

よきマネージャーをパートナーに持て

自己愛性パーソナリティ障害の人は、たいてい現実的な処理能力に難点がある。人付き合いや世渡りが下手なのだ。そうした弱点を補完しあえるパートナーと結ばれるならば、それは、すばらしい人生をもたらすだろう。

南北戦争を舞台にした大河歴史小説風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレット・オハラは、精神医学的にも注目されたキャラクターだった。彼女は、自己愛性パーソナリティ障害のみごとな描写としても、高く評価されたのである。

自分をいう座標軸でしか世界を見ることができないスカーレット。自由奔放で、誰の支配も受けない気位の高さ。賞賛を当然のように貪る態度。彼女愛情や人間関係の特質は、彼女親友であるメラニーやアシュレとは異なっている。彼女の愛は、どこか冷めていて打算的なのだ。彼女は、いつも相手の心の動きを計算しながら行動する。手練手管に長けているが、素直に行動しなかったばっかりに、彼女の本命のアシュレではなく、当て馬のレッド・バトラーと、本当の愛情というより、腹いせと打算のために、結婚する羽目になる……。

そんなスカーレットと生み出した、原作者マーガレット・ミッチェルも、魅力的な女性だったが、彼女が生み出した小説ヒロインと外見や性格、経歴の面でもオーバーラップするところが少なくなかった。出版当時、マーガレットは、周囲の友人から、「スカーレットはあなたにそっくりね」といわれたという。スカーレットは、レット・バトラーとの結婚に敗れるが、マーガレット自身、その名もレッドという遊び人結婚したものの、離婚している。実は、マーガレットは、後に夫になるジョン・ミッチェルに心惹かれていただ、成り行きでレッドと結婚してしまったという経緯も、小説ヒロインに似ている。

親しい友人の一人は、マーガレットがジョンに一番惹かれていることを、友人の誰もがわかっていたが、本人だけがわかっていなかったと述懐している。

ただ、小説とは違って、マーガレットは、離婚後、本命のジョンと結ばれた。それが、マーガレットに、愛情面だけでなく、文学的な成功をもたらしたことは間違いない。

では、そのジョンとは、いかなる人物だったのか。九歳で父を心臓発作で亡くしたにもかかわらず、愛情豊かで、思慮深い母親にしっかりと見守られて成長した彼は、とても安定した人柄の人物だった。彼自身、二十八歳のとき、母親に当てた手紙の中で、次ぎのように書き残している。

「僕は他の人々と違って、自己嫌悪を感じたこともありません。それは、母さんから無視されたり、冷たくされたりということがなく、子供時代に親に顧みられなかった多くの人たちが味わったような、訳のわからぬ不安というものを感じることがないからでしょう」(『マーガレットラブストーリー』第二章)

精神医学概念とは無関係に、自己愛性障害というものの成因を喝破した言葉であり、興味深い。

ジョンは、派手さはないが誠実で、仕事熱心で、献身的な人物だった。父亡き後、小さな弟や妹の世話をしながら大人になった彼は、自然ないたわりや思いやりを身につけていた。

自己愛性パーソナリティの人にとって、こうした保護者的人物をパートナーに持つことは、道理にかなった、ある意味で理想的な補完関係にあるといえる。自己愛性パーソナリティの人の現実性買うでの足元の覚束なさや、内面の不安定さ、傷つきやすさ、依存信の強さを、父性的な安定感が受け止め、補ってくれるのである。こうしたパートナーに恵まれた、自己愛性パーソナリティの人は、余計な憂いなく、自分の天分を思う存分発揮することができる。マーガレットの身に起きたことは、まさにそうした幸運だった。

家のじゃは、波瀾含みだった愛情生活を落ち着かせると、元々の志望だった作家を目指して、執筆に勤しむようになる。マーガレットは、非常に生き生きと一つ一つの場面や人物を描き出す天賦の才能を持っていた。だが、彼女には苦手なことがあった。構成力である。一つ一つの場面や人物を、大きなストーリーに組み上げていくには、建築学的ともいえる別の才能が必要なのである。奔放で感情の赴くままに、話を書き綴っていくマーガレットスタイルは、長編小説を書き上げるには不向きだった。新聞社で編集の仕事をしていた夫のジョンは、彼女の弱点を補うには打ってつけの存在だった。

こうして、いったんは、書き上げるのを断念しかかっていた大長編小説風と共に去りぬ』は、完成に漕ぎ着けたのである。

ジョンは、生涯妻に誠実であり続けた。マーガレットも、彼の愛に報いた。小説の成功によってもたらされた悪夢のような騒ぎの後も、その関係は変わることがなかった。

自己愛性パーソナリティ障害の人が、幸せと成功を手にできるかどうかは、一つには、パートナー選びにかかっているように思う。

共に何かをする体験

自己愛性パーソナリティ障害の人は、集団で協力して何かをするというのが苦手だ。そういう場でも、孤立的、内閉的、自己中心的に振舞いやすい。自己愛性パーソナリティ障害を克服する最適のチャンスは、チームプレイが必要とされるスポーツや活動に携わることだ。

そこでは、自分のプレイや動きが、それ自体で完結することはなく、それがチーム全体にどれだけ貢献したかで、その価値は測られる。自分が直接手柄を上げることよりも、自分が犠牲となって、チームメイトを立役者にすることも求められる。そうした訓練の中で、チームメイトをアシストすることに、喜びを見出すようになる。

当然、容赦ないチームメイトからの評価を受けることになる。他者の評価に敏感な、自己愛性パーソナリティ障害の人にとっては、過酷な状況といえる。そういう体験は、当人の自己愛性を剥ぎ取り、強調的な人間へと鍛え直す。

だが、往々にして、自己愛性パーソナリティ障害の人は、そういう機会を避け、一人で、あるいは相手が一人だけいれば足りる競技や活動を好む。

他者のために生きる

自己愛性パーソナリティ障害の、もう一つの典型的な克服過程は、他者への献身や社会的活動によって、自己愛とうい次元を超えた普遍的な人類愛や宗教的な精神に、事故の囚われを昇華していく道行きである。

そうした過程は、多くの自伝や伝記の中に見出される。

そのもっとも原始的なものは、ゴーダマ・シッダルタ(仏陀)の生涯に示される。仏典によると、ゴーダマ・シッダルタは、ヒマラヤ山脈の麓の小国を支配するカピラ城に、スッドーダナ王の長子として生まれた。だが、シッダルタの誕生は、喜びよりも悲しみを背負ったものとなった。生後七日にして、母親のマーヤーが亡くなってしまったのだ。囲碁、シッダルダの養育は、叔母のマハーブラジャパティの手に委ねられる。

シッダルタは、当時としては最高の教育と物質的な贅沢を与えられ、王子として成長した。十六歳で結婚し、一子をもうけた。だが、こうした安逸な生活の中で、彼は次第に沈みがちとなり、どうして人は生まれてきて、また死んでいくのかという問いに囚われるようになる。

母を余りにも早く失ったことが、シッダルタの心に、深い影を落としていたと思われる。本書の観点でいうならば、シッダルタもあ、ある種の自己愛性障害を抱えていたと思われる。百年前、シッダルタの心を、理由もなく侵すようになった憂鬱と虚無感は、まさに弦でいの自己愛性障害を抱える人たちの心を襲う、一見理由もない憂鬱、虚無感に通じないだろうか。あるいは、なに不自由なく育った若者たちの、アパシー状態や引きこもりを思わせないだろうか。

二十九歳になったとき、シッダルタは、妻子も、王子の地位も、財産も投げ出して、城を出た。ついに行動を起こしたのである。最初は、苦行により悟りを得ようとしたが、その虚しさに気づき、その後は思索瞑想に没頭する。そして、ついに大悟を得るに至ったのである。

仏陀となってから、入滅までの四十五年間、インド各地を回り、自らの教えを説法することに費やした。

自己愛性障害を抱えた者は、しばしば、それまでの価値やしがらみを捨て、新しい自分を再確立する試みに向かおうとする。その試みが吉と出る場合もあれば、凶と出る場合もある。だが、再確立に向けた遍歴過程がなければ、いつまでも、憂鬱と虚無が長引くことも事実である。

いったんすべてを投げ打って、一から作り直す過程を経ることで、自己愛者は、自己への囚われを超えた、別物に変わりうるのである。遍歴過程と再構築は、ある意味、親から与えられた既製服の自分を脱ぎ捨て、自分が主体的に選び取った装いに、身をまとい直す過程ともいえるだろう。

このいったん裸になって、もう一度自分の石で身につけるという段階が、自己愛性障害を持ったものが生き直す上で、重要なように思える。

そこで、身につけられる新しい生き方とは、結局何であろうか。自分のためではなく他者のために生きる喜びに目覚めるということだと思う。他者は、身近な家族であってもいいし、もっと不変的な他者であってもいい。他者に献身する中で、自分自身の傷や囚われも解消し、昇華されていることに、気づくのである。

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Kurilyn
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